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Sortie-01:黒翼の舞う空
第八章:日常と非日常と/01
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第八章:日常と非日常と
それからの翔一は、今までの学生としての生活と、ESPパイロットとしての訓練。そんな二足のわらじの日々を送っていた。
一応はまだヒヨッ子である彼には、暫定的な措置としてひとまず国連統合軍・准尉の階級が与えられて。今まで通り風守学院に通う傍らで、パイロットとして必要な知識の座学や……加えて、空間戦闘機の操縦技能などの実技面での訓練を積む毎日を送っていた。
ちなみに、准尉といえば少尉階級の一つ下。つまりはアリサの一つ下の階級ということになる。今は暫定的にその階級を与えられているが、いずれは少尉に任官される……と、前に要は話していた。ヒヨッ子の訓練生に暫定的に与えられた、とりあえずの肩書きということになるのだろう。流石に民間人扱いのまま訓練を積ませるワケにもいかなかったらしい。尤も、その辺りのややこしい事情を要は話してくれなかったが。
とまあ、そんな経緯も挟みつつ。今日もまた翔一は、操縦訓練の為に空の上を飛んでいた。もうすっかり慣れてしまった、本当は非日常であったはずの……日常の一環として。
「――――よし、良い感じだ。何だかんだ計器飛行も様になってきたじゃあないか。流石に予備知識があっただけに、飲み込みも早いというワケか」
「おだてないでくださいよ、要さん。まだまだおっかなびっくりですよ、僕は」
高度三三〇〇〇フィートの上空、雷鳴のような轟音を上げながら飛ぶ純白の機影、F‐4EJファントムⅡ・680号機。反射する太陽光に尾翼の真っ赤なダンダラ模様を煌めかせながら大空を飛ぶ機体の中、後席に座る要が投げ掛けてくる称賛の言葉に、前席の翔一が謙遜するような態度で返していた。
これが、いつも通りの訓練模様だ。普段から要はこうして、基地司令としての業務の合間を縫っては翔一の飛行訓練に付き合ってくれている。毎回毎回この調子だ。
だから、流石に申し訳なく思ってきて。司令の立場でこんなヒヨッ子の相手をしていて良いのかと、前に気になって翔一は彼に問うてみたことがあったが。彼曰く「俺がやりたくてやっていることだ、君が気にすることじゃあない」だそうだ。
まあ、要の思うところは何にせよ。少なくとも翔一としては、彼が直々に稽古を付けてくれること自体は凄くありがたいことだった。
要隆一郎は、アリサ・メイヤードのようなESPパイロットではないものの……元航空自衛隊、今は統合軍に属しているベテラン・パイロットだ。特殊な超能力の類こそ持ち合わせていない、普通の人間なものの。しかしパイロットとしての純粋な技量や、飛行時間の面に於いては抜群だ。経験の豊富さという意味で、蓬莱島で要以上のパイロットは存在しない。
何せ、要は元ファントムライダーだという話だ。そんな彼から直々の手ほどきを受けられるのなら……翔一にとって、これほど有意義な時間はない。
まして、要の教え方は分かりやすく、それでいて的確なのだ。翔一が元々フライト・シミュレーションなんかをやっていた関係で、元からそれなりの予備知識があったという側面もあるが。しかし彼が短期間の内にメキメキと飛空士として成長し始めている一番の理由は……間違いなく、要が教官役に付いているからに他ならない。
ちなみに、ファントム――――といってもEJや、原型になったE型なんかの空軍仕様に限りだが。今まさに要が座っている後席にも操縦桿が付いていて、イザという時は後ろからでも飛ばせる仕様なのだ。万が一の時には翔一の代わりに飛ばすことも出来るという意味では、練習機として使うのにもある程度適してはいる。そもそも、そうでなければファントムを使っての飛行訓練なんて、最初からしないのだろうが。
