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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』
Int.23:金色と紅蓮、見上げる蒼穹の先に彼の背中は遠く儚く
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それから、そう間もない頃。
一旦訓練生寮に戻ったエマが、暇を持て余し気まぐれでその屋上へと何の気無しに足を運んでみると。蝶番の錆び付いて軋む扉を開ければ、そこで偶然にも紅い髪の彼女と――――ステラと、出くわしてしまっていた。
「…………」
二人、無言のまま転落防止の手すりに、ステラは背中と両肘を預ける格好で。エマは肘から腕を、そして腕に顎まで密着させるような感じで外を眺める格好で隣り合ってから、既に少しばかりの時間が経っていた。
その間、二人の間に会話らしい会話は殆ど無く。ただ、こうして日向ぼっこでもするかみたいに夏の昼下がりの蒸し暑い熱気を浴びながら、エマは遠くの街並みを眺め。ステラはぼうっと頭上で白い入道雲の浮かぶ蒼穹を仰ぎながら、ただこうしているだけ。
「…………」
そんな、無言で蒼穹を見上げるステラの雰囲気が、普段より少しだけ憂うような雰囲気というか、彼女にしては妙にセンチメンタルな雰囲気だったものだから。エマは敢えて、自分から話しかけようとはしなかった。
「…………」
そんな、何も言わないままに自分の隣に立ち、ただ微笑を浮かべて遠くの景色を眺めているだけのエマの隣が、しかし却って何だか居心地が悪く感じてしまい。かといって離れる気にもならず、どうしようもなくステラはただ、此処に立ち蒼穹を見上げているだけだった。
――――正直、自分でもこの胸に巡るモヤモヤとした感情のうねりの理由は、分からない。
分からないからこそ、ステラはどうして良いものか分からず。かといって誰かにこれを話す気にもならず、それでいて己のプライドもそれを赦さず。とはいえこのままの気分でただ時間を無為に過ごすという気分にもならなくて、だからこそステラは、此処を訪れていた。
訓練生寮の屋上は、この士官学校で唯一普通に開放されていて、何の気兼ねなく出入りの出来るただひとつの場所だった。かといって此処を訪れるような酔狂な物好きも殆ど居らず、だから人気はいつ来ても無い。だからこそ此処は、ステラにとってこの士官学校へ来た当初から、割と彼女にとって彼女だけのお気に入りの場所でもあったのだ。
(……ホント、この間からなんでこういう時に限ってさ)
しかし――――今日に限って、こんな具合にエマと出くわしてしまった。
この間の時の白井といい、こういう時に限ってなんでまた、しかもこんな所で誰かと出くわしてしまうのか。自分の運が良いのやら、悪いのやら……。どちらにせよ、二度目ともなれば流石のステラとて笑えてきてしまう。
何にせよ、ここで彼女と出くわしてしまったのは、完全に誤算だった。出撃前にこの雑念を振り払っておこうと思って此処に来たのに、これではわざわざ屋上にまで足を運んだ意味が無いではないか。
(まあ、此処に居たところで、これが解決するワケじゃ無いんだけれどね)
そう思えば、ステラは己でも気が付かぬ内に、フッと自嘲めいた笑みを顔に浮かべてしまう。
……そうだ。此処に来たところで、この胸に渦巻くモヤモヤとした何かの理由が分かるワケでもなければ、これが消えてくれるわけでも、解決するワケでもない。ただ、暑いだけだ。
しかし、それでも――――ステラは、此処に来ざるを得なかった。そうでもしなければ、胸に渦巻くこの訳の分からない感情と、向き合える気がしなかった。
(……ステラ。やはり、君は…………)
そんな、ステラの憂うような横顔をチラリと横目で眺めながら。そんな彼女の横顔で、エマは何かを察し。そして、同時に確信を得ていた。
「…………君は、それで本当に良いの?」
「……何がよ?」
――――やっぱり。
遠い目をしてそう、ポツリと呟いたエマの言葉に、きょとんとした顔で訊き返してくる、そんなステラの横顔を見て。それを見て、エマは完全に確信を持てた。
(君は、気付けていない。君自身の、本当の気持ちに…………)
しかし――――気付かぬままで良い、とも思えてしまう。ひょっとすれば、彼女にとってはその方が幸せ……なのかもしれない。
「……いや、なんでもない」
