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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』
Int.38:失速と再起、叩き上げるは可能性の剣
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「くそっ……!」
待機位置へと戻ったシミュレータ装置の中から這い出してきた一真は、飛び降りるとそのままキャット・ウォークの手すりにもたれ掛かるように背中を預け、そこに座り込んでしまっていた。
――――負けた、最大級の奇策を持ってしても、奴はその上を行っていた。
完全なる敗北。完膚なきまでに叩きのめされた。圧倒的な力の差を目の当たりにした上で、自分はあの壬生谷雅人に敗北したのだ。
確かにあの男は強い、強すぎるぐらいに強い。それは一真も今の戦いで認めていた。だから負けたところで仕方ないという思いもある。何せ相手は技研の試験機を駆り、特殊部隊の中隊長まで務めている男だ。
ただ、一真は悔しさに駆られていただけだ。どうしようもなくやり場の無い悔しさに駆られ、気力の抜けた身体をただ、こうして鉄柵に背中を預け座り込ませることしか出来ない。
一真は、何よりも己自身の無力さが悔しかった。全てを絞り尽くした末に何も出来ず、一方的に叩きのめされた自分自身の無力さが。別に今更になって、雅人に対して抱く敵意の類で悔しがっているのではない。寧ろ圧倒的な実力を目の当たりにしたことで、その類の感情は一真の中でかなり薄れていた。……尤も、嫌味ったらしい性格の男であることには変わりないが。
「何が強くなきゃならないだ、馬鹿が……!」
唇を噛み締め、独り虚空へと呟く。噛み締める力が強すぎて、口の端からツーッと小さな血の雫が滴り始めてしまうほどに。
「カズマ……」
そんな彼の傍へと駆け寄ったエマだったが、しかし一真の様子を見るなり立ち止まってしまい、掛ける言葉も見つからないままに立ち尽くすことしか出来ない。
(駄目だよ、僕が行かないと)
それでも、エマは意を決し更に踏み出した。今ここで自分がやらねば、誰がやるのだと。そう己自身を強く戒め、そして叱咤し。エマは悔しげに項垂れる彼の傍に歩み寄り、しゃがみ込んで。ただ彼に「……お疲れ様」とだけ言うと、彼の唇の端から滴る赤い血をそっと、自分の指先で拭う。
「…………」
真っ白でほっそりとした指先にこびり付いた血の跡は、まるで彼の悔しさそのものを代弁しているかのように赤黒かった。自分の指先を見下ろすエマは、ただそれを感じることしか出来ない。
「――――やあ、弥勒寺くん」
そうしていれば、そんな風に項垂れる一真の元へコツ、コツと靴音を鳴らしながら、同じくパイロット・スーツ姿の雅人が近づいてきた。一真と同じ85式パイロット・スーツではあったが、しかし≪ライトニング・ブレイズ≫用のカラーリングなのか、漆黒を基調に真っ赤なラインの入ったモノを雅人は身に纏っていた。
「っ……」
影が一真を覆い隠すほどに至近へと迫った雅人の顔を、エマは思わず睨み付けるように見上げてしまう。だがすぐにそれが筋違いだと気付けば、途端にどうして良いか分からないといった表情に変わる。
「正直、見直したよ」
すると、雅人は傍らのエマを意図的に無視しながら、項垂れる一真に向かってそんな言葉を投げ掛けた。それに反応し、一真がスッと顔を上げる。
「てっきり、機体性能に頼り切っているだけの無能かと思っていたが……どうやらそれは、俺の勘違いらしい。認識を改めることにするよ、弥勒寺くん」
「……お世辞は止してくれ」と、一真が言う。「あんだけの啖呵切っといて、結局はこのザマだ。情けなくて仕方ねえや……」
「正直、俺の方も君を煽りすぎていた。……その若さで教官に見初められ、タイプFを預けられた君に、俺は少し嫉妬していたのかも知れないな。謝るよ、弥勒寺くん」
「よしてくれ、アンタらしくもない」
「自分でもらしくないことをしている自覚はあるんだ、余計なコトを言わないでくれたまえ」
「ヘッ……」
「フッ……」
一真は見上げ、雅人は見下ろして。そして二人は何がおかしいのか、互いに微かな笑みを交わし合う。
「さて、立てるか」
