幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.47:After that/刻みつけるは刹那、儚き一瞬のインターバル③

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「――――よォし、三番機の最終チェック急がせろォ!!」
 そうして一真が訪れたTAMS格納庫は、朝も早くだというのに凄まじい喧噪に包まれていて。そんな風に格納庫中に響き渡るデカい声を上げている三島の姿を見つければ、一真はそんな彼の元へ歩み寄り、ニヤニヤとしつつ「ちわ」なんて肩を叩きながら声を掛けてみた。
「ん? ――――ああ、坊主か。何だ、今日は早いじゃねーか」
 ともすれば、そんな一真に気付いた三島が振り向いてくる。
「そういうおやっさんは、どうやらかなり遅そうな雰囲気っスね?」
 そんな三島に、一真がニッと軽い笑みを浮かべながらそう言えば。三島も三島で「あたぼうよ」と言い、皺の寄った渋い顔の上に浮かべた、更に渋い笑みを返してくる。
「差し入れ。この辺で一丁、コーヒー・ブレイクでもどうっスか?」
 一真が片手にぶら下げた缶珈琲をスッと差し出しながら言えば、三島は掛けたアヴィエーター・サングラスの黒い偏光レンズの向こう側で、徹夜明けの眼をニッと笑わせ。そして「いいねえ」なんてニヤニヤとすれば、差し出された缶珈琲を受け取った。
 そうして、一真と三島は二人揃って一度格納庫を出て。格納庫の外壁にもたれ掛かるようにして二人並べば、三島はさっき受け取った缶珈琲を。そして一真は自前で一緒に調達してきた缶コーラを開け、二人揃ってグイッとそれを煽る。
「――――っかぁーっ!! やっぱ徹夜明けの珈琲はキくねぇ」
 ともすれば、三島はそんな風な反応を見せ。それを横目で見ていた一真も、思わずニヤニヤと表情を綻ばせてしまう。
「んで、坊主。何か俺に用でもあったのか?」
「いんや、特には」三島の問いかけにサラリと答えながら、一真はまたコーラの缶を啜る。
「強いて言うなら、気まぐれと暇潰し?」
「おいおい」苦笑いする三島。「俺だって忙しい身なんだぜ? それをお前、暇潰しってよお」
「まあまあ、良いじゃないっスか。丁度良い休憩の機会にはなったんスから」
「……ま、そこは否定しねえけどよ」
 互いに横目の視線を向け合いながら、にひひ、と眼で笑い合う二人。そんな二人の上を、チュンチュンと小さく鳴きながら、数羽のすずめが通り過ぎていった。
「…………徹夜ってことは、やっぱり」
「んだな」一真の言葉半ばにして、三島は頷きそれを認めた。「今回は、結構ひでーな」
「まあ、そうっスよねぇ」
 すると、ガクッと肩を落としながら一真がそんな反応を見せる。しかし三島は「坊主のタイプFに関しちゃ、そこまでねーよ」と言い放ち、
「坊主のアレに関しちゃ、いつも通りのメニューで問題なしだ。ただ……」
「? ただ……何です?」
 訊き返せば、三島は「ううむ……」と一瞬言い淀むように唸り、
「錦戸の奴が珍しく喰らってるのも、そうなんだが。それよりも、問題は……」
「…………八番機、っスか」
 一真が先を読みそう言えば、三島は「ああ」とそれを認めた。
 ――――八番機、即ち国崎機のことだ。
 三島ら整備兵たちが夜を徹した原因がそれであることを、一真は何となく察していた。実はここへ来たのも、自分のタイプFと、そして大破した国崎機の様子を見に来たという理由が大きかったのだ。
「一応、坊主たちが帰って来てから暫くして、工兵隊が回収した八番機が運び込まれて来た。普段なら気合いで直して、そのままコクピット・ブロック積み直して前線復帰か、或いは予備機送りにするとこなんだが……」
「予想よりも、被害状況が酷いと」
「そういうことだ」三島が頷く。
「……百聞は一見に如かず、だ。八番機はまだ放置してる、見に来るか?」
 そんな三島の提案に、一真は「勿論」と二つ返事で頷き。そうして三島に案内されるままに、格納庫の裏手の方へと回っていった。
 裏手といっても、本当に真裏というワケではない。寧ろ格納庫から見たら側面の位置だが、士官学校の徴用校舎や訓練生寮からは丁度影になって見えない位置のために、往々にして裏手と呼ばれているような、そんな一帯だ。
 そうやって格納庫の裏に回れば、少しだけ影の落ちたその中にある、国崎機だったという物を見て、一真は――――言葉を失った。
「…………この有様だ」
 隣に立つ三島が、空になった珈琲の缶を足元に置き。懐から取り出したホープ銘柄の煙草に、手持ちのジッポーで火を付けながらそう言う。
 ――――今、一真の目の前にある国崎機だったものは、正直言って粗大ゴミと見分けが付かないような有様だった。
 グラウンドの上に敷かれたブルーシートの上に並べられているのは、バラバラになったそれぞれの部位と、回収された細かい部品たち。ベイルアウトした後で幻魔たちに踏み潰されていた国崎の≪叢雲≫が五体不満足なのは言うまでもなく、両手両脚ともにが完全に別離していて、空になった胴体と腰部までもが真っ二つに別離してしまっている。
