幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第五章『ブルー・オン・ブルー/若き戦士たちの挽歌』

Int.58:平穏なある日の残影、切り取る一瞬は永遠の中へ②

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「ささっ、皆並んで並んでぇ♪」
 格納庫の傍に集められたA-311小隊の面々の前で、そんな風に呼びかけながらの美桜がノリノリでカメラの準備に取り掛かっている。三脚まで用意する準備の良さは一体何なんだと一真は思いつつ苦笑いをしていたが、隣に立つ瀬那に「まあ、いではないか」とにこやかな顔で言われると、そんな些細なことはどうでも良くなった。
「……なあ、錦戸」
「はい、少佐?」
「なんで私らまで巻き込まれてるんだ?」
「さあ……?」
 そうしていると、割と隅の方に二人並んで立っていた困惑顔の西條と、相変わらずニコニコとした錦戸とがそんな具合に言葉を交わし合っている。どうやら二人も美桜に集められたクチのようだ。
「まあ、いではありませんか少佐。こういう思い出作りも、大切なことですし」
「ううむ、私らまで写ってしまって、良いものなのか……?」
 こんな時にも相変わらずマールボロ・ライトの煙草を吹かす西條の困惑した顔に、やはり微笑む錦戸は「はい」と頷き、
「こういうものは、大勢でやる方が楽しいですから」
 そうやって諭すように言えば、「そういうものか」と、西條もとりあえず納得したような反応を示した。
「……白井に橘、貴様らは随分と気合いの入った格好じゃないか」
「もしかして、お二人とも何処かに行かれるんですかぁ?」
 というやり取りが教官二人の間で交わされている間、かたや国崎と美弥が、私服は私服でも何故か気合いの入った格好のまどかと、同じように私服の白井を眺めながらそんな風に声を掛ける。
「あ、分かった? 実はねえ、今日まどかちゃんとおデー――――」
「な、何もありませんからっ!!」
 すると、白井が何かを言い掛けるが、しかし言葉を半ばにまどかは白井の腕を思い切りつねりながらその前に一歩踏み出て、真っ赤な顔で言い訳をするみたいに言葉を上被せする。その後ろで白井が「痛い痛い痛い! 痛いってまどかちゃーん!!」なんて騒いでいるが、今更そんな白井の反応を気にする者は誰一人として居ない。
「ったく、ホントに懲りないわねアイツ……」
 そんな風にまどかにやられる白井を少し遠くから眺めつつ、ステラは眉間を指で押さえながらはぁ、と大きすぎる溜息をついていた。とはいえ彼女の位置も白井の真隣といったぐらいの立ち位置で、物理的な距離は遠くない。あくまで気分的な上での距離、というワケだ。
「む? 彼奴あやつら、何処かへ出掛けるのか?」
 すると、白井たちの方へ横目を向けていた瀬那がそんな風に言うものだから、一真を間に挟んで並び立つエマが「あはは……」なんて苦笑いをした後で、
「多分、今日はあの二人、デートじゃないかな?」
 なんてことを言うものだから、今度は一真が「マジで?」とエマに訊き返してしまう。
「あのまどかの反応、僕は間違いないと思うなー。瀬那はどう思う?」
「……むう、乙女心という奴か。分かるような、分からぬような」
「あはは……。現役の乙女が、それ言う……?」
 困り顔の瀬那の反応に、やはり苦笑いをしながらエマがそう言えば。すると瀬那は「む」と彼女の方を向いて、
「私は乙女などと名乗る資格、ありはせぬよ。この言葉はエマ、其方にこそ相応しい」
「そっくりそのまま、言葉はお返しさせて貰うよ瀬那。僕なんかより、君の方が余程乙女を名乗るのに相応しい」
「いやいや、エマこそ」
「いやいやいや、瀬那の方が良いって」
 そんな風に何故かお互い譲らぬものだから、文字通り間に板挟みになる格好の一真は二人の声を至近で聞かされながら、ただ「おいおい……」と困り果てることしか出来ない。
「…………というか、なんで俺まで引っ張られてんだ?」
 瀬那とエマ、それに一真がそんなやり取りを交わしていると、すると教官二人とは逆側の隅に独りポツンと居た繋ぎ姿の三島のおやっさんが、物凄い困り顔でそんなことを呟いていた。相変わらずのトレードマークなランドルフのアヴィエーター・サングラスが眩しいが、しかし黒い偏光レンズの奥に隠した瞳の上は、かなりの困惑が泳いでいる。
「というか美桜ちゃーん? アタシらまで写っちゃって、ホントにええんかいな?」
 ともしていれば、着々とカメラのセットアップを続けていく美桜の傍で、何とも言えない顔色の雪菜を伴った慧がそんな風に問いかけていた。
「ぜーんぜん♪ 寧ろ、写って貰った方が嬉しいですよぉ♪」
 すると、美桜はそんな調子なものだから。一瞬雪菜と顔を見合わせた慧は「しゃーない」と言って肩を竦めれば、二人揃って諦めたような顔になる。
「ホントは、他のハンター2の皆さんにも来て欲しかったんですけれど、何処に連絡すれば良いか分からなくって。ホントは慧ちゃんたちも半分諦めてたんですけれど、偶然逢えて良かったですよぉ」
「あ、そう……」
 そんな言い草の美桜に慧はもう一度肩を竦めてみせてから「ま、ええわ」と切り替えるみたいに言うと、
「ほな雪菜、アタシらも行こか」
「あ、うんっ」
 雪菜を伴って、慧もまた撮影待ちの皆の中へ混ざっていく。
「じゃあ皆ー? 撮るわよぉー?」
 慧たちが位置に着くのを待ってからそんな風に呼びかけて、美桜はカメラのセルフタイマーを五秒にセットすると。
「行くわよぉー。せーのっ♪」
 そうやって合図をしてシャッターを押せば、駆け足で皆の方へと合流し。隅の方に陣取っていた国崎の隣に立てば、その瞬間に。
 ――――パシャリ。
 なんて具合に小さく動作音が聞こえ、その一瞬がフィルムの中に焼き付け、切り取られた。
(写真、か)
 撮られながら、瀬那とエマの二人を両隣にしながらの一真が、ふと思う。
(……本当に、久し振りだ)
 この一瞬が、永遠であれば良いのに――――。
 何故だか分からないが、一真はそんなことを思ってしまっていた。この幸せな一瞬が、永遠に続いていけば良いと。
「……一真」
「カーズマっ♪」
「…………本当に、終わらなければいいのにな」
 ――――彼らは、まだ知らない。この先にあるのが、果て無き苦難に満ちた茨の道であることを。
 彼らは、まだ知らない。この先に見えるのが、果てしない黒に満ちた、道標無き道であることを。
 それでも――――彼らの歩みは、止まらない。止めることが出来ない。その先にあるのが、果ての無い戦いに満ちた日々であることが分かっていても、彼らの歩みを止めることは出来なかった。誰にも、誰にでさえも。
 しかし、この瞬間だけは、確かな幸せが満ちていた。まるで曇りのない、雲のない蒼穹そらのような一点の穢れなき幸せが、皆の心に満ちていた。
 やがて、少年少女たちは知るだろう。己の生きる世界の真実を、その摂理を。絶望の真理に満ちた世界の中で、彼らはそれでも戦い、そして必死に抗い、生きていくのだ――――。
 ――――例えその道に、幾つともがらの屍を積み上げようとも。
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