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Chapter-01『覚醒する蒼の神姫、交錯する運命』
エピローグ:誰かが君を愛してる/01
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エピローグ:誰かが君を愛してる
――――それから数日後、夜明け頃。
誰も居ない、山の峠道。そんな曲がりくねった峠道を、朝もやを切り裂くような野太いエンジン音を響かせながら、真っ赤な大型クルーザーバイクが疾走していた。
二〇一五年式、ホンダ・ゴールドウィングF6C。
文字通り、怪獣のような図体のマッスル・クルーザーだ。排気量一・八リッターの水平対向六気筒、フラット・シックスのエンジンは車のものを積んでいるに等しい大きさで、夜明けの峠に木霊するエグゾーストノートもまた、その図体に見合うだけの野太い音だ。
そんな超大型バイクに跨がっているのは、真っ赤な髪を靡かせる長身の少女だった。
――――セラフィナ・マックスウェル。
彼女は独り、乗り慣れた相棒とともに夜明けの峠を独り突っ走っていた。
重厚なサウンドを鳴らし、冷えたアスファルトを二本の太いタイヤで切りつけながらセラは走る。曲がりくねったワインディング・ロード、延々と続くような上り坂を。
そうして頂上まで登っていくと、セラはそこにある広い駐車場……誰も居ない、ガランとしたそこにゴールドウィングを停めた。
跨がっていた相棒から降り、傍にあった自販機で温かい缶珈琲を買う。缶珈琲片手に巨大なクルーザーバイクに寄りかかるセラは、彼女が一八五センチのとてつもない長身ということもあって、奇妙なまでに画になっていた。
「ふぅー……っ」
風を切って走っていたせいで冷えた身体を、温かい缶珈琲で内側から暖める。
すると、セラは思わず小さく息をついてしまっていた。珈琲のじんわりとした温かさが、身体の内側から柔に染み渡る感触が心地良い。
そんな彼女だが、今は当然ながら私服の出で立ちだった。
上は渋い黒革のライダースジャケットにグレーのタンクトップ、そして下は細いジーンズ。ラフな格好ではあるが、独りバイクに乗って走り回るには寧ろこれぐらいの方が丁度いい。
そんな風な出で立ちの彼女は、停めたバイクに寄りかかりながら暫くそうして缶珈琲をちびちびと飲んでいたのだが。あるとき、彼女の懐でスマートフォンがプルプルと着信で震え始めた。
「何よ、こんな朝早くから」
こんな早朝も早朝から電話を掛けてくる非常識な相手なぞ、セラには一人しか思い浮かばないのだが。
誰かと思い懐からスマートフォンを引っ張り出し、震えるそれのディスプレイを見てみると。すると……やはり予想通り、電話を掛けてきた相手は篠宮有紀だった。
『おはようセラ、調子はどうだい?』
「アンタが無遠慮に電話なんか寄越すまでは、それはそれは最高の気分だったわよ」
『はっはっは、元気そうでよろしい。ところで今は……ツーリングの最中かい?』
「よく分かるわね」
『微妙に風の音がノイズで聞こえるからね。大方、またいつものように山登りってところかな』
「……有紀、アンタのそういう変な洞察力が時々怖くなるわ」
『よしたまえ、褒めても何も出ないよ』
「気持ち悪いって言ってんのよこの馬鹿」
相変わらずの飄々とした調子の有紀に言って、セラは大きく溜息をつく。
普段のことだから慣れっこだが、どうにも有紀と話していると調子が狂う。一体全体、セラは何度彼女に振り回されたことか…………。
『ところでセラくん、そっちは何か掴めたかい?』
「逆に訊かせて貰うけれどね有紀、手掛かりなんてあると思って?」
突然話題を変えてきた有紀に問われ、セラは皮肉で返す。
すると有紀はフッとニヒルな笑みを浮かべ、セラに対してこう告げた。
『幸いなことに、こちらは少しだけ状況が分かってきたよ』
「へえ?」
『P.C.C.Sの解析班が現場に残されていた肉片を回収、それを鑑定してね。時間は掛かったけれど、やっとこさその結果が出たんだ』
「有紀、勿体ぶらずに聞かせて頂戴」
セラが言うと、有紀は『まあ待て、そう焦ることはないだろう?』と相変わらずのニヒルな笑みを湛えながら言って。一呼吸を……恐らくは煙草を咥える為の間を置いてから、その鑑定結果とやらをセラに話した。