「それにしても……要さん。こう言ったらアレですけれど、わざわざファントムで訓練をする必要が本当にあるんですか?」
そうしてファントムを飛ばしている最中、ふと頭に過ぎった疑問を翔一が投げ掛けてみる。すると要は「はっはっは」と、またいつものように高笑いをし。そして彼の投げ掛けた問いに対し、快く答えてくれた。
「確かに空間戦闘機を飛ばすだけなら、既存のジェット戦闘機を操縦する必要はないだろうな」
「だったら、どうして?」
「分かってないな、翔一くん。ローテクだからといって馬鹿には出来ないぞ。空間戦闘機の操縦は、普通の戦闘機に比べてずっと簡単だ。だが……簡単な方で慣れてしまっては、イザという時に対応が出来なくなるだろう?」
「だから、わざと僕にこうして……ということですか」
「そうだ」と要が後席で頷く。「特にファントムは……しかもコイツは改になる前の、素のEJ型だ。七〇年代の代物だけあって、今の戦闘機みたいに複雑なコンピュータ制御も無い。ローテクの飛ばし方を覚えさせるには、丁度良い教材だと思ってな」
「要さんらしいですね、そういう考え方」
「翔一くんは嫌いか? こういう年寄りくさい考え方は」
「嫌いじゃあないですよ。寧ろ良いと思います。僕としても、ファントムを自分の手で飛ばすのは楽しいですし」
「はっはっは、なら結構。何にせよ、他の基地ならさておき……俺が司令をやっている基地に来たんだ。普通よりも多少時間が掛かることになってしまうが、速成教育は速成教育なりに、俺のやり方でやらせて貰うよ」
相変わらずの清々しい高笑いをする要の考え方に、翔一も納得は出来ている。それに今まさに彼自身が言った通り、ファントムを飛ばすこと自体が、彼にとっては割と楽しいことでもあるのだ。何せ、本来ならF‐4は博物館級の代物なのだから。
と、そんな風に和やかな会話を二人は交わしていたが。だが要がたった今言ってた通り――――実を言うと翔一、速成教育の形で手早くパイロットの訓練が進められているのだ。
離陸直前に南から聞いた話曰く、翔一のように一般人上がりのESPパイロット候補生は大抵が速成教育で訓練されるようだ。訓練期間は遅くて半年から一年、早い場合だと僅か一ヶ月弱の短い訓練期間で実戦に駆り出されるらしい。
ちなみに、これは余談だが。まさに今の翔一のように……ESPパイロットの候補生で、こうした普通のジェット戦闘機の扱いを覚えさせられる者はほぼ存在しないらしい。当然といえば当然の話だが、その話を離陸前に南から聞かされていただけに……要隆一郎の教育方針が、如何に規格外なものかを思い知らされる。
まあ、納得は出来る話だ。先に述べた通り、要は空自上がりの元ファントムライダー。彼としても色々と思うところがあるのだろう。他まで手は届かないが、しかし自分の手の届く範囲……即ち翔一ぐらいは、ちゃんとしたパイロットしての技能を叩き込んでおきたいと。そういう思いがあるのだろう、彼には。
確かにこうした古い戦闘機……CCV技術も導入されていない、フライ・バイ・ワイヤなんてものとは無縁の戦闘機。電子制御の殆ど無い、ローテク極まりない機体の扱いを覚えておけば……要の言う通り、イザという時にトラブルへの対処も容易だろう。機械式のローテク戦闘機を飛ばせて、ハイテク極まりない空間戦闘機を御せない理由はないのだから。
(それにしても、ESPか……)
要の指示に従い、操縦桿を動かし飛行訓練を続けながら、ふと翔一は思う。
――――ESP、超能力者。
まあ、ESPというのは厳密に言えば超能力(PSI)の枠組みの中に入るものだ。ESPという言葉自体は、数ある超能力の中でもテレパシーや予知能力、透視や千里眼などの……主に情報伝達にまつわる、超感覚的なモノを指している。
