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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』
Int.25:白狼と藍の巫女、しかして彼らは傍観者に過ぎず
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「…………白井」
――――そんな二人の会話を、一真は校舎の角に隠れるようにして。瀬那と共に盗み聞きするように、聞いてしまっていた。
盗み聞きするつもりは、無かった。ただ、錦戸に兵装変更の報告を上げに行った、その帰り際のことだったのだ。白井とまどか、二人の尋常ならざる雰囲気の会話に、出くわしてしまったのは。
「……彼奴、何やら重いモノを背負っているのではと思ってはおったが」
校舎の角からチラリと白井の背中を覗き見ながら、瀬那がそう呟く。それに一真は「だな……」と頷いて、
「アイツも……か」
なんて風に、何処か含みを含ませたようなことをポツリと口にするものだから、瀬那は「む?」と怪訝そうに訊き返す。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
しかし、一真は取り繕うようにそう言うのみで。「刻が来れば、いずれ君にも話す」とだけ告げれば、含む先程の言葉のその真意を、瀬那に話す意志はなさそうだった。
「……まあ、それは其方が話したいと思った時で構わぬ。それよりも」
「ああ」頷く一真。「こりゃあ、どうしたものかな」
「どうするもこうするも、我らに出来ることなど無かろうて」
「まあ、だよな」
「うむ。……我らは、所詮は蚊帳の外。彼奴ら自身が解決しない限り、我らにはどうすることも出来ぬよ。
…………所詮、此度の我らは部外者に過ぎぬ。ただ、見守るしか出来ることはない」
「そう、か……」
少しの悔しさを噛み締めながら、そんな瀬那の言葉に一真は小さく頷いていた。
どうしてやることも出来ないと、理性では分かっている。分かっているが、それがどうしようも無く歯痒くて仕方ない。手を出すことができない現状が歯痒くて、少しばかり悔しくて。しかし今の自分たちにどうすることも出来ない以上、ただ黙って歯を食い縛り耐えるしかないのだ。
そう思いながらも、しかし一真は知らず知らずの内に、右の拳を硬く握り締めていた。やり場のない感情を強引に抑えつけ、無理矢理に握り潰してしまうかのように。
「…………一真」
すると、瀬那はそんな一真の、硬く握り締められた右の拳を包み込むように、そこへそっと両手を添える。彼女の、自分より少しだけ低いひんやりとした体温が伝われば、一真は少しだけ拳の握り締める力を和らげることが出来た。
「其方は、やはり優しいのだな」
「……そんなんじゃない」
「私の前で、謙遜は無用だ」瀬那はそう言いながら、一真の拳から放した右の掌をそっと、悔しげに顔を逸らす彼の頬に触れさせる。
「其方の優しさは強さだが、弱さでもある。……人間、出来ることには限りがあるのだ」
そうして、頬に沿わせた掌を、今度は首の後ろへと回し。そっと彼を自分の方へ引き寄せれば、腰を小さく折らせながら自分の胸へと顔を埋めさせる。
「瀬那……?」
されるがままになりながら、一真は怪訝そうに彼女の名を呼ぶ。しかし瀬那は「よい」とそれに小さく頷いて、
「一度、落ち着くがよい。熱くなりすぎるのは、一真の悪い癖だ」
そう、落ち着かせるように耳元で囁きかけながら、そっと後ろ髪を撫でる。
「……かもな」
一真は頷きながら、小さく息をつき。今は彼女に、瀬那にされるがままに身を任せることにした。
頭の後ろを撫でられている内に、知らず知らずの内に熱く沸騰していた血流が収まり、燃え滾っていた思考が段々とクールダウンしていくのが分かる。確かに、熱くなりすぎるのは己の欠点らしい。
「人間、出来ることには必ず限りがある……。此度のことで、我らに出来ることはなにひとつ有りはせぬよ」
分かれとは言わぬ。ただ、それは心得ておくのだ、一真――――。
「…………ああ」
瀬那に諭されるがまま、一真は小さく頷いていた。
