幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.53:蒼穹、疲れ果てた老躯の願いは澄んだ蒼の中に溶け消えて

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「――――三島さん」
 それから、暫く経ったある日の早朝のこと。格納庫の表で煙草を吹かし待ち構えていた三島にそう声を掛けながら近づいてきたのは、錦戸だった。
「おう」
 左目尻に縦一文字の傷が走ったあの厳つい顔の上でニコニコと、相変わらずの似合わなさすぎる温和な笑みを浮かべながら歩み寄ってくる錦戸に、三島はホープ銘柄の煙草を咥えたままで軽く手を挙げ、サングラスの黒い偏光レンズ越しに彼を見ながら不作法に挨拶をする。
「で、用ってのは?」
 そんな三島の隣に並び立つようにして格納庫の壁にもたれ掛かる錦戸に、三島がそう問いかければ。すると錦戸は懐から取り出したラッキー・ストライクの煙草を咥えながら「いえ、大したことでは無いのですが」と、それに自前のジッポーで火を付けながら前置きをし、それから早速本題に切り込んだ。
「修理状況の確認と、プラスアルファって感じですね」
「修理状況だぁ?」錦戸が言えば、呆れた顔で振り向く三島が反応する。「ンなもん、報告書で纏めて出しただろうが」
「まあまあ、それはそれでちゃんと拝見させて貰いましたよ。――――それで、私の機の方は?」
 三島を宥めるようにニコニコとしながら言う錦戸に、三島は「チッ……」と小さく舌を打ってから、
「……右肩なら、ユニットごと丸々交換だ。どのみちあんだけ焼けて、しかも消化剤までブチ撒けたとあっちゃあ、どう足掻いても使いものにならんよ」
「そうですか。お手数をお掛けしましたね、三島さん」
「全くだ」
 毒づきながら、咥えていた吸い殻を三島が足元へ吐き捨て、その火種を作業靴の底で揉み消す。
「にしても錦戸、お前さんがあの程度の数相手に被弾するなんざ、随分とヤキが回ったみてえだな?」
 そうして、新しい煙草を咥えながら。今度はニヤニヤと嫌らしく笑う三島にそう言われれば、錦戸も「いやはや、全く」と苦く笑わざるを得ず、
「恐ろしいものですな、ブランクというものは」
 まるで自分の非をあっさりと認めてしまうかのように、そんな言葉を続けた。
「…………錦戸」
 すると、三島は少しの間を置いてから、今度は神妙な面持ちと声音でそう、呟くように呼ぶ。俯きながら、彼の方を向かないままで。
「はい?」
 それに錦戸が首を傾げつつ反応すれば、三島はシュッと手元のジッポーで咥えた新しい煙草に火を付けて。それを懐に仕舞いつつ一度ふぅ、と紫煙混じりの白く濁った息を吹かし、そして口を開くのはそれからのことだった。
「お前さん、もう前に出張るような歳じゃねえんだ。それにお前さん、身体だって――――」
「――――止してください、三島さん」
 しかし、錦戸はそんな三島の言葉に上から被せ、半ばで制してしまう。
「そんなことぐらい、私も重々承知しておりますよ。何せ、他でもない私自身のことですから」
 ニコニコと笑いながら、続けてそう言う錦戸だったが――――そんな錦戸の反応が、却って痛々しくて。三島はやはり、彼の顔を正面から正視することが出来ないでいた。
「……嬢ちゃんは、お前さんのことを承知で?」
「詳しいことまでは」そんな風に眼を背けながらの三島の問いに、錦戸がそっと答える。
「しかし、何となくは察しておられるのでしょう。少佐は、ああ見えて聡明なおかただ」
「そうかぁ? アイツ、ああ見えて意外と、素の方は阿呆だぜ」
 ニヤニヤとしながら三島が言い返せば、錦戸も「それも、心得ています」なんて風に、ニヤッと三島に笑い返す。
「…………ま、確かにお前さんに任せるっきゃねえよな、前線は。嬢ちゃんが出張るともなれば、騒ぎがあまりにデカくなりすぎる」
「そういうことです」三島の言葉に、錦戸は小さく頷いた。
「少佐殿は、文字通りの生ける伝説。あのかたが再び戦場に舞い戻るようなことがあれば、それこそ倉本少将レベルの話では済まなくなりますから」
「まあ、だよな」
 頷きながら、しかし三島は小さく肩を落とす。
「でも、万が一の時は、流石の嬢ちゃんも出るんだろ?」
