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Chapter-02『新たなる神姫、深紅の力は無窮の愛が為に』

第四章:君と僕と、この降りしきる雨の中で/01

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 第四章:君と僕と、この降りしきる雨の中で


「――――何故、あの神姫と交戦した?」
 市街の某所、官公庁街の片隅にあるP.C.C.S本部の地下司令室。各々に割り振られたデスクに向かう数十名のオペレータ要員たちが忙しなくキーボードを叩く中、篠宮有紀はセラに対し淡々とした口調でそう問いただしていた。
「必要があると判断した、ただそれだけよ」
 普段通りに白衣を羽織る目の前の有紀の質問に対し、セラは毅然とした態度で答える。
「それに、ああでもしないとアイツを此処まで引きずって来れなかったわよ。……結果的に、逃げられちゃったけれど」
「だとしても、だセラくん。あそこまで派手に暴れることはないだろう? お陰で河川敷は滅茶苦茶だ……揉み消しにどれだけ苦労すると思っているんだい?」
 はぁ、と全力の溜息とともに肩を竦め、有紀が呆れ返る。
「ははは……」
 そんな有紀の横には、P.C.C.S総司令官の石神時三郎が立っていて。有紀が呆れ返る傍ら、彼もまた凄く複雑な顔で苦笑いをしていた。
 ――――実際、今回の火消しには苦労した。
 セラが神姫ウィスタリア・セイレーンと……間宮遥と派手に暴れ回ってくれたせいで、河川敷はもう滅茶苦茶になってしまっていた。
 ただでさえバンディットが暴れ回った後にあれだけ好き放題やったのだ。一番デカい損害はやはり私鉄の高架橋が一部派手に抉れ飛んだことだが……それ以外にも河川敷の損傷はかなり大きく、それが表沙汰にならないようP.C.C.Sが……主に司令官の石神がどれだけ苦労したのかは、想像に難くない。
 ――――神姫の存在は、決して表沙汰にしてはいけないのだ。
 でなければ、セラたちがバンディットを撃滅した際、警察の特殊部隊が制圧したという表向きのカヴァー・ストーリーを用意するはずもない。神姫の存在と、そしてバンディットの詳細を表沙汰にしないままに処理するための、その為の組織が…………国連主導で秘密裏に結成されたこの組織、超常犯罪対策班P.C.C.Sなのだ。
「それに……聞くところによると、現場には既にバンディットの姿がなかったそうじゃないか」
「アタシが到着した時にはもう逃げられてたのよ。相手は二体だったけれど……空を飛んでたし、追撃は不可能だとアタシは判断したわ」
「だから、君はあの神姫を?」
 詰め寄る有紀の質問に、セラは「ええ」と頷き返す。
「こちらとしては、あくまで穏便にご同行を願ったまでよ」
「穏便に、ねえ…………」
 ――――先にショットガンを突き付けたことの、何処が穏便なのか。
 全力の溜息をつきながらやれやれ、と肩を竦める有紀を、石神が横から「まあまあ……有紀くん、その辺にしておいてやれ」と宥める。
「何にしても、逃げたバンディットが問題だ。一応こちらでも追跡を試みてはいるが……厳しいだろうな」
「ええ、そうね……」
「……それにしても、あの蒼い神姫。一体何者なのだろうね?」
 続く石神の言葉にセラが同意の意を示した後で、有紀がそう言って首を傾げる。
「セラ、直接顔を合わせた君に一応訊いておきたいのだが……あの蒼い神姫、ウィスタリア・セイレーンの正体が誰なのかは分からなかったのかい?」
 自分の方に向き直って問うてくる有紀の質問に、セラは「あのねえ……」と呆れ顔になりながら、その問いに答えた。
「分かるワケがないでしょう? 仮に、仮によ? アタシとあの神姫が顔見知りだったとして、でもアタシたちが神姫に変身していた以上、お互いに認識阻害が掛かっているの。変身するところを直に目撃するか、それとも変身前の誰かさんとあのセイレーンが同一人物だって、アタシ自身がそう認識しない限りは……無理よ。特定なんて不可能だわ」
 セラがそう説明してやると、彼女の真正面に立つ有紀はニヤリと笑い、
「分かってて訊いてみたんだよ、気休め程度にね」
 と、実に皮肉げな顔と声でそう言った。
「…………神姫の認識阻害、か」
 そうした皮肉っぽい笑みを浮かべ、目の前でセラが肩を竦めているのを見ながら有紀は呟きつつ、白衣の胸ポケットに手を伸ばす。
 胸ポケットからアメリカン・スピリット銘柄の煙草を一本取り出すと、それを口に咥えてジッポーで火を付ける。
