記録少女狂想曲

食べられたウニの怨念(ウニおん)

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「……どうなってんだこれ?」
 空を追いかけて走っていた凛泉が、足を止めてそうつぶやいた。周辺のビルが崩壊して瓦礫が積み重なり、争った形跡はあれど死体や生きた人間は一人としてその場に残っていなかった。
「空ちゃんは…?魔人に遭遇でもしたのか?」
 凛泉は小さな瓦礫を避けながら周りを探し始める。巨大な瓦礫は純生が魔法で動かすが、それらしきものは見つからない。
「…これは。」
 純生は瓦礫の一部に染みついた血を見つける。指で拭うとそれは赤い煙をあげながらゆっくりと消えていく。指を擦り合わせながら、血の一滴も残らず消えたのを確認して立ち上がる。
「多分結チャンは魔人…もしくは魔神プレデターと遭遇して戦闘になったんだと思う。」
 凛泉は舌打ちをして周りを見渡したあと、瓦礫の向こうまで走り出す。
「それ以上の勝手な行動は慎め、凛泉。」
「…あ?」
 凛泉は呼び止めてきた京香を睨みつける。
「アイツ一人のためにこれ以上の深追いは許さん。我々全員を危険に晒すような行為を続けるつもりなら私はお前を殴ってでも止める。」
「空ちゃんが危ない目にあってるのに見捨てろっていうのか!?あぁ!?」
 凛泉は京香の首に掴みかかる。京香は胸ぐらを掴まれてもなお表情を変えずに凛泉の目を見る。
「アイツは未だ正体不明の存在だ。それが何を意味するのかわかるか?アイツを考えなしに信頼したとて裏切り者である可能性は充分にある。そんな奴のために自らを危険に晒すなど…。」
 凛泉は両手で胸ぐらを強く握り、京香と額をぶつけるように合わせて目を見開く。
「さっきから「アイツ」って言ってんじゃねえ!!あの子にはくうって名前があるんだよ!!」
「それは財閥側でつけた仮称にすぎんだろう。」
 凛泉はその言葉を聞き、空の笑顔が頭をよぎる。

『見て、凛泉ちゃん!私の名前!』
『見りゃわかるって、何度も書いて見せなくても。(何回書いても字ぃ汚ねえなこの子…)』
『えへへ、だって名前つけてもらうなんて初めてだから嬉しくて。』
『(そりゃそうだろうけど)…記憶が戻ったら使わない名前でしょ?』
『そうかもしれないけど…それでも今の私にとっては、大切な人からもらった名前だから……。』
 空は自信の名前を書いたノートを抱きしめる。
。』

「……ッ!」
 凛泉がナイフを懐から抜き京香に向けて振り下ろす。しかし、その腕を掴み止めたのは純生だった。
「放せ!!」
「は~い赫田かくたチャン、それ以上はダ~メ。こんなところで自分らが争ったって仕方ないでしょー?頭に血が上るのはわかるけど、ここは冷静に、ね?」
 凛泉は純生を睨みつけるが、純生は一切表情を変えずに凛泉のナイフを持った腕を強く握りしめていた。
「…………次はマジで許さねえぞ。」
「……。」
 凛泉は投げやりに京香の胸ぐらを離すと、瓦礫を乗り越えて周りを見渡す。
「空ちゃん…生きてるよな?」

「……。」
 京香は凛泉に迫られた後、自らの手をじっと見つめていた。それを見て純生が肩に手を置く。
「氏家チャン、今回は全体的に君が悪い。君が人を信じれない気持ちは、その理由は充分なくらいにわかってる。でもね、そのやり方は彼女を裏切ってるよ。」
「…凛泉の何を裏切るというのだ?」
 京香はそう問いながら純生を見つめる。
「赫田チャンじゃなくてさ。恋都を…君の妹を裏切るってことだよ。」
「……っ。」
 純生は京香の肩から手を離し、周りを見渡しながら話し続ける。
「疑わず真っ直ぐに人を信じて、騙されても笑って…そんな真っ直ぐなおバカ。恋都はそういう子だった。多分結チャンは、恋都と同じなんだと思うよ。まっすぐで純粋で、綺麗すぎる心を持ってる。君があの子についてやたら警戒してるのは怪しいからとかじゃなくて…恋都の面影を感じて不安になったからじゃないの?」
 純生の言葉を聞いて、氏家は俯いた。
「私があの子の面影を…ありえない。あの子は裏切り者によって死んで、それでも最後まで相手を憎まなかった。…バカな妹だった。」
「そうね、おバカな子だったよ。でもそんな恋都だから君は大好きだったし、俺だって好きになった。」
 純生はシャツの下に隠すように入れていたペンダントを取り出して見つめる。それは、青いイルカの形をした装飾が施されていた。
「…。恋都に縛られてちゃいけない。僕も君も前に進まなきゃ。」
「………。」
?」
 京香は顔をあげ、純生を見る。
「私にできることは…あるのだろうか。」
「まずは結チャンを見つけて謝ろっか。そこからでいいんだよ、僕たちのスタートラインは。僕も一緒に歩くからさ。」
 京香は小さく頷くと、瓦礫を乗り越えて凛泉の元へ向かった。
「凛泉。私も共に探そう。」
「あ?」
 凛泉は京香を睨みつけるが、その表情を見て小さく舌打ちをした。
「…邪魔すんじゃねえぞ。」
「ああ。」



