幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第三章『アイランド・クライシス/少年少女たちの一番暑い夏』

Int.50:アイランド・クライシス/孤独二人、遠く雷鳴の唸る嵐の夜に⑦

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 その後、美弥と一旦別れた白井がプレハブ小屋から出ると――――暗く夜闇の中。プレハブ小屋の外に備え付けられた街灯の明かりだけがポツンと照らすそんな軒先。白井が内側から開けた扉の傍に、ステラが壁にもたれ掛かる格好でそこに立っていた。
「…………」
 互いに眼を合わせれば、ステラは無言のまま立てたクイッと引き寄せる仕草をしてみせる。どうやら、こっちに来いと言っているらしい。
「んで、どしたのステラちゃん? さては、俺っちに愛の告白ってかぁ?」
 そんな彼女と隣立つように自分もまたプレハブ小屋の壁に背中をもたれ掛からせながら、にひひ、と笑って白井は言ってみせた。するとステラは「なワケないでしょ」と呆れた顔でそれを一蹴し、
「……聞いちゃったからさ、今の話」
「えっ?」
 きょとんとした顔を浮かべる白井に、ステラは「……ん」と言って、自分のすぐ真上にある小窓を軽く指し示した。
「――――あ」
 ともすれば、そこにある小窓は完全に開いていて。そして、その窓はついさっきまで美弥と座り込んでいた所の、丁度真上といった箇所にある小窓だった。
「気を悪くしたのなら、謝る。盗み聞きするつもりじゃあ、なかったんだけれどね……」
「こればっかりは、しゃーないって」
 すると白井はまた「にひひ」なんていつも通りの阿呆面で笑いつつ、隣の彼女にチラリと横目を流しながらそう言ってみせる。
「お互い、偶然が重なっただけ。そうだろ、ステラちゃん?」
「アンタがそれで良いのなら、良いんだけど」
「いーのいーの」また笑みを浮かべて、白井は続けてこう言う。
「それで、ステラちゃん。大体どの辺まで聞いてた?」
「頭から最後まで、全部」
「あらま、全部聞かれちゃってたか。俺ってば間抜けね、ホント」
 がはは、と笑う白井だが、しかし隣のステラは俯き気味の顔のままで。そうして暫くの沈黙が訪れると、黙っていたステラはやっと口を開いた。
「…………アンタがあんなこと、思ってるなんて。アンタが本気でパイロット目指してただなんて、思ってもなかった」
「だろ? 俺もそう思う」
 俯いたままのステラに、しかし彼女の方を向かないまま、白井はまた笑って。そんな冗談めかしたことを呟けば、しかしステラの顔はまだ影を落としたままで。そんな彼女の方へ一瞬横目を流した白井は「……ま」と言い、
「モテたいってのが第一の理由だってのは、ホントだよ。だって、めっちゃ格好良いじゃん? 物凄いモテそうじゃん?」
 すると、ステラはやっと小さく口元を綻ばせ、「アンタらしい、のかもね。そういうのが」と呟く。
「…………でも、俺ってば要領ひどく悪いからさ。必死こいて練習して、なんとかしなけりゃならねえ。
 ――――だからさ、ステラちゃん。君やエマちゃんや、それに綾崎に弥勒寺。あんな風に強くて、キラキラした奴らが……俺は、羨ましくてな」
 ポツリ、ポツリと言葉を紡ぎ出しながら、白井はまた口にマッチ棒を咥える仕草をしてみせる。何の気のない、単なる気紛らわしだが、しかしこうしていれば、少しぐらいは安心できる。平常心を、保てるような気がしていた。
「アンタは、十分に上手い方よ。このアタシが言うんだから、間違いないわ」
「おっ、嬉しいねえ。ステラちゃんにそう言って貰えるなんて、練習の甲斐があったってもんだ」
「でも、自惚うぬぼれないこと。アンタはまだまだ原石なんだから、もっと磨かなきゃ駄目。――――分かった?」
「分かった分かった」何処か適当にそう返事をしながら、しかし白井はニヤけていた顔をフッと崩せば、
「分かってるさ、そんなこと。――――誰よりも、何よりも」
