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第一章『戦う少年少女たちの儚き青春』
Int.47:決戦前夜、紅蓮の乙女は己が確信に酔いしれる
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「…………」
その頃、訓練生寮の別室。203号室でそんな覚悟を一人の男が決めているとはいざ知らず、ステラ・レーヴェンスは独り浴室に立ち、頭上から降り注ぐ温水で身体を流し清めていた。
背後の鏡に映るのは、高い身長の己の身体。頭上から降り注ぐ温水がステラの燃えるように紅い髪を濡らし、滴り落ちる水滴は起伏の大きすぎる肢体をなぞるように、肌を滑り落ちていく。
(いよいよ、明日……)
ステラもまた、奇遇にも考えることはあの男と同じだった。彼女もまた考えることは同じく、明日の決闘。全ての決着が付く、明日の決闘だ。
(ヒトが忠告してあげれば、あんな言い方……!)
クラス代表を決める一週間と少し前のHRのことを思い出せば、ステラの胸に自然と渦巻くとは怒りの感情。あの時突っかかってきたあの男――――弥勒寺一真に対する、激しい怒りの感情だ。
アレはステラとしては、単なる忠告のつもりだった。そりゃあ少しばかり言葉に棘がありすぎたような気もしないでもないが、ステラにとっては純粋に彼に対する忠告のつもりだったのだ。
ステラはTAMS同士の戦いがどれだけのものかを、それこそ痛いほど身に染みて知っている。だからこそ未熟な彼が出るよりも、慣れた自分が出て全員八つ裂きにしてしまった方が合理的だと考えていた。彼がそれこそ初戦敗退なんかしてクラスメイトたちから責められるより、自分が他の奴らを斬り刻んでしまった方が、全てが丸く収まると。
しかしあの男は引くどころか、あろうことかこの自分に対し愚かにも突っかかってきた。だから少し熱くなってしまったのだが、その後であの男は――――。
「私を、お遊戯だけで実戦経験ゼロの処女ですって……!?」
――――随分と、馬鹿にされたものね。
あの一言を思い出すと、今でもカッと頭に血が上りかける。ステラは壁に軽く拳を叩き付けることで頭に上りかけた血を収めるが、しかし胸焼けにも似た胸のムカムカは収まらない。もしあの時西條教官が止めに入らなければ、どうなっていたか自分でも分からないぐらいだ。
「にしても、クラス代表決定戦か……。教官も粋なこと考えたわよね」
本当に、あの時の西條の提案は粋だった。ガタガタ抜かす暇があるのなら、拳をぶつけ合えばいい。言って聞かぬのなら、実力で叩き潰してしまえばいい。
……うん、実に単純明快にして最高の答えだ。何事もシンプルが一番が信条のステラにとって、これほどまでに分かりやすく、それでいて自分好みの方法は他に無い。シンプルかつ合理的、これぞ万物に通ずる物事の最適解だ。
うんうんと独りで納得したように頷きながら、ステラは目の前のシャワー・バルブを捻って頭上のヘッドから大量に流れ落ちていた湯水を止めた。
浴室の扉を開け、外に出る。纏わり付く湯気と共に脱衣所へ出て身体を拭い、下着はショーツだけを下に履いて、後は首からバスタオルを下げる以外素っ裸の格好で部屋に戻った。どうせ他に住むルームメイトも居なければ、見られる心配も無いから構う必要はない。
火照った身体で部屋に出ると、そこは薄暗かった。差し込むのは月明かりと、遠い街の喧騒のみ。当然だ、わざと電灯を点けていないのだから。
そんな薄暗い部屋の中、ステラは火照った身体を冷ますように突っ立ったまま、窓から見える外界をぼうっと眺めていた。遠く離れた眠らぬ京の都、その喧噪は遠く、ここまでは聞こえてこない。鳴り響く虫の鳴き声と、時折通り過ぎる車の走行音だけが、ここまで聞こえてくる。
「…………」
その光景が、遠く離れた故郷の地と何故か重なって見えてしまう。風土も気候も、住む人々も、そして景色すら違うはずなのに、何故か重なって見えるのは故郷の、遠く太平洋を越えた先にある合衆国の景色だった。
「実戦経験ゼロ、か……」
――――冷静に考えれば、確かにあの男の指摘は何処か的を射ていた。
