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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』
Int.48:蒼の夜、曇天の中に巡る策謀の影
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夜。しめやかな雨が、街を走り抜ける車のフロントガラスを激しく叩いていた。
夜闇の中に没し、それでも街灯を煌めかせる街の中を走る黒塗りのトヨタ・センチュリーの後部座席で、倉本少将は不機嫌そうな顔を隠そうともせず、愛用の葉巻を燻らせていた。
「お疲れのようですね、少将」
そうすれば、やはり隣に座っていた深蒼の長髪の、フレームレスの眼鏡を掛けた若い男――――マスター・エイジは不敵な笑みを浮かべながら、隣の倉本に向かってそう話しかけた。
「これだけ戦況が酷くなれば、疲れもする」
それに倉本が尚も不機嫌そうな声でそう言い返すと、マスター・エイジは首の根元ぐらいまで襟足の伸びた長い髪を軽く払いながら、「そうですか」と小さく頷く。
「そうすると、やはり防衛線は?」
「既に限界は通り越しておる。尤も、安保での米軍の援護と、それに国連軍の軍事支援があるから、まだ持ってはいるがな」
「しかし、アンクル・サムはいつ我々を見捨てるか分かりませんしね。ソヴィエトが地図から消え、冷戦構造が崩壊した今となっては、対共防波堤としての役割も、もうこの国にはありませんから」
「所詮、奴らにとっては遠く離れた島国での出来事に過ぎんのだ」
口から葉巻を放し、ふぅ、と紫煙混じりの息を吐き捨てながら、倉本は忌々しげにそう呟いた。
「こればかりは、仕方の無いことです。仮に我々が彼らと同じ立場だとして、きっと同じことをするでしょう。少将、貴方もそうは思いませんか?」
「当然といえば、当然だな」
「人間、誰しもが他人事に対しては冷酷でいられるものです。醜いことですが、致し方のないことでもあります。こればかりは、人間そのものの性ですから」
そう言うマスター・エイジの顔に、街灯の明かりが一瞬だけ差し込むと――――彼の笑顔は柔らかながら、しかし何処かで不気味な色も垣間見させていた。
「っ」
相変わらず、マスター・エイジの不気味な笑顔を見てしまうと、倉本は本能的に身震いを起こしてしまう。自分より遙かに短い人生で、一体全体どんな地獄を体験すれば、あんな末恐ろしい笑顔になるのか……。
「して、暗殺部隊の動きは?」
「うむ……」
マスター・エイジに問われ、葉巻を咥え直した倉本は腕を組みながら難しい顔をする。
「一度、動きは止めてある」
「ほう?」
興味津々と言ったように食い入るマスター・エイジの方に横目の視線を動かしながら、倉本は「それどころでは、無くなったのだ」と続けて呟いた。
「と、いうと?」
「戦況が芳しくないのだ。防衛線をすり抜けて本州に乗り込んでくる幻魔の数も、日に日に増して来ておる。かといって前線からこれ以上兵力を割けば、防衛線そのものの瓦解を招きかねん」
「だから、彼女たちを使うので?」
「そういうことだ」紫煙を吐き出しながら深く頷いて、倉本はマスター・エイジの言葉に肯定の意を示した。
「悔しいが、あの女狐の実力は本物だ。彼奴の教え子ならば、他の部隊に任せるよりはよっぽどハンティングの効率も上がるというものだ」
「合理的なのですね、少将は」
「意外そうだな?」
「ええ」ニッコリとした笑顔を浮かべながら、マスター・エイジは素直に頷く。「もっと、感情的な方だと思っていましたから」
「感情にばかり支配されていては、陸軍少将などという大役は務まらんのだよ。マスター、貴方には分からぬやも知れぬが」
「では、瀬那の暗殺は当分見送られると?」
「出来ることなら、今すぐにでも始末したいのだ。だが、先程も言った通りに状況が許さぬ。どのみち殺すのならば、有用な兵器として使い潰した方が効率的だ……」
蓄えた白髪交じりのコールマン髭を揺らしながら、倉本が至極忌々しげにそう呟く。本音では今すぐにでも瀬那を始末してしまいたいという気持ちが滲み出ていて、だからこそマスター・エイジはニコニコとした笑みを絶やさなかった。
「しかし、幾ら少佐の教え子といえ、所詮は訓練生です。宛がわれる機体も、そう大したことは無いでしょう。少将は何を思って、そこまで彼女らに期待を?」
