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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』

Int.41:背水、男たるもの後には退けぬ

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「はぁ…………」
 ――――昼休み。
 いつものように白井や瀬那、そして霧香に美弥といった連中と共に校舎の廊下を歩きながら、一真は深く肩を落としていた。
「いやー、すげー啖呵の切り方だったなぁ弥勒寺ぃ」
 へへへっ、なんて笑いながらバンバンと一真の背中を叩きながら白井が気楽な風に言う。しかしそんな白井の態度とは裏腹に一真の肩は重く、気分もズシリと重い。
「ほんっと、なんであんな啖呵切っちまったんだろ、俺って奴さぁ……」
「まーまー、そう落ち込むなって! 現にやっちまったもんは仕方なし、だろ?」
「そうですよぉ」美弥が口を挟んでくる。「あの時の一真さん、カッコ良かったですよぉ」
「ははは……格好良いのはいいんだけどさ……」
「……ふっ、男だね。流石は、瀬那が見込んだだけはある…………」
 続けてそんな余計なコトを言うのはニヤニヤとした笑みを浮かべる霧香で、そんな彼女の横で瀬那が「きっ、霧香っ! よ……余計なことを言うでないっ!」とまた毎度のように顔を赤くしているのだが、まあこんなやり取りにも慣れたものだ。
「はぁ……」
 そんな阿呆なやり取りを横目に、一真はもう一度大きな溜息を吐き出した。
 ――――本当に、なんであんな啖呵を切ってしまったのだろう。頭に血が上って熱くなっていたといえ、あれはやり過ぎた。何せ相手は米空軍のスーパー・エリート、第280教導/開発機動大隊からやって来た奴だ。一応一真とて己のウデに覚えは出てきたが、しかし本当にステラが自分で敵う相手なのかと言われれば、微妙な顔を浮かべざるを得ない。
(相手はあのステラだもんなあ……)
 脳内にフラッシュ・バックするのは、実機訓練初日にステラが行った対・錦戸戦。西條の率いていた伝説の機動遊撃中隊≪ブレイド・ダンサーズ≫の元副官相手に一歩も引くこと無かったステラの腕前は、見るからに明らかなのだ。
 正直、分が悪すぎる相手だ。だが一真とて仮にも男であり、ならば一度買った喧嘩を逃げ出すことなど許されないし、許さない。何より相手は――――己の、弥勒寺一真の中の越えてはならない一線を越えてしまったのだ。
(瀬那のことまでああも言われちゃあ、俺だって黙っちゃ居られないさ)
 だから一真は溜息をつき憂鬱な気分に陥りながらも、しかし覚悟だけは決めていた。
 ――――そう、ここで退くことは許されない。絶対的不利だろうが構うものか。やると決めた以上、腹を切るぐらいの覚悟で挑んでやる。
「まーまー、そう気負いなさんなって。お前のその男気に免じて、今日ぐらいはこの白井様が昼飯奢ってやるから」
 トントン、と一真の肩を叩きながら、気さくな笑みを浮かべて白井がそんなことを言ってくる。普段は阿呆な奴だが、こういう時の優しさもやはり彼元来の性分なのだろうか。
「そりゃ嬉しいなあ。――――ってことだぜ皆の衆。今日の昼飯は全員分、白井が奢ってくれるってよ」
「ぅうおおおい!?!? 俺全員分なんて言ってねえぞお!?」
 一真がニヤけながらそんなことを口走ってみれば、白井は期待通りのオーヴァー・リアクションな反応で返してくれて。どうやらそれを真面目に受け取ったのか冗談として受け取ったのか、それはさておき他の皆も反応してくれる。
「えっ、ほんとですかー? ご馳走になっちゃっても、いいんですかぁー?」