ちなみに、アリサが前に披露した自然発火現象――――パイロキネシスだとか、或いは物体を自由に操るサイコキネシスなど。その辺りの、直接的に物体に、物理現象に干渉する能力……念力の類を正確に言うならば、PKという言葉が当てはまる。
とはいえ、重力制御装置『ディーンドライヴ』などの制御。即ち空間戦闘機を最大限の能力で飛ばすには、そうしたESP能力が必須となっている。加えて、超能力者と呼ばれる者で、PK能力は扱えなくとも。しかし空間戦闘機の制御に必要なESP能力……超感覚とテレパシー能力を持たぬ者は、絶対に存在しない。だからこそ、超能力を有する空間戦闘機パイロットが全てESPパイロットと呼ばれているのだ。
――――閑話休題。
ともかく、そうした超能力者だが。前に霧子が受け持ってくれた座学によると……全人類中で極少数のみが、そうした能力を突然変異的に発現させて生まれてくるそうだ。
また、ほぼ全員が先天的な能力者であり。後天的に能力を獲得した例は……少しだけ確認されているものの、僅か十数例のみと極少数で。後天的な能力だと本人が思い込んでいる場合でも、基本的には無自覚だった先天性の場合が殆どだそうだ。
そんな……全人類で見てもただでさえ貴重な超能力者は、その九割以上が女性らしい。翔一のように男の身で能力を有している者は全体の一割以下、物凄く稀有な例だという。
だからこそ、なのだろう。アリサのような……普通に考えれば、年端もいかぬ少女だ。彼女のような、あまりに若すぎる少女が、パイロットとして統合軍に重宝されているのは。
ESPパイロットの搭乗するフルスペック状態の空間戦闘機は、単機で通常の数個飛行隊か……それ以上に匹敵する戦闘力を発揮するという。まさに人類にとっての切り札的存在だ。これなくして、対レギオン戦争は成立しないというレベルで。
であるからこそ、まだ若すぎる彼女や……そして翔一のような十代の若者が徴用され、送り出されていくのだろう。漆黒の宇宙、空気すら無い死に満ちた戦域へと。
要が妙に気合いを入れて教官役をしているのは、その辺りのことを思ってのことだった。若者を戦地に送り出すしかないのならば、せめて自分が、大人として出来ることを、出来るだけ……と。きっと、要はそう思っているのだ。
故に、要は司令業務を半ばほっぽり出してまで、翔一にここまで熱の入った指導をしているのだ。彼が無駄死にをしないように、生きて帰って来られるようにと。
「確か、翔一くんの能力は……基本的なテレパシーに超感覚、あとはサイコメトリーと……短期的な未来予知、だったか」
と、翔一がファントムを飛ばす傍らでそんなことを考えていると。すると、まるで頭の中を読んだかのように、要がふと思い立ったことを彼に問うてきた。
そんな風に要に問われ、翔一は「はい」と頷く。「前に検査だかで調べた通りですよ」
「ああ、そうだったそうだった」
はっはっは、と笑う要に苦笑いで返しつつ、翔一はまた操縦桿を操作する。
――――サイコメトリー。
まあ……分かりやすい言い方をしてしまうと、物体に残るヒトの思念や記憶なんかを読み取る能力のことだ。
残留思念、という奴だろうか。例えば、今こうして翔一はファントムの操縦桿を握っているが。彼がやろうと思えば、このファントムに残された記憶を読み取ることも出来るのだ。随分と無茶な飛ばし方をされてきたらしい、この老兵の記憶を。
「アリサに比べたら、大した能力じゃあないですよ」
と、ファントムを飛ばしながら翔一が苦笑い気味に言う。しかし要はそれを「いいや、そんなことはない」と首を横に振って否定した。
「アリサくんは……基本的なモノ以外に、サイコキネシスとパイロキネシスの能力を有している。確かにアリサくんの能力は凄まじく、そして類を見ないぐらいに強力なものだ。君も知っての通り、統合軍全体で見てもかなり強力な部類に入る能力者であることに間違いはない。
