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Sortie-01:黒翼の舞う空
第十二章:アリサ・メイヤード/05
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「アリサ、後ろに二機張り付いてる!」
「またなの!? もうっ……しつこい男は嫌いよ、おととい来なさいっ!!」
バッと後ろを振り向いたソフィアが警告すると、すぐにアリサはスロットルを緩めながらグッと操縦桿を手前に引き。ディーンドライヴの重力制御を最大限に活用しながら……機首を一八〇度、後方に回頭。文字通り後ろ向きに飛んでいるような感じにすると、今まさに彼女の尻を追いかけていた二機のモスキート・タイプと正対する。
――――GUN RDY。
「墜ちろぉっ!!」
操縦桿のトリガーを引き、二〇ミリ口径のレールガトリング機関砲を掃射。背中に張り付いていた二機のモスキートを穴だらけにしてやり、撃墜する。
そんな……ESP専用機にしか出来ない、ディーンドライヴのフルスペックを発揮できるESPパイロットならではな。しかし物凄く無茶な方法で後方を向いたアリサは見事に敵機を撃墜すると、また振り向いた時と同じ要領で機体を反転。進行方向に機首を戻すとスロットルを開き、上昇して巴戦の状態から一旦の離脱を図る。
「ああもう、墜としても墜としても減らないったらありゃしないわ……!」
「うーん、ちょっと良くない状況かな……? 味方は三分の一がもうやられちゃってるし、こっちもミサイルは撃ち尽くしてる。ガンの残弾もあんまり無いよ、アリサ」
「分かってるわよ、今更言われなくても。イザとなればレーザー機関砲があるわ」
「でもアレ、威力低い副兵装なんだよね……」
「撃てないよりはずっとマシよ。ソフィア、それとも何? 今からマイアミに戻って弾薬補給でもした方が良いかしら?」
「悪くないとは思うけどねー。多分戻ってくる頃には味方は全滅しちゃってるかな……」
「なら、アタシたちが此処でどうにか踏ん張るしかないのよ。……それで、敵の数は?」
「もう半分以上は墜としてるね。奥のキャリアーとマザーシップから増援が出てきてるっぽいけれど、そっちは別の部隊がどうにか押さえててくれてるみたい」
「じゃあ、この辺りの航空優勢はもうちょいで取れそうってことね」
「私たちの踏ん張り次第、かな」
「だったら此処が踏ん張りどころよ。ソフィア、気合い入れて行くわよ」
「アリサはあんまり熱くなりすぎないようにね。熱くなった時にいっつも変なミスするんだから、アリサは」
「だったら、アンタがアタシの頭を冷やして頂戴な」
「うー、無茶振りだよぉ」
「……っと、言ってる間に! レッド5が絡まれてる、助けに行くわよ!」
「分かったよアリサ。周りのことは私が気を張っておくから」
「頼むわ!」
一旦高度を上げていたアリサは下方、比較的低高度の位置でモスキート三機に追いかけ回されていた味方の≪ミーティア≫……確かコールサインはレッド5だ。右へ左へと必死に逃げ惑うその機影を見つけると、すぐさま機首を下に向け、その機体の救出に向かう。
「カトンボ、墜ちろぉっ!」
ほぼフルスロットルに近いような急加速でレッド5に近づき、その尻を追いかけ回していた三機のモスキートに狙いを定め……ガンレンジに入った瞬間、アリサは迷わずにトリガーを引く。
レールガトリングから放たれる火線が一瞬の内に伸び、レッド5の後ろに張り付いていた三機の内、二機を瞬く間に蜂の巣にしてしまう。その穴だらけになった二機はコントロールを失い、軽く炎を吹きながらよろよろと高度を下げ……そして月の地表に衝突し、爆発した。
「! アリサ、ガン弾切れ!」
「だったら!」
が、その二機を仕留めたところで遂にレールガトリング機関砲の弾も底を突いてしまった。
しかし――――戦う術が失われたワケではない。まだこの機体には予備の固定兵装、二〇ミリ口径のレーザー機関砲が残っている。これに関してはエネルギー供給を機体のバッテリーに依存しているから、実質無限に撃てるようなものだ。
