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Sortie-02:騎士たちは西欧より来たりて
第二章:例え偽りの平穏だとしても/02
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シャワーから上がって来た彼女と一緒に、いつものように二人で朝食を摂り。軽く後片付けをしてから、それぞれブレザー制服に着替え。アリサも翔一も、二人とも国立風守学院の制服を身に纏った格好で玄関先に行き、サッと学院指定のローファー靴を履く。
「翔一、戸締まりできてた?」
「全部確認してきた、抜かりはないよ。ガスの元栓とかは?」
「そっちも問題無し。目視確認はパイロットの基本よ?」
「違いない。……で、忘れ物は?」
「それ、アタシよりもアンタが心配すべきことじゃあなくて?」
「そこを突かれると痛いよ、アリサ……」
「馬鹿ね、痛がるから言ってんのよ。……それで? アンタの方こそ忘れ物は問題無いのよね?」
「大丈夫……なはずだ。多分、いやきっと」
「あのねえ……。ちょっとぐらい待っててあげるから、もう一回確認しておきなさいな」
「…………すまない、そうさせて貰うよ」
「ホントに手が掛かる子ね、アンタは」
――――ま、そういうトコは嫌いじゃあないんだけれど。
「ん、何か言ったかアリサ?」
「何でもないわよ、何でもないったら何でもない。ただの空耳」
「? まあいいが……よし、こっちは問題無かった」
「オーケィ、だったら行くわよ翔一」
二人で戸締まりやらの状況を確認し合い、重いスクールバッグを担いで玄関の外へ。
外に出て行くと、そこにあったのは今日も清々しいぐらいの晴れ模様だ。空には雲ひとつなく、まさに日本晴れ。日差しはギラついているが、しかし季節的にはまだ夏どころか梅雨も迎えていないからか、吸い込む朝の空気は多少冷たくて心地良い。暑すぎず寒すぎず、丁度良い具合に過ごしやすい陽気だ。
「んー、今日も良い天気ね…………」
そんな心地の良い朝の陽気をアリサが見上げ、少しだけ深呼吸なんかしている傍ら、翔一が手早く玄関の鍵を施錠する。
「待たせたな、行こうか」
施錠が終わると、アリサは翔一と一緒に家を出て。二人で学院までの近くもなく、しかし遠くもない道を歩き始めた。
二人で横並びになって学院へ歩いて行く、いつも通りの朝の光景。最近ではいつもこういう風で、珍しくもないことだ。アリサ・メイヤードと桐山翔一、身長差十センチの二人が一緒に学院まで徒歩で向かうことは、もう完全に当たり前のことになっていた。
電線の上に留まる、羽を休める小鳥たちの囁きを聞きながら。二人は他愛の無い、至極穏やかな会話を交わしながらゆっくりと学院までの道を歩いて行く。コツコツと二人分の靴音を鳴らしながら、互いにごく近い距離で……まるで、寄り添うようにして歩き続ける。
そうしてアリサと翔一が二人で歩いていると……妙に古くさい車の音と気配が後ろから近づいてくる。とすれば彼女たち二人のすぐ傍、背の低い境界ブロックを挟んだ路肩に一台の旧車が滑り込んできた。
明らかにカスタム・ペイントの類と思われる蒼いそれは……一九七五年式のトヨタ・セリカ1600GTリフトバック。その古式めいた出で立ちも、響き渡る名機・2T‐Gエンジンの音色も。そして開いた窓から覗き込んでくるドライヴァーの気配も、その全てがアリサにとっても翔一にとっても、あまりにも慣れ親しんだものだった。
「やあ、偶然だね二人とも」
――――羽佐間霧子。
表向きは風守学院の保健室を牛耳っている養護教諭、裏の顔は特務少佐の階級を持つ国連統合軍の士官。それがこの1600GTの運転席からニヒルな顔を覗かせている、白衣を羽織った女だった。
「霧子さん」
「偶然って、殆ど毎日すれ違ってるのに偶然も何も無いでしょうに、羽佐間少佐」
そんな霧子に、翔一とアリサがそれぞれ反応する。確かにアリサの言う通り、実際ほぼ毎日のように朝はこうして霧子と遭遇していた。偶然というより、必然というか……予定調和みたいなものだ。
「にしたって二人とも、今日もお熱いねえ」
「はいはい……」