ステラは正式任官後、その優れた素質を買われテスト・パイロットの道を歩み出した。その結果が米空軍第280教導/開発機動大隊への配属で、ステラにとって全ての始まりだった。
無論、自分の腕に絶対的な自信はある。アグレッサー部隊として対人戦の経験を積み、今や自分は仮想敵のプロと言っても過言ではない。周囲からトップ・ガンも目じゃないと言われていることも紛れもない事実で、それだけの腕が自分にはあった。
ここへ来たのだって、パイロットとしての経歴に箔を付ける為だった。上官に誘われた時、ステラは二つ返事でここへの交換留学を了承した。交換留学生に選ばれるということはそれだけ素質のあるパイロットである証でもあり、交換留学の実績があるだけでも相当な箔が経歴に付くことになる。
しかし――――実戦経験を未だにしていないというのも、事実だった。ステラ・レーヴェンスは未だに前線の緊張感を味わったこともなければ、幻魔を目の前にしたこともない。
「……チッ」
そのことを、まさかあの男に見透かされたと思うと、ステラは自然と悪態の一つもつきたくなる。
しかし、あの男は何故それを見透かしたのだろうか。そんなこと、今まで一言だって言った覚えは無いのに。
「……考えても、しょうがないわね」
考えたところで答えなど出るはずもないことを無駄に考え続けるのは、性分に合わない。そう思ったステラはそれ以上そのことに関して考えるのを止め、一度首を二、三度左右に振るとその思考を頭の外へと弾き飛ばした。
とにかく、今大事なことは如何にして明日、あのクソ生意気な男を叩き潰してやるかだ。どうせアイツが出してくるのは訓練機の≪新月≫だろうから、自分のFSA-15Eとのスペック差は否めない。機体性能の差ですり潰すのはステラの趣味じゃないのだが、モノが無い以上は仕方ないのだ。
「ふふふ……。待ってなさい、実力の差ってモンを思い知らせてあげようじゃあないの……!」
ステラは不敵に笑う。明日、あの男が自分の前に跪き泣いて許しを請うさまを思い浮かべただけで、自然とサディスティックな笑みが浮かび上がってきてしまうのをステラは抑えられない。
「この私に楯突き、あろうことか侮辱したその罪、屈辱という形でキッチリ償って貰うわ……!」
そして、夜は更けていく。東の彼方より決戦の朝日が昇るまで、そう遠くはなかった。
その頃、訓練生寮の別室。203号室でそんな覚悟を一人の男が決めているとはいざ知らず、ステラ・レーヴェンスは独り浴室に立ち、頭上から降り注ぐ温水で身体を流し清めていた。
背後の鏡に映るのは、高い身長の己の身体。頭上から降り注ぐ温水がステラの燃えるように紅い髪を濡らし、滴り落ちる水滴は起伏の大きすぎる肢体をなぞるように、肌を滑り落ちていく。
(いよいよ、明日……)
ステラもまた、奇遇にも考えることはあの男と同じだった。彼女もまた考えることは同じく、明日の決闘。全ての決着が付く、明日の決闘だ。
(ヒトが忠告してあげれば、あんな言い方……!)
クラス代表を決める一週間と少し前のHRのことを思い出せば、ステラの胸に自然と渦巻くとは怒りの感情。あの時突っかかってきたあの男――――弥勒寺一真に対する、激しい怒りの感情だ。
アレはステラとしては、単なる忠告のつもりだった。そりゃあ少しばかり言葉に棘がありすぎたような気もしないでもないが、ステラにとっては純粋に彼に対する忠告のつもりだったのだ。
ステラはTAMS同士の戦いがどれだけのものかを、それこそ痛いほど身に染みて知っている。だからこそ未熟な彼が出るよりも、慣れた自分が出て全員八つ裂きにしてしまった方が合理的だと考えていた。彼がそれこそ初戦敗退なんかしてクラスメイトたちから責められるより、自分が他の奴らを斬り刻んでしまった方が、全てが丸く収まると。
しかしあの男は引くどころか、あろうことかこの自分に対し愚かにも突っかかってきた。だから少し熱くなってしまったのだが、その後であの男は――――。
「私を、お遊戯だけで実戦経験ゼロの処女ですって……!?」
――――随分と、馬鹿にされたものね。
あの一言を思い出すと、今でもカッと頭に血が上りかける。ステラは壁に軽く拳を叩き付けることで頭に上りかけた血を収めるが、しかし胸焼けにも似た胸のムカムカは収まらない。もしあの時西條教官が止めに入らなければ、どうなっていたか自分でも分からないぐらいだ。
