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Sortie-01:黒翼の舞う空
第十八章:この蒼穹(そら)の上で
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第十八章:この蒼穹(そら)の上で
――――高度三八〇〇〇フィートの高空。東の彼方から昇った太陽の柔な日差しに照らされて、漆黒の戦闘妖精がその巨大な翼を大空に広げていた。
――――YSF‐2/A≪グレイ・ゴースト≫、先行量産型一号機。
尾翼と機首に、赤い薔薇を模ったパーソナル・エンブレムを刻む黒翼。彼女は己が主たるアリサ・メイヤードと……そして今までずっと不在
だったはずの後席に、今は桐山翔一を乗せていて。眩しい朝焼けに照らされながら、延々と続く白い雲海の上を悠然と水平飛行をしていた。
「……なあ、アリサ」
奇妙なまでの穏やかな静寂に包まれた、夜明けの空の上で。後席のコクピット・シートに深く身体を預けていた翔一は、ふと何気なく前席の彼女に話しかけてみる。
「ん?」
「どうして……あんな無茶をしてまで、僕を助けてくれたんだ?」
「さっき言った通りよ。アタシは二度と、アタシにとっての相棒を失いたくない。……ただ、それだけ」
「君の相棒……僕が?」
「他に誰がいるのよ。……二度も三度も言わせないで、この馬鹿」
きょとんとした顔で翔一が訊き返すと、今まで小さくこちらに振り向いていたアリサはそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。何故か、頬を小さく朱に染めたりなんかして。
「……君は、後ろに誰も乗せない主義じゃなかったのか?」
そんな彼女に翔一が問うと、アリサはやはり頬に僅かな朱色を差したまま「う、うるさいっ」と照れくさそうに言う。
「…………アンタなら、アンタなら良いかなって。そう思ったのよ。ただ、それだけのこと」
その後で、続けて彼女はそう呟いた。囁くような声音で、やはり何処か恥ずかしそうな、照れくさそうな調子で。
アリサのそんな反応が、翔一は何故だか嬉しくて。照れくさそうな表情を浮かべる彼女の気配をすぐ目の前に感じながら、フッと柔な微笑みを浮かべてしまう。
「…………アリサ、覚えてるか?」
「何をよ」
「君と出逢った、あの日のこと。そして……僕が君と初めて飛んだ、あの空を」
「……そういえば、そんなこともあったわね」
「確かに僕は、空を飛びたいと思ったんだ。だから、空間戦闘機のパイロットになろうと思った」
遠い眼をする翔一は呟いた後で、一呼吸の間を置き。その後で、こんな言葉を続けた。
「…………けれど、何かが違ったんだ」
そんな、短くも含みのある一言を。
「違った……?」
言葉の意味が掴めず、不思議そうに首を傾げるアリサに翔一は「ああ」と頷く。
「求めていたものと、何かが違っていたんだ。訓練でどれだけ飛んでみても、どれだけ高くに飛び上がってみても。そこには何かが……何かが欠けていて。僕が、本当に求めていたものとは。僕があの時……君が飛ばしてくれたファントムの後ろで感じた感覚とは、何かが決定的に違っていたんだ」
「…………」
アリサが相槌も打たぬまま、ただ彼の言葉に聞き耳を立てる中。翔一はまた一呼吸を置いて、軽く息を吸って……その後で、こう言った。
「でも……今、やっと気付いたよ。僕が本当に飛びたかったのは、ただの空じゃあなかったんだ。僕が飛びたかったのは、君と……アリサと一緒に飛ぶ、この空なんだ」
「アタシと、一緒に……か」
穏やかな表情を浮かべながら彼が、翔一が呟いた言葉。その言葉が、アリサは何故だか無性に嬉しくて。彼の呟いた一言が、胸の奥底にまで染み渡り……自分の心を固く縛っていた鎖を、解いてくれたような気がして。だからアリサは、自分でも知らず知らずの内に微笑みを浮かべていた。後ろの彼と同じように、穏やかな笑顔を。
