幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

文字の大きさ
176 / 430
第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.24:真影の詩、真夏の蒼穹と金色の少女⑤

しおりを挟む
 そうした紆余曲折を経た末、なんとか随求堂を出た一真とエマの二人は、それからいくらかの堂なんかを経て参道を歩き、やっとこさ主役の本堂に辿り着いていた。
 これこそ、ここが清水たる所以。"清水の舞台"とも称される、文字通り舞台のような懸造かけづくりが崖に向かって突き出た格好が目を引く本堂だが、平安京への遷都より以前に開かれて以降、焼き討ちなどの憂き目に遭い何度も焼失している。現在残っているものは今より四百年ほど前、江戸時代の1633年になって再建されたものだ。
「ほらカズマ、こっちこっち!」
 そんな舞台の中で、先を行くエマがそんな風にはしゃぎ回りながら一真を呼ぶ。
「あんまりはしゃぐなよ、落ちるぜ?」
 頬を緩めながら肩を竦め、後を追いゆっくりと歩く一真がそう言えば、エマは「大丈夫、大丈夫!」とはしゃぐ。
「まさに舞台、ってか」
 割に珍しく、そんな洒落めいたことを言いながら、はしゃぐエマの元へ歩み寄りつつ、一真もせり出した舞台に足を踏み入れる。
 木のしなりの関係か、少しばかり下方に緩やかな傾斜が掛かったような感じの舞台は若干の不安感を覚えるが、しかし再建以来数百年、幾度かの補修工事はあれど一度として崩れていない舞台だ、心配はいらないだろう。
 ちなみに余談だが、この舞台の高さは地上から大体12mほど。思い切って物事を決めることの例えで"清水の舞台から飛び降りる~"なんて言うこともあるが、過去にはここから数百人規模で実際に身を投げているらしい。その数は、江戸中期から明治元年までのおおよそ二百年の間に、飛び降り未遂を含め二三五件と膨大な数だ。
 とはいえ、その数とは裏腹に生還率は八割五分とかなり高い。維新後に禁止令が発令されるまでの間にそれほどまでの人数がここから飛び降りたのだが、しかしそれほどまでに生き残った数は多いそうだ。
 それと余談だが、身を投げる理由は決して自殺目的でなく、寧ろ願掛けという意図だったそうだ。八割五分という異常な生還率も相まって、この飛び降り迷信はここ以外にも、当時全国に広がっていったという……。
 ――――閑話休題。
「わあ……!」
 そんな舞台の上に立ち。手すりに両手を掛けながら、エマは眼をきらきらさせながら、その向こうの景色に釘付けになっていた。
「よく見えるな、ここからだと」
 眼を輝かせながらそわそわと視線を急がせるエマの横に立ち、一真は手すりに背中と両肘を預けながら、振り返る格好で同じように舞台からの景色を眺める。
 ここが山の中に建てられているだけあって、しかも視界を遮るようなものが何も無いものだから、ここからは盆地にある京都市街が一望できた。
 奥には延々と連なる山々が見え、その手前には広大な市街が広がっている。条例の関係で背の高い建造物が殆どないだけあって、市内で唯一天高くそびえ立つ駅前の京都タワーの姿は、ここからでもハッキリと見て取ることが出来た。それはまるで、先日あのタワーからここを見た時の裏返しのようだ。
「…………綺麗だね、この街は」
 清々しいぐらいの晴天の中、もうすぐ直上に差し掛かろうとしていた太陽から降り注ぐ陽の光を一身に浴びながら。そんな景色を遠目に眺めつつ、至極感慨深そうな声でエマがそう、何気なく呟いた。
「ああ、本当に」
 そんなエマに相槌を打ちながら、一真は小さく深呼吸をする。透き通った山の空気が、生い茂る緑で濾過された清らかな空気が、少し吸い込むだけで五臓六腑に染み渡る。
「これは、壊させちゃいけない」
「……ああ」
「この街を、ここに住む人々を。僕らが……ちゃんと、護らなきゃね」
 そんな風に言って、一真の方を振り向き見上げながら、ニコッと微笑むエマの表情は――――しかしその中に、何処か憂いの影色も共に秘めているような、一真はふと、そんな気がしてしまっていた。
「……そう、だな」
 だから、一真は敢えて短くそれだけを口にして、ただ黙って頷くのみ。それのみで、それ以上に不要な言葉を紡ぎ出そうとはしなかった。それ以上無用な言葉を紡ごうものなら、彼女の決意が崩れてしまいそうな気がしていたから……。
「ねえカズマ、あれ何かな?」
「ん?」
 そんな折、エマが何処かを指し示しながらそう訊いてきたものだから、一真もまたそちらの方に視線を向けてみた。
 エマが指差すのは、舞台から見て左下方にある境内の敷地内。そこにはちょっとした滝……というには少しばかり小振りだが、そんなようなものが三つほど連なるちょっとした一画があるのが見えた。
「この先から行けるっぽいな」
「だね」一真の何気ない言葉に、エマが頷く。「行ってみようか、あそこ」
「んだな」
 そう頷いて、また先に歩いて行くエマの後を一真は追い掛けていく。
「ホラ、早く早く! 置いてっちゃうよ?」
「はいはい、そう慌てなさんなって……」
「早く、早くっ♪」
 そんな風にはしゃぐエマの笑顔が、珍しく無邪気なものだから。それにゆっくりとした足取りで後を追う一真も肩こそ竦めども、しかし浮かべる表情は綻んだ笑顔だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

航空自衛隊奮闘記

北条戦壱
SF
百年後の世界でロシアや中国が自衛隊に対して戦争を挑み,,, 第三次世界大戦勃発100年後の世界はどうなっているのだろうか ※本小説は仮想の話となっています

大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-

半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

世にも奇妙な世界 弥勒の世

蔵屋
キャラ文芸
 私は、日本神道の家に生まれ、長年、神さまの教えに触れ、神さまとともに生きてきました。するとどうでしょう。神さまのことがよくわかるようになりました。また、私の家は、真言密教を信仰する家でもありました。しかし、私は日月神示の教えに出会い、私の日本神道と仏教についての考え方は一変しました。何故なら、日月神示の教えこそが、私達人類が暮らしている大宇宙の真理であると隠ししたからです。そして、出口なおという人物の『お筆先』、出口王仁三郎の『霊界物語』、岡田茂吉の『御神書(六冊)』、『旧約聖書』、『新訳聖書』、『イエス・キリストの福音書(四冊)』、『法華経』などを学問として、研究し早いもので、もう26年になります。だからこそ、この『奇妙な世界 弥勒の世』という小説を執筆中することが出来るのです。  私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。

万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜

黒城白爵
ファンタジー
 異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。  魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。  そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。  自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。  後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。  そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。  自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。

処理中です...