だから、まだアリサから戦う術が失われたワケではない。アリサは素早く選択兵装をレールガトリングからレーザー機関砲に切り替えると、キャノピー正面に浮かぶ照準表示を最後の一機、未だレッド5の尻を追いかけ続けているモスキートに合わせる。
――――LASER RDY。
「やらせないわよ、これ以上!」
アリサが人差し指で引いたトリガーに呼応し、ゴーストからパッパッパッと赤いレーザーの光線が小刻みに、瞬くように照射され始める。
レーザーが細いせいで頼りなく見えるが、一応は高出力レーザーを断続的に放っているのだ。威力の程は実体弾のレールガトリング機関砲ほどではないものの……しかしこの至近距離、モスキートが相手ならば十分だ。
アリサ機から放たれたレーザーに焼かれた最後のモスキートは、少しの間その照射にも耐えていたが。しかしすぐに胴体の主要箇所を高出力レーザーに溶解されると、やはりそのままコントロールを失い月面に墜落していく。
これで、レッド5を襲っていた脅威は去った。
『レッド5よりイーグレット1! 助かったよお嬢さん、九死に一生だ! 帰ったら一杯奢らせてくれ!』
グッと機首を上げ、機体の姿勢を立て直したアリサがヘルメットの中で小さく息をついていると。すると、すぐ隣に来たレッド5がそんな礼を通信越しにアリサたちへ告げてくる。
「イーグレット1よりレッド5、生憎とこっちは二人とも未成年よ」
「そうですよー。嬉しいですけれど、お酒は駄目です。お気持ちだけ受け取っておきますっ」
『なあに、構うこたあねえさ! ……とにかく助かった! 礼を言うぜ、イーグレット1!』
こちらに向かって親指を立ててなんかみせ、ニヤリと笑うと。レッド5はそのままアリサ機の前に出て、彼女の前で軽く翼を左右に振ってみせた後……大きく旋回し、アリサ機から離れていく。
「…………うん、大丈夫だよアリサ。私たちがやってた間に、敵機はもう大分減ってる。こっちも結構やられちゃってて、まだ油断できる状態じゃないけれど。でも、何とか航空優勢は取れ始めてる」
そんな、遠ざかっていくレッド5の機影を見送りながら。アリサがふぅ、と小さく息をついていると、後ろからそんなソフィアの報告が飛んでくる。
「アリサ、どうする? この分だと航空優勢は確実に取れちゃうし、私たちもいい加減限界だよ。一旦マイアミに戻る?」
「そうね……」
ソフィアに問われ、アリサは少しの間思い悩んだ。
確かにソフィアの言う通り、既にこのエリアの航空優勢はこちら側に傾き始めている。敵の数も……まだまだ居るが、しかし最初に比べればかなり減っている方だ。まだ居る部隊と、そろそろ作戦エリアに到着するだろう後詰めの第二陣が居れば、この程度は簡単に押さえられてしまうに違いない。
本来なら、アリサたちは航空優勢を確保でき次第、このままエリアに留まってCAP(戦闘空中哨戒)……正確に言えばTARCAP(目標戦闘空中哨戒)か。これを行うはずなのだが、しかしミサイルも弾薬もロクに残っていない現状、幾ら一騎当千のESP専用機といえどもこの場に留まる意味はあまりないと言っていい。実際、航空優勢を確保した時点で弾薬に余裕が無ければ、今の段階での基地への帰還も許されている。
だから、アリサは悩んでいたのだ。確かにもう退き際ではあるが、しかしまだ戦っている味方の部隊を見捨てて帰るのも忍びない。あともう僅かで航空優勢が完全に確保出来てしまうのだ。帰るのはそれからでも構わないだろう。まだレーザー機関砲があるし、戦う術が残されていないワケではないのだから。
「…………いえ、もう少しだけ粘りましょう。まだ生きてる連中を見捨ててはいけないもの」
そう思い、アリサはそちらの選択肢を選ぶことを決断した。
――――この選択が明らかな間違いであること、これが致命的な判断ミスであることに気付かぬまま。
「ん、分かったよアリサ」
だが、二人はまだそのことを知らない。だからソフィアは少し首を傾げつつも、しかしアリサの判断なら……と思い、そう頷き彼女の決断を容認した。
「……っと、もう攻撃隊が来るの!?」