 真っ先に反応したのは美弥だ。続けて霧香が「……ふっ。私は、高いよ…………」なんて斜め上なことを言いつつも乗り気な顔をしていて。そして最後に瀬那は、
「むう、少しばかり白井に悪いような気もするが……。しかしその心意気を無碍むげにしてしまうのも、白井に失礼か」
 と、若干申し訳なさそうにしながらも、なんだかんだ話に乗ってきた。
「おおおおい!?!? 待って、待って俺マジで全員分奢んの!?」
「ふっ……。そういう訳だ、ありがとよ白井」
 逆に一真がポンポン、と白井の肩を叩いてやれば、白井は「くそーっ!!」と唸った後で、
「ええい、俺も男よ! いいぜ、今日ぐらい全員分、この白井様が奢ってやらああああ!!!」
 と、その場の勢いに任せて宣言してしまった。




「ああ、俺の愛しいマネーちゃん……」
「へへっ、ゴチになりまーす」
 全員分の支払いを済ませ、ICカード片手に券売機の前で真っ白になって膝を折る白井を軽い調子で一瞥しつつ、待っていた瀬那と合流した一真は食券片手にカウンターの方へ向かった。
「おや、カズマじゃないか! それに瀬那ちゃんもっ!」
 ともすれば、やはりそんな風に威勢の良い声を掛けてきたのは四ッ谷のおばちゃんで。二人の姿を見かけるなり、相変わらずの派手な笑顔を振り巻きながらこっちに近づいてくる。
「いやーカズマ、聞いたわよぉ? 何でも例の交換留学生と、武闘大会のクラス代表賭けて決闘するんだって?」
「げっ、なんでお姉さんまでそのこと知ってるんスか……」
 まさかステラとやる羽目になったクラス代表決定戦のことを四ッ谷のおばちゃんが知っているとは思いもしていなかったので、ニヤニヤとしたおばちゃんにその話題を振られた一真は驚きつつ、そして参った風にそんな言葉を返す。
「知ってるも何も、もう結構な噂になってるわよ? A組でアメリカ空軍の交換留学生に真っ向勝負挑んだ奴が居るって、もう専らの噂じゃないのよさ」
「なんてこった……」
 露骨に肩を落とす一真。その隣で瀬那が「四ッ谷殿、まずはこれを」と四ッ谷のおばちゃんに自分の食券を渡す。
「おっとっと、仕事忘れちゃいけないねえ。ほらカズマも、さっさとお渡しよ」
「えっ? あ、すんません」
 言われ、やっと思い出した一真も食券を渡す。四ッ谷のおばちゃんは食券を確認しながら「にしても、アンタもやるわねえ」と一真の方を見ながらニヤニヤとして、
「なんでもカズマ、アンタ例の交換留学生が瀬那ちゃんに何か言ったから、だから啖呵切ったんだって? いやあ、女の為に啖呵切って決闘までやっちまうなんて、アンタいい男じゃないか。見直したよ」
「へぇっ!?」
 四ッ谷のおばちゃんが言ったことに真っ先に反応したのは瀬那で、素っ頓狂な声を上げながら頬をかぁっと赤く染め上げる。
「ま、待たれよ四ッ谷殿! けっ、決して一真は私の為になどではなく……」
「またまた、嘘はおよしよ瀬那ちゃぁん。アタシゃ知ってんだよ? アンタがこのカズマにホの字――――」
「わーっ! わーっ! それ以上言うでない、言うでないぞ四ッ谷殿ぉーっ!!」
 なんか突然瀬那が騒ぎ出すもんだから、四ッ谷のおばちゃんが言っていた言葉の最後の方は一真には聞き取れなかった。
「ほ、ほれ! 一真も何か言わぬか! 其方は決して、その……わ、私の為に怒っただとか、そういう訳ではなかろう!? であろう!?」
「そ、それは……」
 ――――違うといえば、嘘になるような気もする。何せ完全に頭に血が上った原因って、ステラが瀬那のことを何か妙な言い方したからだし。
「~~~~っ!?」
 として悩み一真が答えないと、きゅーっと赤くなった瀬那は瞳をぷるぷると震わせ、口をつぐむと何も言わなく……いや、言えなくなる。