「だったら、これからもアタシと飛んでみる?」
彼の言ってくれた一言が、嬉しくて。彼と飛ぶこの空が、どうしようもなく自由で……不思議なぐらい居心地がよくて。この時間がずっと続けば良いと、アリサは何気なくそんなことを考えてしまう。
考えてしまったら、こんな提案が半ば無意識に口から飛び出していたのだ。着飾らない、嘘もつかない。アリサ・メイヤードという自分自身の抱いた、ありのままの気持ちを……彼女は殆ど無意識に、後席の彼へと投げ掛けていた。
「……良いのか?」
「二度と誰も乗せないって、そう決めていた。ソフィアの二の舞は、もう嫌だったから。死ぬのはアタシ独りで十分だって……そう思ってた。
けれど……どうしてかしらね。アンタとなら、安心して飛べるの。アンタと一緒になら、何処まででも飛んでいけるような気がする。今、こうしてアンタと……翔一と一緒に飛んでいる、この空が。昔みたいに、ソフィアと一緒に飛んでいた頃みたいに……ううん、それよりもっと気持ちよくて、心地良いから」
それは、彼女の抱いたありのままの気持ちで。アリサは彼と一緒に、翔一と共にずっとずっと、この空を飛んでいたいと思っていた。何処までも続く、この広い蒼穹の上を……翔一が傍にいてくれれば、何処まででも飛んでいけるような、そんな気がしていた。
「…………アリサ、僕は君に出逢った時から、君のことを」
そんなアリサの想いを、ありのままの気持ちを聞かされてしまえば……翔一はもう、彼女に対して抱いていた気持ちを。あの夜、あの海岸で初めて出逢った時から抱き続けていた……この想いを、伝えずにはいられなかった。
「それ以上、言わないで」
だがアリサは、彼の言葉を半ばで遮ってしまう。
「まだ……まだ今は、言わないで頂戴」
しかし、遮った意味は決して拒絶ではない。
寧ろそれは……保留。まだこの関係のままでいたい。もう少し、あと少しだけ……お互い、このままの関係でいたいと。ある意味で臆病で、でも何処かいじらしくもある……そんな想いから来る、ひとまずの保留だった。
「……そう、だな」
そんな彼女の気持ちを、暗黙の内に悟っていたから。だから翔一は彼女の意のまま、それ以上の言葉を紡ぐことはせず。遠くを見据えるように双眸を細めて、薄い笑顔を浮かべて……ただ、それだけを呟いていた。
「今は、今はまだ、君と飛べるだけでいい……それだけで、僕は構わない」
「……そうね。アタシも同じよ、翔一…………」
心と心が、通じ合ったような気がした。多くの言葉なんて、もう必要ないような気がした。
ただそれだけの、短い言葉だけでいい。それだけで……お互いに全てが伝わってくれるかのような、そんな気がしていた。アリサも翔一も、二人とも。
『ヒューッ! マジかよ生きてたか! しぶといねえ翔一くんも!』
二人がそうしていれば、水平飛行を続けていた≪グレイ・ゴースト≫の周りに、やがてファルコンクロウ隊の三機が近づいてきた。
生駒はいつもの軽い調子でそう言いながら、機体をゴーストに並走させつつ……キャノピー越しに、翔一に向かって手なんか振ってくる。
『俺の予備機を見事に壊してくれたな、始末書は覚悟しておけ。だが……よくやった、桐山准尉』
そんな生駒に翔一が手を振り返していると、生駒機より奥に陣取っていた榎本がそう言い……やはりキャノピー越しに、翔一へと僅かな笑みを向けてくる。
隊長らしくクールな雰囲気を張り付かせつつも、しかし確かな称賛の意を込めた笑み。そんな榎本に、翔一は「……はい」と短く頷き返した。確かな手応えを、胸の内に強く感じつつ。
『クロウ6よりイーグレット1。……悪くなかったわ、今日の貴女は』
としていれば、今度はそんな二機の反対側……やはりゴーストに≪ミーティア≫を並走させながら、今度はソニアがアリサに呼び掛けてくる。