 それから15分、何も発見できないまま時間だけが経過した。
「…空ちゃんの姿も、魔人の姿も見当たらない…クッソ、どうなってんだ…!」
「考えたくはないけど、|も想定して動いたほうがいいねぇ、こりゃ……。」
 後ろにいた純生の言葉に凛泉は目を見開いて振り向く。
「……そんなわけねえだろ。空ちゃんがあんな奴らに……。」
「………も最悪の事態だね。でも、ソレよりももっと最悪なのは…空ちゃんを食った魔人が魔神プレデターになってるかもしれないってこと。ここまで探して何も見つからないんじゃ…両方とも可能性は捨てきれない。あいつらが食い殺したとしたら骨のかけらも見つからないのは納得いく結果になっちまうし…。」
 凛泉は唇を振るわせながら瓦礫の周りを探し続ける。
「ありえない…!空ちゃんがこんなところで死ぬわけねえだろ!?あの子が…死ぬなんて許さねえぞ!!」
「…………。」
 純生は躍起になる凛泉を見てため息をつく。凛泉はすでに雪で指が真っ赤になるほど体は冷え切っていて、これ以上の探索が危険なのは誰が見ても明らかだった。
「……。」
 もはや諦めるべきだと純生は無線を起動して他の探索班に連絡を入れようとしていた。しかし京香は崩れたビルの中から小さく光を反射するものを見つけ拾い上げていた。
「……待て。もしかすると…結空は生きているかもしれない。」
「え?」
 京香は地面から拾い上げた1発の銃弾を見せる。
「…なにそれ、弾丸?」
「魔人を撃った後の弾丸だろう、すでに蒸発しているが奴らの獣臭さのある血の匂いが残っている。」
 凛泉がその弾丸に触れようとすると、京香はその手をはたき落とす。
「ちょ、なによ?」
「ヘタに触るな…最悪何かのかもしれない。せめて手袋でもしろ。」
「毒って……もしかして。」
「ああ、財閥の人間以外でこの北海道で銃を扱っているのはあの子しかいない。」
「……はるかちゃん…。」
 京香は弾丸を放り捨てると、凛泉に真っ直ぐ目を向ける。
「凛泉…悠と遭遇していたとするなら、おそらく空は無事だ。あの子が目の前でピンチになっている人を見捨てるようなことはしないだろうし、あの子の魔法なら確実にこの状況を切り抜けているだろう。」
「何を根拠にそんな……。」
 凛泉がそこまで言ったところで、京香は深く頭を下げた。目を丸くする凛泉に京香は向き直る。
「私の妹の、恋都のである彼女を信じてあげてほしい。今の状況、おそらく結空が最も安全である場所は彼女のそばだ。」
「……………。」
 凛泉は京香の目を見つめる。その目には今までとは違う光が宿っていた。
「勿論、最悪の事態が起きている可能性から目を背けるわけではない。だからこそ…。」
「帰ってきたら、空ちゃんにちゃんと謝れよ。」
「…。」
 凛泉は冷え切った手に息を吐き、擦り合わせて体温を上げようとする。その手に、純生は自分のポケットから取り出したスカーフを巻いた。凛泉は不快そうな顔でソレを地面に叩きつける。
「これ以上なんの根拠もなく探し続けても意味ないのはわかってる。…それでも、そうしてなきゃ不安で仕方ないんだよ。でも、空ちゃんを信じるって意味でも…アンタの言う小さな希望に賭けてやる。」
「凛泉…。」
「ただし、あの子がちゃんと無事だったら今までのこと全部謝れよ!!」
「……ああ。いざとなれば腹を切ってでも━」
「そこまではいらねぇよ!真面目か!」
 凛泉は二人に背を向けてぶつくさと文句を垂れる。ソレを見ながら純生は京香に耳打ちする。
「…ああは言ってたけどさ、どーせこのあと一人で探索続けるつもりなんでしょ?」
「…そうでもしなければ彼女を安心させることはできない。それに、悠がこの付近に現れたということは少なからずこの周辺に危険が迫っていると言うことで…。」
 純生が京香の頭を小突いた。
「そうやって氏家チャンはすーぐ極端な考え方するんだから。良い?君もしっかり休んで、万全な状態で結チャンを探そうね?信じるんでしょ、片山かたやまチャンのこと。」
「…分かった。」
 京香は顔を上げて無線を起動する。京香の顔を横から見つめながら、純生はため息をついた。
 (これで京香の罪悪感も少しはマシになってくれるのかね…。そんな単純な話じゃないとは思うけど。)
「スマン、不足の事態で連絡が遅れた。我々は一度撤退して状況の整理を…。」
 そこまで話し、京香の言葉が詰まる。
「…何?」
「氏家チャン?」
「…魔神と、交戦中?」