 そんな二人のやり取りを見た四ッ谷のおばちゃんは「あっはっはっは!」と大きく笑うと、
「やっぱお似合いだねぇ、アンタたち二人! いいさね、今日は粋な話聞かして貰って、アタシも良い気分だ! 一杯サービスしてあげるから、ちょっと待ってな!」
 と言って、二人分の食券を持って奥に引っ込んでいってしまった。それから一真はきゅーっとなった瀬那を平常に宥めるのに随分と苦労するのだが、それはまた別のお話となるだろう。




 そんなこんなで一波乱あった後、無事にお盆に乗った昼食を手にした一真と瀬那の二人は、他の三人が先に確保していた六人掛けのテーブルに着いた。その頃には美弥に霧香は既に揃っていて、白井も居るがまだ真っ白になっている。全員分を奢らされた財布と心のダメージが予想以上にキツかったのだろう。
「全く、四ッ谷殿は……」
 ぶつぶつと独り言を呟きながら、まだ少しだけ顔を赤くしている瀬那が一真の隣の席にスッと腰を落とす。美弥が「瀬那ちゃん、どうかしたんですかぁ?」と訊くが、しかし瀬那は「な、なんでもあらん!」と言ってそれを一蹴する。
「……また、惚け話?」
「霧香! 其方まで……!」
「まあ、その辺はいいけどさ」
 またいつもの流れに持って行かれそうだった話を、横から首を突っ込んでくるいつの間にやら復活していた白井がかき乱した。
「真面目な話、ステラちゃん対策どうするよ? 弥勒寺、何か策でもあんのか?」
「ない」
 唐揚げを頬張りながらそう一真が即答すれば、白井は椅子の上でずっこけそうになる。
「ないのかよ!」
「あるわけないだろ。大体、啖呵切ったのだって全部その場の勢いだ」
「おいおい……。俺ぁよ弥勒寺、お前はもっと思慮深い奴だと思ってたんだが……」
「お前の錯覚だよ、白井。俺はそこまで思慮深い人間なんかじゃない。寧ろ無鉄砲な方かもだ。だろ、瀬那?」
 うむ、と隣で瀬那が頷く。
「行き当たりばったり……と言っては言い方が悪いのだが、なんというか直情的な男だ」
「ふむふむ。綾崎と弥勒寺はそこまでお互いを理解し合う仲に発展しました、と……」
 何やらメモを取るようなふざけた仕草を取り始めたので、とりあえず一真は丁度近くにあった白井の脚を蹴り付けておく。
「痛ってえ! 二人とも何すんだよぉ!?」
 どうやら全く同じタイミングで瀬那も白井の脚を蹴っていたようで、二人顔を見合わせると瀬那も一真も、思わず噴き出してしまう。
「ったく、ご両人仲のよろしいことで……。
 んで真面目な話に戻るとよ、マジでどーすんのさ弥勒寺ぃ? ぶっちゃけ勝ち目あんの?」
「……正直、自信はあんまりない」
 参ったように肩を落としながら一真が率直な一言を言えば、「あっ、それなら!」と口を挟んできたのは、意外にも美弥だった。
「美弥、何か策でもあるのか?」
 そう一真が訊けば、「うーん、策っていうほどのことでもないんですけどぉ」と顎に人差し指を当てた美弥は唸って、
「なんかステラちゃん、対艦刀が苦手っぽいんですよねぇ」
「そりゃあそうだろ」白井が呆れたように言う。「アイツはアメリカ軍だぜ? 殆ど使ったことない対艦刀は使いこなせないって、本人が前に言ってたじゃねーか」
「ううん、そうじゃないんです。なんて言うか……対艦刀を相手にしてて? こう、無理してる感じがあったというか、なんというか……」
「先日の模擬戦闘のことであろう」
 察した様子の瀬那が口を挟めば、「そう! そうですぅ!」と美弥が言う。
「どうも、対艦刀は相手にしたくないっぽい雰囲気を感じたんですよねぇ。それに」
「それに、何だ?」
 一真が訊き返せば「はいぃ」と美弥は間延びした声で頷いて、
