幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.25:蒼の氷鉄、睥睨の蒼

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「……A-311小隊へ直接手を出したという話は本当なのですか、マスター・エイジ」
 とある高級ホテルの最上階にあるスウィート・ルーム。背後のソファにどっぷりと腰を降ろす倉本陸軍少将の苛立った声での問いかけに、窓際に立つマスター・エイジは彼の方へ振り向きながら「はい」とにこやかな笑顔で答えてみせた。
「どういうつもりなのですか、マスター!」
 すると、倉本は余りに唐突に激昂し。声を荒げたと思えば、目の前のテーブルへドカンと苛立つ握り拳を叩き付ける。しかしそれでもマスター・エイジの笑顔は欠片も綻ぶことはなく、「どういうつもり、というと?」なんて具合に倉本へ逆に訊き返す。
「貴方のしでかした一件で、もし我々のことが情報局に尻尾を捕まれでもすれば、それだけで貴方も私も、全てがご破算になってしまう。マスター、貴方はそのことを本当に自覚しておられるので?」
「その点なら、心配要りませんよ」と、マスター・エイジが返す。「既に対策は十二分に講じてありますから」
「……マスター、貴方は機密諜報部を侮りすぎている」
 苛立った顔で呟き、倉本は吸いかけのままでテーブルの灰皿に立て掛けてあった自前の葉巻に手を伸ばした。咥えて大きく吸い込めば、紙巻きでは決して得られないぐらいの深みのある味わいの紫煙が肺に叩き付けられる。
「それに、もし仮に尻尾を掴まれたとしても」
 と、そんな倉本の方にくるりと振り返れば、やはりにこやかな顔でマスター・エイジはこう続けた。
「掴まれるのは、我々。倉本少将には何ら影響は無いはずですよ?」
 にっこりとした爽やかすぎるほどの笑顔が、しかし今は却って恐ろしく倉本の眼には映ってしまう。
「……しかし、それでも大きすぎる損害を貴方は出してしまっている」
「曰く、「撃っていいのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ」と」
「フィリップ・マーロウ……。レイモンド・チャンドラーか」
「ええ」倉本が即答すれば、マスター・エイジはほんの少しだけ嬉しそうに口角を緩めた。「大いなる眠りです。少将もご存じですか?」
 それに倉本が「読んだことはない」とつまらなさげに答えると、するとマスター・エイジは「そうですか」とやはりにこやかな顔で頷き、
「こちらから仕掛ける以上、ある程度の損害は覚悟しておかねばなりませんから」
「織り込み済みだったでも、貴方は仰りたいので?」
「解釈は貴方に任せますよ」と、マスター・エイジ。「それにね、これは啓蒙けいもうでもあったのですよ」
「啓蒙……?」
 当惑した顔で反芻するみたく倉本がひとりごちれば、マスター・エイジは「ええ」と頷いた後で、こう言葉を続けた。
「私から、彼らへの啓蒙。戦いの本質というものを、彼らは知る必要がある」
「……我々の目的は、あくまで綾崎の娘の始末だ。貴方は何処かでそれを履き違えてはおられないか?」
「それはあくまで倉本少将、貴方の目的ですよ。貴方の目的と私の目的は、必ずしも一致しない」
 眼下の街を一望できる窓ガラスに軽く背中を預けながら、マスター・エイジはそう言うと微かな笑みを浮かべ。フレームレスの眼鏡の向こう側に垣間見える双眸から、まるで見透かすような視線を倉本に向けて落としていた。
「マスター、貴方は」
「前にも何度だって貴方に申し上げているはずです、少将。貴方は貴方で好きにやって頂いて構わない。しかし、私の方でも別のプランを用意してあると」
「っ……」
 言葉の意図を読み切れず、倉本が言葉を詰まらせるのを見て笑みの色を強め。そしてマスター・エイジは窓の外へと向き直れば、独り胸の内で語り掛け始めた。遠く遠く、失意の中に沈んでいるであろう彼らへと向けて、しかし決して彼らの耳には届かぬ言葉を。
(少佐の子供たちよ、貴方たちは知ったはずだ。戦いというものの本質を、生命いのちのやり取りというものがどういうことなのかを)
 内心でひとりごちながら、マスター・エイジはマールボロ・ライトの煙草を口にそっと咥え。そして使い古されたいぶし銀のジッポーを小さく鳴らせば、その先端を軽く炙って火を点けてやる。
(貴方がたが何処まで私を愉しませるか、それを今は楽しみにしておきましょう。またの機会までごきげんよう、少佐の子供たちよ……)
 チリチリと舞う白い副流煙に深蒼の前髪を撫でられながら、マスター・エイジは薄く微笑んでみせた。
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