「ははは……」
ニヤニヤとしながら茶化してくる霧子を適当にあしらうアリサと、その横で何とも言えない苦笑いを浮かべる翔一。そんな二人を車内から眺める霧子は、咥えていたラッキー・ストライクの煙草を車の灰皿に押し付けると、二人に対し何気なくこんな提案を持ちかけた。
「折角だ、学院まで乗っていくといい。私が送っていこう」
「僕としてはありがたいけれど。アリサ、君はどうしたい?」
「……ま、断る理由も無いわね。良いわ、今日は少佐のお言葉に甘えることにしましょうか」
ということで、今日のところは霧子の提案に乗っかり、学院まで彼女の1600GTに送って貰うことにした。
年代物の旧車、車内も年式相応に古くさい造りだが、状態は驚くほど良好だ。カーステレオからは相変わらず、ノスタルジックな七〇年代のフォークソングが流れている。車も曲も、何もかも霧子のレトロ趣味でのチョイスだ。こうして乗るたびに感じることだが……霧子の1600GTは、まるで新車当時の一九七〇年代にタイムスリップしたかのような、そんな不思議な感覚を味合わせてくれる。
ちなみに配置的には、アリサが助手席で後部座席に翔一といった具合だ。二ドア四シーターのクーペだから、後部座席が多少手狭なのは仕方ないが……この辺りはアリサの身長との兼ね合いだ。
というのも、彼女は身長一八五センチと、あらゆる意味で規格外。ただでさえ助手席でも窮屈そうだというのに、後部座席なんかにはとてもじゃあないが座らせられない。高身長の人間にはどうにも乗りづらいのが、日本車の……というよりも、この時代のコンパクトだった日本車の欠点のようなものだ。
「さてと、それじゃあ行くとしようか……」
二人が乗り込むと、霧子はそう言い。車を発進させる……前に白衣の胸ポケットから新しいラッキー・ストライクの煙草をおもむろに取り出して咥え、シガーソケットに差さっていた電熱式のシガーライターで火を付けようとするが。
「ちょっと、やめてよ少佐。アタシが煙草大っ嫌いだっての、忘れないで貰いたいわ」
露骨に嫌そうな顔をしたアリサに疎まれ、彼女の方を向いた霧子は一瞬きょとんとした後。やれやれと肩を竦め「仕方ない、我が侭なお姫様には従わないとね……」と言って、シガーライターをソケットに戻し。火を付ける直前だった煙草も、渋々といった風に胸ポケットの紙箱に戻した。
「ただでさえ車の中、すっごくヤニ臭いってのに。真横で吸われちゃあ敵わないわ」
「アリサくん、君は本当に煙草が嫌いなんだね」
「当たり前よ。後お酒も嫌い。アレでロクでなしみたいな立ち振る舞いになった奴をごまんと見てきたわ。醜いなんてモンじゃあないわよ、ああいうのは」
「ご愁傷様……とだけ言っておこう」
「折角こんなに綺麗なヴィンテージ・カーなのに、ヤニ臭いのは本当に勿体ない気がするわ……」
「ははは、それはよく言われるよ。……さて、冗談もこの辺りにしておこう。あまりグズグズしていると、本当に三人揃って遅刻してしまうからね」
霧子はフッと皮肉げに薄く笑んで、サイドブレーキのレヴァーを下ろす。
クラッチを操作しつつ、ギアを一速に入れて発進。年代物の2T‐Gエンジンが唸り、炊いていたハザード・ランプを解除された蒼い1600GTがアリサたち三人を乗せて颯爽と走り出す。
「ところで二人とも、最近どうだい」
学院へ向けて走る1600GTの車内、ノスタルジックなフォークソングが緩やかに流れる中……ふとした時に、霧子がそんなことを同乗者の二人に問うてきた。
それに対し、後部座席の翔一は「まあまあです」と答える。続きアリサも「ここ最近は出撃の回数も多くって、流石に参っちゃうわ」とボヤくように続けた。
すると、霧子は左手でシフトノブを弄り、ギアを四速に入れながら「はっはっは」とニヒルな表情のまま、乾いた高笑いを上げる。
「そうかそうか。言われてみれば、確かに最近は出撃回数が多い気がするね」
「でしょう? 仕方ないことといえ、こうも続くと流石のアタシも……ね」
「まあでも、何にせよだ。確かに疲れているのは事実だろうが、君らは現にこうして生きている。私としてはね、それだけで何よりなのだよ」
ニヤリと皮肉げな笑みとともに発した言葉だが、しかしそれは紛れもない霧子の本心から来た一言だった。