『鑑定の結果、あの商店街で撃破されたバンディットは、数週間前に倉庫地帯を襲った個体……タイプ・スパイダーだと断定できた』
「倉庫地帯……ああ、片方が正体不明の誰かに撃破された」
ああ、と有紀はセラに頷き返す。
『今回の手口から推測するに、恐らく数週間前にもあの場で交戦した何者かと同一人物だ。片割れのタイプ・コブラも容易く撃破してしまった、何者かとね…………』
「それ以外に何か分かったことは?」
『無いよ?』
「……それだけ?」
『ああ、それだけだ』
「バンディットの発生原因か、奴らを発生させてる存在は?」
『そんなの、分かるワケがないだろう。そもそもバンディット自体、本当に人為的に発生させられているのかも分からない相手なんだ。寧ろ、単なる自然現象という線の方がずっと可能性としては高い。君ら神姫という存在でさえ、本質的にはどういうものかまるで分かっていないんだ。相手が何かが簡単に分かるのなら、我々はここまでの苦労をしていないよ』
怪訝な顔をしてセラが訊き返せば、有紀は当然だと言わんばかりの調子で返してきた。
『逆に訊くがねセラくん、これ以上のことが掴めているとでも思ったのかね?』
「それは……まあ、そうだけど」
有紀に言われ、セラは微妙な顔で首を横に振る。
『相手は我々P.C.C.Sが何年もの月日を費やし、尻尾を掴もうとして……それでも掴めなかった相手だ。そう簡単に影が踏めるとは、私も時三郎くんも思ってはいないさ』
電話の向こうでやれやれ、と肩を竦めた後、有紀は続けてこうも言った。
『……とにもかくにも、君の証言でハッキリした。どうやら我々P.C.C.Sが存在を把握していない、未知の神姫が存在するようだね』
「ええ」
『では……セラくん。例の蒼い神姫の件も含めて、君には引き続き調査をお願いするよ』
頷くセラに有紀はそれだけを言って、また一方的に電話を切ってしまった。
電話の切れたスマートフォンを耳から外し、それをまた懐に収めながら。金色の瞳で遠くを眺めつつ、真っ赤なツーサイドアップの髪を冷えた朝風に揺らしつつ……セラはボソリ、とひとりごちていた。
「…………もう、これ以上はいらない。神姫なんて存在は、もう……アタシやシャーロットだけで十分。もう二度と、あんな哀しみを繰り返したくない」
――――だから。
「だから――――全てのバンディットは、このアタシが倒す」
――――それから数日後、夜明け頃。
誰も居ない、山の峠道。そんな曲がりくねった峠道を、朝もやを切り裂くような野太いエンジン音を響かせながら、真っ赤な大型クルーザーバイクが疾走していた。
二〇一五年式、ホンダ・ゴールドウィングF6C。
文字通り、怪獣のような図体のマッスル・クルーザーだ。排気量一・八リッターの水平対向六気筒、フラット・シックスのエンジンは車のものを積んでいるに等しい大きさで、夜明けの峠に木霊するエグゾーストノートもまた、その図体に見合うだけの野太い音だ。
そんな超大型バイクに跨がっているのは、真っ赤な髪を靡かせる長身の少女だった。
――――セラフィナ・マックスウェル。
彼女は独り、乗り慣れた相棒とともに夜明けの峠を独り突っ走っていた。
重厚なサウンドを鳴らし、冷えたアスファルトを二本の太いタイヤで切りつけながらセラは走る。曲がりくねったワインディング・ロード、延々と続くような上り坂を。
そうして頂上まで登っていくと、セラはそこにある広い駐車場……誰も居ない、ガランとしたそこにゴールドウィングを停めた。
跨がっていた相棒から降り、傍にあった自販機で温かい缶珈琲を買う。缶珈琲片手に巨大なクルーザーバイクに寄りかかるセラは、彼女が一八五センチのとてつもない長身ということもあって、奇妙なまでに画になっていた。
「ふぅー……っ」
風を切って走っていたせいで冷えた身体を、温かい缶珈琲で内側から暖める。
すると、セラは思わず小さく息をついてしまっていた。珈琲のじんわりとした温かさが、身体の内側から柔に染み渡る感触が心地良い。
そんな彼女だが、今は当然ながら私服の出で立ちだった。
上は渋い黒革のライダースジャケットにグレーのタンクトップ、そして下は細いジーンズ。ラフな格好ではあるが、独りバイクに乗って走り回るには寧ろこれぐらいの方が丁度いい。
そんな風な出で立ちの彼女は、停めたバイクに寄りかかりながら暫くそうして缶珈琲をちびちびと飲んでいたのだが。あるとき、彼女の懐でスマートフォンがプルプルと着信で震え始めた。