至近距離からキャノピー越しの横目の視線を向け合いつつ、アリサは彼女に「アンタも、結構やるじゃないの」と素直な称賛の言葉を、皮肉るような語気で返す。
そうすると、ソニアが『普段からそうしてくれれば、私たちの負担も減って助かるのだけれど』と皮肉で返してくるから。アリサはやれやれと肩を竦めつつ「お互い様よ」と返し。氷のように冷えた横顔で向けてくる彼女の視線に、アリサはニヤリと不敵に笑んで……小さくサムズアップなんかしてみせる。
二人は確かに、反目し合う仲だ。だが……アリサもソニアも、確かに互いを認め合っていた。お互いイケ好かない奴だと思いつつも、しかし心の奥底では認めていたのだ。互いの腕前を、飛空士としての在り方を。
「そういえば…………」
と、アリサがそんなやり取りをソニアと交わしていると。そんな彼女の横顔を後席から眺めていた翔一が、ふとした折にあることを疑問に思い……その意味を問おうと、アリサに何気ない質問を投げ掛けた。
「ん?」
「前々から不思議に思っていたんだが……君はなんで、ヘルメットを被らないんだ?」
ずっと前から、不思議だった。例えESP専用のパイロット・スーツは他と違う特殊な造りといえ、ちゃんとヘルメットはあるはずだ。今まさに翔一が被っているような物が。
しかし、アリサはいつ見てもこのヘルメットを被っていなかった。
きっと彼女だって今着ている、赤と黒を基調にした……特別なパーソナル・カラー仕様のスーツ。それと同じような色合いのヘルメットを、彼女とて持っているはずなのに。それなのに、いつだって彼女は……出逢ったあの夜、海岸で見た時からずっと被っていなかった。一度たりとも、アリサがヘルメットを被っている姿を見たことが無くて。だから翔一は前々から疑問に思っていたのだ、そのことを。
「ああ、簡単な話よ」
小さく振り向いたアリサは、後席の翔一に視線を向けながら。そんな彼の疑問に対し、至極簡単な理由だと答えてくれた。
「感覚が鈍るのよ、被り物があるとね。被り物があるとないとじゃあ、能力を使った機体制御に少しだけ差が出るの。ほんの些細な差だけれど、でもそういう少しの差って大事じゃない?」
「なるほど……」
「それに、コクピットに喰らった時点で半分終わりみたいなモンだから。だから、わざわざ感覚鈍くしてまで被ってる意味なんて無いのよ」
「そういうものなのか」
「ええ」頷くアリサ。「アタシも前までは被っていたけれど……ソフィアが死んじゃってから、色々思うところがあってね。前々から窮屈だと思ってたし、被るのはやめたの」
「そうか。何にせよ、君がそうなら……僕も君に倣って、これからは被らないようにしよう」
と言って、翔一は自分の被っていたヘルメットをおもむろに脱いだ。窮屈な被り物を脱いだ開放感からか、思わず「ふぅ……っ」と深い息をついてしまう。
そんな翔一の仕草を見て、アリサはクスッと笑み。「律儀だこと。……変な奴ね、アンタも大概」と呆れたような笑みを横顔に浮かべた。
「……さてと。いい加減に帰るわよ、翔一」
「ああ、帰ろうアリサ。俺たちの居場所へ」
「…………イーグレット1、コンプリート・ミッション――――RTB」
前に向き直り、操縦桿とスロットルを軽く握り締め。アリサは帰投を意味する符号を告げると、スロットルを少しだけ押し上げた。
朝焼けの風を大きな双翼で切り裂き、黒翼たちは己が巣へと帰っていく。夜明けの朝日に、希望の光に迎えられながら、その漆黒の翼を淡く煌めかせて――――。
(第十八章『この蒼穹(そら)の上で』了)
――――高度三八〇〇〇フィートの高空。東の彼方から昇った太陽の柔な日差しに照らされて、漆黒の戦闘妖精がその巨大な翼を大空に広げていた。
――――YSF‐2/A≪グレイ・ゴースト≫、先行量産型一号機。
