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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』
Int.19:白と紅蓮、それは暑い夏の訪れを告げる声③
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「んじゃ、俺あっちだから」
「はいはい。美弥は?」
「あっ、はい。私もあっちなので」
「そう。じゃあね二人とも、今日は付き合ってくれてありがと」
「いえ、私こそ……。色々とありがとうございますっ、ステラちゃんっ!」
「いいのいいの、アタシが好きでやったことだから。――――じゃ、また近いうちに」
「へいへーい。じゃあなーステラちゃーん。それに弥勒寺も」
――――そして、刻は過ぎること夕刻頃。再び桂川駅に戻ってきた後、そうやってステラたちは二手に分かれて家路につくことになった。
ステラが強引に奢った服の入った袋を抱えた美弥が振り向いて手を振り、それに伴う白井も後ろ手に振りながら、夕暮れの街の中に消えていく。それをステラも手を振って見送りつつ、「じゃ、アタシたちも帰りましょうか」と言って、一真の方に振り返った。
「んだな」
そうやって一真が頷くと、「ほら、行こっ」と言って、ステラは何故か一真の無防備だった片手を引っ掴み、そして引っ張るようにして歩き出す。
「おいおい……」
一日中遊び倒した後だってのに元気だな、ホントに――――。
そんなことを内心で思いながら苦笑いをし、しかしここで抵抗するのも違うと思い、一真は肩を竦めながらも、しかし今はステラにされるがままにしていた。
「…………」
そうして、一真はステラに引っ掴まれた手で引っ張られるがまま。夕暮れ時も深まり、仰ぐ空の半分以上が夜闇に染まりかけた街の中を二人並んで歩き出す。
薄暗い天球の中で、背の高い雲は相変わらず浮かんだまま。西方へ未だ微かに見える茜色の残滓を遠くに眺めながら、誘蛾灯のように淡い明かりを放ち始めた街灯の下を、一真とステラは二人並んで歩いていた。
「…………カズマ」
そうした時に、今まで黙っていたステラが唐突に口を開く。それに一真が「なんだ?」といつもの調子で反応すると、
「今日……楽し、かった?」
一真の方に、チラリと横目を流しながら。彼女にしては珍しく不安げというか、何処かそんな不安定な色を込めた声色で、ステラはそんなことを訊いてきた。
「逆に、楽しくないワケないだろ?」
ステラがそんな調子だったものだから、一真は敢えて冗談めかしたように言うと、ステラと横目で視線を交錯させながらニッと口角を緩ませてみせる。
すると、ステラも表情を少しだけ緩め。「そっか……」と小さく頷くと、その横顔にほんの少し、安堵の色を垣間見させた。
「ま、サシでアレするのはまた後日ってことだな」
「カズマ、ホントに良いの?」
「良いの良いの」訊き返してくるステラに、軽い調子で一真が頷く。
「前といい今回といい、何でか知らないけど変に他の奴と逢っちまうからさ。だから、次こそはってことで」
一真がそう言うと、ステラは一瞬だけこっちに視線を寄越した後で「ふふっ……♪」とご機嫌そうに小さく笑い、
「なら、約束ね」
そうやって、一真の手を引っ掴む方とは反対の手を、ステラはその小指だけを突き出した格好で一真の方に差し出してきた。
「……?」
そんなステラの謎の行動の意図がよく分からず、首を傾げる一真は頭の上に疑問符を浮かべる。
「どういうことだ?」
どれだけ考えても訳が分からず、諦めて一真が素直に訊けば。するとステラはきょとんとした顔で「えっ?」と、今度は逆に彼女の方が首を傾げる。
「この国だと、約束するときにこうやって、小指を絡ませる風習があるんじゃないの?」
首を傾げたステラにそう言われて、一真はそこに来て漸くステラの意図を察せられた。
「ああ、指切りか」
「ユビキリ? そういう呼び方なの?」
「そそ。確かこうした後に――――」
そうして、一真は突き出されたステラの小指に、自分も彼女に引っ掴まれた手とは反対側の手で立てた小指を絡ませて、
「"ゆーびきーりげーんまん、嘘つーいたーら針千本のーます"……で、"指切った"って言えば、まあ有り体に言えば契約成立だ」
「へえ、そういう儀式なのね」
「ぎ、儀式って……」
かなり興味津々といった具合で一真の話を聞きながらそう言ったステラに、一真が苦笑いをする。
…………まあ、元を正せば遊女が誓う儀式というか、そういった奴が起源だとも言われているので、儀式という言い方もあながち間違ってはいない気もするが。