「馬鹿ね、早すぎるわよ……!」
そうした決断をアリサが下してから暫くもしない内に、ソフィアは味方の新たな機影、キャリアー・タイプに対艦攻撃を仕掛ける部隊の機影をレーダーに捉えていた。
突入タイミングがあまりにも早すぎる。作戦では確か、このエリアの航空優勢を完全に確保し……アリサたちの後詰めになる第二陣の制空部隊が到着してから。それから攻撃隊が突撃を始める手筈だったはずだ。
だが、確かにソフィアの言う通り、低空でこの作戦エリアに侵入してくる味方部隊の機影がレーダー上にはあった。
GIS‐12D≪ミーティア≫、部隊コールサイン『フルバック』。大きな対艦ミサイルをパイロンというパイロンにこれでもかと吊した、そんな複座機の攻撃チームが確かにこの作戦エリアに侵入しつつあったのだ。
だが、まだ敵機を掃除し切れてはいない。殲滅し切れていないのは仕方ないとしても、まだ航空優勢を確保出来たとは言い難い状況なのだ。この状況では、連中を安全にキャリアー・タイプの至近まで送り届けることはかなり厳しい。こちらの数も相応に減っているだけに……彼らをちゃんとエスコートするのは難しい状況だ。下手をすれば無防備なまま生き残りのモスキートに絡まれ、攻撃隊が全滅するということもあり得る。
「チッ……! あの馬鹿ども!」
「どうする、アリサっ!?」
「行くっきゃないでしょう! 多少無茶でも……大馬鹿野郎どもが来ちゃったものはどうしようもない! どうにかこうにかエスコートするしかないのよ、アタシたちで!」
「でも、流石に無茶だよアリサ! フルバック隊には一旦退かせるしかないよ!」
「対艦ミサイル吊したあの鈍足で、逃げ切れるとは思えない!」
「それは……そうだけど! でもアリサ、私たちにはもうミサイル一発残ってない!」
「かといって、見捨てるわけにも行かないでしょう!? 腹括りなさい、ソフィア!」
「っ……!」
ソフィアは何か言い掛けていたが、しかしアリサの言うことにも一理あると思ってしまったのか。それ以上何も言わず、ただ「分かった……!」とだけ頷き返していた。
本当なら、ソフィアの言う通りフルバック隊は一旦後退させるしかないはずだ。それが最善の策のはずなのだ。
だが――――この時のアリサは、フルバック隊の作戦を無視した、あまりに早いタイミングでの馬鹿な突入が頭にきて、完全に熱くなってしまっていたのだ。冷静な思考を、まだ若すぎる彼女はいとも簡単に失っていた。
同時に、きっとソフィアもそうだったのかもしれない。いつも冷静で的確な判断を下す彼女が、こんな時に限ってアリサのそんな……ある意味で無謀とも取れる選択肢を容認してしまったのは。ひとえに、初めての大規模作戦で……彼女もまた緊張し、普段の冷静さを少しばかり欠いていてしまっていたからだろう。
欠いていたのは、ほんの少しだ。ほんの一欠片だけ、ソフィアは冷静さを欠いていた。
しかし――――この死に満ちた戦場という環境に於いては、そんな些細な一欠片の欠落だけでも、やがては致命的なものに繋がっていく。ひとりひとりの小さな欠落が塵のように積もり重なって、そして大失敗へと繋がっていくのだ。
だから先に待ち受ける結末は、フルバック隊の作戦無視の強行突入や、アリサが退き際を見誤ったこと。血が上りきっていた彼女の頭が、どうしようもないぐらいに熱くなってしまっていたこと。本来、そんなアリサの手綱を引いてコントロールすべきソフィアからも、ほんの少しだけ冷静さが失われていたことなど……。そんなひとりひとりの、少しずつの失敗や欠落が積み重なって。その結果として、出来上がってしまったものなのだ。
とはいえ、アリサからしてみれば――――辿っていく結末は、ひとえに自分の判断ミスが招いた最悪の結果でしかないのだ。退き際を完全に見誤り、そして無謀な愚か者たちにわざわざ付き合ってやろうとした……自分の若さと馬鹿さが招いてしまった、最悪の結果でしかないのだ。
「イーグレット1よりレッド・チーム各機! 生き残ってる奴らは手を貸しなさい! フルバックの馬鹿野郎どもが焦りすぎて、今にも尻をローストにされかけてるの!