言われてみれば、確かに二人とも疲れているのだろう。時々入ってくる要からの連絡や、島に出向いた時に見かける基地の様子。それに手元に来るアラート出撃の通知なんかを見ていると、アリサの言う通り最近は出撃の機会が多い。短期間に結構な回数が詰まっていたような気がする。
だから、二人とも疲れているのは事実だ。大変だと思うし、本当にご苦労なことだと思う。
しかし――――現にこうして、アリサも翔一も生きているのだ。
それだけで、二人が生きているという事実だけで……霧子からしてみれば、満足だった。翔一の母親代わり、保護者としても。それ以外の立場としても……そのことだけで、霧子としては十分だったのだ。
「そういえばアリサくん、翔一くんはそろそろ一人前になったのかな?」
だが、かといって朝っぱらから話をあまり辛気くさい方向に持って行くのもアレだろう。
そう思い、霧子は敢えて話題を急に変えるようなことを口にした。すると助手席のアリサは「一応は」と彼女の言葉に頷き返す。
「日が浅いから、どうしても経験不足な感じは否めませんけれど。でも……素質はあるわ。
センスが良い、っていうのかしら。上手い言葉が見つからないけれど、でも……アタシとしては、翔一になら安心して背中を預けられる。とにかくそんな感じです、少佐」
続き、アリサは多少言葉を選びながら……率直な感想を、霧子に対して口にした。
彼女の言った答えを聞いて、渦中の本人たる翔一も心なしか嬉しそうな顔をしている。
そんな彼の顔を、後部座席に収まる翔一の嬉しげな薄い笑顔をバックミラー越しに視れば、霧子もまたフッと表情を綻ばせた。
――――どうやら、二人とも上手くいっているらしい。
ファースト・コンタクトがあんな風で、その後も暫くはあの調子だったから、霧子は……顔には出していなかったが、しかし実を言うと多少なりとも二人のことが気掛かりだったのだ。
が、それは完全な杞憂だった。色々あったが、今となっては唯一無二のパートナーに収まっているではないか。アリサも翔一も、互いに互いを深く信頼し合っていることは……言葉にせずとも、二人の顔を見れば何となく分かる。先程、歩道を横並びになって歩いている二人の、仲睦まじい様子を見て……正直、霧子は内心で安堵していたのだ。アリサ・メイヤードと桐山翔一、二人は間違いなく最高の相棒。互いが欠けては飛べない、唯一無二の双翼になっている。
――――運命的というか何というか。本当に皮肉なものだ。
そんな二人を傍目から見ていると、霧子は同時にそんなことも思ってしまう。嘗て同じような関係性の二人が居たからこそ。マーティン・メイヤードと桐山雄二という二人が居たからこそ。そんな二人のことを、知りすぎているぐらいに知っているからこそ……今のアリサと翔一の関係性が、とても運命的に思えて。それと同時に、どうしようもない運命の悪戯をも霧子は感じてしまう。
だが……もしこれが必然であったとしたなら。二人が同じ翼で飛ぶこと、二人でひとつの双翼であることには、きっと何かの意味がある。
それを信じているからこそ、自分に出来ることがあるのなら、二人の為に何だってしてやろうと。やはり顔には出さないが、しかし胸の内で霧子は固くそう決意していた。亡き二人の忘れ形見の為に、自分がしてやれることがあるのなら……と。
「さてと……二人とも、もうすぐ学院に着く頃だ」
しかし、決してそれを表に出すことはしない。いつもニヒルな顔で斜に構えて、自分だけの視点から物事を冷静に俯瞰し、分析する。それこそがありのままの自分……羽佐間霧子という女であるのだから。
だからこそ、霧子はこの決意をそっと胸の内に仕舞い込み。普段通りの皮肉っぽい表情を浮かべたまま、年代物の愛車を走らせていく。いつものように、ありのままの……自分らしい自分のままで。
「翔一、戸締まりできてた?」
「全部確認してきた、抜かりはないよ。ガスの元栓とかは?」
「そっちも問題無し。目視確認はパイロットの基本よ?」
「違いない。……で、忘れ物は?」
「それ、アタシよりもアンタが心配すべきことじゃあなくて?」
「そこを突かれると痛いよ、アリサ……」
