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Sortie-01:黒翼の舞う空
プロローグ:紅蓮の髪と金色の瞳
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プロローグ:紅蓮の髪と金色の瞳
――――今でもよく覚えている。それは、激しい雨の降りしきる夜更け頃のことだったと。
草木も眠る丑三つ時を間近に控えた深夜、冷たいアスファルトの路面を叩くのは夕刻頃より降り始めた激しい雨。誰も彼もが眠りという束の間の安穏の中に漂っているこんな夜更け頃に、雨粒を振り払いアスファルトを切り裂いて走り抜けるヘッドライトの明かりがひとつ。誰も通らない真っ直ぐな国道をただ独り駆け抜けていく、そんな機影があった。
その機影……ネイキッド・スタイルに分類される蒼いバイクは、一九九九年式のスズキ・イナズマ400だ。今や年代物になってしまった油冷四気筒エンジン唸らせながら、揺れるタコメーターの針とともに乾いた歌声を上げながら、400cc級としては些か大柄なボディで雨風を切り裂き、誰も居ない深夜の国道を法外なスピードで蒼のイナズマ400は突っ走っていく。
そんな年代物の単車に跨がる彼は、名を桐山翔一といった。
降りしきる激しい雨に濡れるのも厭わずに、翔一は夜更けの国道を独り走り抜けていく。愛機の色と同じく蒼をしたパーカージャケットの長い裾が向かい風に翻り、捲り上げたパーカージャケット袖から垣間見える腕の素肌と、そして両手に嵌めた指ぬきの黒革ライディング・グローブが叩き付けるような雨でズブ濡れになっている。下に履くジーンズも同じようなもので、彼の身体で濡れていない箇所といえば……フルフェイス・ヘルメットを被る頭ぐらいなものだ。
翔一はこんな風に、夜中にフラッとバイクを走らせることが好きだった。乗り慣れた相棒で、勝手知ったる間柄のイナズマ400に跨がり、風を切ってアテもなく走ることが好きだった。今日は何気なく海岸の方へ行ってみようと思っただけで、いつものように完全に衝動的な行為だ。それに……雨の日はそんなに嫌いじゃない。こうして雨に打たれながら相棒を走らせるのも、嫌いじゃなかった。
対向車とすれ違うことは一度もなく、またトロい車を追い越すことだって一度もないまま。誰ともすれ違わないままに、翔一はいつしか目的地である海岸沿いの道にまで辿り着いていた。
そこは堤防沿い、と例えるのが一番適切だろう一帯だった。
高くそびえ立つ城壁のようなコンクリートの堤防、そんな高い位置に片側一車線の細い道があり、その下……堤防の向こう側には綺麗な砂浜が窺える。近くに階段だったり、スロープ状の側道もあるから海岸まで降りることは容易だ。パッと見は海水浴なんかで観光客に人気がありそうな海岸ではあるが、しかし中途半端に田舎だからか、そのテの目的でこの海岸を訪れる者は多くないことを翔一は知っている。ひとえに、馴染みのある地元の海岸であるが故に、だ。
「ふぅ……っ」
翔一はそんな堤防沿いの道、海岸を高い位置から見渡せる道の路肩にイナズマ400を停め、跨がっていた愛機から脚を下ろした。
フルフェイスのヘルメットを外し、彼の深蒼の髪が小さく翻る。ちょっとした心地の良い疲労感を覚えながら息をつき、外したヘルメットをイナズマ400に引っ掛け。翔一はエンジンを切った相棒に寄りかかりながら、雨に打たれながら独り、目の前に広がる綺麗な海岸の更に先――――海の向こうを眺めていた。
「蓬莱島、か」