でも、馬鹿だからって連中を見捨てるワケにもいかない! だから……アタシたちでどうにかこうにかエスコートする! 各機、続けぇっ!!」
大きな黒翼がぐるんと回転し、灰色の地表近くを這うように低空飛行するフルバック隊と……そして、それに食らい付こうとする生き残りのモスキートたちの方へと急降下していく。
「またなの!? もうっ……しつこい男は嫌いよ、おととい来なさいっ!!」
バッと後ろを振り向いたソフィアが警告すると、すぐにアリサはスロットルを緩めながらグッと操縦桿を手前に引き。ディーンドライヴの重力制御を最大限に活用しながら……機首を一八〇度、後方に回頭。文字通り後ろ向きに飛んでいるような感じにすると、今まさに彼女の尻を追いかけていた二機のモスキート・タイプと正対する。
――――GUN RDY。
「墜ちろぉっ!!」
操縦桿のトリガーを引き、二〇ミリ口径のレールガトリング機関砲を掃射。背中に張り付いていた二機のモスキートを穴だらけにしてやり、撃墜する。
そんな……ESP専用機にしか出来ない、ディーンドライヴのフルスペックを発揮できるESPパイロットならではな。しかし物凄く無茶な方法で後方を向いたアリサは見事に敵機を撃墜すると、また振り向いた時と同じ要領で機体を反転。進行方向に機首を戻すとスロットルを開き、上昇して巴戦の状態から一旦の離脱を図る。
「ああもう、墜としても墜としても減らないったらありゃしないわ……!」
「うーん、ちょっと良くない状況かな……? 味方は三分の一がもうやられちゃってるし、こっちもミサイルは撃ち尽くしてる。ガンの残弾もあんまり無いよ、アリサ」
「分かってるわよ、今更言われなくても。イザとなればレーザー機関砲があるわ」
「でもアレ、威力低い副兵装なんだよね……」
「撃てないよりはずっとマシよ。ソフィア、それとも何? 今からマイアミに戻って弾薬補給でもした方が良いかしら?」
「悪くないとは思うけどねー。多分戻ってくる頃には味方は全滅しちゃってるかな……」
「なら、アタシたちが此処でどうにか踏ん張るしかないのよ。……それで、敵の数は?」
「もう半分以上は墜としてるね。奥のキャリアーとマザーシップから増援が出てきてるっぽいけれど、そっちは別の部隊がどうにか押さえててくれてるみたい」
「じゃあ、この辺りの航空優勢はもうちょいで取れそうってことね」
「私たちの踏ん張り次第、かな」
「だったら此処が踏ん張りどころよ。ソフィア、気合い入れて行くわよ」
「アリサはあんまり熱くなりすぎないようにね。熱くなった時にいっつも変なミスするんだから、アリサは」
「だったら、アンタがアタシの頭を冷やして頂戴な」
「うー、無茶振りだよぉ」
「……っと、言ってる間に! レッド5が絡まれてる、助けに行くわよ!」
「分かったよアリサ。周りのことは私が気を張っておくから」
「頼むわ!」
一旦高度を上げていたアリサは下方、比較的低高度の位置でモスキート三機に追いかけ回されていた味方の≪ミーティア≫……確かコールサインはレッド5だ。右へ左へと必死に逃げ惑うその機影を見つけると、すぐさま機首を下に向け、その機体の救出に向かう。
「カトンボ、墜ちろぉっ!」
ほぼフルスロットルに近いような急加速でレッド5に近づき、その尻を追いかけ回していた三機のモスキートに狙いを定め……ガンレンジに入った瞬間、アリサは迷わずにトリガーを引く。
レールガトリングから放たれる火線が一瞬の内に伸び、レッド5の後ろに張り付いていた三機の内、二機を瞬く間に蜂の巣にしてしまう。その穴だらけになった二機はコントロールを失い、軽く炎を吹きながらよろよろと高度を下げ……そして月の地表に衝突し、爆発した。
「! アリサ、ガン弾切れ!」
「だったら!」
が、その二機を仕留めたところで遂にレールガトリング機関砲の弾も底を突いてしまった。
しかし――――戦う術が失われたワケではない。まだこの機体には予備の固定兵装、二〇ミリ口径のレーザー機関砲が残っている。これに関してはエネルギー供給を機体のバッテリーに依存しているから、実質無限に撃てるようなものだ。
だから、まだアリサから戦う術が失われたワケではない。アリサは素早く選択兵装をレールガトリングからレーザー機関砲に切り替えると、キャノピー正面に浮かぶ照準表示を最後の一機、未だレッド5の尻を追いかけ続けているモスキートに合わせる。