「馬鹿ね、痛がるから言ってんのよ。……それで? アンタの方こそ忘れ物は問題無いのよね?」
「大丈夫……なはずだ。多分、いやきっと」
「あのねえ……。ちょっとぐらい待っててあげるから、もう一回確認しておきなさいな」
「…………すまない、そうさせて貰うよ」
「ホントに手が掛かる子ね、アンタは」
――――ま、そういうトコは嫌いじゃあないんだけれど。
「ん、何か言ったかアリサ?」
「何でもないわよ、何でもないったら何でもない。ただの空耳」
「? まあいいが……よし、こっちは問題無かった」
「オーケィ、だったら行くわよ翔一」
二人で戸締まりやらの状況を確認し合い、重いスクールバッグを担いで玄関の外へ。
外に出て行くと、そこにあったのは今日も清々しいぐらいの晴れ模様だ。空には雲ひとつなく、まさに日本晴れ。日差しはギラついているが、しかし季節的にはまだ夏どころか梅雨も迎えていないからか、吸い込む朝の空気は多少冷たくて心地良い。暑すぎず寒すぎず、丁度良い具合に過ごしやすい陽気だ。
「んー、今日も良い天気ね…………」
そんな心地の良い朝の陽気をアリサが見上げ、少しだけ深呼吸なんかしている傍ら、翔一が手早く玄関の鍵を施錠する。
「待たせたな、行こうか」
施錠が終わると、アリサは翔一と一緒に家を出て。二人で学院までの近くもなく、しかし遠くもない道を歩き始めた。
二人で横並びになって学院へ歩いて行く、いつも通りの朝の光景。最近ではいつもこういう風で、珍しくもないことだ。アリサ・メイヤードと桐山翔一、身長差十センチの二人が一緒に学院まで徒歩で向かうことは、もう完全に当たり前のことになっていた。
電線の上に留まる、羽を休める小鳥たちの囁きを聞きながら。二人は他愛の無い、至極穏やかな会話を交わしながらゆっくりと学院までの道を歩いて行く。コツコツと二人分の靴音を鳴らしながら、互いにごく近い距離で……まるで、寄り添うようにして歩き続ける。
そうしてアリサと翔一が二人で歩いていると……妙に古くさい車の音と気配が後ろから近づいてくる。とすれば彼女たち二人のすぐ傍、背の低い境界ブロックを挟んだ路肩に一台の旧車が滑り込んできた。
明らかにカスタム・ペイントの類と思われる蒼いそれは……一九七五年式のトヨタ・セリカ1600GTリフトバック。その古式めいた出で立ちも、響き渡る名機・2T‐Gエンジンの音色も。そして開いた窓から覗き込んでくるドライヴァーの気配も、その全てがアリサにとっても翔一にとっても、あまりにも慣れ親しんだものだった。
「やあ、偶然だね二人とも」
――――羽佐間霧子。
表向きは風守学院の保健室を牛耳っている養護教諭、裏の顔は特務少佐の階級を持つ国連統合軍の士官。それがこの1600GTの運転席からニヒルな顔を覗かせている、白衣を羽織った女だった。
「霧子さん」
「偶然って、殆ど毎日すれ違ってるのに偶然も何も無いでしょうに、羽佐間少佐」
そんな霧子に、翔一とアリサがそれぞれ反応する。確かにアリサの言う通り、実際ほぼ毎日のように朝はこうして霧子と遭遇していた。偶然というより、必然というか……予定調和みたいなものだ。
「にしたって二人とも、今日もお熱いねえ」
「はいはい……」
「ははは……」
ニヤニヤとしながら茶化してくる霧子を適当にあしらうアリサと、その横で何とも言えない苦笑いを浮かべる翔一。そんな二人を車内から眺める霧子は、咥えていたラッキー・ストライクの煙草を車の灰皿に押し付けると、二人に対し何気なくこんな提案を持ちかけた。
「折角だ、学院まで乗っていくといい。私が送っていこう」
「僕としてはありがたいけれど。アリサ、君はどうしたい?」
「……ま、断る理由も無いわね。良いわ、今日は少佐のお言葉に甘えることにしましょうか」
ということで、今日のところは霧子の提案に乗っかり、学院まで彼女の1600GTに送って貰うことにした。
年代物の旧車、車内も年式相応に古くさい造りだが、状態は驚くほど良好だ。カーステレオからは相変わらず、ノスタルジックな七〇年代のフォークソングが流れている。車も曲も、何もかも霧子のレトロ趣味でのチョイスだ。こうして乗るたびに感じることだが……霧子の1600GTは、まるで新車当時の一九七〇年代にタイムスリップしたかのような、そんな不思議な感覚を味合わせてくれる。