「……噂だ」
「噂?」
マスター・エイジが訊き返せば、倉本は「ああ」と葉巻を咥えたままで頷き、
「――――"マーク・アルファ"が二機、あの士官学校に運び込まれておるという噂がある」
"マーク・アルファ"――――。
その一言を聞かされては、流石のマスター・エイジといえども言葉を失ってしまった。
「……タイプFですか、"プロジェクト・スティグマ"の?」
一瞬の沈黙の後、マスター・エイジがそうやって訊き返せば。倉本はうむ、と苦々しい顔で頷き、それを肯定した。
「…………しかし、少佐ならやりかねませんね」
「うむ」苦々しく頷く倉本。「噂では、"プロジェクト・スティグマ"そのものが再び動き出している、という話もあるそうだ」
「あ、その噂なら私も聞き及んでいます」
ニコッと小さな笑顔を浮かべながら、マスター・エイジは倉本の言葉にそう返した。
――――"プロジェクト・スティグマ"。
嘗て国防省に於いて、技術研究本部主導で行われていた次世代型国産TAMSの開発計画だ。国内のTAMS製造の根幹を担う企業群のひとつ、綾崎重工の全面的な協力を受け、今までとはまるで別次元の新時代機を造り上げようという計画が、数年前まで存在していたのだ。
しかし、それは他でもないマスター・エイジたち楽園派の工作により停滞させ、そして最後にはプロジェクトそのものの凍結にまで追い込んでいたはずだ。それが、何故今になった再び動き出したのか……。
「詳しい理由は、私にも分からない」
すると、そう呟いた倉本は「しかし」と言葉を続けて、
「だが、"プロジェクト・スティグマ"の成果である"マーク・アルファ"が奴らの元にある以上、何かしらの意図があると思っても良いだろう」
「…………」
マスター・エイジはそんな倉本の言葉を話半分で聞きながら、窓枠に頬杖を突き。そうしながら、流れゆく街の景色へと視線を移した。
(少佐と瀬那、"マーク・アルファ"の搬入、そして"プロジェクト・スティグマ"の再始動……。これが意味するところは、一体何なんでしょうかねぇ?)
今はまだ、それはマスター・エイジにすら分からない。だが、ハッキリとしていることはある。
(どちらにせよ、食い止めねばなりません。少佐の思惑も、"プロジェクト・スティグマ"も)
全ては、選ばれし大いなる我ら種族の、その播種の為に――――。
夜闇の中に没し、それでも街灯を煌めかせる街の中を走る黒塗りのトヨタ・センチュリーの後部座席で、倉本少将は不機嫌そうな顔を隠そうともせず、愛用の葉巻を燻らせていた。
「お疲れのようですね、少将」
そうすれば、やはり隣に座っていた深蒼の長髪の、フレームレスの眼鏡を掛けた若い男――――マスター・エイジは不敵な笑みを浮かべながら、隣の倉本に向かってそう話しかけた。
「これだけ戦況が酷くなれば、疲れもする」
それに倉本が尚も不機嫌そうな声でそう言い返すと、マスター・エイジは首の根元ぐらいまで襟足の伸びた長い髪を軽く払いながら、「そうですか」と小さく頷く。
「そうすると、やはり防衛線は?」
「既に限界は通り越しておる。尤も、安保での米軍の援護と、それに国連軍の軍事支援があるから、まだ持ってはいるがな」
「しかし、アンクル・サムはいつ我々を見捨てるか分かりませんしね。ソヴィエトが地図から消え、冷戦構造が崩壊した今となっては、対共防波堤としての役割も、もうこの国にはありませんから」
「所詮、奴らにとっては遠く離れた島国での出来事に過ぎんのだ」
口から葉巻を放し、ふぅ、と紫煙混じりの息を吐き捨てながら、倉本は忌々しげにそう呟いた。
「こればかりは、仕方の無いことです。仮に我々が彼らと同じ立場だとして、きっと同じことをするでしょう。少将、貴方もそうは思いませんか?」
「当然といえば、当然だな」
「人間、誰しもが他人事に対しては冷酷でいられるものです。醜いことですが、致し方のないことでもあります。こればかりは、人間そのものの性ですから」
そう言うマスター・エイジの顔に、街灯の明かりが一瞬だけ差し込むと――――彼の笑顔は柔らかながら、しかし何処かで不気味な色も垣間見させていた。
「っ」
相変わらず、マスター・エイジの不気味な笑顔を見てしまうと、倉本は本能的に身震いを起こしてしまう。自分より遙かに短い人生で、一体全体どんな地獄を体験すれば、あんな末恐ろしい笑顔になるのか……。
