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Chapter-02『新たなる神姫、深紅の力は無窮の愛が為に』

第三章:神姫二人、激突する刃と刃/05

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 突如として出現した巨大なシールドに、刺突が防がれた。
 加速の勢いを付けて放ったブレイズ・ランスの刺突がセラのシールドに防がれたのを見た瞬間、そのまま身を捩ってセラの構えたシールドを蹴り、飛び退いた遥は……着地と同時に、最初に変身した基本形態であるセイレーンフォームへとフォームチェンジ。再び虚空より聖剣ウィスタリア・エッジを召喚すると、それを振るってセラに斬撃の猛攻を仕掛ける。
「ハッ! セイッ!!」
「ふふっ、ホラホラどうしたのかしら? アンタはその程度なの?」
「……ハァッ!!」
 袈裟掛けの斬撃、返す刃で横一文字の一閃。更に刃を返して切り上げ、続けざまに縦一文字に振り下ろし。時に回し蹴りも喰らわせつつ、更に斬撃を四度、五度と続けざまに放つ。
 そんな遥の猛攻に対し、セラは巨大なシールドを構え続けたまま、そのシールドで遥の繰り出す攻撃の全てを受け止めてみせる。
 どれだけ斬撃を喰らわせようとも、どれほど強烈な回し蹴りを見舞ってやれども、目の前に城壁の如く立ちはだかる赤と黒のシールドを打ち砕くことは出来ない。一体どれだけ分厚い装甲なのか……何度斬ってもシールド表面に僅かな掠り傷程度しか付けられないのを見て、遥はただただ戦慄することしか出来なかった。
 だが、流石にこれだけの猛攻を繰り出しているからか、セラの方からは一切仕掛けてこなかった。
 そうして遥はセラに手出しをさせないまま、上手く逃げ出す隙を見出すべく……この巨大なシールドを携えた防御形態、ガーディアンフォームの弱点を見出すべく、猛攻を繰り出す身体とは裏腹に、心は冷静なままにセラの一挙一動をつぶさに観察していた。
「くっ……! 流石に強いわね……!!」
 防戦一方のセラが、シールドの裏側で小さく舌を打つ。
 幾らシールドの分厚い装甲を破れなくても、流石にこれだけの勢いでキツい連続攻撃を繰り出してやれば、シールドを構えるセラの方に衝撃ぐらいは伝わるようで。故にセラはそうしてシールドを構えたまま、苦い顔を浮かべていた。
(これは……ひょっとして)
 そんな彼女の様子を見て、遥の戦士としての優れた観察眼が何かに気が付いていた。
 ――――ひょっとしてこのフォーム、攻撃が一切出来ないのでは?
 どれだけ烈火の如き熾烈な勢いで攻撃を繰り出し続けているといっても、流石にここまで反撃が来ないのは幾らなんでも不自然だ。
 だとすれば……この巨大なシールドを携えた形態、ガーディアンフォームとなった神姫ガーネット・フェニックスが攻撃できないと遥が予想するのは、ごく自然なことだった。
 実際、このフォームになると一切の攻撃が出来なくなるという遥の予想は当たっていたのだ。
 ガーディアンフォーム、この通り超巨大にして堅牢なシールドを構えられることから、防御面の性能は最高……少なくとも、今までP.C.C.Sが存在を確認してきた神姫の中では並び立つ者が居ないほどに特別な防御力を有している。
 だが……同時にこのフォームは致命的な欠点を抱えていた。
 ――――そう、一切の攻撃行動が不可能になるのだ。
 こればかりはそういう特性を宿してしまったのだからどうしようもないというか、改善のしようがない弱点だ。
 それでも、嘗て同じP.C.C.Sの神姫とタッグを組んで戦っていた頃……英国貴族シャーロット・オルブライト、神姫コバルト・フォーチュンと共に戦っていた頃は、役割分担という形で攻撃不可の致命的な欠点をカヴァーすることが出来ていた。
