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Chapter-02『新たなる神姫、深紅の力は無窮の愛が為に』

プロローグ:shadowgraph

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 ――――超常犯罪対策班P.C.C.S。
 国連の主導で秘密裏に組織された、対バンディット戦を専門とする超法規的な対策チーム。『Paranormal. Crime. Countermeasure. Squad』の頭文字を取る形で名付けられた秘密組織こそ、このP.C.C.Sだった。
 そして、某所にあるP.C.C.Sの本部ビル。その地下にある広大な作戦司令室にて、セラフィナ・マックスウェルと篠宮しのみや有紀ゆきの二人は、ある大柄な男と言葉を交わしている最中だった。
「――――とまあ、状況としてはこんな感じだよ。合っているよね、セラくん?」
「ええ……有紀の言った通りよ」
「そういうワケだよ、時三郎くん」
「うむ…………」
 二人の前に立つ大柄な男は、セラと有紀の説明を聞き終えると腕組みをした格好のまま低く唸る。
 ――――石神いしがみ時三郎ときさぶろう
 それが、今セラたちの前で腕組みをしながら唸り声を上げる、この大柄な男の名前だった。
 まあ大柄といってもそこまでではなく、その身長は一八六センチと……セラと殆ど変わらない背丈だ。肩幅が広くガッチリとしたマッチョな体型だからゴツく見えるが、背丈そのものはセラとほぼほぼ変わらない。
 …………裏を返せば、セラがそれだけ少女としては規格外の高身長ということにもなるが。
 そんな石神の歳は現在四四歳。髪は茶髪のオールバックヘアで、顔立ちもそのガッチリとした体格に見合う彫りの深い感じだ。美形というよりも男前という喩えの方が相応しいような、石神はそんな野性味溢れる風貌をしていた。
 ちなみに格好はといえば、袖を折って襟元を緩めたカッターシャツ一枚に、下はスーツパンツのみと割にラフな格好。この広い司令室の中、デスクの前に腰掛けモニタと睨めっこしている他のオペレータ役の職員たちが皆P.C.C.Sの制服を身に纏っている中では、些か気楽が過ぎる格好にも思えるが……しかし彼は、それが許されるだけの立場にあった。
 ――――何せこの石神時三郎、P.C.C.Sの総司令官なのだ。
 つまり、この組織の指揮系統で最も高い位置に立っている男。そんな立場だからこそ、石神は司令室の中でただ一人こんな不作法な格好をしていても許されているのだ。
 尤も……神代学園のブレザー制服姿なセラや、普段通りの白衣を羽織っている有紀も居合わせている今だと、彼の不作法感は些か薄れてしまっているのだが。
「我々の認知していない正体不明の神姫、か……」
 石神はやはり腕組みをしたままで唸り、司令室にあるモニタをチラリと横目で見る。
 緩い階段状になった広い司令室の中、突き当たりの壁に取り付けられている巨大なモニタ。石神が視線を向けたその画面に映っているのは――――謎の蒼い神姫の姿だった。
 ――――ウィスタリア・セイレーン。
 彼らは未だ彼女のその名を知らぬのだが、モニタに映っているのは確かに彼女の姿だった。
 とはいえ、画像そのものは手ブレのせいか随分と不鮮明だ。これでも画像解析などを駆使して可能な限り鮮明になるよう加工したのだが……それでも、ぼんやりとシルエットが分かる程度にしかなっていない。
「彼女は一体、何者なんだ?」
 モニタに映るそんなセイレーンの画像を眺めながら石神が唸ると、横で有紀が「簡単に分かれば苦労しないよ」と皮肉交じりの相槌を打つ。
「神姫というのは実に不可思議な存在だ。何せ認識阻害が掛かっているからね……。
 変身前が何者かは知らぬが、その変身前の姿とこの彼女が確かに同一人物だと認識していない限りは、こうして顔を晒していても正体が何者かはさっぱり分からないんだ。全く面倒な話だよ、本当に」
 白衣の胸ポケットからアメリカン・スピリット銘柄の煙草を取り出しつつ、続けて有紀が皮肉っぽく呟く。