「にしても、針千本を呑ますってね」
「物騒だろ?」
「まあね」頷きながら、しかしステラの顔は悪戯っぽく、それでいて何処か悪巧みをするような顔だった。
「だったら、アタシの場合は……そうね」
「あ、アレンジする気か?」
「当然」困惑する一真の問いかけに、ステラが即答する。「何事もアタシ流が一番なの」
「好きにしてくれ……」
諦めた一真がそうして肩を竦めていると、ステラはその間にも思案を巡らせていく。
「……"ラハティ対戦車ライフル呑ます"」
「やめてくれ、ンなもんで撃たれたら粉になっちまう」
割と真面目な顔でツッコミを入れた一真の言葉も話半分といった風に「うーん、何かイマイチね……」とステラは唸り続ける。いや、20mmの高射砲用の弾なんかで撃たれたら、真面目に粉みじんになってしまう……。
そんな阿呆なことを一真が内心で考えている内に、ステラはやっと思い付いたのか「よしっ!」と独りで勝手に頷き始めていた。
「決まったか?」
「ええ」自信ありげにといった風に頷くステラ。
「それじゃ、やるわよ」
そう言って、いつの間にか離していた小指を再び絡ませてくると、ニヤニヤとしながらステラは口を開く。
「"ゆーびきーりげーんまん、嘘つーいたーら――――"」
「…………」
――――さて、何が飛び出してくるのか。
内心で楽しみにもしつつ、しかしステラのことだから本気でやりかねないとも思ってしまい、一真は無意識の内に生唾を飲み込んでいた。
「――――"ナパーム弾のーますっ"」
「オイオイやめろ俺を焼き殺す気か」
割とマジな顔でそう言えば、ステラは「ふふっ」と小さく笑い、「冗談よ」と言う。
「ホントの所は、別にあるの」
「じゃあ、早くそうしてくれ……」
でないと、ツッコミが追いつかなくなる……――――。
後半は口に出さず、一真がただ肩だけを大きく竦めていると、ステラは「分かった分かった」と軽い調子で頷いた。
「ホントのところは、割とマジなことなのよ」
「えっ?」
きょとんとした顔で一真が訊き返せば、またステラは小さく微笑んで。
「――――"嘘ついたら、アタシの男になって頂戴"」
「っ…………!?」
――――あまりに突拍子もない、そんな一言に。それに一真は驚いて、声も出なかった。
「……本気よ?」
すると、ステラはいつもの何処か高圧的な調子で。しかし、珍しく頬を紅く染めながら、一真と視線を合わせられないままに、しかしチラチラとこっちに視線を流しながらそう宣言した。
「ステラ……」
「いいの、アタシが勝手に言いたかっただけだから。アタシは言うだけ言ったし、後はアンタの好きに解釈しなさい」
そう言って、ステラはわざとらしく歩く速度を速めていく。
「ふふっ……♪」
強引に一真を引っ張りながら、加速度的に歩く速さを早めていくステラに垣間見える横顔は――――先程よりも、ずっとずっと嬉しそうだった。まるで、憑きものが取れたかのような。ステラの横顔は、そんな雰囲気を漂わせていた。
(俺は…………)
だが、一真はそんなステラの言葉に、いつまで経っても答えることが出来ないでいた。しなかったのじゃない、出来なかったのだ。
(ステラ、君は……。だが、俺は…………)
逡巡の中、しかし最終的に一真は、敢えてここで口を開くことはしないと決めた。今ここで、早急にコトを判断する必要はないと。判断すべきではないと――――直感的に、そう思ったから。
そうしている内に、京都士官学校の校舎たちの姿が見えてきて、段々と近くなってきていた。夏のある日、楽しい一日の終わりが、すぐそこまで迫っていた。
そんな一日の終わりに、少しの寂しさも感じつつ――――しかし一真は、何処かに充実感すらをも覚えていた。
――――……いつかは、誰かを選ばなきゃ。男として一発、ケジメを付けにゃならないんだ。今すぐってワケじゃないけど、それだけは肝に銘じとけ。
そんな充実感に満たされる中、ステラに手を引かれながら帰り路を急ぐ一真の頭に過ぎったのは、昼間に白井から言われた、そんな一言だった。
(ケジメ、か……)
確かに、いつかは付けなきゃならないのだろう。それは一真自身も、何となくだが分かっていることだった。今更白井に言われるまでもなく、十分すぎるぐらいに。
だからこそ、敢えて一真はここで結論を急がなかったのだ。結論を出すには、まだ夏は長すぎた。
――――こうして、夏の一日が終わりを告げる。心地よい疲労感と共にこうして一日が終わり、また新しい夏の一日がやって来る。
