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Sortie-01:黒翼の舞う空
第七章:十センチ差のすれ違い/02
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とまあ、そんな感じで彼女との……ある意味で奇妙にも思える同居生活が始まったわけだが。運び込まれていた荷物類の荷解きもそこそこに、アリサは何故か今日の夕飯は自分が振る舞う、なんてことを翔一に告げてきたのだ。
勿論、翔一はそれは君に悪いと言って断ろうとした。この家のホストは自分なんだからと。幾らなし崩し的に決まってしまったことといえ、流石に彼女にそこまでさせるのは翔一としても気が引けるのだ。
それに……根本的な問題として、アリサ・メイヤードの腕前がどれほどのモノか把握していない、ということもある。結果がどうであれ、ある程度覚悟して望むことは出来るが。しかし今日は同居生活の初日も初日で、加えてあんなことがあったばかりだ。タダでさえ頭が半分パンクしているぐらいな状態だし、それに疲労感も凄い。そんな状態で、もし万が一にでも暗黒物質めいたモノを目の前に出されたら……という、ある意味でアリサに対して大変失礼な懸念が無いワケではなかったのだ。
「ほら、ザッとこんなモンよ」
「……これを、君が?」
「他に誰が居るってのよ。アタシとしても、幾ら流れでこうなっちゃったといえ……仮にも住まわせて貰うんですもの。少しぐらいは、ね」
だが――――そんな懸念は、本当に取り越し苦労もいいところだった。
端的に言って、アリサ・メイヤードの料理の腕前は大空の上と同じく、間違いなくエース級のそれだったのだ。
合衆国の出身だけあって、ダイニング・テーブルに着く翔一の前にズラリと並ぶのは全て洋食の類だ。流石に和食はまだ色々な意味で慣れないから、手を出さなかったのだろうが……しかし、それにしても凄い。とても桐山家の貧相な冷蔵庫の中身であり合わせたものとは思えないぐらい、アリサが手早く仕上げてしまった夕飯は、ただただ美味いの一言だった。
「で、どうかしら?」
「……ああ、美味いよ」
「なら結構。それにしてもアンタ、普段どんな食生活してんのよ? 冷蔵庫の中、酷いってモンじゃなかったわ」
「独り暮らしだからな、自炊は面倒であまりしていないんだよ。作るにしても和食ばっかりだし、どうしても中身が偏るんだ。たまに霧子さんが気まぐれで家に押し掛けて来て、洋食の類は作ってくれるけれど……その、これ以上言わなきゃいけないか?」
「……いや、いいわ。何となく察した。羽佐間少佐なら色んな意味で納得だわ…………」
「食事の最中に宇宙が見えたのは、後にも先にも霧子さんの料理だけだよ」
「色々と大変なのね、アンタも……」
「全くだ……」
「……まあ、何にせよ。流石にもう少し気を遣いなさいな。アタシが口出すことじゃあないかも知れないけれど、アンタ流石に身体壊すわよ?」
ダイニング・テーブルの対面で同じように夕食に箸……でなくフォークだが。とにかく自分の作った料理を翔一と同じように口に運ぶアリサの、そんな言葉の語気こそ相変わらず棘のある感じだったが。しかし……不思議と、棘の強い彼女の言葉には不快感というか、そういう類を感じることはなく。寧ろこうして顔を突き合わせながらの食事に、翔一は何処か安堵感すら感じていた。
(そういえば、誰かと家で一緒に食事をするだなんて……どれぐらい振りなんだろうか)
考えてみれば、最後に家族で食卓を囲んだのは随分前な気がする。
五年前に父がいなくなってから、母は研究に打ち込み始め、家を空ける機会が多くなった。それから一年も経たない内に母は世界中を飛び回り始め、それから翔一はずっと独りぼっち。この広すぎる家の中、ずっとずっと独りで食事をしてきたのだ。
まあ、さっき二人の会話に出ていた通り、時たま霧子が気を遣って翔一の様子を見に来て、そのまま食事になることはあるが……殆どノーカウントで良いだろう。霧子がキッチンに立った時は食事というより、寧ろ人体実験と言った方が適切なぐらいの惨劇しか起こらないのだ。流石に毎回それでは生命の危機レベルなので、
翔一が彼女に料理を振る舞うことはあるものの、少なくとも心の安寧が保てることはない。暖かい食卓とはほど遠い惨劇、恐怖のディナーショーみたいなものだ。