ちなみに配置的には、アリサが助手席で後部座席に翔一といった具合だ。二ドア四シーターのクーペだから、後部座席が多少手狭なのは仕方ないが……この辺りはアリサの身長との兼ね合いだ。
というのも、彼女は身長一八五センチと、あらゆる意味で規格外。ただでさえ助手席でも窮屈そうだというのに、後部座席なんかにはとてもじゃあないが座らせられない。高身長の人間にはどうにも乗りづらいのが、日本車の……というよりも、この時代のコンパクトだった日本車の欠点のようなものだ。
「さてと、それじゃあ行くとしようか……」
二人が乗り込むと、霧子はそう言い。車を発進させる……前に白衣の胸ポケットから新しいラッキー・ストライクの煙草をおもむろに取り出して咥え、シガーソケットに差さっていた電熱式のシガーライターで火を付けようとするが。
「ちょっと、やめてよ少佐。アタシが煙草大っ嫌いだっての、忘れないで貰いたいわ」
露骨に嫌そうな顔をしたアリサに疎まれ、彼女の方を向いた霧子は一瞬きょとんとした後。やれやれと肩を竦め「仕方ない、我が侭なお姫様には従わないとね……」と言って、シガーライターをソケットに戻し。火を付ける直前だった煙草も、渋々といった風に胸ポケットの紙箱に戻した。
「ただでさえ車の中、すっごくヤニ臭いってのに。真横で吸われちゃあ敵わないわ」
「アリサくん、君は本当に煙草が嫌いなんだね」
「当たり前よ。後お酒も嫌い。アレでロクでなしみたいな立ち振る舞いになった奴をごまんと見てきたわ。醜いなんてモンじゃあないわよ、ああいうのは」
「ご愁傷様……とだけ言っておこう」
「折角こんなに綺麗なヴィンテージ・カーなのに、ヤニ臭いのは本当に勿体ない気がするわ……」
「ははは、それはよく言われるよ。……さて、冗談もこの辺りにしておこう。あまりグズグズしていると、本当に三人揃って遅刻してしまうからね」
霧子はフッと皮肉げに薄く笑んで、サイドブレーキのレヴァーを下ろす。
クラッチを操作しつつ、ギアを一速に入れて発進。年代物の2T‐Gエンジンが唸り、炊いていたハザード・ランプを解除された蒼い1600GTがアリサたち三人を乗せて颯爽と走り出す。
「ところで二人とも、最近どうだい」
学院へ向けて走る1600GTの車内、ノスタルジックなフォークソングが緩やかに流れる中……ふとした時に、霧子がそんなことを同乗者の二人に問うてきた。
それに対し、後部座席の翔一は「まあまあです」と答える。続きアリサも「ここ最近は出撃の回数も多くって、流石に参っちゃうわ」とボヤくように続けた。
すると、霧子は左手でシフトノブを弄り、ギアを四速に入れながら「はっはっは」とニヒルな表情のまま、乾いた高笑いを上げる。
「そうかそうか。言われてみれば、確かに最近は出撃回数が多い気がするね」
「でしょう? 仕方ないことといえ、こうも続くと流石のアタシも……ね」
「まあでも、何にせよだ。確かに疲れているのは事実だろうが、君らは現にこうして生きている。私としてはね、それだけで何よりなのだよ」
ニヤリと皮肉げな笑みとともに発した言葉だが、しかしそれは紛れもない霧子の本心から来た一言だった。
言われてみれば、確かに二人とも疲れているのだろう。時々入ってくる要からの連絡や、島に出向いた時に見かける基地の様子。それに手元に来るアラート出撃の通知なんかを見ていると、アリサの言う通り最近は出撃の機会が多い。短期間に結構な回数が詰まっていたような気がする。
だから、二人とも疲れているのは事実だ。大変だと思うし、本当にご苦労なことだと思う。
しかし――――現にこうして、アリサも翔一も生きているのだ。
それだけで、二人が生きているという事実だけで……霧子からしてみれば、満足だった。翔一の母親代わり、保護者としても。それ以外の立場としても……そのことだけで、霧子としては十分だったのだ。
「そういえばアリサくん、翔一くんはそろそろ一人前になったのかな?」
だが、かといって朝っぱらから話をあまり辛気くさい方向に持って行くのもアレだろう。