とすれば、雅人はスッと右手を一真の方に伸ばしてきた。一真も「……ふぅ」と小さく息を漏らし、
「認めるよ。アンタは確かに凄腕で、俺はまだまだだ。……悔しすぎるけれどよ」
己の右腕で、差し出された雅人の右腕をがっしりと掴み返す。雅人もまた握り返し、腕に力を込め一真を引っ張り上げて立たせる。
「君の才能は確かだ、戦っていて、確かなセンスを感じた。流石はあの西條教官が認めただけのことはある。……尤も、まだまだ甘ちゃんだが」
「最後に一言余計なんだよな、アンタは」
引き起こした雅人と、引き起こされた一真。そうして二人は、互いに互いの顔を見合わせ、不敵に笑い合う。
「……とりあえずは、一安心かな」
そんな二人のやり取りをすぐ傍で眺めながら、エマは少しだけ安堵し胸を撫で下ろしていた。どうやら、自分が手を出すまでもないらしい。それでももう暫くは彼の傍に居てやろうと思うのは、己が恋心故の欲なのか。……それは、敢えて考えないことにする。
「やっははー、二人ともお疲れさまーっ!」
すると、遠くから愛美がバタバタと忙しない足音を立てて駆け寄ってくる。すぐ傍に寄ってくるなり「二人とも、凄かったねぇ」なんて言って、その後で「カズマくん、やるじゃーん」と愛美が一真の頭をわしゃわしゃと子犬でも扱うみたいに無邪気に撫で始めれば、また騒がしくなってくる。
「あっ、ちょっと待ってよ!? それは僕の役目なんだから!」
「あー、ごめんごめん。そういえばエマちゃんが居たや……。てへっ、お姉さん失敗しちゃった」
「……アジャーニ少尉、君にも色々と悪いことをしたな」
「あ、いえ。今更ですし、カズマが良いなら僕も構いませんから」
「そうだぞー。雅人はエマちゃんの海のように広い心に感謝するべきなのですっ」
「……うるさいぞ愛美、ちょっと黙ってろ」
パシン、と雅人がどこからともなく引っ張り出してきた来客用のスリッパで、愛美の尻を軽く叩く。いつもの意趣返しって奴だ。
「あ痛ぁー!? ちょっ、雅人ぉ! お尻はないでしょ、お尻はさあ!?」
「いつもいつもヒトの頭をバシバシバシバシ叩きまくってるような女に、今更どうこう言われる筋合いはないと思うが」
「ひっどーい! うわーんカズマくぅーん、雅人が虐めてくるぅー!」
と、わざとらしく泣きながら愛美が一真の胸に飛び込んでくるものだから、一真は後ろに数歩たたらを踏みながら「どわぁっ!?」と驚き、その横でエマは「それは流石に見逃せないよっ!?」と、少しだけ頬を朱に染めながら、そんな愛美を何とか引き剥がそうとする。
「やめないか、愛美」
雅人が無理矢理に愛美を引き剥がせば、「きゃー! ひどーい!」とまた愛美が騒ぎ始めて。それからはまあ、中々に収拾の付かないやり取りへと発展していく。
「……フッ」
そんな四人のやり取りを遠目に眺めながら、西條が独りほくそ笑んでいた。
「アイツには良い薬、良い刺激になったみたいだな」
ふざける愛美と、彼女を止めようとするエマの二人の間に挟まれ、もみくちゃにされる一真を遠目に眺め、西條はひとりごちる。
「……敗北を重ねて、男は強くなるというものだ。精々負け続けて、悔しさを味わえよ…………?」
この敗北は、しかし決して悪い敗北ではない。圧倒的な実力差のある相手から一方的に叩きのめされたことによって、一真は確かに痛烈な挫折を覚えたはずだ。
だが、そこを立ち直れなければ。そこから更に己を叩き上げられなければ、そこに戦士としての未来はない。西條は彼の才能と可能性を信じていたからこそ、雅人と戦わせた。彼の秘めたる才能を確信していたからこそ、己の代わりとなる≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せたのだ。
勿論、そこに瀬那の護衛役としての意図もある。ただ正直なところ、西條の本音としては――――彼ら≪ライトニング・ブレイズ≫の存在が、一真にとって良い刺激になること。そして、あわよくば彼らに刺激された一真が、更なる高みへと昇ることへの期待の方が大きかった。
「そういえば、瀬那が居ないな……?」
と、そんなことを思いながら眺めている最中、西條はあの中に瀬那の姿が無いことに気付き、そして怪訝に思った。彼女ならば、この中に混ざっていても何ら不自然ではないはずだが……。