そうしていたから――――二人は、最後まで気付くことは無かった。走り去っていったまどかの後を追って駆け出していく一人と、そしてそれを追うもう一人の足音に。
――――そんな二人の会話を、一真は校舎の角に隠れるようにして。瀬那と共に盗み聞きするように、聞いてしまっていた。
盗み聞きするつもりは、無かった。ただ、錦戸に兵装変更の報告を上げに行った、その帰り際のことだったのだ。白井とまどか、二人の尋常ならざる雰囲気の会話に、出くわしてしまったのは。
「……彼奴、何やら重いモノを背負っているのではと思ってはおったが」
校舎の角からチラリと白井の背中を覗き見ながら、瀬那がそう呟く。それに一真は「だな……」と頷いて、
「アイツも……か」
なんて風に、何処か含みを含ませたようなことをポツリと口にするものだから、瀬那は「む?」と怪訝そうに訊き返す。
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
しかし、一真は取り繕うようにそう言うのみで。「刻が来れば、いずれ君にも話す」とだけ告げれば、含む先程の言葉のその真意を、瀬那に話す意志はなさそうだった。
「……まあ、それは其方が話したいと思った時で構わぬ。それよりも」
「ああ」頷く一真。「こりゃあ、どうしたものかな」
「どうするもこうするも、我らに出来ることなど無かろうて」
「まあ、だよな」
「うむ。……我らは、所詮は蚊帳の外。彼奴ら自身が解決しない限り、我らにはどうすることも出来ぬよ。
…………所詮、此度の我らは部外者に過ぎぬ。ただ、見守るしか出来ることはない」
「そう、か……」
少しの悔しさを噛み締めながら、そんな瀬那の言葉に一真は小さく頷いていた。
どうしてやることも出来ないと、理性では分かっている。分かっているが、それがどうしようも無く歯痒くて仕方ない。手を出すことができない現状が歯痒くて、少しばかり悔しくて。しかし今の自分たちにどうすることも出来ない以上、ただ黙って歯を食い縛り耐えるしかないのだ。
そう思いながらも、しかし一真は知らず知らずの内に、右の拳を硬く握り締めていた。やり場のない感情を強引に抑えつけ、無理矢理に握り潰してしまうかのように。
「…………一真」
すると、瀬那はそんな一真の、硬く握り締められた右の拳を包み込むように、そこへそっと両手を添える。彼女の、自分より少しだけ低いひんやりとした体温が伝われば、一真は少しだけ拳の握り締める力を和らげることが出来た。
「其方は、やはり優しいのだな」
「……そんなんじゃない」
「私の前で、謙遜は無用だ」瀬那はそう言いながら、一真の拳から放した右の掌をそっと、悔しげに顔を逸らす彼の頬に触れさせる。
「其方の優しさは強さだが、弱さでもある。……人間、出来ることには限りがあるのだ」
そうして、頬に沿わせた掌を、今度は首の後ろへと回し。そっと彼を自分の方へ引き寄せれば、腰を小さく折らせながら自分の胸へと顔を埋めさせる。
「瀬那……?」
されるがままになりながら、一真は怪訝そうに彼女の名を呼ぶ。しかし瀬那は「よい」とそれに小さく頷いて、
「一度、落ち着くがよい。熱くなりすぎるのは、一真の悪い癖だ」
そう、落ち着かせるように耳元で囁きかけながら、そっと後ろ髪を撫でる。
「……かもな」
一真は頷きながら、小さく息をつき。今は彼女に、瀬那にされるがままに身を任せることにした。
頭の後ろを撫でられている内に、知らず知らずの内に熱く沸騰していた血流が収まり、燃え滾っていた思考が段々とクールダウンしていくのが分かる。確かに、熱くなりすぎるのは己の欠点らしい。
「人間、出来ることには必ず限りがある……。此度のことで、我らに出来ることはなにひとつ有りはせぬよ」
分かれとは言わぬ。ただ、それは心得ておくのだ、一真――――。
「…………ああ」
瀬那に諭されるがまま、一真は小さく頷いていた。
そうしていたから――――二人は、最後まで気付くことは無かった。走り去っていったまどかの後を追って駆け出していく一人と、そしてそれを追うもう一人の足音に。
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