どちらにせよ、彼女自身が気付いていない今では、深くまで突っ込んだことを言うべきではないだろう。
そう思って、エマはわざとらしく微笑みながら、そうやって言って誤魔化す。「?」とステラはきょとんと頭の上に疑問符を浮かべていたが、しかし構うことはない。
(……これは、君が君自身で気付くべきことだ)
それまでは、外野の僕がとやかく言うことじゃない――――。
「君は、もう少し自分に正直になった方がいいよ。……ステラ?」
しかし、そうは思っても、これぐらいのことは口に出てしまう。これぐらいのヒントは、提示しても良いだろうと、そう思った。
「正直に、か……」
――――素直じゃない、って言いたいのかしら。
エマに言われ、ステラはそんなことを考え、そしてその欠片を口ずさんでいた。
「…………でもね、アイツは見ちゃいないのよ。全員を見ているようで、結局は誰も見てなんかいない」
(だから、余計に見てて辛いのよ…………)
最後のそれを、ステラは口に出すことはなく。ただ、胸の内でひとりごちるだけだった。渦巻くモヤモヤとした感情の中に、落とし込むかのように。
「気持ちは、分かる気もする」
そんなステラの、ポツリと呟いた独白。それを向ける先が誰なのかを最初から察していて、その上でエマはそう、ポツリと呟き返す。
「誰かが、大切な誰かが居なくなっちゃうのは。もう、二度と会えなくなるのは……怖い。怖くて、切ないから」
「…………そう」
自分を諭すかのように呟くエマの、そんな彼女の過去の片鱗を、ステラも何となく心得ているからこそ。だからこそ、ステラはそれを言葉のままに聞き、そして胸に落とし込んだ。
「怖いから、辛いからこそ、最初から本質的には見ない、見えないようにする。
…………気持ちは、痛いほど分かるよ。僕だって、そうだったかもしれないんだから」
「…………」
「僕は、そうしなかった。でも……そうしてても、何もおかしくは無いんだ」
まるで独り言を呟くようなエマの、そんな呟くような小さな声色を。ステラはただ、黙って聞いていた。頭上の蒼い、蒼すぎる蒼穹を見上げ続けながら。
「そこから戻るか戻らないかは、本人次第。本人の自由さ、誰かが外側からどうこう言っていい問題じゃない。――――でも」
「……でも、何?」
軽く首を傾げ、横目の視線を投げ掛けながら問い返してくるステラに、エマもチラリと顔を向け、ニコリと微笑めば。
「――――戻ってきた時、そこに誰も居ないっていうのは、あまりにも哀しすぎる」
一旦訓練生寮に戻ったエマが、暇を持て余し気まぐれでその屋上へと何の気無しに足を運んでみると。蝶番の錆び付いて軋む扉を開ければ、そこで偶然にも紅い髪の彼女と――――ステラと、出くわしてしまっていた。
「…………」
二人、無言のまま転落防止の手すりに、ステラは背中と両肘を預ける格好で。エマは肘から腕を、そして腕に顎まで密着させるような感じで外を眺める格好で隣り合ってから、既に少しばかりの時間が経っていた。
その間、二人の間に会話らしい会話は殆ど無く。ただ、こうして日向ぼっこでもするかみたいに夏の昼下がりの蒸し暑い熱気を浴びながら、エマは遠くの街並みを眺め。ステラはぼうっと頭上で白い入道雲の浮かぶ蒼穹を仰ぎながら、ただこうしているだけ。
「…………」
そんな、無言で蒼穹を見上げるステラの雰囲気が、普段より少しだけ憂うような雰囲気というか、彼女にしては妙にセンチメンタルな雰囲気だったものだから。エマは敢えて、自分から話しかけようとはしなかった。
「…………」
そんな、何も言わないままに自分の隣に立ち、ただ微笑を浮かべて遠くの景色を眺めているだけのエマの隣が、しかし却って何だか居心地が悪く感じてしまい。かといって離れる気にもならず、どうしようもなくステラはただ、此処に立ち蒼穹を見上げているだけだった。
――――正直、自分でもこの胸に巡るモヤモヤとした感情のうねりの理由は、分からない。
分からないからこそ、ステラはどうして良いものか分からず。かといって誰かにこれを話す気にもならず、それでいて己のプライドもそれを赦さず。とはいえこのままの気分でただ時間を無為に過ごすという気分にもならなくて、だからこそステラは、此処を訪れていた。
訓練生寮の屋上は、この士官学校で唯一普通に開放されていて、何の気兼ねなく出入りの出来るただひとつの場所だった。かといって此処を訪れるような酔狂な物好きも殆ど居らず、だから人気はいつ来ても無い。だからこそ此処は、ステラにとってこの士官学校へ来た当初から、割と彼女にとって彼女だけのお気に入りの場所でもあったのだ。