さざ波の立つ大海原、暗い色をした雨雲が覆い尽くした夜更けの空。そんな二種類の背景に挟まれるようにして、遠くに孤島の輪郭が翔一の瞳に映る。蓬莱島と呼ばれている、そんな島が彼の眼には映っていた。
蓬莱島――――。
この海岸の彼方、太平洋に浮かんでいるあの孤島。島としてのサイズは中規模程度らしいが、聞くところによると決して無人島の類ではないらしい。
だが、誰も彼もが気軽に立ち寄れる観光名所というワケでもないのだ。
というのも、今はあの蓬莱島、国際的な科学研究の為……とかなんだかで、島丸ごとが研究施設のような感じに整備されている為だ。確かに元は無人島だったのだが、地理的な簡便性に目を付けた国連が音頭を取って整備した国際研究所。それが今の蓬莱島だった。
だから基本的に一般人は立ち入ることが出来ないし、テロ対策の観点から島周辺の一定海域、及び空域は許可のない船の航行や、飛行機やヘリコプターの飛行が禁止されているそうだ。とはいえ物資搬入や人員の往来などの関係から、滑走路なんかの施設は整備されているらしいが。ともかく、翔一のような一般市民には確実に縁のない島であることには間違いない。この海岸に観光客はともかくとして、地元民ですらあまり寄りつかないのも……そんな蓬莱島を気味悪がってのことだ。
「……珍しいな、こんな時間に」
そんな蓬莱島を遠くに眺めながら、ふと翔一が頭上の空を見上げてみると。すると……そこに。雨雲に覆われた空には、微かにだが見えるのだ。飛行機のような、夜更けの空を飛ぶ何かのカタチが…………。
本当に、こんな時間には珍しいコトだ。滅多にないと言ってもいい。見たところ、あの機影はそう大きくないようだ。重要物資の搬入だとかに使う軍用の輸送機、この近辺でも比較的よく見かけるC‐130輸送機とは明らかに異なっている。もっと小柄な飛行機だ。飛行機……いいや、ひょっとすると戦闘機か…………?
だとしたら、余計に奇妙な話だ。この海岸からそれなりに距離の離れた、翔一の住んでいる天ヶ崎市ならともかく、蓬莱島のこんな至近距離で戦闘機を見かけただなんて話、聞いたことがない。だって蓬莱島の周辺空域は、空自の戦闘機でさえおいそれと近づけない場所なのだから。
「どういうことだ……――――っ!?」
そうして、何気なく頭上の奇妙な機影を見上げていた翔一は――――唐突に、甲高い耳鳴りのような感覚を覚えた。それも……頭の中にだ。
軽い頭痛を伴うような感覚に、翔一は思わず片手で頭を抑えながらその場で軽く後ろにたたらを踏む。脚に力が入らない。転ばなかったのは奇跡的といえるだろう。それぐらいに強烈な感覚……頭痛のようで、しかし頭痛とは違う。頭の中心から湧き上がるような、そんな耳鳴りに似た甲高い感覚を翔一は覚えていた。
…………今までに、これと似たような感覚には何度か襲われたことがある。
しかし今日のこれは、そんな過去の経験とは比べものにならないぐらいに強烈だ。その場に立っていられなくなるような、立っているだけでやっとのような……そんな感覚は。
「っ……!?」
そうして翔一が頭の中から湧き上がる、強烈で奇妙な感覚に喘いでいると――――次の瞬間には、更に理解を超えた事態が彼に襲い掛かっていた。
何かが、落ちてきたのだ。彼の目の前……堤防の下に広がる海岸に。
唐突に空から落ちてきたそれは、飛行機……いいや、戦闘機だった。明らかにコントロールを失って墜落してくるような感じだったが、しかしそれは思いのほか速度の乗っていない、ふんわりとした調子で。完全に墜落という感じだった機体の体勢を水平に立て直しながら、その戦闘機はふわりと海岸に軟着陸した。まるで、釣り竿にぶら下げられた模型飛行機がゆっくりと地面に下ろされるかのように。
「これは、一体……?」