「突然の攻撃というか、奇襲? っていうんですかぁ? なんて言うか、予想外のことに弱そうな感じなんですよねぇ」
「アグレッサー経験者の、アイツがか?」
 困惑した一真がもう一度訊き返せば、美弥は「はいぃ」とやはり間延びした声で肯定する。
「うむ、美弥の言うことは私も感じるところはあったぞ」
「瀬那もか?」
「……私も、それは感じた」
 霧香まで同意してくるものだから、美弥の指摘は信憑性が高そうだと判断せざるを得ない。
「なんて言ったらいいか分からないんですけどぉ、知らない攻撃に弱い、って言うんですか? とにかく、私が感じたのはこんな感じですねぇ」
「しかし美弥よ、其方の洞察力は中々のものであるぞ。普通ならそんなこと、気付かぬはずなのだ」
「そうなんですかぁ?」
 美弥がほんわかした顔で言えば瀬那は頷き、そして霧香も「……素直に、凄い」なんてことをボソッと呟く。
「一真よ、もしかすれば其方に勝ち目、あるやもしれんぞ」
「そんなことでか?」
「うむ。であろう? 霧香よ」
 瀬那の問いかけに、こくりと無言のままに頷く霧香。
「……活路は、格闘戦に、あり。ふふ…………」
 無駄に意味ありげに聞こえる言い回しを薄い笑みを浮かべながら口走った霧香の言葉を、しかし一真は割と真剣に捉えていた。
「活路は、格闘戦か……」
 ――――だとすれば、真面目に勝ち目はあるやもしれない。対艦刀を使った格闘戦は苦手じゃない。瀬那や霧香レベルとはいかずまでも、殆ど扱いを知らないステラが相手ならば、活路は見いだせるやもしれぬ。
「ふむ」
 そんな風に一真が考え込んでいる間、同じように思案を巡らせていた瀬那は顎に手を当てながら唸ると、
「一真よ、一つ私に提案があるのだが」
 と、一真に声を掛けてきた。
「ん?」
「決闘までの間、其方に剣の稽古を付けさせてはくれぬか?」
「俺に、瀬那が?」
 無論だ、と瀬那は自信ありげに頷く。
「時間的な制約はあるが、少しでも剣に覚えを付けておくに越したことはない。TAMSという兵器は人型という性質故、己が身体の経験も如実に出てくることは一真、其方も知り得ているな?」
「あ、ああ」
 ――――今瀬那が言った通り、TAMSは人型というその形状、そしてIFSでパイロットの思考を読み取るという特異な機構が故に、パイロット自身の経験も大いに反映されることは周知の事実だ。だからこそ剣に覚えのある瀬那が対艦刀だけであれだけの大立ち回りを演じられたし、どうやら忍者……らしい霧香もあれだけ俊敏に動けているのだ。
 だから、今から少しでも剣術を覚えておけという瀬那の提案は、至極尤もだった。少しでも覚えておけば、一真の勝率は1%でも上がる。
「…………瀬那の好意は物凄く嬉しい。けど、瀬那は大丈夫なのか?」
「私が其方に手を貸すことに、理由など必要か?」
 そんな気持ちの良い笑みを浮かべて瀬那に言われてしまえば、一真は目を伏せて小さく笑うことしか出来ない。
「……瀬那の腕は、免許皆伝級。安心して、任せられるよ…………」
 しかも霧香がボソッと小声でそんなことを呟くものだから、もう一真の心は決まってしまった。
「…………ああ。じゃあ瀬那、よろしくご教授、頼めるかな?」
 瀬那は至極嬉しそうな顔で「うむ!」と力強く頷けば、
「心得た。私に任せておくがい」
 と、凛とした声音で一真に向けてそう言った。
『――――訓練生の呼び出しだ』
 そうした頃だった。食堂棟にも備え付けられているスピーカーから、西條の声で校内放送が流れてきたのは。
『弥勒寺、弥勒寺一真。昼を食い終わったらで構わない。昼食が終わり次第、TAMS格納庫に来い。お前に見せたいものがある』
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