――――LASER RDY。
「やらせないわよ、これ以上!」
アリサが人差し指で引いたトリガーに呼応し、ゴーストからパッパッパッと赤いレーザーの光線が小刻みに、瞬くように照射され始める。
レーザーが細いせいで頼りなく見えるが、一応は高出力レーザーを断続的に放っているのだ。威力の程は実体弾のレールガトリング機関砲ほどではないものの……しかしこの至近距離、モスキートが相手ならば十分だ。
アリサ機から放たれたレーザーに焼かれた最後のモスキートは、少しの間その照射にも耐えていたが。しかしすぐに胴体の主要箇所を高出力レーザーに溶解されると、やはりそのままコントロールを失い月面に墜落していく。
これで、レッド5を襲っていた脅威は去った。
『レッド5よりイーグレット1! 助かったよお嬢さん、九死に一生だ! 帰ったら一杯奢らせてくれ!』
グッと機首を上げ、機体の姿勢を立て直したアリサがヘルメットの中で小さく息をついていると。すると、すぐ隣に来たレッド5がそんな礼を通信越しにアリサたちへ告げてくる。
「イーグレット1よりレッド5、生憎とこっちは二人とも未成年よ」
「そうですよー。嬉しいですけれど、お酒は駄目です。お気持ちだけ受け取っておきますっ」
『なあに、構うこたあねえさ! ……とにかく助かった! 礼を言うぜ、イーグレット1!』
こちらに向かって親指を立ててなんかみせ、ニヤリと笑うと。レッド5はそのままアリサ機の前に出て、彼女の前で軽く翼を左右に振ってみせた後……大きく旋回し、アリサ機から離れていく。
「…………うん、大丈夫だよアリサ。私たちがやってた間に、敵機はもう大分減ってる。こっちも結構やられちゃってて、まだ油断できる状態じゃないけれど。でも、何とか航空優勢は取れ始めてる」
そんな、遠ざかっていくレッド5の機影を見送りながら。アリサがふぅ、と小さく息をついていると、後ろからそんなソフィアの報告が飛んでくる。
「アリサ、どうする? この分だと航空優勢は確実に取れちゃうし、私たちもいい加減限界だよ。一旦マイアミに戻る?」
「そうね……」
ソフィアに問われ、アリサは少しの間思い悩んだ。
確かにソフィアの言う通り、既にこのエリアの航空優勢はこちら側に傾き始めている。敵の数も……まだまだ居るが、しかし最初に比べればかなり減っている方だ。まだ居る部隊と、そろそろ作戦エリアに到着するだろう後詰めの第二陣が居れば、この程度は簡単に押さえられてしまうに違いない。
本来なら、アリサたちは航空優勢を確保でき次第、このままエリアに留まってCAP(戦闘空中哨戒)……正確に言えばTARCAP(目標戦闘空中哨戒)か。これを行うはずなのだが、しかしミサイルも弾薬もロクに残っていない現状、幾ら一騎当千のESP専用機といえどもこの場に留まる意味はあまりないと言っていい。実際、航空優勢を確保した時点で弾薬に余裕が無ければ、今の段階での基地への帰還も許されている。
だから、アリサは悩んでいたのだ。確かにもう退き際ではあるが、しかしまだ戦っている味方の部隊を見捨てて帰るのも忍びない。あともう僅かで航空優勢が完全に確保出来てしまうのだ。帰るのはそれからでも構わないだろう。まだレーザー機関砲があるし、戦う術が残されていないワケではないのだから。
「…………いえ、もう少しだけ粘りましょう。まだ生きてる連中を見捨ててはいけないもの」
そう思い、アリサはそちらの選択肢を選ぶことを決断した。
――――この選択が明らかな間違いであること、これが致命的な判断ミスであることに気付かぬまま。
「ん、分かったよアリサ」
だが、二人はまだそのことを知らない。だからソフィアは少し首を傾げつつも、しかしアリサの判断なら……と思い、そう頷き彼女の決断を容認した。
「……っと、もう攻撃隊が来るの!?」
「馬鹿ね、早すぎるわよ……!」
そうした決断をアリサが下してから暫くもしない内に、ソフィアは味方の新たな機影、キャリアー・タイプに対艦攻撃を仕掛ける部隊の機影をレーダーに捉えていた。
突入タイミングがあまりにも早すぎる。作戦では確か、このエリアの航空優勢を完全に確保し……アリサたちの後詰めになる第二陣の制空部隊が到着してから。それから攻撃隊が突撃を始める手筈だったはずだ。
だが、確かにソフィアの言う通り、低空でこの作戦エリアに侵入してくる味方部隊の機影がレーダー上にはあった。