 いいや、寧ろ便利だったぐらいだ。セラがどんな攻撃も通さないシールドで敵の攻撃を受け止めている間に、横からシャーロットが斬撃を仕掛けて始末する……そんなチーム戦の状況ならば、防御特化のガーディアンフォームは欠陥どころか、便利すぎるぐらいに便利だった。
 だが――――残念ながら今は一対一の状況、神姫同士のタイマン勝負だ。
 こんな状況下では、どうしてもガーディアンフォームの負の側面……攻撃が不可能という部分が目立ってしまう。
 それでもセラは、初見の遥が相手なら……ウィスタリア・セイレーンが相手ならば十分に立ち回れると判断していたのだ。
 普通に考えて、ガーディアンフォームの弱点を初見の敵が見抜けるはずがない。だからセラは適当に遥の攻撃を受け、疲弊させた後で……その隙を突いてガーネットフォームにフォームチェンジし、至近距離からショットガンをブチ込んで終わらせようと、そう思っていたのだ。
 しかし、それはセラの誤算だった。
 間宮遥は、神姫ウィスタリア・セイレーンは――――あらゆる意味で、セラが想像する以上に優れた戦士だったのだ。
「ハァッ!」
「えっ!?」
 烈火の如き猛攻を仕掛けながらガーディアンフォームの弱点を見抜いた遥は、防御ばかりで足元が疎かになっていたセラに対し……構えたシールドの隙間を通すように、コツンと足払いを仕掛けてやる。
「えっ、ちょっ……ま、わぁっ!?」
 そうすれば、予想外の位置からの予想外の攻撃にセラはよろめき、素っ頓狂な声を上げながら……シールドを投げ出しつつ仰向けにスッ転ぶ。
(今だ……)
 そうしてセラが仰向けに転倒すると、遥はそれを好機と見て。そのままバッと後ろに大きく飛び退きつつ、右手に携えた聖剣ウィスタリア・エッジに蒼の焔を纏わせ……そしてその刃を振るい、蒼の焔を纏う光の刃を地面に向かって放つ。
 ――――『セイレーン・ストライク』。
 あの商店街の戦いでスパイダー・バンディットを葬り去った必殺技、それを遥は何故か地面に向かって放っていたのだ。
 彼女の振るう刃から放たれた、青の焔を纏った光の刃。それが地面に着弾した瞬間――――雑草の生い茂っていた河川敷の地面は爆弾が落ちたようにバンッと爆ぜ、大きな土煙を巻き上げる。
「…………」
「待て、待ちなさいっ!!」
 そうして土煙を上げると、遥はそれに紛れるようにして離脱し、この場から姿を消した。
 セラは転んだままの格好で土煙の向こうに叫ぶが、しかし遥がそれを聞き入れるはずもなく。巻き上がった土煙が晴れた頃……もう遥の姿は、神姫ウィスタリア・セイレーンの姿は何処にもなく。蒼と白の謎めいた神姫は、この河川敷から姿を消してしまっていた。
「チィッ、逃げられちゃったか……!!」
 土煙が晴れた河川敷、そこから遥が居なくなったのを見て、セラは悔しそうにひとりごち。転んだ格好から立ち上がると、変身を解除し……ボロボロの河川敷に立ち尽くしたまま、小さく息をつく。
「……やっぱりあの神姫、只者じゃない」
 色々と、あの神姫に……ウィスタリア・セイレーンに聞きたいことがある。
 だが、それよりも何よりも……セラの中ではある思いが強くなっていた。もうこれ以上、神姫なんて必要ないという思いが。戦うのはもう、自分とシャーロットだけでいいという……そんな思いが、遥との交戦を経た今のセラフィナ・マックスウェルの中でより一層強くなっていた。
 でも、そんな思いを募らせつつも……しかし同時に彼女の実力を、ウィスタリア・セイレーンの実力を認めざるを得なかった。冷静にそう思ってしまう自分が、セラは何故だか悔しかった。
 ――――だとしても。
「だとしても……アタシは認めない。もうこれ以上、神姫はこの世界に必要ない……!!」
 拳を握り締め、震える声で呟くセラの言葉を聞き入れる者は……この場の何処にも居やしなかった。
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