幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.02:平穏、さりとてそれは尊ぶべき安息の刻

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「――――それで、アンタ最近どうなのよ」
 場所は変わって、食堂。昼食を摂りつつのんべんだらりと過ごしていれば、白井は対面の位置に座るステラに突然そんなことを言われたものだから、ぽかんとしながら「へ?」なんて間の抜けた声を上げてしまう。
「どうもこうも無いわよ。TAMSの動かし方よ、TAMSの。ロクに動かせないからってアンタ、やったらアタシに絡んできてたから仕方なく教えてあげたじゃないの」
「……あー、そんなこともあったなあ」
「そうなのか?」
 横から一真がそう首を突っ込めば、「ええ」とステラが頷く。その声色が苛立ちまみれだった自分に対するモノより少しだけ柔らかい語気なものだから、白井は涙がちょちょ切れそうになる……が、何だかんだこんな扱いの差にも慣れたものだ。
「武闘大会とかあったからカズマには言ってなかったんだけど、前々からかなりせがまれててね。だからカズマにガンのトレーニングを付けない日は、仕方なく合間縫ってこの馬鹿に教えてあげてたのよ」
「そうであったのか。私も知らなかったぞ、ステラ」
「まあね。敢えて言いふらすことでもないって思ったから、瀬那にも言ってなかったし」
 更に話に乗っかってきた瀬那の言葉にステラはそう返しつつ、「あ、別に隠してたワケじゃないのよ? 訊かれなかったから敢えて自分から言わなかっただけ」と続けて言う。
「最近、アキラも前に比べて上手くなってきたしね」
「でしょぉーっ! いやあエマちゃんは分かってるなあ!」
「白井、うるさい」
 とまあ自分の隣に座るエマに少し褒められるようなことを言われ、あからさまに調子に乗ったかと思えば。そんな無慈悲な一言が聞こえると同時に、テーブルの下で白井の脚にステラから軽い蹴りが飛んでくる。
「ムウウウンッ!!」
「毎度毎度変な声出さないでよっ! 気色悪いわね、もうっ」
 我ながら物凄いと思うぐらいに低い声で痛みに唸る白井に、ドン引きした顔でそう言うステラ。そんな二人の相変わらずなやり取りを横から眺めながら「あはは……」と苦笑いを浮かべるエマに、「エマは、知ってたのか?」と一真が訊けば、
「うん。といっても、カズマたちと知り合った後だけどね。たまたま見かけたから、僕もちょいちょい横から見させて貰ってたんだ」
「へえ……?」
 ――――それにしたって、敢えてステラに頼むか。
 蹴られた脚の痛みに低く唸り悶絶する白井をチラリと眺めながら、一真は思わず口元を緩めてしまった。なんだかんだ言いつつもこの二人、相性が良いというのか何というか。他にも霧香みたいにウデの良い奴も居る中で敢えてステラに教えを請おうとした白井もアレだが、しかしステラの方も大概だ。普段から馬鹿だの駄犬だの言いつつも、やっぱり何だかんだ面倒見が良いのがステラらしい所かもしれない。
「……ふっ。分かるぞ一真よ、其方が何を考えておるのか」
 ともしていれば、右隣の席に座る瀬那は一真の浮かべる笑みに気付いたのか、同じようにフッと小さく笑いながら、周りに聞こえない程度の声音で囁きかけてくる。それに一真は「あ、分かったか?」と言葉を返し、
「なんつーか、白井とステラって割と相性良いのかもな、って思っちまったりしてさ」
「うむ。何だかんだと言いつつも、やはりそこまで悪い関係では無いようだ。少しばかり、私は安心した」
「安心? 何にさ、瀬那」
 一真がそう訊き返せば、瀬那は「うむ」と相変わらずな具合に頷いて、
「いや、最初こそステラが彼奴あやつを嫌っておるのでは、と勘ぐっていたのだがな? しかし存外き関係を築けていると見えて、安心しておるのだ」
「まあ……な。そうかもな」
 険悪よりも、仲が良いに越したことはない――――。