そんな、ただでさえ人智を越えた……それこそ航空力学を完全に無視した機動での軟着陸だけでも意味不明だったのだが。しかし翔一を余計に混乱させていたのは、ひとえにその戦闘機が、目の前に落ちてきた黒いそれが……見たこともない形の戦闘機だったからだ。
戦闘機としては明らかに巨大な部類に入るそれは、鋭角な機体形状を見る限りステルス機の類ではなさそうだ。寧ろその逆……ステルス性能を無視して、機動性のみを追求したような感じだ。少なくとも、翔一の眼にはそう見えていた。
すらりと白鳥のように伸びる長い機首と、翼の端だけ小さく上に角度の付いたデルタ型の主翼。ただでさえ異質なシルエットだが、何よりも「X」の文字を描くような格好をした四枚の尾翼が、この黒い戦闘機の漂わせる異質さの原因だろう。垂直尾翼だとか水平尾翼だとかの概念のない……恐らくは全てが動翼だ。その形は、まるでSF映画に出てくる架空の宇宙戦闘機のようであった。
翔一の記憶にある限り、こんな戦闘機はあの米軍ですら配備していない。というより、技術体系からして既存の戦闘機とは別物だろう。第五世代だとかそういう次元を越えた何かだ、これは。きっと最新鋭のF‐35ライトニングⅡでも、コイツに立ち向かうのは無理だろう。根拠は何も無いが、しかし直感的に翔一にそう認識させるほどの何かが、彼の目の前に落ちてきたこの黒い戦闘機にはあったのだ。
「とにかく、中に誰か乗ってるのなら、助けないと……!」
そう思うと、翔一の足はその戦闘機の方へと向かっていた。マズいことだと、近づかない方が……関わらない方が良いに決まっていると分かっていても、それでも翔一は落ちてきた戦闘機の方に近寄っていってしまったのだ。単純に、中のパイロットが死にかけていたらいけないと思って。もしそうなら……居合わせた自分が助けなければと、そんな純粋すぎる善意だけを理由に。
先程よりは多少楽になったものの、しかし未だ感じる耳鳴りのような甲高い感覚に苛まれながら、翔一は何とか堤防の階段を駆け下りていく。
そうして彼が戦闘機のすぐ傍にまで近寄っていくと。すると……今まで海岸に横たわり、沈黙していた戦闘機のコクピット。透明なキャノピーが独りでに開き始めた。
すると、ゆっくりと開いたキャノピーの向こう側から現れたのは――――かなり長身の少女だった。
「っ……!?」
見上げていた翔一が思わず息を呑むほどに、その少女の容姿は美しいの一言だった。
ツーサイドアップの格好に結った、燃える炎のように赤い髪と、そして切れ長な金色の瞳。小さな憂いを秘めているようにも窺える顔立ちはあまりにも端麗で、その日本人離れした……確実に白人と分かる真っ白い肌も相まって、出来の良すぎるドールか何かと勘違いしてしまいそうになるほどに、その少女は人間離れした美貌の持ち主だったのだ。
そんな、ただでさえ人並み外れた容姿なのに。それ以上に異質だったのは、コクピットから立ち上がっていた彼女の格好だ。
背丈は翔一より十センチばかり高く、一八五センチほどか。そんな赤い髪の少女が身に纏っているのは、妙に身体のラインが浮き出た……一見するとボディスーツのような見た目の、しかしウェットスーツみたいな普通のそれとは明らかに違う何かだ。ただピッタリと身体に張り付いているだけではなく、肩や腰やあちこちにはゴテゴテとした硬質の装備類が取り付けられている。ひょっとするとパイロット・スーツの類なのだろうか。それこそ、SFやロボットアニメでよく見かけるような、あんな感じの。