「何よ、こんな朝早くから」
こんな早朝も早朝から電話を掛けてくる非常識な相手なぞ、セラには一人しか思い浮かばないのだが。
誰かと思い懐からスマートフォンを引っ張り出し、震えるそれのディスプレイを見てみると。すると……やはり予想通り、電話を掛けてきた相手は篠宮有紀だった。
『おはようセラ、調子はどうだい?』
「アンタが無遠慮に電話なんか寄越すまでは、それはそれは最高の気分だったわよ」
『はっはっは、元気そうでよろしい。ところで今は……ツーリングの最中かい?』
「よく分かるわね」
『微妙に風の音がノイズで聞こえるからね。大方、またいつものように山登りってところかな』
「……有紀、アンタのそういう変な洞察力が時々怖くなるわ」
『よしたまえ、褒めても何も出ないよ』
「気持ち悪いって言ってんのよこの馬鹿」
相変わらずの飄々とした調子の有紀に言って、セラは大きく溜息をつく。
普段のことだから慣れっこだが、どうにも有紀と話していると調子が狂う。一体全体、セラは何度彼女に振り回されたことか…………。
『ところでセラくん、そっちは何か掴めたかい?』
「逆に訊かせて貰うけれどね有紀、手掛かりなんてあると思って?」
突然話題を変えてきた有紀に問われ、セラは皮肉で返す。
すると有紀はフッとニヒルな笑みを浮かべ、セラに対してこう告げた。
『幸いなことに、こちらは少しだけ状況が分かってきたよ』
「へえ?」
『P.C.C.Sの解析班が現場に残されていた肉片を回収、それを鑑定してね。時間は掛かったけれど、やっとこさその結果が出たんだ』
「有紀、勿体ぶらずに聞かせて頂戴」
セラが言うと、有紀は『まあ待て、そう焦ることはないだろう?』と相変わらずのニヒルな笑みを湛えながら言って。一呼吸を……恐らくは煙草を咥える為の間を置いてから、その鑑定結果とやらをセラに話した。
『鑑定の結果、あの商店街で撃破されたバンディットは、数週間前に倉庫地帯を襲った個体……タイプ・スパイダーだと断定できた』
「倉庫地帯……ああ、片方が正体不明の誰かに撃破された」
ああ、と有紀はセラに頷き返す。
『今回の手口から推測するに、恐らく数週間前にもあの場で交戦した何者かと同一人物だ。片割れのタイプ・コブラも容易く撃破してしまった、何者かとね…………』
「それ以外に何か分かったことは?」
『無いよ?』
「……それだけ?」
『ああ、それだけだ』
「バンディットの発生原因か、奴らを発生させてる存在は?」
『そんなの、分かるワケがないだろう。そもそもバンディット自体、本当に人為的に発生させられているのかも分からない相手なんだ。寧ろ、単なる自然現象という線の方がずっと可能性としては高い。君ら神姫という存在でさえ、本質的にはどういうものかまるで分かっていないんだ。相手が何かが簡単に分かるのなら、我々はここまでの苦労をしていないよ』
怪訝な顔をしてセラが訊き返せば、有紀は当然だと言わんばかりの調子で返してきた。
『逆に訊くがねセラくん、これ以上のことが掴めているとでも思ったのかね?』
「それは……まあ、そうだけど」
有紀に言われ、セラは微妙な顔で首を横に振る。
『相手は我々P.C.C.Sが何年もの月日を費やし、尻尾を掴もうとして……それでも掴めなかった相手だ。そう簡単に影が踏めるとは、私も時三郎くんも思ってはいないさ』
電話の向こうでやれやれ、と肩を竦めた後、有紀は続けてこうも言った。
『……とにもかくにも、君の証言でハッキリした。どうやら我々P.C.C.Sが存在を把握していない、未知の神姫が存在するようだね』
「ええ」
『では……セラくん。例の蒼い神姫の件も含めて、君には引き続き調査をお願いするよ』
頷くセラに有紀はそれだけを言って、また一方的に電話を切ってしまった。
電話の切れたスマートフォンを耳から外し、それをまた懐に収めながら。金色の瞳で遠くを眺めつつ、真っ赤なツーサイドアップの髪を冷えた朝風に揺らしつつ……セラはボソリ、とひとりごちていた。
「…………もう、これ以上はいらない。神姫なんて存在は、もう……アタシやシャーロットだけで十分。もう二度と、あんな哀しみを繰り返したくない」
――――だから。
「だから――――全てのバンディットは、このアタシが倒す」
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