 どうやら瀬那は、そう言うことが言いたいらしい。うんうん、と腕組みをしながら満足げに独りで頷く瀬那の横顔は、やはり何処か安堵の色があった。
「ステラならば、よっぽど心配は要るまい。これで白井も、ひょっとすれば一真と並び立てるようになるやもしれぬぞ?」
「ヘッ、冗談キツいぜ。…………って言いたいトコだけど、そうでもないかもな」
「む?」一真の言ったそんな言葉の最後が引っ掛かったらしく、こっちに視線を流しながら瀬那が唸る。「どういう意味であるのだ、それは?」
「何、深い意味も根拠も無い。ただ、そう思っただけさ」
「むう……」
 とまあ一真がそんな具合で答えてやれば、案の定というべきか瀬那は納得のいかない顔をしており。それを横目に見た一真はフッと笑った後で「冗談だよ」と言い、
「俺はたまたま知識があって、それに瀬那みたいな優秀な師匠に恵まれてて。それにタイプFみたいな機体を、何でか俺に渡してくれた西條教官みたいなのが居るからこそ。そういう幸運と巡り合わせとが重なりまくったからこそ、武闘大会であそこまで戦い抜けたんだ。
 …………でなけりゃ正直な話、士官学校に入ってチョイとアレしただけの男が、相打ちの判定勝ちといえ、あのエマに勝てるワケないだろ?」
 ま、俺もアレは勝ったとは全然思ってないんだけどさ――――。
 最後にそう付け足す形で、一真が言った。すると瀬那は「ふっ」とまた小さく笑い、「で、あるのならば」と前置きをしてから返す言葉を紡ぎ始める。
「ステラとて、優秀な師であることには間違いない。さすれば白井とて、今後の伸びしろは十二分にある。伸びてくる可能性は、十分すぎるぐらいにあるだろう。
 ――――其方は、そう申したいのだな?」
「ああ」その言葉を、一真は二つ返事で即答した。
「尤も、白井自身の実力は俺にも分からん。アイツにこれからどれだけの伸びしろがあって、センスや才能に恵まれてるかなんて、俺が知るわけないからな。
 …………けどさ、瀬那」
「む?」
 首を傾げながらこちらに顔を向けた瀬那と視線を交錯させながら、一真はまた小さく口角を緩ませながらこう続けた。
「アイツなら、イケるんじゃないか?」
「…………私には、分からぬよ。分からぬが、そうであって欲しいとは思う」
 瀬那も似たように頬を緩ませながら、延々と阿呆なやり取りを続ける白井たちの方に視線を戻す。
「しかし、この場に霧香がらぬのは、少しばかり幸運だったやもしれぬ」
「そうか?」
 一真が訊き返せば瀬那は「うむ」と肯定し、
「霧香も妙な性格をしておる。もしこの場に彼奴あやつったのならば、今よりもっと収拾の付かぬ事態に発展しておるだろう」
「あー……確かに、それは言えてるかも」
 残念ながら、今日この場に霧香と、それに美弥は来られなかった。美弥は現在のパイロット部門からオペレータ部門へ転向する関係で色々とやることがあり、霧香は何やら所用らしい。二人ともそっちで直接昼食は摂るというので、食堂には連れて来られなかったのだ。
「何にせよ、この調子なら午後からの訓練が楽しみだ。確か今日は、嵐山まで行って射撃訓練であったな?」
「みたいだぜ」
 そう、今日はこの後、午後からはあの嵐山演習場までわざわざA組全員で出向くことになっている。そこでTAMSの兵装を実際に撃ち、その感覚を叩き込むことが目的の砲撃訓練なのだ。
 尤も、既に武闘大会で撃ちまくっている一真や、そもそもここに来る以前に経験豊富なステラやエマにとっては無用な訓練かもしれない。しかし一真にとってはより多くの兵装を知ること、ステラたちにとっては他国のTAMS携行兵装を知ることが出来る機会でもあるのだ。
「ったく、白井! アンタはもういつもいつも……っ!」
「ひぃっ、お助けを」
 延々と続く白井たちの阿呆なやり取りを眺めている間にも、時間は無慈悲なまでに過ぎていく。そんな無慈悲なときの流れの中で、しかし一真はそんな馬鹿みたいなやり取りを眺めていることに、妙な幸福感すらをも感じてしまっていた。
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