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第四章『ファースト・ブラッド/A-311小隊、やがて少年たちは戦火の中へ』
Int.56:ファースト・ブラッド/往くは煉獄、死神の抱く最後の矜持
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「あの、教官? 今のは……」
コールサイン・ヴァイパー02、即ち一真との交信を終えた西條が「すまない、邪魔をした」と言ってオペレーティング・デスクから離れると、後ろに何歩か下がり離れていった西條の方を振り向いて、美弥が戸惑いと困惑の顔を浮かべる。
「気にするな」
しかし、西條はそれを単なる短い一言で一蹴すると、白衣の胸ポケットから取り出したマールボロ・ライトの煙草をスッと口に咥えた。だがこの82式指揮通信車の車内が禁煙であることを思い出すと、「チッ」と軽く舌を打ちながら、一度咥えた煙草を名残惜しそうに胸ポケットの紙箱へと戻す。
「……教官と一真さんって、昔からのお知り合いなんですか……?」
そんな西條の方に振り向いたまま、恐る恐るといった風に美弥が引き気味の声色でそう、問いかける。
――――西條にとっては、それは完全に図星だった。
「ここでは、敢えてノーコメントとしておこう」
だから、敢えて西條は明言をしなかった。そのお茶を濁すような言葉が、己が暗黙の内に肯定しているのと同じことであると、それを分かった上で。
「……瀬那のことも、弥勒寺のことも。いずれ時が来れば、本人たちの口から話すだろうさ。特に、君やエマたちにはな」
故に、ここで私が答えることはしないよ――――。
ふぅ、と息をつきながら指揮通信車の壁にもたれ掛かる西條がそう言えば、「……分かりました」と頷く美弥も、一応納得してくれたような顔色だった。まだ疑問は尽きないのだろうが、本人の口から語って貰うべきことだと、そう思ってくれたらしい。
「ほら、話は終わりだろ? ならさっさと仕事に戻れ、美弥。今のお前は、立派なCPオフィサーなんだからな」
重くなった空気を解すように、わざとニッと冗談めいた笑みを浮かべながら西條がそう言ってやると。美弥は「あっ、はい!」とハッとしたような顔をし、慌てて座る椅子の前にあるオペレーティング・デスクの方に身体の向きを向け直した。
「――――ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各機、状況を報告してください」
マイクのスウィッチを入れ、頭に嵌めるインカムから伸びる口元のマイクに美弥が囁きかければ、A-311小隊の各機から次々と状況報告の通信が指揮通信車に飛び込んで来る。
「……了解。コンボイ部隊の離陸開始まで待機を。離陸以降は、地上誘導員の指示に従ってください」
美弥がそう呼びかけるのと前後して、彼女らが乗る指揮通信車が格納されたCH-3ヘリ輸送モジュールの傍で、激しすぎる轟音が響き始めた。グラウンドに駐機されていたCH-3輸送ヘリが次々とエンジンを起動させ、目覚め始めていると西條はすぐに分かった。
「…………」
そして、西條たちの直上でも同じような、いやより一層激しい爆音が微かな揺れと共に響き始める。どうやら、輸送モジュールごと美弥たちの指揮通信車を腹に抱えたCH-3も、息を吹き返したらしい。
その、ある意味で慣れ親しんだ轟音と振動に身を揺さぶられながら、指揮通信車の壁にもたれ掛かる西條は腕を組み、そして小さく息をつく。
(結局、止められなかった)
胸の内で呟いても、顔には出さないようにした。しかし、下唇を噛むことだけは無意識の内にやっていて、止められない。西條の腹の底で渦巻く悔しさが、下唇から微かな紅い血という形になって滲み出る。
――――止められなかった。教え子たちをこんなに早く戦地へ送り込むなんて愚行を、止めることが、出来なかった。
それが、西條にはどうにも悔しかった。虚しいだけの勇ましいミリタリー・マーチに見送られ、この世の地獄とも思えるあの戦場に、教え子たちをこんなに若くして、未熟なままに送り込むことを止められなかった自分自身が、あまりにも不甲斐なく、情けなく思えて仕方なかった。
(赦せ、とは言わん。赦されようとも思わない)
――――だが。
(君らを死地へ送る以上、私は最後までそれに付き合ってやる)
それが、西條が敢えてこうして指揮通信車に同乗する理由だった。こんな行動に意味はあまりない。しかしこうすることが、教え導く者としての西條に残された、こんな不甲斐ない状況の中で残された、最後の矜持だったのだ。
子供たちを死地へと送り込むのなら、自分も地獄の底までそれに付き合う。それが教官としての、大人としての責務だ――――。
こんな状況に追い込んできた倉本少将は、憎らしくて仕方ない。だが、今はこうすることしか出来ないのだ。ならば、自分だけ安全な後方でふんぞり返っているなんて選択肢、西條に取れるはずもない。その昔、英雄として祭り上げられたスーパー・エース、死神と畏れられていた彼女ならば、尚のことだった……。
「――――ヴァイパー各機、起立。コンボイ各機への牽引クレーン・ワイヤーの接続作業を開始してください」
美弥の明瞭な声が、西條の耳にも届く。最初の頃の拙さは何処かへ消え、この短期間ながら美弥は今や、立派なCPオフィサーへと成長していた。
だから、後ろから眺めている西條にはそれがどうにも嬉しく。そして――――少しだけ、悲しかった。
コールサイン・ヴァイパー02、即ち一真との交信を終えた西條が「すまない、邪魔をした」と言ってオペレーティング・デスクから離れると、後ろに何歩か下がり離れていった西條の方を振り向いて、美弥が戸惑いと困惑の顔を浮かべる。
「気にするな」
しかし、西條はそれを単なる短い一言で一蹴すると、白衣の胸ポケットから取り出したマールボロ・ライトの煙草をスッと口に咥えた。だがこの82式指揮通信車の車内が禁煙であることを思い出すと、「チッ」と軽く舌を打ちながら、一度咥えた煙草を名残惜しそうに胸ポケットの紙箱へと戻す。
「……教官と一真さんって、昔からのお知り合いなんですか……?」
そんな西條の方に振り向いたまま、恐る恐るといった風に美弥が引き気味の声色でそう、問いかける。
――――西條にとっては、それは完全に図星だった。
「ここでは、敢えてノーコメントとしておこう」
だから、敢えて西條は明言をしなかった。そのお茶を濁すような言葉が、己が暗黙の内に肯定しているのと同じことであると、それを分かった上で。
「……瀬那のことも、弥勒寺のことも。いずれ時が来れば、本人たちの口から話すだろうさ。特に、君やエマたちにはな」
故に、ここで私が答えることはしないよ――――。
ふぅ、と息をつきながら指揮通信車の壁にもたれ掛かる西條がそう言えば、「……分かりました」と頷く美弥も、一応納得してくれたような顔色だった。まだ疑問は尽きないのだろうが、本人の口から語って貰うべきことだと、そう思ってくれたらしい。
「ほら、話は終わりだろ? ならさっさと仕事に戻れ、美弥。今のお前は、立派なCPオフィサーなんだからな」
重くなった空気を解すように、わざとニッと冗談めいた笑みを浮かべながら西條がそう言ってやると。美弥は「あっ、はい!」とハッとしたような顔をし、慌てて座る椅子の前にあるオペレーティング・デスクの方に身体の向きを向け直した。
「――――ヴァイパーズ・ネストよりヴァイパー各機、状況を報告してください」
マイクのスウィッチを入れ、頭に嵌めるインカムから伸びる口元のマイクに美弥が囁きかければ、A-311小隊の各機から次々と状況報告の通信が指揮通信車に飛び込んで来る。
「……了解。コンボイ部隊の離陸開始まで待機を。離陸以降は、地上誘導員の指示に従ってください」
美弥がそう呼びかけるのと前後して、彼女らが乗る指揮通信車が格納されたCH-3ヘリ輸送モジュールの傍で、激しすぎる轟音が響き始めた。グラウンドに駐機されていたCH-3輸送ヘリが次々とエンジンを起動させ、目覚め始めていると西條はすぐに分かった。
「…………」
そして、西條たちの直上でも同じような、いやより一層激しい爆音が微かな揺れと共に響き始める。どうやら、輸送モジュールごと美弥たちの指揮通信車を腹に抱えたCH-3も、息を吹き返したらしい。
その、ある意味で慣れ親しんだ轟音と振動に身を揺さぶられながら、指揮通信車の壁にもたれ掛かる西條は腕を組み、そして小さく息をつく。
(結局、止められなかった)
胸の内で呟いても、顔には出さないようにした。しかし、下唇を噛むことだけは無意識の内にやっていて、止められない。西條の腹の底で渦巻く悔しさが、下唇から微かな紅い血という形になって滲み出る。
――――止められなかった。教え子たちをこんなに早く戦地へ送り込むなんて愚行を、止めることが、出来なかった。
それが、西條にはどうにも悔しかった。虚しいだけの勇ましいミリタリー・マーチに見送られ、この世の地獄とも思えるあの戦場に、教え子たちをこんなに若くして、未熟なままに送り込むことを止められなかった自分自身が、あまりにも不甲斐なく、情けなく思えて仕方なかった。
(赦せ、とは言わん。赦されようとも思わない)
――――だが。
(君らを死地へ送る以上、私は最後までそれに付き合ってやる)
それが、西條が敢えてこうして指揮通信車に同乗する理由だった。こんな行動に意味はあまりない。しかしこうすることが、教え導く者としての西條に残された、こんな不甲斐ない状況の中で残された、最後の矜持だったのだ。
子供たちを死地へと送り込むのなら、自分も地獄の底までそれに付き合う。それが教官としての、大人としての責務だ――――。
こんな状況に追い込んできた倉本少将は、憎らしくて仕方ない。だが、今はこうすることしか出来ないのだ。ならば、自分だけ安全な後方でふんぞり返っているなんて選択肢、西條に取れるはずもない。その昔、英雄として祭り上げられたスーパー・エース、死神と畏れられていた彼女ならば、尚のことだった……。
「――――ヴァイパー各機、起立。コンボイ各機への牽引クレーン・ワイヤーの接続作業を開始してください」
美弥の明瞭な声が、西條の耳にも届く。最初の頃の拙さは何処かへ消え、この短期間ながら美弥は今や、立派なCPオフィサーへと成長していた。
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