だが……翔一くん。君もアリサくんに近いぐらいに強力な能力者なのだよ」
「まさか」
「事実だ」と要は頷く。「この間、君の詳しい検査結果が出たんだが。霧子くんが随分と驚いていたよ。凄い数値だ……ってな」
「そんなに、ですか」
「ああ、そんなにだ。第一、アリサくんに匹敵する能力者でなければ……機体を不時着させるほどの共鳴現象なんて起こさんよ」
はっはっは、といつも通りの高笑いをする要に、翔一が「まあ、ですよね」という風に返していると。すると次に要は「そうだ翔一くん、前々から君に訊きたいと思っていたのだが」と前置きをしてから、前席の彼に向かってこんな質問を投げ掛けてきた。
「君は……君は何故、パイロットをやろうと思った?」
「……前に、アリサにも同じことを訊かれましたよ」
以前にアリサから投げ掛けられたのと、全く同じ質問が後ろから飛んできたものだから。翔一は苦笑いをしつつ、アリサに答えたのと同じように……今度は要に向かって、その理由を話した。
「あの時の空が……綺麗で。ずっとずっと、この空を飛んでいたいって思ったんです。アリサと一緒に、空の上を飛んでいるのが……どうしようもなく、心地よかったから。アリサと一緒に飛んでいる時間が、どうしようもなく幸せだったから。
…………たった、それだけの理由なんです」
呟く彼の言葉は、しかし前に彼女に話した時とは違って。彼自身の……包み隠さない本心が、確かに添えられていた。アリサ・メイヤードと飛ぶ空が好きだから、彼女と飛んでいる時間が幸せだからという、そんな彼の包み隠さぬ本心が。
「なら、早く一人前になることだな」
翔一の心の底から出てきた答えを聞いて、そんな言葉を返しながら。要は酸素マスクの下でニヤリと、何処か嬉しそうに笑んでいた。
それからの翔一は、今までの学生としての生活と、ESPパイロットとしての訓練。そんな二足のわらじの日々を送っていた。
一応はまだヒヨッ子である彼には、暫定的な措置としてひとまず国連統合軍・准尉の階級が与えられて。今まで通り風守学院に通う傍らで、パイロットとして必要な知識の座学や……加えて、空間戦闘機の操縦技能などの実技面での訓練を積む毎日を送っていた。
ちなみに、准尉といえば少尉階級の一つ下。つまりはアリサの一つ下の階級ということになる。今は暫定的にその階級を与えられているが、いずれは少尉に任官される……と、前に要は話していた。ヒヨッ子の訓練生に暫定的に与えられた、とりあえずの肩書きということになるのだろう。流石に民間人扱いのまま訓練を積ませるワケにもいかなかったらしい。尤も、その辺りのややこしい事情を要は話してくれなかったが。
とまあ、そんな経緯も挟みつつ。今日もまた翔一は、操縦訓練の為に空の上を飛んでいた。もうすっかり慣れてしまった、本当は非日常であったはずの……日常の一環として。
「――――よし、良い感じだ。何だかんだ計器飛行も様になってきたじゃあないか。流石に予備知識があっただけに、飲み込みも早いというワケか」
「おだてないでくださいよ、要さん。まだまだおっかなびっくりですよ、僕は」
高度三三〇〇〇フィートの上空、雷鳴のような轟音を上げながら飛ぶ純白の機影、F‐4EJファントムⅡ・680号機。反射する太陽光に尾翼の真っ赤なダンダラ模様を煌めかせながら大空を飛ぶ機体の中、後席に座る要が投げ掛けてくる称賛の言葉に、前席の翔一が謙遜するような態度で返していた。
これが、いつも通りの訓練模様だ。普段から要はこうして、基地司令としての業務の合間を縫っては翔一の飛行訓練に付き合ってくれている。毎回毎回この調子だ。