そう思い、霧子は敢えて話題を急に変えるようなことを口にした。すると助手席のアリサは「一応は」と彼女の言葉に頷き返す。
「日が浅いから、どうしても経験不足な感じは否めませんけれど。でも……素質はあるわ。
センスが良い、っていうのかしら。上手い言葉が見つからないけれど、でも……アタシとしては、翔一になら安心して背中を預けられる。とにかくそんな感じです、少佐」
続き、アリサは多少言葉を選びながら……率直な感想を、霧子に対して口にした。
彼女の言った答えを聞いて、渦中の本人たる翔一も心なしか嬉しそうな顔をしている。
そんな彼の顔を、後部座席に収まる翔一の嬉しげな薄い笑顔をバックミラー越しに視れば、霧子もまたフッと表情を綻ばせた。
――――どうやら、二人とも上手くいっているらしい。
ファースト・コンタクトがあんな風で、その後も暫くはあの調子だったから、霧子は……顔には出していなかったが、しかし実を言うと多少なりとも二人のことが気掛かりだったのだ。
が、それは完全な杞憂だった。色々あったが、今となっては唯一無二のパートナーに収まっているではないか。アリサも翔一も、互いに互いを深く信頼し合っていることは……言葉にせずとも、二人の顔を見れば何となく分かる。先程、歩道を横並びになって歩いている二人の、仲睦まじい様子を見て……正直、霧子は内心で安堵していたのだ。アリサ・メイヤードと桐山翔一、二人は間違いなく最高の相棒。互いが欠けては飛べない、唯一無二の双翼になっている。
――――運命的というか何というか。本当に皮肉なものだ。
そんな二人を傍目から見ていると、霧子は同時にそんなことも思ってしまう。嘗て同じような関係性の二人が居たからこそ。マーティン・メイヤードと桐山雄二という二人が居たからこそ。そんな二人のことを、知りすぎているぐらいに知っているからこそ……今のアリサと翔一の関係性が、とても運命的に思えて。それと同時に、どうしようもない運命の悪戯をも霧子は感じてしまう。
だが……もしこれが必然であったとしたなら。二人が同じ翼で飛ぶこと、二人でひとつの双翼であることには、きっと何かの意味がある。
それを信じているからこそ、自分に出来ることがあるのなら、二人の為に何だってしてやろうと。やはり顔には出さないが、しかし胸の内で霧子は固くそう決意していた。亡き二人の忘れ形見の為に、自分がしてやれることがあるのなら……と。
「さてと……二人とも、もうすぐ学院に着く頃だ」
しかし、決してそれを表に出すことはしない。いつもニヒルな顔で斜に構えて、自分だけの視点から物事を冷静に俯瞰し、分析する。それこそがありのままの自分……羽佐間霧子という女であるのだから。
だからこそ、霧子はこの決意をそっと胸の内に仕舞い込み。普段通りの皮肉っぽい表情を浮かべたまま、年代物の愛車を走らせていく。いつものように、ありのままの……自分らしい自分のままで。
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日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。
そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。
なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。
縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。
日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。
この小説は真実の物語です。
「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」
どうぞ、お楽しみ下さい。
『神知りて 人の幸せ 願うのみ
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歌人 蔵屋日唱
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