幻想遊撃隊ブレイド・ダンサーズ

黒陽 光

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第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』

Int.37:藍の巫女、揺れ動く心の往き着く先は

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「……負けちゃったね」
「うむ、仕方のないことだ」
 最後の決着をモニタ越しに眺めていた二人は、エマは小さく息をつきながら、そして瀬那は腕組みをしたままで冷静に短い言葉を交わし合っていた。
「でも、一真も良いところまでいったよ」
「最後の一撃、であるか」
「うん」瀬那にエマが頷く。「正直、アレは僕も予想外だった。虚を突かれたよ」
「逆に言えば、あの不意打ちを先読みしていたあの男の方が、異常な洞察力ということか」
「そうだね……。あそこまで読めるのは、やっぱり対人戦の経験が豊富だからかもしれない。正直、ここまでやられると僕も自信なくしてくるよ……」
 本当に、エマも何だか自身を無くしそうになる。それほどまでに凄まじい戦いだったのだ、一真と雅人の一戦は。
 時間にして、僅か十分に満たない程の短い戦いだった。だが、観戦していたエマたちには数時間にも及んだかというぐらいの錯覚を覚えさせている。それほどまでに濃密で、熾烈な戦いだった。
 勝算が無いことぐらい、エマや瀬那も最初から分かっていることだった。分かっていたことだからこそ、一真の予想外の善戦に二人とも舌を巻いていた。斬り掛かってから数瞬の出来事、それこそ眼で追うのが難しいほどの速さで展開された最後の一撃だったが、しかし限界ギリギリまで対応した一真の反応速度と判断力にを、エマは素直に称賛する。
 それが故に――――如何に壬生谷雅人という男の実力が化け物じみているかを、エマは改めて認識させられていた。この世の地獄と揶揄された欧州戦線を若くして生き延び、エースと呼ばれるほどになった彼女でさえもが戦慄するほどの相手。それを真横で何となく察しているからこそ、瀬那もまた雅人に対して素直な敬意を抱いてしまう。
此奴こやつがここまで申すほどの男、か。実力の程は確かということであるな)
 雅人を初めとした≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた西條の判断に誤りがなかったことを、瀬那は改めて痛感する。確かにこれほどまでの実力を持つ部隊ならば、例え相手が楽園エデン派、あのマスター・エイジが相手でも不足はないだろう。尤も、マスター・エイジの対抗馬たり得るのは、単なる偶然ではあるが……。
 とにかく、実力はこうして直に見物させて貰った通りだ。昨夜の時点から思っていたことだが、やはり≪ライトニング・ブレイズ≫の実力はズバ抜けている。特殊部隊の肩書きは伊達ではないことを、こうして彼らは実力で以て証明してみせたのだ。ならば瀬那とて、それに相応の敬意を払うのが礼儀と心得ている。
「……! 舞依はもしや、あの者らに一真の手ほどきをさせようと考えておったのか?」
 と、ここに来て瀬那は一つの結論に行き着いた。舞依が≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた意図、その裏側に隠された意図に気が付いた。
 ――――西條は、彼らに一真を鍛えさせようとしている。
 それは、先程の「教官役も兼ねる」という西條の発言から行き着いたものだ。勿論、美弥を初めとした他の面々も育て上げるつもりだろう。だが西條の意図はやはり、一真の実力を叩き上げることだろうと瀬那は結論付けた。
「……舞依自身がおいそれと動くことが出来ぬ故の、仕方のない措置ということか」
 つまりは、そういうことだろう。今の西條は政治的なしがらみや制約が色々とあって、おいそれとTAMSのコクピットに乗り込むことが出来ない状況にある。こうなってしまえば嘗てのスーパー・エース、"関門海峡の白い死神"も形無しだが、しかしそれを自覚しているが故の≪ライトニング・ブレイズ≫なのだ。自らの代わりに、自らに匹敵するほどの腕前を備えた猛者たちに、一真はもとより他のA-311小隊の面々も叩き上げる……。
 それが西條の意志だと気付けば、瀬那は浮かび上がる笑みを抑えきれずにはいられなかった。全くどうして回りくどいというか、彼奴あやつらしいやり方だと。
「……あ、降りてくるみたいだ」
 そうしていると、シミュレータ装置の方を眺めながらのエマがそう言う。彼女は「……迎えに、行こっか」と瀬那の手を引こうとするが、しかし瀬那は「よい」とその手を振りほどく。
「一真を慰めてやるのならば、その役目はエマ。其方が適任だ」
「でも、瀬那だって……」
「構わぬよ」肩を竦める瀬那。「私には一真に何かを申してやることも、ましてその資格も持ち合わせてはおらぬのだ」
「……いいの?」
「私がよいと申しておるのだ。……それに」
 私のような者では、やはり一真には役不足なのやもしれぬ――――。
 昨夜の戦いの後から、延々と思い続けていることだった。一真が夜中に起き出して何処かに出歩いていったのも知っているし、彼のやり切れない気持ちを受け止めたのがエマだということも知っている。実のところ、瀬那も心配になって彼の後をコッソリとけていたのだ。
 そんなことがあって、瀬那は昨日からそんなことばかりを考えていた。自分では彼に何かをしてやることは出来ない。心から愛してくれると誓ってくれた彼へ、自分のことばかりを押し付けるばかりで。彼のことは、何一つ受け止めてやれないのではないかと……。
「それに、なんだい瀬那?」
「……何でもない、忘れよ」
 でも、それを口に出すわけにはいかない。ましてエマが相手ならば、余計に口出しするワケにはいかないのだ。
(この想いは、私個人の胸の内に収めておくべきことなのだ)
 瀬那はそう、思っていたから。
(この気持ちは、私自身が区切りを付け、そして決断すべきことなのだ)
 瀬那は独り、そう感じていたから。
(一真にもエマにも、心配を掛けるワケにはいかない)
 それが故に――――この気持ちは、この言葉は。胸の内に秘めておくことにする。全ては彼のことを想うが故に。全ては彼や彼の周りの彼女たちに、要らぬ心配を掛けさせぬが為に……。
「…………分かったよ、僕の負けだ。じゃあ行くよ、瀬那」
 だからこそ、瀬那は見送った。悔しげな顔でシミュレータ装置から降りてくる一真を出迎えに駆け出す、そんなエマの背中を。ただ黙って、見送っていた。
「一真よ。私は本当に、本当に其方に相応しい女であるのか……?」
 ただ独り残された中で、思い悩む瀬那は独りそう、呟きながら。
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