そんな美しくも、しかし何処か奇妙な少女の姿は……目の前にある見たこともない漆黒の戦闘機や、未だ感じるこの奇妙な感覚も相まって、とてもじゃあないが現実離れしすぎた光景だった。雨に打たれる中、彼女を見上げる翔一の身体が完全に硬直し、思考もまた完全に停止してしまうほどに。それほどまでに、今彼の目の前に広がる光景は……現実とは思えないほど、荒唐無稽なものだったのだ。少なくとも、普通の感覚では。
「…………こちらイーグレット1、どうにかこうにか不時着には成功したわ。場所はポイントA‐6。海岸沿い……ええそう、島から見えるあの海岸よ。ひとまず落ち着いたら、エンジンとディーンドライヴの再起動は試してみるけれど、これじゃあ多分駄目ね。その時は機体の回収をお願い。
それと……目撃者が一名。多分コイツが原因よ。間違いなくアタシと同類。……ええそう、ディーンドライヴとアタシの調子がおかしくなったのは共鳴現象が原因よ。やれやれだわ、ホントに…………」
と、呆気に取られていた翔一が茫然とした顔で彼女の方を見上げていれば、少女は何やら独り言のように呟き始めて。とすれば彼女はひとしきり呟き終わった後、今度は眼下の翔一の方にチラリと視線を向けた。あからさまに不機嫌そうな視線で、切れ長な金色の双眸で翔一を刺すように。
そうすれば、彼女は翔一を見据えながら、彼に向かってこう呟いた。「……そっか、アンタと共鳴しちゃったのか」と。
「俺と……?」
「身に覚えがない、とは言わせないわ。……ったく、どうしてくれんのよこれ。折角の夜間飛行の訓練がパアよ。酷いザマね、我ながら。ま……アンタ以外に誰も居なかったってのは、ある意味で不幸中の幸いだけれど」
そんな風に目の前の少女が……コクピットの上に立ち、開いたキャノピーの隙間から降りつける雨に白い肌や赤い髪を濡らしながら言う言葉が何なのか。目の前の少女が自分に向かって何を言っているのか、翔一にはよく分からない。
だが――――こんな意味不明にも程がある荒唐無稽な状況の中で、ひとつだけ。たったひとつだけの確信が、彼の胸中にはあった。
(ああ、間違いない。僕は――――)
自分は、桐山翔一という自分はこの少女に……漆黒の翼に乗って現れた、紅蓮の髪の彼女に。間違いなく……一目惚れをしてしまっていたのだと。
(プロローグ『紅蓮の髪と金色の瞳』了)
――――今でもよく覚えている。それは、激しい雨の降りしきる夜更け頃のことだったと。
草木も眠る丑三つ時を間近に控えた深夜、冷たいアスファルトの路面を叩くのは夕刻頃より降り始めた激しい雨。誰も彼もが眠りという束の間の安穏の中に漂っているこんな夜更け頃に、雨粒を振り払いアスファルトを切り裂いて走り抜けるヘッドライトの明かりがひとつ。誰も通らない真っ直ぐな国道をただ独り駆け抜けていく、そんな機影があった。
その機影……ネイキッド・スタイルに分類される蒼いバイクは、一九九九年式のスズキ・イナズマ400だ。今や年代物になってしまった油冷四気筒エンジン唸らせながら、揺れるタコメーターの針とともに乾いた歌声を上げながら、400cc級としては些か大柄なボディで雨風を切り裂き、誰も居ない深夜の国道を法外なスピードで蒼のイナズマ400は突っ走っていく。
そんな年代物の単車に跨がる彼は、名を桐山翔一といった。
降りしきる激しい雨に濡れるのも厭わずに、翔一は夜更けの国道を独り走り抜けていく。愛機の色と同じく蒼をしたパーカージャケットの長い裾が向かい風に翻り、捲り上げたパーカージャケット袖から垣間見える腕の素肌と、そして両手に嵌めた指ぬきの黒革ライディング・グローブが叩き付けるような雨でズブ濡れになっている。下に履くジーンズも同じようなもので、彼の身体で濡れていない箇所といえば……フルフェイス・ヘルメットを被る頭ぐらいなものだ。