見回してみるが、シミュレータ・ルームの中に彼女の姿は何処にもない。西條は首を傾げ、彼女の意図を測りかねていた。
「瀬那、君は何を考えている……?」
待機位置へと戻ったシミュレータ装置の中から這い出してきた一真は、飛び降りるとそのままキャット・ウォークの手すりにもたれ掛かるように背中を預け、そこに座り込んでしまっていた。
――――負けた、最大級の奇策を持ってしても、奴はその上を行っていた。
完全なる敗北。完膚なきまでに叩きのめされた。圧倒的な力の差を目の当たりにした上で、自分はあの壬生谷雅人に敗北したのだ。
確かにあの男は強い、強すぎるぐらいに強い。それは一真も今の戦いで認めていた。だから負けたところで仕方ないという思いもある。何せ相手は技研の試験機を駆り、特殊部隊の中隊長まで務めている男だ。
ただ、一真は悔しさに駆られていただけだ。どうしようもなくやり場の無い悔しさに駆られ、気力の抜けた身体をただ、こうして鉄柵に背中を預け座り込ませることしか出来ない。
一真は、何よりも己自身の無力さが悔しかった。全てを絞り尽くした末に何も出来ず、一方的に叩きのめされた自分自身の無力さが。別に今更になって、雅人に対して抱く敵意の類で悔しがっているのではない。寧ろ圧倒的な実力を目の当たりにしたことで、その類の感情は一真の中でかなり薄れていた。……尤も、嫌味ったらしい性格の男であることには変わりないが。
「何が強くなきゃならないだ、馬鹿が……!」
唇を噛み締め、独り虚空へと呟く。噛み締める力が強すぎて、口の端からツーッと小さな血の雫が滴り始めてしまうほどに。
「カズマ……」
そんな彼の傍へと駆け寄ったエマだったが、しかし一真の様子を見るなり立ち止まってしまい、掛ける言葉も見つからないままに立ち尽くすことしか出来ない。
(駄目だよ、僕が行かないと)
それでも、エマは意を決し更に踏み出した。今ここで自分がやらねば、誰がやるのだと。そう己自身を強く戒め、そして叱咤し。エマは悔しげに項垂れる彼の傍に歩み寄り、しゃがみ込んで。ただ彼に「……お疲れ様」とだけ言うと、彼の唇の端から滴る赤い血をそっと、自分の指先で拭う。
「…………」
真っ白でほっそりとした指先にこびり付いた血の跡は、まるで彼の悔しさそのものを代弁しているかのように赤黒かった。自分の指先を見下ろすエマは、ただそれを感じることしか出来ない。
「――――やあ、弥勒寺くん」
そうしていれば、そんな風に項垂れる一真の元へコツ、コツと靴音を鳴らしながら、同じくパイロット・スーツ姿の雅人が近づいてきた。一真と同じ85式パイロット・スーツではあったが、しかし≪ライトニング・ブレイズ≫用のカラーリングなのか、漆黒を基調に真っ赤なラインの入ったモノを雅人は身に纏っていた。
「っ……」
影が一真を覆い隠すほどに至近へと迫った雅人の顔を、エマは思わず睨み付けるように見上げてしまう。だがすぐにそれが筋違いだと気付けば、途端にどうして良いか分からないといった表情に変わる。
「正直、見直したよ」
すると、雅人は傍らのエマを意図的に無視しながら、項垂れる一真に向かってそんな言葉を投げ掛けた。それに反応し、一真がスッと顔を上げる。
「てっきり、機体性能に頼り切っているだけの無能かと思っていたが……どうやらそれは、俺の勘違いらしい。認識を改めることにするよ、弥勒寺くん」
「……お世辞は止してくれ」と、一真が言う。「あんだけの啖呵切っといて、結局はこのザマだ。情けなくて仕方ねえや……」
「正直、俺の方も君を煽りすぎていた。……その若さで教官に見初められ、タイプFを預けられた君に、俺は少し嫉妬していたのかも知れないな。謝るよ、弥勒寺くん」
「よしてくれ、アンタらしくもない」
「自分でもらしくないことをしている自覚はあるんだ、余計なコトを言わないでくれたまえ」
「ヘッ……」
「フッ……」
一真は見上げ、雅人は見下ろして。そして二人は何がおかしいのか、互いに微かな笑みを交わし合う。
「さて、立てるか」
とすれば、雅人はスッと右手を一真の方に伸ばしてきた。一真も「……ふぅ」と小さく息を漏らし、
「認めるよ。アンタは確かに凄腕で、俺はまだまだだ。……悔しすぎるけれどよ」