 そう、何処か遠い目をして、此処じゃない何処かに語り掛けるように。白井はポツリと、そんなことを呟いていた。
「――――白井」
「ん?」ステラから急に名を呼ばれ、白井は何の気のない顔で彼女の方に振り向く。するとステラもまた、彼の方に振り向いていて。至極真剣な顔をしていたかと思えば、次の瞬間にはフッとその堅苦しい表情を崩して軽く笑うと、
「アンタもカズマたちの捜索、一緒に来ても良いわよ」
 と、あまりにも意外すぎることを、あまりにも唐突にステラは口走った。
「……一応訊くけど、ステラちゃん。一体全体どういう心変わりで?」
 きょとんとした顔で白井が訊き返せば、ステラは「これといって、具体的に言えることは無いんだけれどね」なんてことをフッと儚い笑みを浮かべながら言えば、
「普段見てた阿呆なアンタなら、絶対お荷物になるから連れてかないんだけれど――――。あんな話を、聞いちゃった後だとね。付いて来るなって言う方が、無茶だろうなって」
 そう、白井から顔を逸らしながら。小さく、鳥の囁き声のような声音で呟いた。
「……ホントに、良いのか?」
 恐る恐るといった具合で、白井が訊き返す。いや、確かに付いて行けるなら付いて行きたいが――――しかし、ステラには絶対に反対されると思っていた。だからこそ、白井はそんなステラの口走った言葉が意外すぎて、そして意味が分からなさすぎて。思わずそう、彼女に向かって訊き返していた。
「アタシが良いって言ってるのよ、だったら良いに決まってるじゃない」
 すると、ステラは片手で髪をサラッと払うと、壁にもたれたまま腕を組みながら即答した。
「……ねえ、白井」
「ん?」顔を見ないままで呼びかけるステラに、白井もまた彼女の方を見ないままで、マッチ棒を咥えたまま遠い目をして。そう、反応をしてみる。
「アンタ、その……まあちゃん、だっけ? そののこと、今でも好きなの?」
「…………」
 そんなステラの問いかけに、白井はまた一瞬押し黙ると。しかしフッと小さな笑みを浮かべて、「……ああ」と、短く頷けば。
「もし、生きているのなら。今も俺たちと同じ空を見て、同じ雲を見て。同じ空気を吸って、生きていてくれるのなら――――。
 もしそれが叶うのなら、もう一度で良い。俺は、まあちゃんに逢いたい」
 そう――――遠く遠く、遙か彼方を見据えるような、遠すぎる眼をして。白井は、そう呟いた。
「――――そっか」
 すると、ステラは至極納得したような顔で、腕組みをしたままうんうんと独り頷き。それに白井が「それが、どうかしたのか?」と訊き返せば、
「ううん、何でもない」
 と、何処かはぐらかすような声で、曖昧な答えを白井に突き返してきた。
「……雨、止まないわね」
「だな」マッチ棒を舌先でくるくると弄りながら、やはり白井は彼女の方を見ないままで。そんな、こちらを見ないままなステラの呟きに、頷き返す。
「カズマたち、無事で居てくれると良いけれど」
「大丈夫さ」
 何処か不安げに呟いたステラに、しかし白井はそれとは裏腹に、何処か楽天的な笑みを浮かべつつ言い返した。
「アイツなら、きっと大丈夫だ。何せ――――強いからな、弥勒寺は」
 そんなことを、ニッと口角を緩ませながら白井が口走れば。そうすれば、ステラも「……そうね」と頷きながら頬を緩め、
「大丈夫に、決まってるわよね。何てったって、このアタシを倒した男ですもの。だったら、大丈夫に決まってる」
 ――ええ、大丈夫に決まってる。アタシを惚れさせるような男が、アタシの喧嘩仲間が、そう簡単にくたばってたまるもんですか――――。
 揺れ動く心の中、しかしステラは胸の内でそう呟く。あの二人なら大丈夫だと。必ず、アイツはまた、黙して語るあの背中を、自分に見せてくれると…………。
 そうして、白井とステラの二人は、延々とそこに立っていた。暗く夜闇が支配しても、しかし止むこと無く降り注ぐ雨の海岸を、そこに立ち尽くしたまま、黙ったままで眺めながら。
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