翔一はこんな風に、夜中にフラッとバイクを走らせることが好きだった。乗り慣れた相棒で、勝手知ったる間柄のイナズマ400に跨がり、風を切ってアテもなく走ることが好きだった。今日は何気なく海岸の方へ行ってみようと思っただけで、いつものように完全に衝動的な行為だ。それに……雨の日はそんなに嫌いじゃない。こうして雨に打たれながら相棒を走らせるのも、嫌いじゃなかった。
対向車とすれ違うことは一度もなく、またトロい車を追い越すことだって一度もないまま。誰ともすれ違わないままに、翔一はいつしか目的地である海岸沿いの道にまで辿り着いていた。
そこは堤防沿い、と例えるのが一番適切だろう一帯だった。
高くそびえ立つ城壁のようなコンクリートの堤防、そんな高い位置に片側一車線の細い道があり、その下……堤防の向こう側には綺麗な砂浜が窺える。近くに階段だったり、スロープ状の側道もあるから海岸まで降りることは容易だ。パッと見は海水浴なんかで観光客に人気がありそうな海岸ではあるが、しかし中途半端に田舎だからか、そのテの目的でこの海岸を訪れる者は多くないことを翔一は知っている。ひとえに、馴染みのある地元の海岸であるが故に、だ。
「ふぅ……っ」
翔一はそんな堤防沿いの道、海岸を高い位置から見渡せる道の路肩にイナズマ400を停め、跨がっていた愛機から脚を下ろした。
フルフェイスのヘルメットを外し、彼の深蒼の髪が小さく翻る。ちょっとした心地の良い疲労感を覚えながら息をつき、外したヘルメットをイナズマ400に引っ掛け。翔一はエンジンを切った相棒に寄りかかりながら、雨に打たれながら独り、目の前に広がる綺麗な海岸の更に先――――海の向こうを眺めていた。
「蓬莱島、か」
さざ波の立つ大海原、暗い色をした雨雲が覆い尽くした夜更けの空。そんな二種類の背景に挟まれるようにして、遠くに孤島の輪郭が翔一の瞳に映る。蓬莱島と呼ばれている、そんな島が彼の眼には映っていた。
蓬莱島――――。
この海岸の彼方、太平洋に浮かんでいるあの孤島。島としてのサイズは中規模程度らしいが、聞くところによると決して無人島の類ではないらしい。
だが、誰も彼もが気軽に立ち寄れる観光名所というワケでもないのだ。
というのも、今はあの蓬莱島、国際的な科学研究の為……とかなんだかで、島丸ごとが研究施設のような感じに整備されている為だ。確かに元は無人島だったのだが、地理的な簡便性に目を付けた国連が音頭を取って整備した国際研究所。それが今の蓬莱島だった。
だから基本的に一般人は立ち入ることが出来ないし、テロ対策の観点から島周辺の一定海域、及び空域は許可のない船の航行や、飛行機やヘリコプターの飛行が禁止されているそうだ。とはいえ物資搬入や人員の往来などの関係から、滑走路なんかの施設は整備されているらしいが。ともかく、翔一のような一般市民には確実に縁のない島であることには間違いない。この海岸に観光客はともかくとして、地元民ですらあまり寄りつかないのも……そんな蓬莱島を気味悪がってのことだ。
「……珍しいな、こんな時間に」
そんな蓬莱島を遠くに眺めながら、ふと翔一が頭上の空を見上げてみると。すると……そこに。雨雲に覆われた空には、微かにだが見えるのだ。飛行機のような、夜更けの空を飛ぶ何かのカタチが…………。
本当に、こんな時間には珍しいコトだ。滅多にないと言ってもいい。見たところ、あの機影はそう大きくないようだ。重要物資の搬入だとかに使う軍用の輸送機、この近辺でも比較的よく見かけるC‐130輸送機とは明らかに異なっている。もっと小柄な飛行機だ。飛行機……いいや、ひょっとすると戦闘機か…………?