己の右腕で、差し出された雅人の右腕をがっしりと掴み返す。雅人もまた握り返し、腕に力を込め一真を引っ張り上げて立たせる。
「君の才能は確かだ、戦っていて、確かなセンスを感じた。流石はあの西條教官が認めただけのことはある。……尤も、まだまだ甘ちゃんだが」
「最後に一言余計なんだよな、アンタは」
引き起こした雅人と、引き起こされた一真。そうして二人は、互いに互いの顔を見合わせ、不敵に笑い合う。
「……とりあえずは、一安心かな」
そんな二人のやり取りをすぐ傍で眺めながら、エマは少しだけ安堵し胸を撫で下ろしていた。どうやら、自分が手を出すまでもないらしい。それでももう暫くは彼の傍に居てやろうと思うのは、己が恋心故の欲なのか。……それは、敢えて考えないことにする。
「やっははー、二人ともお疲れさまーっ!」
すると、遠くから愛美がバタバタと忙しない足音を立てて駆け寄ってくる。すぐ傍に寄ってくるなり「二人とも、凄かったねぇ」なんて言って、その後で「カズマくん、やるじゃーん」と愛美が一真の頭をわしゃわしゃと子犬でも扱うみたいに無邪気に撫で始めれば、また騒がしくなってくる。
「あっ、ちょっと待ってよ!? それは僕の役目なんだから!」
「あー、ごめんごめん。そういえばエマちゃんが居たや……。てへっ、お姉さん失敗しちゃった」
「……アジャーニ少尉、君にも色々と悪いことをしたな」
「あ、いえ。今更ですし、カズマが良いなら僕も構いませんから」
「そうだぞー。雅人はエマちゃんの海のように広い心に感謝するべきなのですっ」
「……うるさいぞ愛美、ちょっと黙ってろ」
パシン、と雅人がどこからともなく引っ張り出してきた来客用のスリッパで、愛美の尻を軽く叩く。いつもの意趣返しって奴だ。
「あ痛ぁー!? ちょっ、雅人ぉ! お尻はないでしょ、お尻はさあ!?」
「いつもいつもヒトの頭をバシバシバシバシ叩きまくってるような女に、今更どうこう言われる筋合いはないと思うが」
「ひっどーい! うわーんカズマくぅーん、雅人が虐めてくるぅー!」
と、わざとらしく泣きながら愛美が一真の胸に飛び込んでくるものだから、一真は後ろに数歩たたらを踏みながら「どわぁっ!?」と驚き、その横でエマは「それは流石に見逃せないよっ!?」と、少しだけ頬を朱に染めながら、そんな愛美を何とか引き剥がそうとする。
「やめないか、愛美」
雅人が無理矢理に愛美を引き剥がせば、「きゃー! ひどーい!」とまた愛美が騒ぎ始めて。それからはまあ、中々に収拾の付かないやり取りへと発展していく。
「……フッ」
そんな四人のやり取りを遠目に眺めながら、西條が独りほくそ笑んでいた。
「アイツには良い薬、良い刺激になったみたいだな」
ふざける愛美と、彼女を止めようとするエマの二人の間に挟まれ、もみくちゃにされる一真を遠目に眺め、西條はひとりごちる。
「……敗北を重ねて、男は強くなるというものだ。精々負け続けて、悔しさを味わえよ…………?」
この敗北は、しかし決して悪い敗北ではない。圧倒的な実力差のある相手から一方的に叩きのめされたことによって、一真は確かに痛烈な挫折を覚えたはずだ。
だが、そこを立ち直れなければ。そこから更に己を叩き上げられなければ、そこに戦士としての未来はない。西條は彼の才能と可能性を信じていたからこそ、雅人と戦わせた。彼の秘めたる才能を確信していたからこそ、己の代わりとなる≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せたのだ。
勿論、そこに瀬那の護衛役としての意図もある。ただ正直なところ、西條の本音としては――――彼ら≪ライトニング・ブレイズ≫の存在が、一真にとって良い刺激になること。そして、あわよくば彼らに刺激された一真が、更なる高みへと昇ることへの期待の方が大きかった。
「そういえば、瀬那が居ないな……?」
と、そんなことを思いながら眺めている最中、西條はあの中に瀬那の姿が無いことに気付き、そして怪訝に思った。彼女ならば、この中に混ざっていても何ら不自然ではないはずだが……。
見回してみるが、シミュレータ・ルームの中に彼女の姿は何処にもない。西條は首を傾げ、彼女の意図を測りかねていた。
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