そんな当たり前に、言い知れぬ心地よさと幸福感を感じつつ。ひとまず今日の所は答えを急ぐまいと、一真はステラに手を引かれるまま、無言のままに京都士官学校への帰り路を急ぎ足で歩き続けていた。
「はいはい。美弥は?」
「あっ、はい。私もあっちなので」
「そう。じゃあね二人とも、今日は付き合ってくれてありがと」
「いえ、私こそ……。色々とありがとうございますっ、ステラちゃんっ!」
「いいのいいの、アタシが好きでやったことだから。――――じゃ、また近いうちに」
「へいへーい。じゃあなーステラちゃーん。それに弥勒寺も」
――――そして、刻は過ぎること夕刻頃。再び桂川駅に戻ってきた後、そうやってステラたちは二手に分かれて家路につくことになった。
ステラが強引に奢った服の入った袋を抱えた美弥が振り向いて手を振り、それに伴う白井も後ろ手に振りながら、夕暮れの街の中に消えていく。それをステラも手を振って見送りつつ、「じゃ、アタシたちも帰りましょうか」と言って、一真の方に振り返った。
「んだな」
そうやって一真が頷くと、「ほら、行こっ」と言って、ステラは何故か一真の無防備だった片手を引っ掴み、そして引っ張るようにして歩き出す。
「おいおい……」
一日中遊び倒した後だってのに元気だな、ホントに――――。
そんなことを内心で思いながら苦笑いをし、しかしここで抵抗するのも違うと思い、一真は肩を竦めながらも、しかし今はステラにされるがままにしていた。
「…………」
そうして、一真はステラに引っ掴まれた手で引っ張られるがまま。夕暮れ時も深まり、仰ぐ空の半分以上が夜闇に染まりかけた街の中を二人並んで歩き出す。
薄暗い天球の中で、背の高い雲は相変わらず浮かんだまま。西方へ未だ微かに見える茜色の残滓を遠くに眺めながら、誘蛾灯のように淡い明かりを放ち始めた街灯の下を、一真とステラは二人並んで歩いていた。
「…………カズマ」
そうした時に、今まで黙っていたステラが唐突に口を開く。それに一真が「なんだ?」といつもの調子で反応すると、
「今日……楽し、かった?」
一真の方に、チラリと横目を流しながら。彼女にしては珍しく不安げというか、何処かそんな不安定な色を込めた声色で、ステラはそんなことを訊いてきた。
「逆に、楽しくないワケないだろ?」
ステラがそんな調子だったものだから、一真は敢えて冗談めかしたように言うと、ステラと横目で視線を交錯させながらニッと口角を緩ませてみせる。
すると、ステラも表情を少しだけ緩め。「そっか……」と小さく頷くと、その横顔にほんの少し、安堵の色を垣間見させた。
「ま、サシでアレするのはまた後日ってことだな」
「カズマ、ホントに良いの?」
「良いの良いの」訊き返してくるステラに、軽い調子で一真が頷く。
「前といい今回といい、何でか知らないけど変に他の奴と逢っちまうからさ。だから、次こそはってことで」
一真がそう言うと、ステラは一瞬だけこっちに視線を寄越した後で「ふふっ……♪」とご機嫌そうに小さく笑い、
「なら、約束ね」
そうやって、一真の手を引っ掴む方とは反対の手を、ステラはその小指だけを突き出した格好で一真の方に差し出してきた。
「……?」
そんなステラの謎の行動の意図がよく分からず、首を傾げる一真は頭の上に疑問符を浮かべる。
「どういうことだ?」
どれだけ考えても訳が分からず、諦めて一真が素直に訊けば。するとステラはきょとんとした顔で「えっ?」と、今度は逆に彼女の方が首を傾げる。
「この国だと、約束するときにこうやって、小指を絡ませる風習があるんじゃないの?」
首を傾げたステラにそう言われて、一真はそこに来て漸くステラの意図を察せられた。
「ああ、指切りか」
「ユビキリ? そういう呼び方なの?」
「そそ。確かこうした後に――――」
そうして、一真は突き出されたステラの小指に、自分も彼女に引っ掴まれた手とは反対側の手で立てた小指を絡ませて、
「"ゆーびきーりげーんまん、嘘つーいたーら針千本のーます"……で、"指切った"って言えば、まあ有り体に言えば契約成立だ」
「へえ、そういう儀式なのね」
「ぎ、儀式って……」
かなり興味津々といった具合で一真の話を聞きながらそう言ったステラに、一真が苦笑いをする。
…………まあ、元を正せば遊女が誓う儀式というか、そういった奴が起源だとも言われているので、儀式という言い方もあながち間違ってはいない気もするが。
「にしても、針千本を呑ますってね」
「物騒だろ?」
「まあね」頷きながら、しかしステラの顔は悪戯っぽく、それでいて何処か悪巧みをするような顔だった。
「だったら、アタシの場合は……そうね」