GIS‐12D≪ミーティア≫、部隊コールサイン『フルバック』。大きな対艦ミサイルをパイロンというパイロンにこれでもかと吊した、そんな複座機の攻撃チームが確かにこの作戦エリアに侵入しつつあったのだ。
だが、まだ敵機を掃除し切れてはいない。殲滅し切れていないのは仕方ないとしても、まだ航空優勢を確保出来たとは言い難い状況なのだ。この状況では、連中を安全にキャリアー・タイプの至近まで送り届けることはかなり厳しい。こちらの数も相応に減っているだけに……彼らをちゃんとエスコートするのは難しい状況だ。下手をすれば無防備なまま生き残りのモスキートに絡まれ、攻撃隊が全滅するということもあり得る。
「チッ……! あの馬鹿ども!」
「どうする、アリサっ!?」
「行くっきゃないでしょう! 多少無茶でも……大馬鹿野郎どもが来ちゃったものはどうしようもない! どうにかこうにかエスコートするしかないのよ、アタシたちで!」
「でも、流石に無茶だよアリサ! フルバック隊には一旦退かせるしかないよ!」
「対艦ミサイル吊したあの鈍足で、逃げ切れるとは思えない!」
「それは……そうだけど! でもアリサ、私たちにはもうミサイル一発残ってない!」
「かといって、見捨てるわけにも行かないでしょう!? 腹括りなさい、ソフィア!」
「っ……!」
ソフィアは何か言い掛けていたが、しかしアリサの言うことにも一理あると思ってしまったのか。それ以上何も言わず、ただ「分かった……!」とだけ頷き返していた。
本当なら、ソフィアの言う通りフルバック隊は一旦後退させるしかないはずだ。それが最善の策のはずなのだ。
だが――――この時のアリサは、フルバック隊の作戦を無視した、あまりに早いタイミングでの馬鹿な突入が頭にきて、完全に熱くなってしまっていたのだ。冷静な思考を、まだ若すぎる彼女はいとも簡単に失っていた。
同時に、きっとソフィアもそうだったのかもしれない。いつも冷静で的確な判断を下す彼女が、こんな時に限ってアリサのそんな……ある意味で無謀とも取れる選択肢を容認してしまったのは。ひとえに、初めての大規模作戦で……彼女もまた緊張し、普段の冷静さを少しばかり欠いていてしまっていたからだろう。
欠いていたのは、ほんの少しだ。ほんの一欠片だけ、ソフィアは冷静さを欠いていた。
しかし――――この死に満ちた戦場という環境に於いては、そんな些細な一欠片の欠落だけでも、やがては致命的なものに繋がっていく。ひとりひとりの小さな欠落が塵のように積もり重なって、そして大失敗へと繋がっていくのだ。
だから先に待ち受ける結末は、フルバック隊の作戦無視の強行突入や、アリサが退き際を見誤ったこと。血が上りきっていた彼女の頭が、どうしようもないぐらいに熱くなってしまっていたこと。本来、そんなアリサの手綱を引いてコントロールすべきソフィアからも、ほんの少しだけ冷静さが失われていたことなど……。そんなひとりひとりの、少しずつの失敗や欠落が積み重なって。その結果として、出来上がってしまったものなのだ。
とはいえ、アリサからしてみれば――――辿っていく結末は、ひとえに自分の判断ミスが招いた最悪の結果でしかないのだ。退き際を完全に見誤り、そして無謀な愚か者たちにわざわざ付き合ってやろうとした……自分の若さと馬鹿さが招いてしまった、最悪の結果でしかないのだ。
「イーグレット1よりレッド・チーム各機! 生き残ってる奴らは手を貸しなさい! フルバックの馬鹿野郎どもが焦りすぎて、今にも尻をローストにされかけてるの!
でも、馬鹿だからって連中を見捨てるワケにもいかない! だから……アタシたちでどうにかこうにかエスコートする! 各機、続けぇっ!!」
大きな黒翼がぐるんと回転し、灰色の地表近くを這うように低空飛行するフルバック隊と……そして、それに食らい付こうとする生き残りのモスキートたちの方へと急降下していく。
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日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道』
歌人 蔵屋日唱
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