だから、流石に申し訳なく思ってきて。司令の立場でこんなヒヨッ子の相手をしていて良いのかと、前に気になって翔一は彼に問うてみたことがあったが。彼曰く「俺がやりたくてやっていることだ、君が気にすることじゃあない」だそうだ。
まあ、要の思うところは何にせよ。少なくとも翔一としては、彼が直々に稽古を付けてくれること自体は凄くありがたいことだった。
要隆一郎は、アリサ・メイヤードのようなESPパイロットではないものの……元航空自衛隊、今は統合軍に属しているベテラン・パイロットだ。特殊な超能力の類こそ持ち合わせていない、普通の人間なものの。しかしパイロットとしての純粋な技量や、飛行時間の面に於いては抜群だ。経験の豊富さという意味で、蓬莱島で要以上のパイロットは存在しない。
何せ、要は元ファントムライダーだという話だ。そんな彼から直々の手ほどきを受けられるのなら……翔一にとって、これほど有意義な時間はない。
まして、要の教え方は分かりやすく、それでいて的確なのだ。翔一が元々フライト・シミュレーションなんかをやっていた関係で、元からそれなりの予備知識があったという側面もあるが。しかし彼が短期間の内にメキメキと飛空士として成長し始めている一番の理由は……間違いなく、要が教官役に付いているからに他ならない。
ちなみに、ファントム――――といってもEJや、原型になったE型なんかの空軍仕様に限りだが。今まさに要が座っている後席にも操縦桿が付いていて、イザという時は後ろからでも飛ばせる仕様なのだ。万が一の時には翔一の代わりに飛ばすことも出来るという意味では、練習機として使うのにもある程度適してはいる。そもそも、そうでなければファントムを使っての飛行訓練なんて、最初からしないのだろうが。
「それにしても……要さん。こう言ったらアレですけれど、わざわざファントムで訓練をする必要が本当にあるんですか?」
そうしてファントムを飛ばしている最中、ふと頭に過ぎった疑問を翔一が投げ掛けてみる。すると要は「はっはっは」と、またいつものように高笑いをし。そして彼の投げ掛けた問いに対し、快く答えてくれた。
「確かに空間戦闘機を飛ばすだけなら、既存のジェット戦闘機を操縦する必要はないだろうな」
「だったら、どうして?」
「分かってないな、翔一くん。ローテクだからといって馬鹿には出来ないぞ。空間戦闘機の操縦は、普通の戦闘機に比べてずっと簡単だ。だが……簡単な方で慣れてしまっては、イザという時に対応が出来なくなるだろう?」
「だから、わざと僕にこうして……ということですか」
「そうだ」と要が後席で頷く。「特にファントムは……しかもコイツは改になる前の、素のEJ型だ。七〇年代の代物だけあって、今の戦闘機みたいに複雑なコンピュータ制御も無い。ローテクの飛ばし方を覚えさせるには、丁度良い教材だと思ってな」
「要さんらしいですね、そういう考え方」
「翔一くんは嫌いか? こういう年寄りくさい考え方は」
「嫌いじゃあないですよ。寧ろ良いと思います。僕としても、ファントムを自分の手で飛ばすのは楽しいですし」
「はっはっは、なら結構。何にせよ、他の基地ならさておき……俺が司令をやっている基地に来たんだ。普通よりも多少時間が掛かることになってしまうが、速成教育は速成教育なりに、俺のやり方でやらせて貰うよ」
相変わらずの清々しい高笑いをする要の考え方に、翔一も納得は出来ている。それに今まさに彼自身が言った通り、ファントムを飛ばすこと自体が、彼にとっては割と楽しいことでもあるのだ。何せ、本来ならF‐4は博物館級の代物なのだから。
と、そんな風に和やかな会話を二人は交わしていたが。だが要がたった今言ってた通り――――実を言うと翔一、速成教育の形で手早くパイロットの訓練が進められているのだ。