───────────────────

無線を取り出し会話をしていたのは麟太郎りんたろうだった。
「は、はい…こちらB班、部隊の方々と一緒に行動していたんですが…。」
麟太郎がそこまで話したところで、麟太郎の腕に纏われた青いに弾丸が弾かれる音が響く。
「ぐ…っくぅっ!」
「鱗太郎!もっと身を隠せ!」
「ぅ…あ、はい!」
麟太郎は一瞬だけ、何故か残念そうな顔をして木の後ろに身を隠す。近くの荷物を運んでいた台車に隠れていたのは碧射で、スナイパーライフルを構えてしゃがんでいた。
『そちらで一体何が起きている!?』
「ぶ、部隊の人が一人魔神に襲撃され、その人の持っていた狙撃銃を奪取!交戦しましたが距離を取られ遠くから狙撃を受けている状況です…!」
「すまない、咄嗟に取り押さえられなかった…!」
そばの岩陰に隠れる博也がそういうと、岩に向けて狙撃された弾丸の音が響く。
「ち…っ!」
『…相手は普通の魔人ではない、魔神だったんだろう?であれば、そこにいる数人で拘束するのは難しかっただろう、自らを責める必要はない。しかし…どうだ?撤退はできそうか?』
「だいぶ遠くから見てるみたいで…場所を補足するだけでも手一杯です。」
「……。」
碧射は岩陰から周辺を覗き見る。一面の雪景色に葉の枯れ切った木々が生い茂るこの近辺では、隠れる場所は限られてはいるが…
(…奴らは白い体毛を利用して雪の中に身を隠す。この雪景色の中ではどこにいるのか…)
碧射は一瞬動いた影を認識した瞬間岩陰に身を隠す。弾丸が岩に当たり表面を削った。
「ジリ貧だな…。」
碧射は岩陰に隠れながら、同行していたメンバーを見返す。博也、麟太郎、一歩、幽子。碧射を含めれば5名魔法所持者は存在しているが、遠距離にも特化して発動できる魔法は碧射の『弾道制御』のみだった。
(ジュラは狙撃の危険性を考えて待機させておいているが…このままじゃ誰も動けないな。どうしたものか…)
「あ、碧射さん…私の魔法でどうにかできませんかね…?」
一歩が恐る恐る、木陰から顔を覗かせる。
「いや…お前の魔法はランダム性が強い。この状況下で都合よく遠距離特化の効果が出るとは限らないだろう?そんなギャンブルでお前を危険に晒すわけにもいかない。」
「う、うん。でもこのままじゃ…。」
「ボクが行く。」
そう言って小さく手を上げたのは、幽子だった。
「アイツには何かされたわけじゃないけど…アイツだって魔神だから、リベンジさせて。あの時みたいに何もできないままは嫌だしさ。」
「幽子…。」
碧射はポーチから、幽子の愛用しているピストルにも使えるマガジンを取り出す。狙撃に注意しながら、マガジンを低く投げ渡した。
「…作戦はあるのか。」
「ある。バレたらそれこそおしまいだけど…ボクの魔法でアイツを引きつけて相手をする。麟太郎さん、鱗貸してもらえる?」
「ええ、もちろん。」
麟太郎が袖を捲り、腕の鱗を見せる。
「よし…もうボクは怯えたりしない。怖いって立ち止まるもんか。ボクが立ち止まったら紫音を一人にしちゃうもん。一緒に、歩いて行くんだ。」
「後輩たちがそんなやる気満々になっちゃあ、ぼくも隠れてばかりじゃいられないね。援護するよ、幽子ちゃん。」
「みんな、覚悟は決まったか?」
碧射の言葉に、全員がうなづいた。
「作戦、開始だ!」
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