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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』
Int.11:藍の独白、白狼と戦乙女たちの月下の契り
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「……瀬那が、あの綾崎財閥の」
――――それから、数十分後。
風呂から上がった一真も交える形で、瀬那が己の素性と、今置かれている状況を簡潔にエマへと話せば、彼女は絶句した顔でそう、目を丸くしながら独り呟いていた。
「思い付かなかった俺が、こんなこと言えたことじゃないけどさ。そういえば、エマは瀬那が綾崎財閥の関係だって、連想できなかったのか?」
相変わらず自分のベッドに腰掛けながらの一真が、瀬那と共に低い丸テーブルの傍で座布団に座るエマにそう問いかければ。するとエマは「ううん」と首を横に振り、
「まさかまさか、だよ。僕だって綾崎財閥のことは多少は知ってるけれど、まさかあそこに娘が居るだなんて、思うはずがないじゃないか」
「だよなあ」そんなエマの言葉に、一真は納得したように頷く。
――――綾崎の名で、綾崎財閥を連想しないか。確かにしてもおかしくはないことだが、現に一真もエマも、瀬那があの財閥と関係のある人間だなんて、想像もしていなかった。何せ、瀬那の存在は公にはされていない。そんな状況下で瀬那を綾崎一族の人間だと考えろだなんて、想像の飛躍にも程があるというものだろう。
だからエマも、そして前に聞かされていた一真も。二人が瀬那の素性をまるで予想していなかったのも、ある意味自然というわけだ。だからこそ、瀬那は敢えて本名を隠さずにここに居るのだろう。尤も彼女の性格上、それ以前の問題として、本名を隠すことは嫌いそうなものだが……。
「故に、霧香がここに居る理由の大半は、私の護衛役ということになるのだ」
「あはは……。それにしても、ジャパニーズ・ニンジャが、まさか実在してただなんてね」
そんな風に苦笑いするエマに「信じられないか?」と一真は半分冗談めかした語気で言い、
「でも、実際見れば信じざるを得なくなるぜ。……とはいえ、普段があんなのじゃあ、信じられんかもしれないけど」
エマが尚も苦笑いする横で一真がそう言えば、瀬那も呆れたみたいな溜息をつき、
「……彼奴は、変わり者の多い宗賀衆一門でも、特に変人の類で評判であったからな…………」
少しばかり恥じるような顔で瀬那は言うが、しかし一真もエマも、思うところは変わらない。
(……やっぱり)
互いに意思疎通を図るまでも無く、二人が抱いた感想はそんな具合だった。
「まあ、でもある程度納得は出来たかな。前々から不思議に思ってたことも、解決したし」
「不思議に?」
きょとんとした瀬那が訊き返すと「うん」なんてエマは頷き、「前にね、一真が拳銃持ってるの、見ちゃってるから」と、苦笑いを浮かべながら続けて言う。
「……もしや其方、エマに見られておったのか」
それを聞けば、瀬那はジトーっとした眼をこっちに向けながら、責めるような語気で言ってくるものだから。一真は慌てて「不可抗力! 不可抗力!」と言い訳するみたいに言葉を捲し立てる。
ちなみに余談だが、一真が西條からグロック19自動拳銃を預けられていることは、既に瀬那も知り得ていることだ。同じ部屋で暮らしているのだから、当然といえば当然の話だが。
「ま、まあ僕は誰にも言ってないし。話が変に広まったりはしてないから、安心して。……ね?」
そんな二人の間に割って入るみたいに、エマが慌ててフォローしながら、最後に軽いウィンクなんかを交えながら瀬那に言えば。彼女は「……うむ」と唸って、
「……一真、気を付けるのだぞ? あまり無用に話が広がるのは、私も良しとはせぬ」
今度は冷静な語気で、諭すようにそう言ってくるもので。それに一真は「わ、分かったよ……」と、何処かバツが悪いようにしながらも、しかし頷く術しか持ち合わせていない。