 辛うじて原型を保っている胴体も、右腕も、そして左脚の膝から下も。そのすべからくが装甲に物凄い殴打の跡が見られ、ベコベコに凹みきってしまっている。まるで、派手な事故を起こした後の自動車のように、生き残っている部位ですらも滅茶苦茶だった。
 フレームは歪み、内部の配線は露出し。人工筋肉パッケージは筋繊維がズタズタに引き裂かれて使いものにならなくなっているし、マニピュレータに至っては左右両側とも、指の何本かが抜け落ちていて見当たらない。
「…………酷い」
 そんな≪叢雲≫の凄惨な残骸を見せつけられてしまえば、絶句する一真の口からやっとこさ漏れるのも、そんな短い一言だけだった。
「詳しい坊主なら、ある程度は分かるだろ」
 眼を見開いて絶句する隣の一真に向け、三島はホープの煙草を吸いながら、腕を組みながらでそう言う。二人とも、視線は目の前の残骸に向けられている。
「被害率は、ざっと八割ってトコだな。部品は欠けまくってるわ、残ってる奴も大体が壊れちまってるわ。辛うじて生き残ってるユニットも大体フレーム歪んじまってて使いものにならねえし、装甲に至っちゃ見ての通りだ」
「……センサーも細かい部品もお釈迦で、生きてるユニットすらひとつも無いともなれば、やっぱり」
「ああ」一真の言葉に、三島が頷いて肯定する。「部品取りにしても、取れる部品が殆どありゃあしねえ。こりゃあ、確実に用廃送りだ」
 用廃――――。
 用途廃止、平たく言えば廃機というワケだ。それを告げる三島の語気が、何処か悲哀の色を隠しているように思えてしまうのは、やはり彼が生粋の技術屋だからなのか。
「まあ、こうして≪叢雲≫は一機丸々お釈迦になっちまったワケだが」
 しかし、三島は敢えてそれを悟らせぬようにしながら、煙草を吹かしつつ隣の一真に向けてそう、続けて言う。
「肝心の中身は、無事だったんだろ?」
「……まあ、何とか」
 神妙な顔で一真が答えれば、三島は「なら、良いじゃねえか」と一真の肩を叩く。
「パーツで一番の高級品は、パイロットだ。お前さんにゃいい加減、クドいぐらいに言ってる気もするが……その通りなんだよ」
「おやっさん……」
「こんな因果な仕事を何十年と続けて来りゃあ、自然とそういう奴も嫌になるほど見ちまうってもんさ。使い捨ての消耗品みたいに使い潰されていく、哀れな人形遣いたちをよ……」
 一真の肩に手を置いたまま紡ぎ出す、そんな三島の言葉が。どうにも凄まじい重みを伴っているせいで、一真は相槌ひとつ打つことすら出来ず。ただ、黙ってそれを聞くだけだった。
「機械なんてなァ、所詮は消耗品だ。それに、こうでもならない限りは、俺たちが幾らか徹夜しちまえば、元通りに直せちまう。
 ――――けどよ、坊主。人間ってなァ、そうも行かねえだろ?」
「…………」
「人間は、パイロットは、こんな鉄の塊とは違う。一度壊れちまったら、幾ら俺たちが死に物狂いで直そうとしたところで、どうにも直りゃしねえんだ。一度壊れちまったら、心臓が止まっちまったら。もう、二度と生き返りゃあしねえ……」
 三島の瞳は、サングラスの黒い偏光レンズに阻まれて見えなかった。しかし、その声音は、何処か泣いているようでもあった。本当に泣きはしないが、しかし心が泣いているような……。そんな悲哀を、一真は三島の語気から感じ取っていた。
「だからよ、坊主。幾らぶっ壊そうが、気にするこたあねえぞ?」
 でもよ、これだけは約束してくれ――――。
「どんだけぶっ壊そうが、機体を駄目にしようが構わねえ。所詮はあんなもん、ただの道具だ。俺たちが死ぬ気でやりゃあ幾らでも元通りにしてやるし、どうにもならなけりゃあ、新しいのを西條アイツにせがめば良い。坊主の為なら、奴は幾らでも用意するさ。
 ――――けどな、坊主。お前さんらパイロットは、あくまでも人間だ。機械でも、道具でもねえ。一度壊れちまえば、それでおしまい。幾ら足掻こうが、そこが終着点デッド・エンドになっちまうんだ」
「…………」
「だから、必ず生きて帰って来い。どれだけぶっ壊そうが構わねえ。ベイルアウトでも何でもすれば良い。だから――――絶対に、生きて帰って来い」
 それだけは、約束してくれ――――。
「……絶対とは、言い切れない」
 そんな三島の言葉に、しかし一真は曖昧な色でそう言うと、
「――――でも、努力はしてみますよ」
 続けてそんなことを口走れば、三島もニィッと口角を釣り上げて。
「ったく、可愛げのねえ奴め」
 そう言いながら、一真の肩を二、三回ほど叩き。そうして手を放せば、最後にバンッと凄い勢いで一真の背中を平手で叩いてきた。
(必ず、生きて帰る――――)
 この場所へ、またもう一度。必ず、生きて帰ってくる――――。
 三島の言葉は、三島の切なる願いは、しかし彼が思うよりもずっと強く、深く一真の胸に刻みつけられ。それは、彼にとっての新たな誓いへと、新たな戒めへと変化していく。
(生きて、また此処へ)
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