幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』

Int.35:幕間、とある少女たちの昼下がり①

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 ――――その頃、訓練生寮・203号室では。
 ぴんぽーん、と呼び鈴が鳴るのを聞いた瀬那が扉を開ければ、扉の前にはラフな私服姿のエマが立っていた。
「や、来ちゃった♪ ……なんてね」
 軽く首を傾げながら、後ろ手に組んでわざとらしい笑顔でエマがそうやっておどけてみせると、「ふっ」と瀬那も無意識の内に頬を緩ませてしまう。
「……それ、アタシの台詞じゃない?」
 そんな時に、エマの背後から別の第三者の声が聞こえたものだから。「む?」と反応した瀬那が一歩踏み出して覗き込めば、扉の近くにはエマ以外に、何故かステラの姿もあった。同じように、ラフな私服の格好でだ。
「や、瀬那」
 軽く手振りをしながらそうやって挨拶するステラに「う、うむ」と戸惑いながら瀬那は頷き返すと、「何故なにゆえ、其方がここに?」なんて風に訊く。
「今さっき、廊下でエマと出くわしてね。ここに来るって言うもんだから、暇だしアタシも付いてこようかなって。…………お邪魔だったかしら?」
「いや、構わぬ」首を横に振りながら、瀬那は改めて二人を部屋に招く。「折角ならば、多い方がい」
「まあ、アンタが良いなら良いんだけれど……。なんか、悪かったわね」
「気にするでない」
 そう言いながら、二人は瀬那に招かれて203号室へと足を踏み入れた。
「へぇ、ここがアンタとカズマの、ねぇ」
 部屋の奥まで入ってきたステラが、部屋の中をじいっと興味深げに見回しながら、独り言みたいにそうやって呟く。そんなステラの横で「やっぱ、瀬那が居ると雰囲気もちょっと違うね」なんてエマがニコニコと微笑みながら言えば、怪訝な顔で「アンタ、ここに来たことあんの?」なんて風にステラが横目で彼女に訊く。
「まあ、ちょっとした用があってね。ほんの五分ばかし、一時的にお邪魔しただけだけれど」
 半笑いでエマがそうやってステラの問いかけに答えれば、ステラは「へー、アイツがねえ」なんて、興味津々といったような反応を示す。
「ふむ。私も初耳だな、それは」
「あれ、カズマから聞いてなかった?」
 腕を組みながら首を傾げる瀬那の反応に、エマは目を丸くしながら驚いたような反応を見せる。すると瀬那は「うむ」と頷いて、それを肯定してしまうものだから、エマはさあっと血の気が引いていく感触を覚えてしまう。
(いっけない、これ言ったらマズかったのかな……?)
 もしかしたら、完全に自分は口を滑らせてしまったのかもしれない。
 そう思い、エマが気付かれない程度に顔を青ざめさせていると。隣のステラは何かを察したのか、いやらしい目付きで横目を彼女の方に流しながらニヤニヤとした表情を浮かべていた。
 まあ、ステラもそこまで鬼ではない。状況を楽しみつつも、なんとなくフォローに入ってくれそうな雰囲気ではあったが、しかし次に自分が何か反応を示さなければどうしようもない。
 そんなエマが何かを言い出そうと口を開きかけた時、「む?」と瀬那が何か思い当たる節を見つけたような反応を見せた。
「もしや、あの時か?」
「あ、あの時?」
 舌を若干滑らせながらエマが訊き返せば、瀬那は「あの時はあの時だ」と頷きながら言って、
「其方らと出掛けた折のことだ。覚えておらぬのか?」
 すると、隣のステラが「ああ、アレね」と反応したと思えば、腰に手を当てた格好のままでうんうんと独り頷いて納得する素振りを見せる。
「戦技演習のちょっと前でしょ?」
「うむ」そんなステラの返す言葉を、瀬那が頷いて肯定する。
「私と霧香は別の用があった故、帰ったのは其方らよりも大分後であるからな。一真とも少しばかり話すことがあった故、彼奴あやつが言い忘れておっても無理はない」
 うんうん、と瀬那は腕組みをしたまま、独りで勝手に納得したみたいに何度も深く頷いていた。
「それに――――」
 その後で、何か言葉を続けようと瀬那が口を開けば。「そ、それに……?」とエマは恐る恐るといった風に反応する。すると、瀬那はニヤリと小さく口角を緩ませ、
「仮に後ろめたいことがあったとして、私は一向に構わぬ」
「――――えっ?」
 瀬那の口から出てきた一言が、あまりにも意外すぎて。そんなものだからエマが素っ頓狂な声を上げていると、その横でステラも「ど、どういうことよ?」と戸惑いながら瀬那に訊き返す。
「言葉通りの意味だが、それがどうかしたのか?」
 そうすると、瀬那はさも当然といった顔で、逆に疑問符を浮かべながらそう答えてしまうものだから、二人の困惑はますます大きくなるばかり。
「何、その程度のことは男の器量というものであろう。他はどうか知らぬが、私としては気にするようなことではないのだ」
「……ま、マジで?」
 恐る恐るといった具合に訊き返すステラに、瀬那は「うむ」と頷いて、
「マジだ」
 彼女はそう、堂々たる態度で断言した。
「……あは、あははは…………」
 ともすれば、エマもなんだかおかしくなってきてしまって。浮かべていた苦笑いから段々と苦味が薄れてきて、呆れたようなそうでないような、微妙な色の笑みになってきてしまう。
「そうか、そうだったよね。瀬那は、そういうだったよね……」
 至極おかしそうにひとしきり笑った後で、エマは再び瀬那の方に視線を向け直すと。笑顔のままで、続けて彼女に向けてこんなことを問いかけた。
「瀬那ってさ、カズマのこと、好き?」
「……うむ」
 堂々たる態度のまま、凛とした声色のまま。しかし頬は少しだけ紅潮させながら、瀬那はほぼ即答かってぐらいの速さで頷く。
「僕もね、好きだよ」
「既に知っておる」
「周知の事実すぎるじゃない」
 エマもエマで、頬をぽっと紅くしながらも堂々と宣言するが、しかし瀬那とステラの二人から帰ってくるのはそんな一言で。エマは「えっ?」と至極意外そうな顔で訊き返すが、しかし隣に立つステラから漏れるのは、深々とした溜息のみ。
「アンタねぇ……。武闘大会の決勝で自分がしでかしたこと、もう忘れたの?」
「――――あっ」
 至極呆れた顔をしたステラに言われて、やっと思い出したのか。大口を開けたまま固まったエマが間抜けな顔をしていると、そんな横顔をチラリと見てしまったステラがクスリと小さく噴き出してしまう。
「アンタって、変なところでたまに抜けてるわよね」
「い、言わないでよステラ……! ぼ、僕だってホントに忘れてたんだから……っ!」
 顔を真っ赤にしながら必死に抗議してくるエマを「はいはい」とステラは片手間に軽くあしらう。
「ふふっ……」
 そんな二人のやり取りを一歩離れた所から眺めていた瀬那が、おかしそうに小さく笑みを浮かべた。
「其方たちは、本当に愉快だ」
 半分独り言のようにそう言った瀬那の表情は、言葉の通り本当に楽しげで。瀬那は二人の阿呆なやり取りを暫く眺めた後で、また「うむ」と独り頷くと、
「これ以上の立ち話も、無粋というものだ。二人とも、そこに座るがい。今、茶を持とう」
 そうやって告げ、二人を手招きした。
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