352 / 430
第六章『黒の衝撃/ライトニング・ブレイズ』
Int.37:藍の巫女、揺れ動く心の往き着く先は
しおりを挟む
「……負けちゃったね」
「うむ、仕方のないことだ」
最後の決着をモニタ越しに眺めていた二人は、エマは小さく息をつきながら、そして瀬那は腕組みをしたままで冷静に短い言葉を交わし合っていた。
「でも、一真も良いところまでいったよ」
「最後の一撃、であるか」
「うん」瀬那にエマが頷く。「正直、アレは僕も予想外だった。虚を突かれたよ」
「逆に言えば、あの不意打ちを先読みしていたあの男の方が、異常な洞察力ということか」
「そうだね……。あそこまで読めるのは、やっぱり対人戦の経験が豊富だからかもしれない。正直、ここまでやられると僕も自信なくしてくるよ……」
本当に、エマも何だか自身を無くしそうになる。それほどまでに凄まじい戦いだったのだ、一真と雅人の一戦は。
時間にして、僅か十分に満たない程の短い戦いだった。だが、観戦していたエマたちには数時間にも及んだかというぐらいの錯覚を覚えさせている。それほどまでに濃密で、熾烈な戦いだった。
勝算が無いことぐらい、エマや瀬那も最初から分かっていることだった。分かっていたことだからこそ、一真の予想外の善戦に二人とも舌を巻いていた。斬り掛かってから数瞬の出来事、それこそ眼で追うのが難しいほどの速さで展開された最後の一撃だったが、しかし限界ギリギリまで対応した一真の反応速度と判断力にを、エマは素直に称賛する。
それが故に――――如何に壬生谷雅人という男の実力が化け物じみているかを、エマは改めて認識させられていた。この世の地獄と揶揄された欧州戦線を若くして生き延び、エースと呼ばれるほどになった彼女でさえもが戦慄するほどの相手。それを真横で何となく察しているからこそ、瀬那もまた雅人に対して素直な敬意を抱いてしまう。
(此奴がここまで申すほどの男、か。実力の程は確かということであるな)
雅人を初めとした≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた西條の判断に誤りがなかったことを、瀬那は改めて痛感する。確かにこれほどまでの実力を持つ部隊ならば、例え相手が楽園派、あのマスター・エイジが相手でも不足はないだろう。尤も、マスター・エイジの対抗馬たり得るのは、単なる偶然ではあるが……。
とにかく、実力はこうして直に見物させて貰った通りだ。昨夜の時点から思っていたことだが、やはり≪ライトニング・ブレイズ≫の実力はズバ抜けている。特殊部隊の肩書きは伊達ではないことを、こうして彼らは実力で以て証明してみせたのだ。ならば瀬那とて、それに相応の敬意を払うのが礼儀と心得ている。
「……! 舞依はもしや、あの者らに一真の手ほどきをさせようと考えておったのか?」
と、ここに来て瀬那は一つの結論に行き着いた。舞依が≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた意図、その裏側に隠された意図に気が付いた。
――――西條は、彼らに一真を鍛えさせようとしている。
それは、先程の「教官役も兼ねる」という西條の発言から行き着いたものだ。勿論、美弥を初めとした他の面々も育て上げるつもりだろう。だが西條の意図はやはり、一真の実力を叩き上げることだろうと瀬那は結論付けた。
「……舞依自身がおいそれと動くことが出来ぬ故の、仕方のない措置ということか」
つまりは、そういうことだろう。今の西條は政治的なしがらみや制約が色々とあって、おいそれとTAMSのコクピットに乗り込むことが出来ない状況にある。こうなってしまえば嘗てのスーパー・エース、"関門海峡の白い死神"も形無しだが、しかしそれを自覚しているが故の≪ライトニング・ブレイズ≫なのだ。自らの代わりに、自らに匹敵するほどの腕前を備えた猛者たちに、一真はもとより他のA-311小隊の面々も叩き上げる……。
それが西條の意志だと気付けば、瀬那は浮かび上がる笑みを抑えきれずにはいられなかった。全くどうして回りくどいというか、彼奴らしいやり方だと。
「……あ、降りてくるみたいだ」
そうしていると、シミュレータ装置の方を眺めながらのエマがそう言う。彼女は「……迎えに、行こっか」と瀬那の手を引こうとするが、しかし瀬那は「よい」とその手を振りほどく。
「一真を慰めてやるのならば、その役目はエマ。其方が適任だ」
「でも、瀬那だって……」
「構わぬよ」肩を竦める瀬那。「私には一真に何かを申してやることも、ましてその資格も持ち合わせてはおらぬのだ」
「……いいの?」
「私がよいと申しておるのだ。……それに」
私のような者では、やはり一真には役不足なのやもしれぬ――――。
昨夜の戦いの後から、延々と思い続けていることだった。一真が夜中に起き出して何処かに出歩いていったのも知っているし、彼のやり切れない気持ちを受け止めたのがエマだということも知っている。実のところ、瀬那も心配になって彼の後をコッソリと尾けていたのだ。