だから――――だからかもしれない。翔一がこうして、彼女と食卓を囲んで……自分が作ったものでない、暖かく美味しい料理に箸を付けて。顔を突き合わせる彼女と言葉を交わしながらの食事に、自分でも不思議に思うぐらいの暖かな気持ちを感じているのは。
当然、アリサが彼にとって……そういう対象。あの海岸で一目見た瞬間から、間違いなく心奪われていた相手であるということもあるだろう。
というか、その要素を抜きにしては語れない。保護者であり、教師であり。料理の腕が壊滅的で人体実験じみているあの皮肉屋、羽佐間霧子と食卓を囲んでいる時と違う気持ちを抱くのは、ある意味で当然のことだ。
だから……何よりも翔一が安心感に似たような気持ちを感じているのは、きっと相手が彼女だからだろう。料理も、会話も、何もかもが暖かく感じる。アリサの語気こそいつものように刺々しい感じだが、しかし翔一にとっては不思議とそれが落ち着く。新しい環境に戸惑いながらも、彼女が彼女のまま、アリサ・メイヤードのままで自分の前に居てくれることが。こうして自分に料理を振る舞ってくれて、共に食卓を囲んでくれていることが……きっと、嬉しいのだ。
「……アリサ」
「ん、なによ急に改まって」
「そういえば、僕からは言っていなかったと思ったんだ。
……お互い、色々と思うところはあるかもしれない。君からしたら迷惑かも知れないね、幾ら霧子さんが決めたことといえ……僕なんかと同じ家で暮らすことになるのは」
「そんなこと……無くは無いけれど。でも異存は無いわよ。他の有象無象ならいざ知らず……アンタなら、まあ別に良いかなって。アタシ自身、そう思えちゃったところもあるし。だから少佐に文句は言わなかった。だからアタシはこうして此処に居るのよ」
何処か、少しだけ照れくさそうに言うアリサに対し、翔一は嬉しそうにフッと表情を緩め。「そう言って貰えると、僕も嬉しい」と言ってから、彼女に対してこんな言葉を続けていく。
「ともかく、今日から同じ場所で暮らしていくことになるんだ。だから……改めて。よろしく、アリサ」
「……それこそ、今更よ。でも――――そうね。改めてよろしく、翔一」
最初は少し戸惑いこそしたけれど、でも決して悪い気はしない。寧ろ……その逆だ。
だから、翔一は改めて彼女を迎え入れることにした。願わくば、彼女もまた同じ気持ちであって欲しい。でもそんなのは、少しばかり高望みが過ぎるかも知れない。ならばひとえに、此処が彼女にとって安らげる場所になれば……と。そんな思いも胸に秘めて。
勿論、翔一はそれは君に悪いと言って断ろうとした。この家のホストは自分なんだからと。幾らなし崩し的に決まってしまったことといえ、流石に彼女にそこまでさせるのは翔一としても気が引けるのだ。
それに……根本的な問題として、アリサ・メイヤードの腕前がどれほどのモノか把握していない、ということもある。結果がどうであれ、ある程度覚悟して望むことは出来るが。しかし今日は同居生活の初日も初日で、加えてあんなことがあったばかりだ。タダでさえ頭が半分パンクしているぐらいな状態だし、それに疲労感も凄い。そんな状態で、もし万が一にでも暗黒物質めいたモノを目の前に出されたら……という、ある意味でアリサに対して大変失礼な懸念が無いワケではなかったのだ。
「ほら、ザッとこんなモンよ」
「……これを、君が?」
「他に誰が居るってのよ。アタシとしても、幾ら流れでこうなっちゃったといえ……仮にも住まわせて貰うんですもの。少しぐらいは、ね」
だが――――そんな懸念は、本当に取り越し苦労もいいところだった。
端的に言って、アリサ・メイヤードの料理の腕前は大空の上と同じく、間違いなくエース級のそれだったのだ。
合衆国の出身だけあって、ダイニング・テーブルに着く翔一の前にズラリと並ぶのは全て洋食の類だ。流石に和食はまだ色々な意味で慣れないから、手を出さなかったのだろうが……しかし、それにしても凄い。とても桐山家の貧相な冷蔵庫の中身であり合わせたものとは思えないぐらい、アリサが手早く仕上げてしまった夕飯は、ただただ美味いの一言だった。
「で、どうかしら?」
「……ああ、美味いよ」
「なら結構。それにしてもアンタ、普段どんな食生活してんのよ? 冷蔵庫の中、酷いってモンじゃなかったわ」
「独り暮らしだからな、自炊は面倒であまりしていないんだよ。作るにしても和食ばっかりだし、どうしても中身が偏るんだ。たまに霧子さんが気まぐれで家に押し掛けて来て、洋食の類は作ってくれるけれど……その、これ以上言わなきゃいけないか?」