離陸直前に南から聞いた話曰く、翔一のように一般人上がりのESPパイロット候補生は大抵が速成教育で訓練されるようだ。訓練期間は遅くて半年から一年、早い場合だと僅か一ヶ月弱の短い訓練期間で実戦に駆り出されるらしい。
ちなみに、これは余談だが。まさに今の翔一のように……ESPパイロットの候補生で、こうした普通のジェット戦闘機の扱いを覚えさせられる者はほぼ存在しないらしい。当然といえば当然の話だが、その話を離陸前に南から聞かされていただけに……要隆一郎の教育方針が、如何に規格外なものかを思い知らされる。
まあ、納得は出来る話だ。先に述べた通り、要は空自上がりの元ファントムライダー。彼としても色々と思うところがあるのだろう。他まで手は届かないが、しかし自分の手の届く範囲……即ち翔一ぐらいは、ちゃんとしたパイロットしての技能を叩き込んでおきたいと。そういう思いがあるのだろう、彼には。
確かにこうした古い戦闘機……CCV技術も導入されていない、フライ・バイ・ワイヤなんてものとは無縁の戦闘機。電子制御の殆ど無い、ローテク極まりない機体の扱いを覚えておけば……要の言う通り、イザという時にトラブルへの対処も容易だろう。機械式のローテク戦闘機を飛ばせて、ハイテク極まりない空間戦闘機を御せない理由はないのだから。
(それにしても、ESPか……)
要の指示に従い、操縦桿を動かし飛行訓練を続けながら、ふと翔一は思う。
――――ESP、超能力者。
まあ、ESPというのは厳密に言えば超能力(PSI)の枠組みの中に入るものだ。ESPという言葉自体は、数ある超能力の中でもテレパシーや予知能力、透視や千里眼などの……主に情報伝達にまつわる、超感覚的なモノを指している。
ちなみに、アリサが前に披露した自然発火現象――――パイロキネシスだとか、或いは物体を自由に操るサイコキネシスなど。その辺りの、直接的に物体に、物理現象に干渉する能力……念力の類を正確に言うならば、PKという言葉が当てはまる。
とはいえ、重力制御装置『ディーンドライヴ』などの制御。即ち空間戦闘機を最大限の能力で飛ばすには、そうしたESP能力が必須となっている。加えて、超能力者と呼ばれる者で、PK能力は扱えなくとも。しかし空間戦闘機の制御に必要なESP能力……超感覚とテレパシー能力を持たぬ者は、絶対に存在しない。だからこそ、超能力を有する空間戦闘機パイロットが全てESPパイロットと呼ばれているのだ。
――――閑話休題。
ともかく、そうした超能力者だが。前に霧子が受け持ってくれた座学によると……全人類中で極少数のみが、そうした能力を突然変異的に発現させて生まれてくるそうだ。
また、ほぼ全員が先天的な能力者であり。後天的に能力を獲得した例は……少しだけ確認されているものの、僅か十数例のみと極少数で。後天的な能力だと本人が思い込んでいる場合でも、基本的には無自覚だった先天性の場合が殆どだそうだ。
そんな……全人類で見てもただでさえ貴重な超能力者は、その九割以上が女性らしい。翔一のように男の身で能力を有している者は全体の一割以下、物凄く稀有な例だという。
だからこそ、なのだろう。アリサのような……普通に考えれば、年端もいかぬ少女だ。彼女のような、あまりに若すぎる少女が、パイロットとして統合軍に重宝されているのは。
ESPパイロットの搭乗するフルスペック状態の空間戦闘機は、単機で通常の数個飛行隊か……それ以上に匹敵する戦闘力を発揮するという。まさに人類にとっての切り札的存在だ。これなくして、対レギオン戦争は成立しないというレベルで。
であるからこそ、まだ若すぎる彼女や……そして翔一のような十代の若者が徴用され、送り出されていくのだろう。漆黒の宇宙、空気すら無い死に満ちた戦域へと。
要が妙に気合いを入れて教官役をしているのは、その辺りのことを思ってのことだった。若者を戦地に送り出すしかないのならば、せめて自分が、大人として出来ることを、出来るだけ……と。きっと、要はそう思っているのだ。