「して、暗殺部隊の動きは?」
「うむ……」
マスター・エイジに問われ、葉巻を咥え直した倉本は腕を組みながら難しい顔をする。
「一度、動きは止めてある」
「ほう?」
興味津々と言ったように食い入るマスター・エイジの方に横目の視線を動かしながら、倉本は「それどころでは、無くなったのだ」と続けて呟いた。
「と、いうと?」
「戦況が芳しくないのだ。防衛線をすり抜けて本州に乗り込んでくる幻魔の数も、日に日に増して来ておる。かといって前線からこれ以上兵力を割けば、防衛線そのものの瓦解を招きかねん」
「だから、彼女たちを使うので?」
「そういうことだ」紫煙を吐き出しながら深く頷いて、倉本はマスター・エイジの言葉に肯定の意を示した。
「悔しいが、あの女狐の実力は本物だ。彼奴の教え子ならば、他の部隊に任せるよりはよっぽどハンティングの効率も上がるというものだ」
「合理的なのですね、少将は」
「意外そうだな?」
「ええ」ニッコリとした笑顔を浮かべながら、マスター・エイジは素直に頷く。「もっと、感情的な方だと思っていましたから」
「感情にばかり支配されていては、陸軍少将などという大役は務まらんのだよ。マスター、貴方には分からぬやも知れぬが」
「では、瀬那の暗殺は当分見送られると?」
「出来ることなら、今すぐにでも始末したいのだ。だが、先程も言った通りに状況が許さぬ。どのみち殺すのならば、有用な兵器として使い潰した方が効率的だ……」
蓄えた白髪交じりのコールマン髭を揺らしながら、倉本が至極忌々しげにそう呟く。本音では今すぐにでも瀬那を始末してしまいたいという気持ちが滲み出ていて、だからこそマスター・エイジはニコニコとした笑みを絶やさなかった。
「しかし、幾ら少佐の教え子といえ、所詮は訓練生です。宛がわれる機体も、そう大したことは無いでしょう。少将は何を思って、そこまで彼女らに期待を?」
「……噂だ」
「噂?」
マスター・エイジが訊き返せば、倉本は「ああ」と葉巻を咥えたままで頷き、
「――――"マーク・アルファ"が二機、あの士官学校に運び込まれておるという噂がある」
"マーク・アルファ"――――。
その一言を聞かされては、流石のマスター・エイジといえども言葉を失ってしまった。
「……タイプFですか、"プロジェクト・スティグマ"の?」
一瞬の沈黙の後、マスター・エイジがそうやって訊き返せば。倉本はうむ、と苦々しい顔で頷き、それを肯定した。
「…………しかし、少佐ならやりかねませんね」
「うむ」苦々しく頷く倉本。「噂では、"プロジェクト・スティグマ"そのものが再び動き出している、という話もあるそうだ」
「あ、その噂なら私も聞き及んでいます」
ニコッと小さな笑顔を浮かべながら、マスター・エイジは倉本の言葉にそう返した。
――――"プロジェクト・スティグマ"。
嘗て国防省に於いて、技術研究本部主導で行われていた次世代型国産TAMSの開発計画だ。国内のTAMS製造の根幹を担う企業群のひとつ、綾崎重工の全面的な協力を受け、今までとはまるで別次元の新時代機を造り上げようという計画が、数年前まで存在していたのだ。
しかし、それは他でもないマスター・エイジたち楽園派の工作により停滞させ、そして最後にはプロジェクトそのものの凍結にまで追い込んでいたはずだ。それが、何故今になった再び動き出したのか……。
「詳しい理由は、私にも分からない」
すると、そう呟いた倉本は「しかし」と言葉を続けて、
「だが、"プロジェクト・スティグマ"の成果である"マーク・アルファ"が奴らの元にある以上、何かしらの意図があると思っても良いだろう」
「…………」
マスター・エイジはそんな倉本の言葉を話半分で聞きながら、窓枠に頬杖を突き。そうしながら、流れゆく街の景色へと視線を移した。
(少佐と瀬那、"マーク・アルファ"の搬入、そして"プロジェクト・スティグマ"の再始動……。これが意味するところは、一体何なんでしょうかねぇ?)
今はまだ、それはマスター・エイジにすら分からない。だが、ハッキリとしていることはある。
(どちらにせよ、食い止めねばなりません。少佐の思惑も、"プロジェクト・スティグマ"も)
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