 すると横で自分もラッキー・ストライク銘柄の煙草を咥えた石神が「すまん、俺にも火をくれないか?」と言うから、有紀は「ん」と火を付けっ放しのジッポーを彼の方に差し出す。
「すまんな」
 差し出されたジッポーの火に顔を近づけ、石神が咥えた煙草に火を灯す。
 そうして二人で紫煙を燻らせつつ……カチンと音を鳴らして蓋を閉じたジッポーを懐に仕舞いながら、有紀は煙草を咥えたままの口で呟いた。
「素顔が出ているというのに、他人には変身前の姿と同一人物とはどうしたって認識できない。コンピュータの顔認識システムもまんまと騙される。
 …………今までは便利に思っていた神姫のこんな特性も、今回ばかりは恨めしく思えるよ」
 そんな彼女の呟きに、隣でラッキー・ストライクの煙草を吹かす石神は「そうだな」と頷いて同意の意志を示し。その後でセラの方に視線を投げ掛けつつ、石神は彼女にこんな質問を投げ掛けていた。
「ところでセラくん、あの蒼い神姫……ウィスタリア・セイレーンだったか。君と同じく、三つの形態にフォームチェンジをしたというのは本当なんだな?」
 石神の問いに対し、セラは「ええ」と頷き返して肯定する。
「最初に見たのは、あの剣を持った姿。多分アレが基本形態……アタシで言うところのガーネットフォームだわ。次に今日、出くわした時に変身していた……デザートイーグルみたいに大きなハンドガンを持っていた姿。アレは多分遠距離戦用の形態ね」
「そしてもうひとつが、長い槍を携えたあの姿……か」
 司令室の大きなモニタに映る、ウィスタリア・セイレーンの姿を捉えた三枚の画像……粗い画質のそれをチラリと横目に見ながら、煙草を吹かしつつ腕組みをして石神が唸った。
 ――――セイレーンフォーム、ライトニングフォーム、そしてブレイズフォーム。
 モニタに映る三枚の画像は、それぞれ遥が……ウィスタリア・セイレーンが変身した別々の姿を写したものだった。
 それをチラリと見ながら、石神は腕組みをして悩ましげに唸り声を上げる。どうしたものかと、判断しかねているような調子で。
「俺も有紀くんも、君とセイレーンが交戦していた時の映像は観させて貰った。
 …………あの神姫、全く隙のない戦い方だ。その道の達人、特に技に秀でた武人のようにも思える」
「まさに戦技の極地、って感じだね。生憎と私は武術だとか戦闘テクニックだとか、そういう類の話はサッパリだが……それでも、素人の私にでも分かるぐらいに洗練された戦い方だったよ、彼女は。思わずシャーロットが頭を過ぎってしまったぐらいには、ね」
「…………あのには悪いけれど、正直言ってアイツの練度はシャーロット以上よ。あそこまで強い神姫、アタシは見たことがない」
「見たことも何も、今までに確認されている神姫は……セラ。君とシャーロット、後はキャロルくんの、たった三人なんだけれどもね」
 ――――キャロル。
 有紀の口から放たれたその名を聞いて、セラは一瞬表情を曇らせて。その後でコホンと咳払いすると、セラはわざと話題を逸らすようにこんなことを目の前の二人に言った。
「…………とにかく、よ。アイツの件に関してはアタシの方でも調査を進めていくわ。何か分かったことがあったら、また教えて頂戴」
 それに石神は「ああ、分かった」と頷いて、
「だがセラくん、くれぐれもセイレーンとの交戦は控えてくれ。相手が何者か分からぬ以上、下手に刺激するのはマズい。それに――――」
「可能であるのなら、アタシたちP.C.C.Sの味方に引き入れたい、そうでしょう? ……司令の言いたいことぐらい、分かってるわよ」
 セラは石神が言い掛けた言葉を先取りするみたく答えて、肩を竦めた後でそのままクルリと踵を返して歩き出し。別れの言葉も告げぬまま、さっさと司令室を出て行ってしまう。
 石神と有紀、二人の視線に見送られながら自動で開く横開きのドアを潜り。背後でシュンッと僅かな音を立てて司令室の扉が閉まる気配を感じながら……セラはそこから少し歩いた先の廊下、壁際にスッともたれ掛かる。
 そうしながら、セラは壁に背中を預けつつ腕組みをして。暗い表情で俯きながら、彼女はこんな独り言を呟いていた。
「…………分かってるわよ、分かってるわ。でも……それでも、認めたくないの。アタシたちみたいな存在なんて、もうこれ以上……増えて欲しくないのよ………………」
 ――――――そう、あまりにも哀しげな表情で。
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