尾翼と機首に、赤い薔薇を模ったパーソナル・エンブレムを刻む黒翼。彼女は己が主たるアリサ・メイヤードと……そして今までずっと不在
だったはずの後席に、今は桐山翔一を乗せていて。眩しい朝焼けに照らされながら、延々と続く白い雲海の上を悠然と水平飛行をしていた。
「……なあ、アリサ」
奇妙なまでの穏やかな静寂に包まれた、夜明けの空の上で。後席のコクピット・シートに深く身体を預けていた翔一は、ふと何気なく前席の彼女に話しかけてみる。
「ん?」
「どうして……あんな無茶をしてまで、僕を助けてくれたんだ?」
「さっき言った通りよ。アタシは二度と、アタシにとっての相棒を失いたくない。……ただ、それだけ」
「君の相棒……僕が?」
「他に誰がいるのよ。……二度も三度も言わせないで、この馬鹿」
きょとんとした顔で翔一が訊き返すと、今まで小さくこちらに振り向いていたアリサはそう言って、ぷいっとそっぽを向いてしまった。何故か、頬を小さく朱に染めたりなんかして。
「……君は、後ろに誰も乗せない主義じゃなかったのか?」
そんな彼女に翔一が問うと、アリサはやはり頬に僅かな朱色を差したまま「う、うるさいっ」と照れくさそうに言う。
「…………アンタなら、アンタなら良いかなって。そう思ったのよ。ただ、それだけのこと」
その後で、続けて彼女はそう呟いた。囁くような声音で、やはり何処か恥ずかしそうな、照れくさそうな調子で。
アリサのそんな反応が、翔一は何故だか嬉しくて。照れくさそうな表情を浮かべる彼女の気配をすぐ目の前に感じながら、フッと柔な微笑みを浮かべてしまう。
「…………アリサ、覚えてるか?」
「何をよ」
「君と出逢った、あの日のこと。そして……僕が君と初めて飛んだ、あの空を」
「……そういえば、そんなこともあったわね」
「確かに僕は、空を飛びたいと思ったんだ。だから、空間戦闘機のパイロットになろうと思った」
遠い眼をする翔一は呟いた後で、一呼吸の間を置き。その後で、こんな言葉を続けた。
「…………けれど、何かが違ったんだ」
そんな、短くも含みのある一言を。
「違った……?」
言葉の意味が掴めず、不思議そうに首を傾げるアリサに翔一は「ああ」と頷く。
「求めていたものと、何かが違っていたんだ。訓練でどれだけ飛んでみても、どれだけ高くに飛び上がってみても。そこには何かが……何かが欠けていて。僕が、本当に求めていたものとは。僕があの時……君が飛ばしてくれたファントムの後ろで感じた感覚とは、何かが決定的に違っていたんだ」
「…………」
アリサが相槌も打たぬまま、ただ彼の言葉に聞き耳を立てる中。翔一はまた一呼吸を置いて、軽く息を吸って……その後で、こう言った。
「でも……今、やっと気付いたよ。僕が本当に飛びたかったのは、ただの空じゃあなかったんだ。僕が飛びたかったのは、君と……アリサと一緒に飛ぶ、この空なんだ」
「アタシと、一緒に……か」
穏やかな表情を浮かべながら彼が、翔一が呟いた言葉。その言葉が、アリサは何故だか無性に嬉しくて。彼の呟いた一言が、胸の奥底にまで染み渡り……自分の心を固く縛っていた鎖を、解いてくれたような気がして。だからアリサは、自分でも知らず知らずの内に微笑みを浮かべていた。後ろの彼と同じように、穏やかな笑顔を。
「だったら、これからもアタシと飛んでみる?」
彼の言ってくれた一言が、嬉しくて。彼と飛ぶこの空が、どうしようもなく自由で……不思議なぐらい居心地がよくて。この時間がずっと続けば良いと、アリサは何気なくそんなことを考えてしまう。
考えてしまったら、こんな提案が半ば無意識に口から飛び出していたのだ。着飾らない、嘘もつかない。アリサ・メイヤードという自分自身の抱いた、ありのままの気持ちを……彼女は殆ど無意識に、後席の彼へと投げ掛けていた。
「……良いのか?」