そんなことがあって、瀬那は昨日からそんなことばかりを考えていた。自分では彼に何かをしてやることは出来ない。心から愛してくれると誓ってくれた彼へ、自分のことばかりを押し付けるばかりで。彼のことは、何一つ受け止めてやれないのではないかと……。
「それに、なんだい瀬那?」
「……何でもない、忘れよ」
でも、それを口に出すわけにはいかない。ましてエマが相手ならば、余計に口出しするワケにはいかないのだ。
(この想いは、私個人の胸の内に収めておくべきことなのだ)
瀬那はそう、思っていたから。
(この気持ちは、私自身が区切りを付け、そして決断すべきことなのだ)
瀬那は独り、そう感じていたから。
(一真にもエマにも、心配を掛けるワケにはいかない)
それが故に――――この気持ちは、この言葉は。胸の内に秘めておくことにする。全ては彼のことを想うが故に。全ては彼や彼の周りの彼女たちに、要らぬ心配を掛けさせぬが為に……。
「…………分かったよ、僕の負けだ。じゃあ行くよ、瀬那」
だからこそ、瀬那は見送った。悔しげな顔でシミュレータ装置から降りてくる一真を出迎えに駆け出す、そんなエマの背中を。ただ黙って、見送っていた。
「一真よ。私は本当に、本当に其方に相応しい女であるのか……?」
ただ独り残された中で、思い悩む瀬那は独りそう、呟きながら。
「うむ、仕方のないことだ」
最後の決着をモニタ越しに眺めていた二人は、エマは小さく息をつきながら、そして瀬那は腕組みをしたままで冷静に短い言葉を交わし合っていた。
「でも、一真も良いところまでいったよ」
「最後の一撃、であるか」
「うん」瀬那にエマが頷く。「正直、アレは僕も予想外だった。虚を突かれたよ」
「逆に言えば、あの不意打ちを先読みしていたあの男の方が、異常な洞察力ということか」
「そうだね……。あそこまで読めるのは、やっぱり対人戦の経験が豊富だからかもしれない。正直、ここまでやられると僕も自信なくしてくるよ……」
本当に、エマも何だか自身を無くしそうになる。それほどまでに凄まじい戦いだったのだ、一真と雅人の一戦は。
時間にして、僅か十分に満たない程の短い戦いだった。だが、観戦していたエマたちには数時間にも及んだかというぐらいの錯覚を覚えさせている。それほどまでに濃密で、熾烈な戦いだった。
勝算が無いことぐらい、エマや瀬那も最初から分かっていることだった。分かっていたことだからこそ、一真の予想外の善戦に二人とも舌を巻いていた。斬り掛かってから数瞬の出来事、それこそ眼で追うのが難しいほどの速さで展開された最後の一撃だったが、しかし限界ギリギリまで対応した一真の反応速度と判断力にを、エマは素直に称賛する。
それが故に――――如何に壬生谷雅人という男の実力が化け物じみているかを、エマは改めて認識させられていた。この世の地獄と揶揄された欧州戦線を若くして生き延び、エースと呼ばれるほどになった彼女でさえもが戦慄するほどの相手。それを真横で何となく察しているからこそ、瀬那もまた雅人に対して素直な敬意を抱いてしまう。
(此奴がここまで申すほどの男、か。実力の程は確かということであるな)
雅人を初めとした≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた西條の判断に誤りがなかったことを、瀬那は改めて痛感する。確かにこれほどまでの実力を持つ部隊ならば、例え相手が楽園派、あのマスター・エイジが相手でも不足はないだろう。尤も、マスター・エイジの対抗馬たり得るのは、単なる偶然ではあるが……。
とにかく、実力はこうして直に見物させて貰った通りだ。昨夜の時点から思っていたことだが、やはり≪ライトニング・ブレイズ≫の実力はズバ抜けている。特殊部隊の肩書きは伊達ではないことを、こうして彼らは実力で以て証明してみせたのだ。ならば瀬那とて、それに相応の敬意を払うのが礼儀と心得ている。
「……! 舞依はもしや、あの者らに一真の手ほどきをさせようと考えておったのか?」
と、ここに来て瀬那は一つの結論に行き着いた。舞依が≪ライトニング・ブレイズ≫を呼び寄せた意図、その裏側に隠された意図に気が付いた。
――――西條は、彼らに一真を鍛えさせようとしている。
それは、先程の「教官役も兼ねる」という西條の発言から行き着いたものだ。勿論、美弥を初めとした他の面々も育て上げるつもりだろう。だが西條の意図はやはり、一真の実力を叩き上げることだろうと瀬那は結論付けた。
「……舞依自身がおいそれと動くことが出来ぬ故の、仕方のない措置ということか」
つまりは、そういうことだろう。今の西條は政治的なしがらみや制約が色々とあって、おいそれとTAMSのコクピットに乗り込むことが出来ない状況にある。こうなってしまえば嘗てのスーパー・エース、"関門海峡の白い死神"も形無しだが、しかしそれを自覚しているが故の≪ライトニング・ブレイズ≫なのだ。自らの代わりに、自らに匹敵するほどの腕前を備えた猛者たちに、一真はもとより他のA-311小隊の面々も叩き上げる……。