だとしたら、余計に奇妙な話だ。この海岸からそれなりに距離の離れた、翔一の住んでいる天ヶ崎市ならともかく、蓬莱島のこんな至近距離で戦闘機を見かけただなんて話、聞いたことがない。だって蓬莱島の周辺空域は、空自の戦闘機でさえおいそれと近づけない場所なのだから。
「どういうことだ……――――っ!?」
そうして、何気なく頭上の奇妙な機影を見上げていた翔一は――――唐突に、甲高い耳鳴りのような感覚を覚えた。それも……頭の中にだ。
軽い頭痛を伴うような感覚に、翔一は思わず片手で頭を抑えながらその場で軽く後ろにたたらを踏む。脚に力が入らない。転ばなかったのは奇跡的といえるだろう。それぐらいに強烈な感覚……頭痛のようで、しかし頭痛とは違う。頭の中心から湧き上がるような、そんな耳鳴りに似た甲高い感覚を翔一は覚えていた。
…………今までに、これと似たような感覚には何度か襲われたことがある。
しかし今日のこれは、そんな過去の経験とは比べものにならないぐらいに強烈だ。その場に立っていられなくなるような、立っているだけでやっとのような……そんな感覚は。
「っ……!?」
そうして翔一が頭の中から湧き上がる、強烈で奇妙な感覚に喘いでいると――――次の瞬間には、更に理解を超えた事態が彼に襲い掛かっていた。
何かが、落ちてきたのだ。彼の目の前……堤防の下に広がる海岸に。
唐突に空から落ちてきたそれは、飛行機……いいや、戦闘機だった。明らかにコントロールを失って墜落してくるような感じだったが、しかしそれは思いのほか速度の乗っていない、ふんわりとした調子で。完全に墜落という感じだった機体の体勢を水平に立て直しながら、その戦闘機はふわりと海岸に軟着陸した。まるで、釣り竿にぶら下げられた模型飛行機がゆっくりと地面に下ろされるかのように。
「これは、一体……?」
そんな、ただでさえ人智を越えた……それこそ航空力学を完全に無視した機動での軟着陸だけでも意味不明だったのだが。しかし翔一を余計に混乱させていたのは、ひとえにその戦闘機が、目の前に落ちてきた黒いそれが……見たこともない形の戦闘機だったからだ。
戦闘機としては明らかに巨大な部類に入るそれは、鋭角な機体形状を見る限りステルス機の類ではなさそうだ。寧ろその逆……ステルス性能を無視して、機動性のみを追求したような感じだ。少なくとも、翔一の眼にはそう見えていた。
すらりと白鳥のように伸びる長い機首と、翼の端だけ小さく上に角度の付いたデルタ型の主翼。ただでさえ異質なシルエットだが、何よりも「X」の文字を描くような格好をした四枚の尾翼が、この黒い戦闘機の漂わせる異質さの原因だろう。垂直尾翼だとか水平尾翼だとかの概念のない……恐らくは全てが動翼だ。その形は、まるでSF映画に出てくる架空の宇宙戦闘機のようであった。
翔一の記憶にある限り、こんな戦闘機はあの米軍ですら配備していない。というより、技術体系からして既存の戦闘機とは別物だろう。第五世代だとかそういう次元を越えた何かだ、これは。きっと最新鋭のF‐35ライトニングⅡでも、コイツに立ち向かうのは無理だろう。根拠は何も無いが、しかし直感的に翔一にそう認識させるほどの何かが、彼の目の前に落ちてきたこの黒い戦闘機にはあったのだ。
「とにかく、中に誰か乗ってるのなら、助けないと……!」
そう思うと、翔一の足はその戦闘機の方へと向かっていた。マズいことだと、近づかない方が……関わらない方が良いに決まっていると分かっていても、それでも翔一は落ちてきた戦闘機の方に近寄っていってしまったのだ。単純に、中のパイロットが死にかけていたらいけないと思って。もしそうなら……居合わせた自分が助けなければと、そんな純粋すぎる善意だけを理由に。
先程よりは多少楽になったものの、しかし未だ感じる耳鳴りのような甲高い感覚に苛まれながら、翔一は何とか堤防の階段を駆け下りていく。
そうして彼が戦闘機のすぐ傍にまで近寄っていくと。すると……今まで海岸に横たわり、沈黙していた戦闘機のコクピット。透明なキャノピーが独りでに開き始めた。