「二度と誰も乗せないって、そう決めていた。ソフィアの二の舞は、もう嫌だったから。死ぬのはアタシ独りで十分だって……そう思ってた。
けれど……どうしてかしらね。アンタとなら、安心して飛べるの。アンタと一緒になら、何処まででも飛んでいけるような気がする。今、こうしてアンタと……翔一と一緒に飛んでいる、この空が。昔みたいに、ソフィアと一緒に飛んでいた頃みたいに……ううん、それよりもっと気持ちよくて、心地良いから」
それは、彼女の抱いたありのままの気持ちで。アリサは彼と一緒に、翔一と共にずっとずっと、この空を飛んでいたいと思っていた。何処までも続く、この広い蒼穹の上を……翔一が傍にいてくれれば、何処まででも飛んでいけるような、そんな気がしていた。
「…………アリサ、僕は君に出逢った時から、君のことを」
そんなアリサの想いを、ありのままの気持ちを聞かされてしまえば……翔一はもう、彼女に対して抱いていた気持ちを。あの夜、あの海岸で初めて出逢った時から抱き続けていた……この想いを、伝えずにはいられなかった。
「それ以上、言わないで」
だがアリサは、彼の言葉を半ばで遮ってしまう。
「まだ……まだ今は、言わないで頂戴」
しかし、遮った意味は決して拒絶ではない。
寧ろそれは……保留。まだこの関係のままでいたい。もう少し、あと少しだけ……お互い、このままの関係でいたいと。ある意味で臆病で、でも何処かいじらしくもある……そんな想いから来る、ひとまずの保留だった。
「……そう、だな」
そんな彼女の気持ちを、暗黙の内に悟っていたから。だから翔一は彼女の意のまま、それ以上の言葉を紡ぐことはせず。遠くを見据えるように双眸を細めて、薄い笑顔を浮かべて……ただ、それだけを呟いていた。
「今は、今はまだ、君と飛べるだけでいい……それだけで、僕は構わない」
「……そうね。アタシも同じよ、翔一…………」
心と心が、通じ合ったような気がした。多くの言葉なんて、もう必要ないような気がした。
ただそれだけの、短い言葉だけでいい。それだけで……お互いに全てが伝わってくれるかのような、そんな気がしていた。アリサも翔一も、二人とも。
『ヒューッ! マジかよ生きてたか! しぶといねえ翔一くんも!』
二人がそうしていれば、水平飛行を続けていた≪グレイ・ゴースト≫の周りに、やがてファルコンクロウ隊の三機が近づいてきた。
生駒はいつもの軽い調子でそう言いながら、機体をゴーストに並走させつつ……キャノピー越しに、翔一に向かって手なんか振ってくる。
『俺の予備機を見事に壊してくれたな、始末書は覚悟しておけ。だが……よくやった、桐山准尉』
そんな生駒に翔一が手を振り返していると、生駒機より奥に陣取っていた榎本がそう言い……やはりキャノピー越しに、翔一へと僅かな笑みを向けてくる。
隊長らしくクールな雰囲気を張り付かせつつも、しかし確かな称賛の意を込めた笑み。そんな榎本に、翔一は「……はい」と短く頷き返した。確かな手応えを、胸の内に強く感じつつ。
『クロウ6よりイーグレット1。……悪くなかったわ、今日の貴女は』
としていれば、今度はそんな二機の反対側……やはりゴーストに≪ミーティア≫を並走させながら、今度はソニアがアリサに呼び掛けてくる。
至近距離からキャノピー越しの横目の視線を向け合いつつ、アリサは彼女に「アンタも、結構やるじゃないの」と素直な称賛の言葉を、皮肉るような語気で返す。
そうすると、ソニアが『普段からそうしてくれれば、私たちの負担も減って助かるのだけれど』と皮肉で返してくるから。アリサはやれやれと肩を竦めつつ「お互い様よ」と返し。氷のように冷えた横顔で向けてくる彼女の視線に、アリサはニヤリと不敵に笑んで……小さくサムズアップなんかしてみせる。