 そんな彼女の横で、セラは「全くよね」と同意しつつ肩を竦めていた。
 ――――認識阻害。
 未だ解き明かされていない超常の存在、神姫の不可思議な能力のひとつがそれだ。
 どういうものかは今まさに有紀が言った通りで、変身前が誰なのかを知っていて、その上で神姫に変身した後も同一人物であると観測者が認識していない限りは、変身前の人物と変身後の神姫が同一人物であると認識できない……そんな特殊な能力だ。
 …………これでも少しばかり回りくどくて分かりづらいだろうから、ひとつ例え話をしよう。
 例えば、今この場に居るセラフィナ・マックスウェル、セラが神姫ガーネット・フェニックスに変身したとする。だが変身したセラを目撃した人物……この場では有紀にしよう。有紀が目の前の神姫をセラだと知っていなければ、セラが変身した姿が神姫ガーネット・フェニックスだと知らなければ、彼女は目の前の神姫をセラと同一人物であると認識できないのだ。
 例え神姫が素顔を晒していたとしても、例え神姫の正体が知人であるとしても――――神姫であると知らない限りは、どれだけ頭を捻ったところで同一人物であると結びつけることは出来ないのだ。
 この認識阻害の能力は、こうしてカメラ越しの写真だとしても効果を及ぼす。
 故にセラも有紀も、モニタに映るセイレーンが彼女らの知っている、あの青い髪の乙女……間宮まみやはるかが変身した姿であると認識できていないのだ。彼女がセイレーンに変身した場面を、セラも有紀も直に目撃したワケではないのだから。
 ――――閑話休題。
「そういえば、V計画の一環で有紀くんが開発していた例のシステム……『ヴァルキュリア・システム』の方はどうなんだ?」
「ん? ああ……Vシステムなら、そうだね。進捗状況は概ね八〇パーセントってところかな。モノ自体はほぼほぼ完成していて、やることといえば微調整ぐらいなものだよ」
 後は、装着員の候補さえ見つかれば言うことナシなんだがね――――。
 口に咥え、ジッポーで火を付けた煙草を吹かしながら有紀が呟くと、石神は「ううむ……」と悩ましげに唸る。
「装着員の候補に関しては……また俺の方でも改めて探しておこう。有紀くんのお眼鏡に適う人物が見つかる保証はないが」
「それは実際見てみないことには何とも……ね。とにかく、改めて頼むよ時三郎くん」
「何にしても……バンディットの異常発生に加え、正体不明の神姫まで出現したとあっては、どうにもただ事では無くなってきたな。このまま事態が深刻化の一途を辿るようであれば……或いは、シャーロットくんを呼び戻さねばならぬやも知れんな」
 尤も、出来れば俺としてもそうしたくはないが……――――。
「それにしても……本当に、彼女は一体何者なんだろうか」
「さあ、私にもさっぱりだ」
 ひとしきり言った後で、またモニタに映るセイレーンの画像を眺めながら呟く石神の言葉に、有紀は咥え煙草をしたままで肩を揺らし。その後で彼女は石神に対しこう言葉を続けていった。
「さっぱりだが、しかしあの戦い方からして……彼女、相当に強い神姫だね。映像を見る限りだけれど、一挙一動があまりにも洗練されすぎている。恐らくは我々がこうして存在を認識するよりもずっと前から、人知れずバンディットと戦ってきた存在……。これは私の勝手な憶測でしかないが、多分こんなところだろうね」
 フフッとニヒルな笑みを湛えながら、有紀が自身の見解を饒舌に話す。
 腕組みをしながらううむ、と唸る石神と、彼の横で咥え煙草をしながら、皮肉っぽい表情を浮かべる有紀。そんな二人をよそに、セラは司令室のモニタに映るウィスタリア・セイレーンの姿をただただ、じっと眺め続けていた。
 そして――――重い横顔のまま、無言のままにセラは胸中で思う。
(これ以上、神姫なんて必要ない。神姫なんて存在は、もう――――アタシたちだけで十分なのよ)
 そう、何処か悲痛にも思える横顔で、セラは無言のまま独り胸の内で呟いていた。




(プロローグ『shadowgraph』了)
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