「にしても、クラス代表決定戦か……。教官も粋なこと考えたわよね」
本当に、あの時の西條の提案は粋だった。ガタガタ抜かす暇があるのなら、拳をぶつけ合えばいい。言って聞かぬのなら、実力で叩き潰してしまえばいい。
……うん、実に単純明快にして最高の答えだ。何事もシンプルが一番が信条のステラにとって、これほどまでに分かりやすく、それでいて自分好みの方法は他に無い。シンプルかつ合理的、これぞ万物に通ずる物事の最適解だ。
うんうんと独りで納得したように頷きながら、ステラは目の前のシャワー・バルブを捻って頭上のヘッドから大量に流れ落ちていた湯水を止めた。
浴室の扉を開け、外に出る。纏わり付く湯気と共に脱衣所へ出て身体を拭い、下着はショーツだけを下に履いて、後は首からバスタオルを下げる以外素っ裸の格好で部屋に戻った。どうせ他に住むルームメイトも居なければ、見られる心配も無いから構う必要はない。
火照った身体で部屋に出ると、そこは薄暗かった。差し込むのは月明かりと、遠い街の喧騒のみ。当然だ、わざと電灯を点けていないのだから。
そんな薄暗い部屋の中、ステラは火照った身体を冷ますように突っ立ったまま、窓から見える外界をぼうっと眺めていた。遠く離れた眠らぬ京の都、その喧噪は遠く、ここまでは聞こえてこない。鳴り響く虫の鳴き声と、時折通り過ぎる車の走行音だけが、ここまで聞こえてくる。
「…………」
その光景が、遠く離れた故郷の地と何故か重なって見えてしまう。風土も気候も、住む人々も、そして景色すら違うはずなのに、何故か重なって見えるのは故郷の、遠く太平洋を越えた先にある合衆国の景色だった。
「実戦経験ゼロ、か……」
――――冷静に考えれば、確かにあの男の指摘は何処か的を射ていた。
ステラは正式任官後、その優れた素質を買われテスト・パイロットの道を歩み出した。その結果が米空軍第280教導/開発機動大隊への配属で、ステラにとって全ての始まりだった。
無論、自分の腕に絶対的な自信はある。アグレッサー部隊として対人戦の経験を積み、今や自分は仮想敵のプロと言っても過言ではない。周囲からトップ・ガンも目じゃないと言われていることも紛れもない事実で、それだけの腕が自分にはあった。
ここへ来たのだって、パイロットとしての経歴に箔を付ける為だった。上官に誘われた時、ステラは二つ返事でここへの交換留学を了承した。交換留学生に選ばれるということはそれだけ素質のあるパイロットである証でもあり、交換留学の実績があるだけでも相当な箔が経歴に付くことになる。
しかし――――実戦経験を未だにしていないというのも、事実だった。ステラ・レーヴェンスは未だに前線の緊張感を味わったこともなければ、幻魔を目の前にしたこともない。
「……チッ」
そのことを、まさかあの男に見透かされたと思うと、ステラは自然と悪態の一つもつきたくなる。
しかし、あの男は何故それを見透かしたのだろうか。そんなこと、今まで一言だって言った覚えは無いのに。
「……考えても、しょうがないわね」
考えたところで答えなど出るはずもないことを無駄に考え続けるのは、性分に合わない。そう思ったステラはそれ以上そのことに関して考えるのを止め、一度首を二、三度左右に振るとその思考を頭の外へと弾き飛ばした。
とにかく、今大事なことは如何にして明日、あのクソ生意気な男を叩き潰してやるかだ。どうせアイツが出してくるのは訓練機の≪新月≫だろうから、自分のFSA-15Eとのスペック差は否めない。機体性能の差ですり潰すのはステラの趣味じゃないのだが、モノが無い以上は仕方ないのだ。
「ふふふ……。待ってなさい、実力の差ってモンを思い知らせてあげようじゃあないの……!」
ステラは不敵に笑う。明日、あの男が自分の前に跪き泣いて許しを請うさまを思い浮かべただけで、自然とサディスティックな笑みが浮かび上がってきてしまうのをステラは抑えられない。
「この私に楯突き、あろうことか侮辱したその罪、屈辱という形でキッチリ償って貰うわ……!」
そして、夜は更けていく。東の彼方より決戦の朝日が昇るまで、そう遠くはなかった。
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