「あ、アレンジする気か?」
「当然」困惑する一真の問いかけに、ステラが即答する。「何事もアタシ流が一番なの」
「好きにしてくれ……」
諦めた一真がそうして肩を竦めていると、ステラはその間にも思案を巡らせていく。
「……"ラハティ対戦車ライフル呑ます"」
「やめてくれ、ンなもんで撃たれたら粉になっちまう」
割と真面目な顔でツッコミを入れた一真の言葉も話半分といった風に「うーん、何かイマイチね……」とステラは唸り続ける。いや、20mmの高射砲用の弾なんかで撃たれたら、真面目に粉みじんになってしまう……。
そんな阿呆なことを一真が内心で考えている内に、ステラはやっと思い付いたのか「よしっ!」と独りで勝手に頷き始めていた。
「決まったか?」
「ええ」自信ありげにといった風に頷くステラ。
「それじゃ、やるわよ」
そう言って、いつの間にか離していた小指を再び絡ませてくると、ニヤニヤとしながらステラは口を開く。
「"ゆーびきーりげーんまん、嘘つーいたーら――――"」
「…………」
――――さて、何が飛び出してくるのか。
内心で楽しみにもしつつ、しかしステラのことだから本気でやりかねないとも思ってしまい、一真は無意識の内に生唾を飲み込んでいた。
「――――"ナパーム弾のーますっ"」
「オイオイやめろ俺を焼き殺す気か」
割とマジな顔でそう言えば、ステラは「ふふっ」と小さく笑い、「冗談よ」と言う。
「ホントの所は、別にあるの」
「じゃあ、早くそうしてくれ……」
でないと、ツッコミが追いつかなくなる……――――。
後半は口に出さず、一真がただ肩だけを大きく竦めていると、ステラは「分かった分かった」と軽い調子で頷いた。
「ホントのところは、割とマジなことなのよ」
「えっ?」
きょとんとした顔で一真が訊き返せば、またステラは小さく微笑んで。
「――――"嘘ついたら、アタシの男になって頂戴"」
「っ…………!?」
――――あまりに突拍子もない、そんな一言に。それに一真は驚いて、声も出なかった。
「……本気よ?」
すると、ステラはいつもの何処か高圧的な調子で。しかし、珍しく頬を紅く染めながら、一真と視線を合わせられないままに、しかしチラチラとこっちに視線を流しながらそう宣言した。
「ステラ……」
「いいの、アタシが勝手に言いたかっただけだから。アタシは言うだけ言ったし、後はアンタの好きに解釈しなさい」
そう言って、ステラはわざとらしく歩く速度を速めていく。
「ふふっ……♪」
強引に一真を引っ張りながら、加速度的に歩く速さを早めていくステラに垣間見える横顔は――――先程よりも、ずっとずっと嬉しそうだった。まるで、憑きものが取れたかのような。ステラの横顔は、そんな雰囲気を漂わせていた。
(俺は…………)
だが、一真はそんなステラの言葉に、いつまで経っても答えることが出来ないでいた。しなかったのじゃない、出来なかったのだ。
(ステラ、君は……。だが、俺は…………)
逡巡の中、しかし最終的に一真は、敢えてここで口を開くことはしないと決めた。今ここで、早急にコトを判断する必要はないと。判断すべきではないと――――直感的に、そう思ったから。
そうしている内に、京都士官学校の校舎たちの姿が見えてきて、段々と近くなってきていた。夏のある日、楽しい一日の終わりが、すぐそこまで迫っていた。
そんな一日の終わりに、少しの寂しさも感じつつ――――しかし一真は、何処かに充実感すらをも覚えていた。
――――……いつかは、誰かを選ばなきゃ。男として一発、ケジメを付けにゃならないんだ。今すぐってワケじゃないけど、それだけは肝に銘じとけ。
そんな充実感に満たされる中、ステラに手を引かれながら帰り路を急ぐ一真の頭に過ぎったのは、昼間に白井から言われた、そんな一言だった。
(ケジメ、か……)
確かに、いつかは付けなきゃならないのだろう。それは一真自身も、何となくだが分かっていることだった。今更白井に言われるまでもなく、十分すぎるぐらいに。
だからこそ、敢えて一真はここで結論を急がなかったのだ。結論を出すには、まだ夏は長すぎた。
――――こうして、夏の一日が終わりを告げる。心地よい疲労感と共にこうして一日が終わり、また新しい夏の一日がやって来る。
そんな当たり前に、言い知れぬ心地よさと幸福感を感じつつ。ひとまず今日の所は答えを急ぐまいと、一真はステラに手を引かれるまま、無言のままに京都士官学校への帰り路を急ぎ足で歩き続けていた。
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