それが西條の意志だと気付けば、瀬那は浮かび上がる笑みを抑えきれずにはいられなかった。全くどうして回りくどいというか、彼奴らしいやり方だと。
「……あ、降りてくるみたいだ」
そうしていると、シミュレータ装置の方を眺めながらのエマがそう言う。彼女は「……迎えに、行こっか」と瀬那の手を引こうとするが、しかし瀬那は「よい」とその手を振りほどく。
「一真を慰めてやるのならば、その役目はエマ。其方が適任だ」
「でも、瀬那だって……」
「構わぬよ」肩を竦める瀬那。「私には一真に何かを申してやることも、ましてその資格も持ち合わせてはおらぬのだ」
「……いいの?」
「私がよいと申しておるのだ。……それに」
私のような者では、やはり一真には役不足なのやもしれぬ――――。
昨夜の戦いの後から、延々と思い続けていることだった。一真が夜中に起き出して何処かに出歩いていったのも知っているし、彼のやり切れない気持ちを受け止めたのがエマだということも知っている。実のところ、瀬那も心配になって彼の後をコッソリと尾けていたのだ。
そんなことがあって、瀬那は昨日からそんなことばかりを考えていた。自分では彼に何かをしてやることは出来ない。心から愛してくれると誓ってくれた彼へ、自分のことばかりを押し付けるばかりで。彼のことは、何一つ受け止めてやれないのではないかと……。
「それに、なんだい瀬那?」
「……何でもない、忘れよ」
でも、それを口に出すわけにはいかない。ましてエマが相手ならば、余計に口出しするワケにはいかないのだ。
(この想いは、私個人の胸の内に収めておくべきことなのだ)
瀬那はそう、思っていたから。
(この気持ちは、私自身が区切りを付け、そして決断すべきことなのだ)
瀬那は独り、そう感じていたから。
(一真にもエマにも、心配を掛けるワケにはいかない)
それが故に――――この気持ちは、この言葉は。胸の内に秘めておくことにする。全ては彼のことを想うが故に。全ては彼や彼の周りの彼女たちに、要らぬ心配を掛けさせぬが為に……。
「…………分かったよ、僕の負けだ。じゃあ行くよ、瀬那」
だからこそ、瀬那は見送った。悔しげな顔でシミュレータ装置から降りてくる一真を出迎えに駆け出す、そんなエマの背中を。ただ黙って、見送っていた。
「一真よ。私は本当に、本当に其方に相応しい女であるのか……?」
ただ独り残された中で、思い悩む瀬那は独りそう、呟きながら。
0
あなたにおすすめの小説
大絶滅 2億年後 -原付でエルフの村にやって来た勇者たち-
半道海豚
SF
200万年後の姉妹編です。2億年後への移住は、誰もが思いもよらない結果になってしまいました。推定2億人の移住者は、1年2カ月の間に2億年後へと旅立ちました。移住者2億人は11万6666年という長い期間にばらまかれてしまいます。結果、移住者個々が独自に生き残りを目指さなくてはならなくなります。本稿は、移住最終期に2億年後へと旅だった5人の少年少女の奮闘を描きます。彼らはなんと、2億年後の移動手段に原付を選びます。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
世にも奇妙な世界 弥勒の世
蔵屋
キャラ文芸
私は、日本神道の家に生まれ、長年、神さまの教えに触れ、神さまとともに生きてきました。するとどうでしょう。神さまのことがよくわかるようになりました。また、私の家は、真言密教を信仰する家でもありました。しかし、私は日月神示の教えに出会い、私の日本神道と仏教についての考え方は一変しました。何故なら、日月神示の教えこそが、私達人類が暮らしている大宇宙の真理であると隠ししたからです。そして、出口なおという人物の『お筆先』、出口王仁三郎の『霊界物語』、岡田茂吉の『御神書(六冊)』、『旧約聖書』、『新訳聖書』、『イエス・キリストの福音書(四冊)』、『法華経』などを学問として、研究し早いもので、もう26年になります。だからこそ、この『奇妙な世界 弥勒の世』という小説を執筆中することが出来るのです。
私が執筆した小説は、思想と言論の自由に基づいています。また、特定の人物、団体、機関を否定し、批判し、攻撃するものではありません。
万物争覇のコンバート 〜回帰後の人生をシステムでやり直す〜
黒城白爵
ファンタジー
異次元から現れたモンスターが地球に侵攻してくるようになって早数十年。
魔力に目覚めた人類である覚醒者とモンスターの戦いによって、人類の生息圏は年々減少していた。
そんな中、瀕死の重体を負い、今にもモンスターに殺されようとしていた外神クロヤは、これまでの人生を悔いていた。
自らが持つ異能の真価を知るのが遅かったこと、異能を積極的に使おうとしなかったこと……そして、一部の高位覚醒者達の横暴を野放しにしてしまったことを。
後悔を胸に秘めたまま、モンスターの攻撃によってクロヤは死んだ。
そのはずだったが、目を覚ますとクロヤは自分が覚醒者となった日に戻ってきていた。
自らの異能が構築した新たな力〈システム〉と共に……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる