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第七章『ティアーズ・イン・ヘヴン/復讐は雨のように』

Int.09:Back to Paradise./突き動かすモノ、待ち受けるは次なる死地か①

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「――――皆、よく集まってくれた」
 その日の放課後、A組教室。窓から茜色の夕陽が差し込む教室の中、集まったA-311訓練小隊、第202特殊機動中隊≪ライトニング・ブレイズ≫、そして新しい補充パイロットの二人を迎え入れた慧たちの対戦車ヘリ小隊・ハンター2の面々に向かって、教壇の上に立った西條がまずはそんな言葉で話の口火を切った。
 皆、顔色はそれぞれなものの、やはり大なり小なり何処かに緊張の色を滲ませている。遂に教壇に立った西條の口から告げられる言葉を、何となくで察しているからだ。そしてそれは、自分の席に座り教壇の方に視線を向ける一真とて同じことだった。
「回りくどいことを言っても仕方ないから、先に要点だけさっさと言ってしまうよ。
 …………司令部から、我々に出撃命令が下った。それも、今回はかなり大規模な作戦に参加することになる」
 ゴクリ、と生唾を呑み込む音がどこからともなく聞こえてくる。それは他の誰かが呑み込んだ音なのか、それとも一真自身が無意識にやってしまっていた内的な音なのか。それすら分からないが、しかし西條の口から告げられたことが、この場の全員が予想していたこと。それだけは間違いのないことだった。
 ――――出撃。
 遂に、この時がやって来てしまった。束の間の平穏の、夢のようだった平和な時間の終わりが、訪れてしまったのだ。
 そのことを実感すると、一真を含めたA-311小隊の殆どが、何処か表情に影を差してしまう。ある者は葛藤への解決を迎え、そしてある者は互いの関係性に対し、未だ解決の糸口すら見出せぬまま。しかしそんな個々人の事情など知ったことかと言わんばかりに、非情なまでの出撃命令が下されたのだ。
 今、A-311小隊でそういった色を滲ませていないのは僅かで、実戦慣れしたエマと、そして何故か白井とステラもその中に含まれていた。特に白井の横顔は静かな覚悟に満ちているといった風で、一真がチラリと横目に眺めただけでも、今の白井の横顔に嘗てのようなおちゃらけた色なんて何処にもない。そんな白井のすぐ傍に控えるステラもまた、似たような顔色だった。
(大丈夫だってのは、ホントなんだな)
 しかし一真はそんな二人の横顔を見て、何故だか安堵のような気持ちを抱いてしまう。それはひとえに、白井のことを一真なりに気に掛けていたが故のことであって。どんな形であれ白井自身の胸中で区切りが付けられたのなら、それは良いことだと。一真は心の何処かで、そんな思いを抱いていた。
「およそ一ヶ月前、淡路島が敵の手に落ちたことは、皆も知ってのことだと思う」
 そんな一真の胸中など知らずして、壇上に立つ西條の言葉は続いていく。次なる出撃へ、控えた大規模作戦へ向けた説明事項を、西條が至極真剣な眼差しで続けていった。
「一週間後、その淡路に対して国防軍は奪還作戦を仕掛ける」
 ――――長々と続く西條の説明の要点を掻い摘まみ、要約すればこういうことだ。
 一週間後、敵の手に落ちた淡路島の奪還作戦を開始する。参加するのは日本国防軍の陸・海・空の三軍全てと、在日米軍に国連軍の支援もオマケで付く。要塞化された淡路島は今は敵の手に落ちているといえ、戦略的な要所であることは変わりなく。此処を奪還できるか否かで今後の対幻魔戦略、ひいては本州の――神戸や大阪のような大都市圏への侵攻を阻止できるかの、その全てが懸かっているのだ。
 作戦は幾つかの段階に分けられるようで、本州沿岸部に展開した特科の砲撃支援や、鳴門海峡や大阪湾に集結した戦艦とイージス巡洋艦による火力制圧。そして空軍の空爆などの支援を受けつつ、強襲揚陸艦などからの上陸作戦により沿岸部に二ヶ所、まずは作戦の基点となる橋頭堡を構築するようだ。場所は旧淡路市と、そして島の北端にある明石海峡大橋の近辺だ。
 ちなみに余談だが、鳴門海峡を神戸から淡路島まで一直線に結ぶ明石海峡大橋。これに関しては淡路島が陥落した段階で既に軍により爆破措置が執られていて、今では残骸しか残っていない。これにより幻魔集団が橋を利用し神戸に侵攻してくることこそ防げたというワケだ。尤も、橋が消えたことによって、奪還後の兵站でかなりの面倒を強いられることは必定なのだが……。
 ――――閑話休題。
 そしてその作戦第一段階に於いて、一真たちA-311小隊と≪ライトニング・ブレイズ≫の役割は、鳴門市側の橋頭堡確保を援護することにあった。
 A-311小隊と≪ライトニング・ブレイズ≫は各T.A.M.Sの背部にフライト・ユニット――ターボジェット・エンジンを積んだT.A.M.Sの飛行展開システム――を装備した上で、洋上に浮かぶ国防海軍のヒュウガ型強襲揚陸艦から発艦。ホバークラフトやCH-47輸送ヘリを使い上陸を図る歩兵や戦車部隊に先んじて、沿岸部の敵を掃討することが、一真たちに与えられた第一の任務だ。ちなみに慧らハンター2もまた、同様にヒュウガ型から出撃する。
「そこまでは良い。問題はここからなんだ」
 と、そこまで話し終えたところで西條は神妙な顔をし、一旦言葉を区切らせると、少しの間を置いた。まるで告げるのを躊躇うかのように、少しといえども大きな間を置いて。それから西條は隅に控えた錦戸に一瞬目配せをすれば、意を決して次なる言葉を紡ぎ出す。
「我々に与えられた任務の主目標。それは……」
 それを聞いてしまうのが、何だか少しだけ怖くなった。しかしそれでも、一真は西條の言葉に耳を傾ける。
「――――淡路の南方、敵の背後に奇襲上陸。そして島に停滞する六匹のデストロイヤー種を、一匹残らず殺し尽くすことだ」
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