(まあ、他にステラも知ってるんだけどさ……)
今でも稀にステラから受けている射撃トレーニングに際し、彼女にも自分が帯銃している件をバラしてしまっていることは、敢えてここでは伏せておいた。……というより、今それを瀬那に言う勇気を、一真は持ち合わせてはいなかった。
(意外と尻に敷かれるタイプなのか? もしかして俺ってば……)
そんな風に変に勘ぐってしまえば、一真ははぁ、と軽く肩を竦めるしかなく。それに瀬那は「……?」と不思議そうに首を傾げ、何となく意味を察したらしいエマの方は「あはは……」なんて具合に、尚も苦笑いの色を強くする。
「……でも瀬那、なんでこの話を僕に?」
そうして少しの沈黙の後、それを破るようにエマが今一度問いかけると。すると瀬那は「うむ」と深く頷いて、
「これは、其方に対する私からの……そうだな、信頼の証と思って貰っても構わぬ」
「信頼の……僕に?」
「うむ」もう一度、瀬那は深く頷く。「エマならば、この話をしておくに値する者だと、そう思っただけのことだ」
「へえ、なんだか嬉しいなあ。……でも、良かったの? そんな話、カズマはさておき、僕なんかにもしちゃって」
何処か申し訳なさそうに言うエマだったが、しかし瀬那はそれを「構わぬ」と真っ正面から一刀両断する。
「……本当は、他の者にも話しておくのが一番なのだが。しかし私自身、まだその決心が付かぬのだ……」
続けて、瀬那がそんな風に、何処か俯き気味でそう言えば。エマは「……そっか」と確かな納得の色を織り交ぜながら頷いてみせて、
「まあでも、ありがとね? 中身云々よりも、瀬那の気持ちが嬉しかった」
「それは、当然のことだ」俯いていた顔を上げながら、瀬那がエマに向かって言い返す。
「互い、同じ男を愛してしまった身だ。ともなれば、其方にも打ち明けておくのが筋であろう」
「…………えっ」
さも当然のように瀬那が口走ったことに、一真が物凄い動揺を示していたが。二人は敢えてそれを無視したまま、話を続けていく。
「ふふっ……♪ でも、だからって手心を加えるつもりは、ないからね?」
「無論だ。こちらとて、それは変わらぬよ」
「そっか。なら……安心したっ♪」
何故だか機嫌を良くしながら、瀬那の言葉にエマがそう返せば。そうすればエマは立ち上がり、何故か一真のすぐ傍まで歩み寄ってくる。
そして、その顔を一真の顔の至近にまで近寄らせ。毎度の如く唇を重ねてくる――――かと思いきや、意外にもすぐ横を素通りし、その唇は一真の耳元へと近づいていた。
「…………やっぱり、僕は君を諦めないよ」
小さく耳打ちし、囁いてくるエマの言葉を、一真は瞼を閉じたままで黙って聞いていた。近くに香る、石鹸混じりの仄かな彼女の匂いに、鼻腔をくすぐられながら。
「瀬那が君を愛していても、君が瀬那を愛していても。それはそれで、もう構わないんだ。
……だから、それとは別に、僕はやっぱり君を愛し続けることにした。だから、カズマ?」
「…………なんだ?」
瞼を閉じたまま、小さく一真が訊き返してやると。するとエマは「ふふっ……♪」と小さく微笑み、
「出来れば君にも、構わず僕を愛して貰いたい。二人同時にでも、僕らは一向に構わない。
――――だから、君が出来ればで良い。少しだって、構わない。僕が君を愛するように、君もまた僕を、少しでも愛してくれたら……。だったら、僕はとっても嬉しいなっ♪」
ニコッと柔な笑みを浮かべ、そう囁いたエマは耳たぶを甘噛みした後、小鳥がついばむような小さなキスで触れると――――そうして、一真の傍から離れていった。
「……俺は、罪な男か?」
そんなエマの顔を見上げながら、そして瀬那の方にもチラリと視線を向けながら。右眼の瞼だけを開いた一真が問いかけると、二人は揃って「うむ」「かもねっ♪」といった具合に頷いて、
「故に、私は其方を愛してしまった」
「だから、僕は君が愛おしい。狂おしいほどに、恋い焦がれてしまったのさ」
瀬那は普段見せるような、武人めいた凛とした面持ちで。そして、一真の見上げるエマの表情は――――太陽みたいに眩しい、満面の笑みだった。
――――それから、数十分後。
風呂から上がった一真も交える形で、瀬那が己の素性と、今置かれている状況を簡潔にエマへと話せば、彼女は絶句した顔でそう、目を丸くしながら独り呟いていた。
「思い付かなかった俺が、こんなこと言えたことじゃないけどさ。そういえば、エマは瀬那が綾崎財閥の関係だって、連想できなかったのか?」
相変わらず自分のベッドに腰掛けながらの一真が、瀬那と共に低い丸テーブルの傍で座布団に座るエマにそう問いかければ。するとエマは「ううん」と首を横に振り、
「まさかまさか、だよ。僕だって綾崎財閥のことは多少は知ってるけれど、まさかあそこに娘が居るだなんて、思うはずがないじゃないか」
「だよなあ」そんなエマの言葉に、一真は納得したように頷く。
――――綾崎の名で、綾崎財閥を連想しないか。確かにしてもおかしくはないことだが、現に一真もエマも、瀬那があの財閥と関係のある人間だなんて、想像もしていなかった。何せ、瀬那の存在は公にはされていない。そんな状況下で瀬那を綾崎一族の人間だと考えろだなんて、想像の飛躍にも程があるというものだろう。
だからエマも、そして前に聞かされていた一真も。二人が瀬那の素性をまるで予想していなかったのも、ある意味自然というわけだ。だからこそ、瀬那は敢えて本名を隠さずにここに居るのだろう。尤も彼女の性格上、それ以前の問題として、本名を隠すことは嫌いそうなものだが……。
「故に、霧香がここに居る理由の大半は、私の護衛役ということになるのだ」
「あはは……。それにしても、ジャパニーズ・ニンジャが、まさか実在してただなんてね」
そんな風に苦笑いするエマに「信じられないか?」と一真は半分冗談めかした語気で言い、
「でも、実際見れば信じざるを得なくなるぜ。……とはいえ、普段があんなのじゃあ、信じられんかもしれないけど」
エマが尚も苦笑いする横で一真がそう言えば、瀬那も呆れたみたいな溜息をつき、
「……彼奴は、変わり者の多い宗賀衆一門でも、特に変人の類で評判であったからな…………」
少しばかり恥じるような顔で瀬那は言うが、しかし一真もエマも、思うところは変わらない。
(……やっぱり)
互いに意思疎通を図るまでも無く、二人が抱いた感想はそんな具合だった。
「まあ、でもある程度納得は出来たかな。前々から不思議に思ってたことも、解決したし」
「不思議に?」
きょとんとした瀬那が訊き返すと「うん」なんてエマは頷き、「前にね、一真が拳銃持ってるの、見ちゃってるから」と、苦笑いを浮かべながら続けて言う。
「……もしや其方、エマに見られておったのか」
それを聞けば、瀬那はジトーっとした眼をこっちに向けながら、責めるような語気で言ってくるものだから。一真は慌てて「不可抗力! 不可抗力!」と言い訳するみたいに言葉を捲し立てる。
ちなみに余談だが、一真が西條からグロック19自動拳銃を預けられていることは、既に瀬那も知り得ていることだ。同じ部屋で暮らしているのだから、当然といえば当然の話だが。
「ま、まあ僕は誰にも言ってないし。話が変に広まったりはしてないから、安心して。……ね?」
そんな二人の間に割って入るみたいに、エマが慌ててフォローしながら、最後に軽いウィンクなんかを交えながら瀬那に言えば。彼女は「……うむ」と唸って、
「……一真、気を付けるのだぞ? あまり無用に話が広がるのは、私も良しとはせぬ」
今度は冷静な語気で、諭すようにそう言ってくるもので。それに一真は「わ、分かったよ……」と、何処かバツが悪いようにしながらも、しかし頷く術しか持ち合わせていない。
(まあ、他にステラも知ってるんだけどさ……)
今でも稀にステラから受けている射撃トレーニングに際し、彼女にも自分が帯銃している件をバラしてしまっていることは、敢えてここでは伏せておいた。……というより、今それを瀬那に言う勇気を、一真は持ち合わせてはいなかった。
(意外と尻に敷かれるタイプなのか? もしかして俺ってば……)
そんな風に変に勘ぐってしまえば、一真ははぁ、と軽く肩を竦めるしかなく。それに瀬那は「……?」と不思議そうに首を傾げ、何となく意味を察したらしいエマの方は「あはは……」なんて具合に、尚も苦笑いの色を強くする。
「……でも瀬那、なんでこの話を僕に?」
そうして少しの沈黙の後、それを破るようにエマが今一度問いかけると。すると瀬那は「うむ」と深く頷いて、
「これは、其方に対する私からの……そうだな、信頼の証と思って貰っても構わぬ」
「信頼の……僕に?」
「うむ」もう一度、瀬那は深く頷く。「エマならば、この話をしておくに値する者だと、そう思っただけのことだ」
「へえ、なんだか嬉しいなあ。……でも、良かったの? そんな話、カズマはさておき、僕なんかにもしちゃって」
何処か申し訳なさそうに言うエマだったが、しかし瀬那はそれを「構わぬ」と真っ正面から一刀両断する。
「……本当は、他の者にも話しておくのが一番なのだが。しかし私自身、まだその決心が付かぬのだ……」
続けて、瀬那がそんな風に、何処か俯き気味でそう言えば。エマは「……そっか」と確かな納得の色を織り交ぜながら頷いてみせて、
「まあでも、ありがとね? 中身云々よりも、瀬那の気持ちが嬉しかった」
「それは、当然のことだ」俯いていた顔を上げながら、瀬那がエマに向かって言い返す。
「互い、同じ男を愛してしまった身だ。ともなれば、其方にも打ち明けておくのが筋であろう」
「…………えっ」
さも当然のように瀬那が口走ったことに、一真が物凄い動揺を示していたが。二人は敢えてそれを無視したまま、話を続けていく。
「ふふっ……♪ でも、だからって手心を加えるつもりは、ないからね?」
「無論だ。こちらとて、それは変わらぬよ」
「そっか。なら……安心したっ♪」
何故だか機嫌を良くしながら、瀬那の言葉にエマがそう返せば。そうすればエマは立ち上がり、何故か一真のすぐ傍まで歩み寄ってくる。
そして、その顔を一真の顔の至近にまで近寄らせ。毎度の如く唇を重ねてくる――――かと思いきや、意外にもすぐ横を素通りし、その唇は一真の耳元へと近づいていた。
「…………やっぱり、僕は君を諦めないよ」
小さく耳打ちし、囁いてくるエマの言葉を、一真は瞼を閉じたままで黙って聞いていた。近くに香る、石鹸混じりの仄かな彼女の匂いに、鼻腔をくすぐられながら。
「瀬那が君を愛していても、君が瀬那を愛していても。それはそれで、もう構わないんだ。
……だから、それとは別に、僕はやっぱり君を愛し続けることにした。だから、カズマ?」
「…………なんだ?」
瞼を閉じたまま、小さく一真が訊き返してやると。するとエマは「ふふっ……♪」と小さく微笑み、
「出来れば君にも、構わず僕を愛して貰いたい。二人同時にでも、僕らは一向に構わない。
――――だから、君が出来ればで良い。少しだって、構わない。僕が君を愛するように、君もまた僕を、少しでも愛してくれたら……。だったら、僕はとっても嬉しいなっ♪」
ニコッと柔な笑みを浮かべ、そう囁いたエマは耳たぶを甘噛みした後、小鳥がついばむような小さなキスで触れると――――そうして、一真の傍から離れていった。
「……俺は、罪な男か?」
そんなエマの顔を見上げながら、そして瀬那の方にもチラリと視線を向けながら。右眼の瞼だけを開いた一真が問いかけると、二人は揃って「うむ」「かもねっ♪」といった具合に頷いて、
「故に、私は其方を愛してしまった」
「だから、僕は君が愛おしい。狂おしいほどに、恋い焦がれてしまったのさ」
瀬那は普段見せるような、武人めいた凛とした面持ちで。そして、一真の見上げるエマの表情は――――太陽みたいに眩しい、満面の笑みだった。
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