二人は確かに、反目し合う仲だ。だが……アリサもソニアも、確かに互いを認め合っていた。お互いイケ好かない奴だと思いつつも、しかし心の奥底では認めていたのだ。互いの腕前を、飛空士としての在り方を。
「そういえば…………」
と、アリサがそんなやり取りをソニアと交わしていると。そんな彼女の横顔を後席から眺めていた翔一が、ふとした折にあることを疑問に思い……その意味を問おうと、アリサに何気ない質問を投げ掛けた。
「ん?」
「前々から不思議に思っていたんだが……君はなんで、ヘルメットを被らないんだ?」
ずっと前から、不思議だった。例えESP専用のパイロット・スーツは他と違う特殊な造りといえ、ちゃんとヘルメットはあるはずだ。今まさに翔一が被っているような物が。
しかし、アリサはいつ見てもこのヘルメットを被っていなかった。
きっと彼女だって今着ている、赤と黒を基調にした……特別なパーソナル・カラー仕様のスーツ。それと同じような色合いのヘルメットを、彼女とて持っているはずなのに。それなのに、いつだって彼女は……出逢ったあの夜、海岸で見た時からずっと被っていなかった。一度たりとも、アリサがヘルメットを被っている姿を見たことが無くて。だから翔一は前々から疑問に思っていたのだ、そのことを。
「ああ、簡単な話よ」
小さく振り向いたアリサは、後席の翔一に視線を向けながら。そんな彼の疑問に対し、至極簡単な理由だと答えてくれた。
「感覚が鈍るのよ、被り物があるとね。被り物があるとないとじゃあ、能力を使った機体制御に少しだけ差が出るの。ほんの些細な差だけれど、でもそういう少しの差って大事じゃない?」
「なるほど……」
「それに、コクピットに喰らった時点で半分終わりみたいなモンだから。だから、わざわざ感覚鈍くしてまで被ってる意味なんて無いのよ」
「そういうものなのか」
「ええ」頷くアリサ。「アタシも前までは被っていたけれど……ソフィアが死んじゃってから、色々思うところがあってね。前々から窮屈だと思ってたし、被るのはやめたの」
「そうか。何にせよ、君がそうなら……僕も君に倣って、これからは被らないようにしよう」
と言って、翔一は自分の被っていたヘルメットをおもむろに脱いだ。窮屈な被り物を脱いだ開放感からか、思わず「ふぅ……っ」と深い息をついてしまう。
そんな翔一の仕草を見て、アリサはクスッと笑み。「律儀だこと。……変な奴ね、アンタも大概」と呆れたような笑みを横顔に浮かべた。
「……さてと。いい加減に帰るわよ、翔一」
「ああ、帰ろうアリサ。俺たちの居場所へ」
「…………イーグレット1、コンプリート・ミッション――――RTB」
前に向き直り、操縦桿とスロットルを軽く握り締め。アリサは帰投を意味する符号を告げると、スロットルを少しだけ押し上げた。
朝焼けの風を大きな双翼で切り裂き、黒翼たちは己が巣へと帰っていく。夜明けの朝日に、希望の光に迎えられながら、その漆黒の翼を淡く煌めかせて――――。
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私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。
日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。
殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。
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日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
神のつたへし 愛善の道』
歌人 蔵屋日唱
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