「……いや、いいわ。何となく察した。羽佐間少佐なら色んな意味で納得だわ…………」
「食事の最中に宇宙が見えたのは、後にも先にも霧子さんの料理だけだよ」
「色々と大変なのね、アンタも……」
「全くだ……」
「……まあ、何にせよ。流石にもう少し気を遣いなさいな。アタシが口出すことじゃあないかも知れないけれど、アンタ流石に身体壊すわよ?」
ダイニング・テーブルの対面で同じように夕食に箸……でなくフォークだが。とにかく自分の作った料理を翔一と同じように口に運ぶアリサの、そんな言葉の語気こそ相変わらず棘のある感じだったが。しかし……不思議と、棘の強い彼女の言葉には不快感というか、そういう類を感じることはなく。寧ろこうして顔を突き合わせながらの食事に、翔一は何処か安堵感すら感じていた。
(そういえば、誰かと家で一緒に食事をするだなんて……どれぐらい振りなんだろうか)
考えてみれば、最後に家族で食卓を囲んだのは随分前な気がする。
五年前に父がいなくなってから、母は研究に打ち込み始め、家を空ける機会が多くなった。それから一年も経たない内に母は世界中を飛び回り始め、それから翔一はずっと独りぼっち。この広すぎる家の中、ずっとずっと独りで食事をしてきたのだ。
まあ、さっき二人の会話に出ていた通り、時たま霧子が気を遣って翔一の様子を見に来て、そのまま食事になることはあるが……殆どノーカウントで良いだろう。霧子がキッチンに立った時は食事というより、寧ろ人体実験と言った方が適切なぐらいの惨劇しか起こらないのだ。流石に毎回それでは生命の危機レベルなので、
翔一が彼女に料理を振る舞うことはあるものの、少なくとも心の安寧が保てることはない。暖かい食卓とはほど遠い惨劇、恐怖のディナーショーみたいなものだ。
だから――――だからかもしれない。翔一がこうして、彼女と食卓を囲んで……自分が作ったものでない、暖かく美味しい料理に箸を付けて。顔を突き合わせる彼女と言葉を交わしながらの食事に、自分でも不思議に思うぐらいの暖かな気持ちを感じているのは。
当然、アリサが彼にとって……そういう対象。あの海岸で一目見た瞬間から、間違いなく心奪われていた相手であるということもあるだろう。
というか、その要素を抜きにしては語れない。保護者であり、教師であり。料理の腕が壊滅的で人体実験じみているあの皮肉屋、羽佐間霧子と食卓を囲んでいる時と違う気持ちを抱くのは、ある意味で当然のことだ。
だから……何よりも翔一が安心感に似たような気持ちを感じているのは、きっと相手が彼女だからだろう。料理も、会話も、何もかもが暖かく感じる。アリサの語気こそいつものように刺々しい感じだが、しかし翔一にとっては不思議とそれが落ち着く。新しい環境に戸惑いながらも、彼女が彼女のまま、アリサ・メイヤードのままで自分の前に居てくれることが。こうして自分に料理を振る舞ってくれて、共に食卓を囲んでくれていることが……きっと、嬉しいのだ。
「……アリサ」
「ん、なによ急に改まって」
「そういえば、僕からは言っていなかったと思ったんだ。
……お互い、色々と思うところはあるかもしれない。君からしたら迷惑かも知れないね、幾ら霧子さんが決めたことといえ……僕なんかと同じ家で暮らすことになるのは」
「そんなこと……無くは無いけれど。でも異存は無いわよ。他の有象無象ならいざ知らず……アンタなら、まあ別に良いかなって。アタシ自身、そう思えちゃったところもあるし。だから少佐に文句は言わなかった。だからアタシはこうして此処に居るのよ」
何処か、少しだけ照れくさそうに言うアリサに対し、翔一は嬉しそうにフッと表情を緩め。「そう言って貰えると、僕も嬉しい」と言ってから、彼女に対してこんな言葉を続けていく。
「ともかく、今日から同じ場所で暮らしていくことになるんだ。だから……改めて。よろしく、アリサ」
「……それこそ、今更よ。でも――――そうね。改めてよろしく、翔一」
最初は少し戸惑いこそしたけれど、でも決して悪い気はしない。寧ろ……その逆だ。
だから、翔一は改めて彼女を迎え入れることにした。願わくば、彼女もまた同じ気持ちであって欲しい。でもそんなのは、少しばかり高望みが過ぎるかも知れない。ならばひとえに、此処が彼女にとって安らげる場所になれば……と。そんな思いも胸に秘めて。
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