(……ホント、この間からなんでこういう時に限ってさ)
しかし――――今日に限って、こんな具合にエマと出くわしてしまった。
この間の時の白井といい、こういう時に限ってなんでまた、しかもこんな所で誰かと出くわしてしまうのか。自分の運が良いのやら、悪いのやら……。どちらにせよ、二度目ともなれば流石のステラとて笑えてきてしまう。
何にせよ、ここで彼女と出くわしてしまったのは、完全に誤算だった。出撃前にこの雑念を振り払っておこうと思って此処に来たのに、これではわざわざ屋上にまで足を運んだ意味が無いではないか。
(まあ、此処に居たところで、これが解決するワケじゃ無いんだけれどね)
そう思えば、ステラは己でも気が付かぬ内に、フッと自嘲めいた笑みを顔に浮かべてしまう。
……そうだ。此処に来たところで、この胸に渦巻くモヤモヤとした何かの理由が分かるワケでもなければ、これが消えてくれるわけでも、解決するワケでもない。ただ、暑いだけだ。
しかし、それでも――――ステラは、此処に来ざるを得なかった。そうでもしなければ、胸に渦巻くこの訳の分からない感情と、向き合える気がしなかった。
(……ステラ。やはり、君は…………)
そんな、ステラの憂うような横顔をチラリと横目で眺めながら。そんな彼女の横顔で、エマは何かを察し。そして、同時に確信を得ていた。
「…………君は、それで本当に良いの?」
「……何がよ?」
――――やっぱり。
遠い目をしてそう、ポツリと呟いたエマの言葉に、きょとんとした顔で訊き返してくる、そんなステラの横顔を見て。それを見て、エマは完全に確信を持てた。
(君は、気付けていない。君自身の、本当の気持ちに…………)
しかし――――気付かぬままで良い、とも思えてしまう。ひょっとすれば、彼女にとってはその方が幸せ……なのかもしれない。
「……いや、なんでもない」
どちらにせよ、彼女自身が気付いていない今では、深くまで突っ込んだことを言うべきではないだろう。
そう思って、エマはわざとらしく微笑みながら、そうやって言って誤魔化す。「?」とステラはきょとんと頭の上に疑問符を浮かべていたが、しかし構うことはない。
(……これは、君が君自身で気付くべきことだ)
それまでは、外野の僕がとやかく言うことじゃない――――。
「君は、もう少し自分に正直になった方がいいよ。……ステラ?」
しかし、そうは思っても、これぐらいのことは口に出てしまう。これぐらいのヒントは、提示しても良いだろうと、そう思った。
「正直に、か……」
――――素直じゃない、って言いたいのかしら。
エマに言われ、ステラはそんなことを考え、そしてその欠片を口ずさんでいた。
「…………でもね、アイツは見ちゃいないのよ。全員を見ているようで、結局は誰も見てなんかいない」
(だから、余計に見てて辛いのよ…………)
最後のそれを、ステラは口に出すことはなく。ただ、胸の内でひとりごちるだけだった。渦巻くモヤモヤとした感情の中に、落とし込むかのように。
「気持ちは、分かる気もする」
そんなステラの、ポツリと呟いた独白。それを向ける先が誰なのかを最初から察していて、その上でエマはそう、ポツリと呟き返す。
「誰かが、大切な誰かが居なくなっちゃうのは。もう、二度と会えなくなるのは……怖い。怖くて、切ないから」
「…………そう」
自分を諭すかのように呟くエマの、そんな彼女の過去の片鱗を、ステラも何となく心得ているからこそ。だからこそ、ステラはそれを言葉のままに聞き、そして胸に落とし込んだ。
「怖いから、辛いからこそ、最初から本質的には見ない、見えないようにする。
…………気持ちは、痛いほど分かるよ。僕だって、そうだったかもしれないんだから」
「…………」
「僕は、そうしなかった。でも……そうしてても、何もおかしくは無いんだ」
まるで独り言を呟くようなエマの、そんな呟くような小さな声色を。ステラはただ、黙って聞いていた。頭上の蒼い、蒼すぎる蒼穹を見上げ続けながら。
「そこから戻るか戻らないかは、本人次第。本人の自由さ、誰かが外側からどうこう言っていい問題じゃない。――――でも」
「……でも、何?」
軽く首を傾げ、横目の視線を投げ掛けながら問い返してくるステラに、エマもチラリと顔を向け、ニコリと微笑めば。
「――――戻ってきた時、そこに誰も居ないっていうのは、あまりにも哀しすぎる」
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