 その後で三島が続けてそう問いかければ、錦戸も「ええ」と頷き、「勿論です」とそれを肯定した。
「死神の帰還か……。戦う嬢ちゃんの背中をもう一度見たい気持ちが半分、見る羽目になって欲しくない気持ちが、もう半分ってトコか」
「私も似たようなものです、三島さん。
 ――――少佐殿は、世界を見てきた私から見ても、最高の逸材です。あくまで私の主観ですが、今の人類で少佐以上に強いパイロットなど、きっと存在しないでしょう」
「おいおい……。お前さん、相変わらず嬢ちゃんのこと、随分と買ってるみてえだな?」
 苦笑いをする三島がそう言うと、すると錦戸もニッと小さな笑みを浮かべながら彼の方へと振り返り、
「それは三島さん、貴方とて同じことでしょう?」
 なんて風に言い返すものだから、三島も笑い返しながら「違いない」と頷いてみせる。
「でなけりゃあ、向こうウン十年。ましてこんなトコまで付いて来てねえさ」
「つまり、貴方も私のことは言えないと」
「……チッ、こりゃあ一本取られちまったな」
 そんな冗談めかしたことを言い合っていれば、二人の浮かべる笑みは深くなる一方で。錦戸と三島の二人は暫くの間互いを横目で見合いながら、くっくっくっ、と引き笑いにも似た風に笑い合っていた。
「――――……まあでも、何だ。あんま無理はすんなよ、錦戸」
 その暫くが経過した後で、またシリアスな顔色に戻った三島にそう言われれば。しかし錦戸の答えは「絶対、とは言えませんが」という、何とも微妙な色の回答だった。
「……それより、八番機の代わりの方は、どうなってるのです?」
 すると、錦戸はそう言った後で話題を変えるようなことを三島に訊いて。ともすれば三島は「八番機か……」と唸り、
「とりあえず、≪神武・改≫で間に合わせた。ホラ、あの坊主が武闘大会の時に使ってた奴だ」
「L型ですか……」
 まあ、悪くない判断だと錦戸は思っていた。
 ――――JS-1L≪神武・改≫。嘗てのクラス対抗TAMS武闘大会の折、国崎が使っていた機体だ。
 約二十年前、JS-9≪叢雲≫のロールアウトより少しだけ早く配備の開始された近代化改修機で、JS-17≪閃電≫と同世代の改修が施された美桜のJS-1Z≪神武・弐型≫よりも性能は数段劣るが、しかし決して悪くない機体だ。
 まして国崎が武闘大会の折、これを扱っていた経験があるというのならば、撃墜された≪叢雲≫E型の代わりとしてはベストだろう。流石は三島、その選択眼は未だ衰えていないらしい。
「十番機、弐型の予備パーツを流用して多少の改造はやっておいたから、武闘大会の時よりも動きは良くなってる筈だ。……ま、その分OSやらバランサーやら、制御システムの調整に苦労したがな」
「お手数、お掛けしてしまったようで」
 何処か申し訳なさそうに言う錦戸に、「良いってコトよ」と三島は平気な顔をして笑い飛ばす。
「≪叢雲≫はあんなザマになっちまったが、中身の坊主は無事なんだろ? なら、俺たちメカマンとしても本望って奴さ」
 続けて三島がそう言えば、錦戸がフッと小さく笑いながら、こんなことを呟いた。
「…………そういえば、昔から貴方の口癖でしたね」
「おうよ」頷く三島。「俺たちが心血注いで整備した機体が、キッチリ中身のパイロットを護ってくれたって何よりの証拠だ。中身がちゃんと生きて帰ってくれてるんなら、それこそ手間暇掛けて面倒見た甲斐があるってもんよ。壊れちまったマシーンの方も、きっと本望だろうさ」
 三島はそう言うと、また吸い殻を吐き捨てて。それを作業靴の底で踏み潰しながら、小さく息をつき。そうしてから、またポツリと口を開く。
「…………本音を言っちまえば、あんな若造どもを送り出すような真似、したか無いんだがね」
 そんな、絞り出すような三島の声音に。それに錦戸はただ、小さく短く「……ええ」と頷くことしか出来なかった。
「出来ることなら、送り出したくは無かったです。彼らのような、未来ある若者を。ええ、本当に――――」
 悲痛にも聞こえる錦戸の呟く言葉は、しかし彼の思い浮かべる彼女らに届くこともなく。ただ、蒼く蒼く澄み切った蒼穹そらに霧散し、そして風に吹かれて掻き消えていく。
 ――――今日も、青々とした清々しい蒼穹そらが、頭上の天球いっぱいに広がっていた。
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