故に、要は司令業務を半ばほっぽり出してまで、翔一にここまで熱の入った指導をしているのだ。彼が無駄死にをしないように、生きて帰って来られるようにと。
「確か、翔一くんの能力は……基本的なテレパシーに超感覚、あとはサイコメトリーと……短期的な未来予知、だったか」
と、翔一がファントムを飛ばす傍らでそんなことを考えていると。すると、まるで頭の中を読んだかのように、要がふと思い立ったことを彼に問うてきた。
そんな風に要に問われ、翔一は「はい」と頷く。「前に検査だかで調べた通りですよ」
「ああ、そうだったそうだった」
はっはっは、と笑う要に苦笑いで返しつつ、翔一はまた操縦桿を操作する。
――――サイコメトリー。
まあ……分かりやすい言い方をしてしまうと、物体に残るヒトの思念や記憶なんかを読み取る能力のことだ。
残留思念、という奴だろうか。例えば、今こうして翔一はファントムの操縦桿を握っているが。彼がやろうと思えば、このファントムに残された記憶を読み取ることも出来るのだ。随分と無茶な飛ばし方をされてきたらしい、この老兵の記憶を。
「アリサに比べたら、大した能力じゃあないですよ」
と、ファントムを飛ばしながら翔一が苦笑い気味に言う。しかし要はそれを「いいや、そんなことはない」と首を横に振って否定した。
「アリサくんは……基本的なモノ以外に、サイコキネシスとパイロキネシスの能力を有している。確かにアリサくんの能力は凄まじく、そして類を見ないぐらいに強力なものだ。君も知っての通り、統合軍全体で見てもかなり強力な部類に入る能力者であることに間違いはない。
だが……翔一くん。君もアリサくんに近いぐらいに強力な能力者なのだよ」
「まさか」
「事実だ」と要は頷く。「この間、君の詳しい検査結果が出たんだが。霧子くんが随分と驚いていたよ。凄い数値だ……ってな」
「そんなに、ですか」
「ああ、そんなにだ。第一、アリサくんに匹敵する能力者でなければ……機体を不時着させるほどの共鳴現象なんて起こさんよ」
はっはっは、といつも通りの高笑いをする要に、翔一が「まあ、ですよね」という風に返していると。すると次に要は「そうだ翔一くん、前々から君に訊きたいと思っていたのだが」と前置きをしてから、前席の彼に向かってこんな質問を投げ掛けてきた。
「君は……君は何故、パイロットをやろうと思った?」
「……前に、アリサにも同じことを訊かれましたよ」
以前にアリサから投げ掛けられたのと、全く同じ質問が後ろから飛んできたものだから。翔一は苦笑いをしつつ、アリサに答えたのと同じように……今度は要に向かって、その理由を話した。
「あの時の空が……綺麗で。ずっとずっと、この空を飛んでいたいって思ったんです。アリサと一緒に、空の上を飛んでいるのが……どうしようもなく、心地よかったから。アリサと一緒に飛んでいる時間が、どうしようもなく幸せだったから。
…………たった、それだけの理由なんです」
呟く彼の言葉は、しかし前に彼女に話した時とは違って。彼自身の……包み隠さない本心が、確かに添えられていた。アリサ・メイヤードと飛ぶ空が好きだから、彼女と飛んでいる時間が幸せだからという、そんな彼の包み隠さぬ本心が。
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日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。
日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道』
歌人 蔵屋日唱
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