すると、ゆっくりと開いたキャノピーの向こう側から現れたのは――――かなり長身の少女だった。
「っ……!?」
見上げていた翔一が思わず息を呑むほどに、その少女の容姿は美しいの一言だった。
ツーサイドアップの格好に結った、燃える炎のように赤い髪と、そして切れ長な金色の瞳。小さな憂いを秘めているようにも窺える顔立ちはあまりにも端麗で、その日本人離れした……確実に白人と分かる真っ白い肌も相まって、出来の良すぎるドールか何かと勘違いしてしまいそうになるほどに、その少女は人間離れした美貌の持ち主だったのだ。
そんな、ただでさえ人並み外れた容姿なのに。それ以上に異質だったのは、コクピットから立ち上がっていた彼女の格好だ。
背丈は翔一より十センチばかり高く、一八五センチほどか。そんな赤い髪の少女が身に纏っているのは、妙に身体のラインが浮き出た……一見するとボディスーツのような見た目の、しかしウェットスーツみたいな普通のそれとは明らかに違う何かだ。ただピッタリと身体に張り付いているだけではなく、肩や腰やあちこちにはゴテゴテとした硬質の装備類が取り付けられている。ひょっとするとパイロット・スーツの類なのだろうか。それこそ、SFやロボットアニメでよく見かけるような、あんな感じの。
そんな美しくも、しかし何処か奇妙な少女の姿は……目の前にある見たこともない漆黒の戦闘機や、未だ感じるこの奇妙な感覚も相まって、とてもじゃあないが現実離れしすぎた光景だった。雨に打たれる中、彼女を見上げる翔一の身体が完全に硬直し、思考もまた完全に停止してしまうほどに。それほどまでに、今彼の目の前に広がる光景は……現実とは思えないほど、荒唐無稽なものだったのだ。少なくとも、普通の感覚では。
「…………こちらイーグレット1、どうにかこうにか不時着には成功したわ。場所はポイントA‐6。海岸沿い……ええそう、島から見えるあの海岸よ。ひとまず落ち着いたら、エンジンとディーンドライヴの再起動は試してみるけれど、これじゃあ多分駄目ね。その時は機体の回収をお願い。
それと……目撃者が一名。多分コイツが原因よ。間違いなくアタシと同類。……ええそう、ディーンドライヴとアタシの調子がおかしくなったのは共鳴現象が原因よ。やれやれだわ、ホントに…………」
と、呆気に取られていた翔一が茫然とした顔で彼女の方を見上げていれば、少女は何やら独り言のように呟き始めて。とすれば彼女はひとしきり呟き終わった後、今度は眼下の翔一の方にチラリと視線を向けた。あからさまに不機嫌そうな視線で、切れ長な金色の双眸で翔一を刺すように。
そうすれば、彼女は翔一を見据えながら、彼に向かってこう呟いた。「……そっか、アンタと共鳴しちゃったのか」と。
「俺と……?」
「身に覚えがない、とは言わせないわ。……ったく、どうしてくれんのよこれ。折角の夜間飛行の訓練がパアよ。酷いザマね、我ながら。ま……アンタ以外に誰も居なかったってのは、ある意味で不幸中の幸いだけれど」
そんな風に目の前の少女が……コクピットの上に立ち、開いたキャノピーの隙間から降りつける雨に白い肌や赤い髪を濡らしながら言う言葉が何なのか。目の前の少女が自分に向かって何を言っているのか、翔一にはよく分からない。
だが――――こんな意味不明にも程がある荒唐無稽な状況の中で、ひとつだけ。たったひとつだけの確信が、彼の胸中にはあった。
(ああ、間違いない。僕は――――)
自分は、桐山翔一という自分はこの少女に……漆黒の翼に乗って現れた、紅蓮の髪の彼女に。間違いなく……一目惚れをしてしまっていたのだと。
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殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道』
歌人 蔵屋日唱
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