記録少女狂想曲

食べられたウニの怨念(ウニおん)

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XLII 悠(はるか)

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「なるほどね…そっちの閉鎖区域も既に環境の変化が起きていた、と。」
 悠は空から話を聞き、本日何度目かのため息をつく。
 (ユッチはため息をついてばかりだなぁ、ため息をつくと逃げるというぞ。ホラ、なんだっけ。そうだ、寿命だ。)
「幸せね…?(小声)」
 千変万化の盛大な勘違いに空は小さく訂正を挟む。
「…とにかく、悠ちゃんの言う通りならこの北海道も、あちらの閉鎖区域ももはや別世界になってるとも考えられますよね…。」
 何かできることはないかと頭を抱える空に、悠は先ほど作っていたスープを空に手渡す。
「今ここで僕たちが悩んだって答えは出ない。結局は偽神フェイカーを倒さなきゃ何も変わらないだろうしね。とりあえず今は食べたら?」
 空は悠に手渡されたスープをじっと見る。スープ全体はトマトソースのような赤色で、中には煮込まれて蛋白そうな白になった肉が入っていた。
「…悠ちゃん、このお肉って…。」
「あのウサ…ウサギもどきの肉だよ。大丈夫、半年前から食べてるけど、脂もそんなに多くなくて鶏肉に近い味してる。その辺はあんまり普通のうさぎと変わんないみたい。足と顎は筋肉質でしっかり煮込まないと硬いけど、逆に足は干し肉にするのが一番美味しいよ。」
 (いやユッチ…娘は味について聞いたわけではないと思うんだが…。)
 少しズレた悠の答えに千変万化は伝わらぬ声で訂正を入れる。
「…いただきます!」
 (なっ、娘!?)
 空は心を落ち着かせ、スープを口に運ぶ。あの不思議な木の実で味付けされた辛味は程よく体を内側から温め、ウサギのような生物の肉は柔らかく煮込まれていた。空はそれをしっかり咀嚼して飲み込む。
「…美味しいです!!」
「…君、よく気味悪がったりしないで食べるね。初対面のヤツが渡してきた得体の知れない生き物が入ったスープだよ?」
「…でも、悠ちゃんはコレを食べてここで生きているんですよね。ならきっと大丈夫だって思ったので。」
 悠は空と目を合わせる。その金色の目には人を疑う感情は感じず、どこまでもまっすぐこちらを見つめていた。
 (……敵意を向けないなんておかしい、探ろうとしないなんておかしい。そう思ってるこっちがおかしいんじゃないかって錯覚しそうなくらいに人を信じ切ってる目だ。なんでそんなに無垢な目をできるんだ?)
「財閥に所属してる人にも、こんな子がいたんだな。」
「…あ。そういえば、なんで悠ちゃんは財閥の人たちが嫌いなの?」
「………。」
 悠はスープを口に運び、深く息を吐く。
「知りたいの?」
「あ、いえ…気になっただけで、無理に話して欲しいわけではないよ!でも、私にとって財閥は色んなことで助けてもらったありがたい方々のいる場所で…そんな私にとっては初めての居場所を、なんで悠ちゃんは恨んでいるのかなって…。」
 悠は慌ててる様子の空を見て小さく笑った。
「ふふっ、君は面白いね。他の人と違って財閥に来いとか自分たちに協力しろとかじゃなくて、あくまで僕個人の話を聞こうとしてくるなんて。」
(ユッチ…初めて笑ったな。)
 悠は天井を見上げて軽く深呼吸をする。
「でも、その話をするのはもう少し後で。君のこともお互い少しずつ知っていきたいからね。」悠は空に小さく微笑んだ。その笑顔は可愛らしい少女ではあるが、中性的な印象のせいで綺麗な青年にも見えてくる。
(い、一瞬ドキッとしちゃった…。)
「ちょっと、水を汲んでくるね。」
「あ、うん!」
 悠は席を立ち、洞窟の外へと向かっていった。
(…娘よ。脱出するなら今だと思うが?)
「…脱出?なんで?」
 (いや、確かにユッチは協力的というか、娘に危害を加える気がないのはコレまでの会話で分かった。しかし、みんなと合流しないことには何もできないではないか。ここは一旦ここを脱出して…。)
「ダメだよ、センちゃん。私は悠ちゃんにまだ助けてもらったお返しができてないもん。それに私一人でどこに向かえばいいかもわからないまま外に出るのは無理だよ…。」
(…しっかり考えていたのだな、余計なことを言ってすまなかった。)
「ううん、大丈夫だよ。私もコレからどうするべきか、今考えておかないと…。」
 すると、洞窟の中に誰かの足音が響き始める。その足音はゆっくりと空の元へ近づいてきていた。
「あ、悠ちゃんおかえ…え?」
 そこに立っていたのは、見知らぬ金髪の少女だった。
「こんにちは。」

───────────────────

「…久しぶりに会いにきたのかと思えば、随分と大人数でのお出迎えじゃないか。」
 水を汲みに川に来ていた悠は、川の向こう岸に立っていた京香たちを睨みつける。
「ああ、随分と久しぶりにあったな、はるか。」
 京香が「はるか」と言葉を発した瞬間、ゆうは猟銃を構えた。後ろで見ていた凛泉がナイフを引き抜くが京香は静止する。
「その名前で呼ばないで。[ハルカ]としてのは、もう死んだ。今の僕は[ユウ]。いい加減理解してくれる?」
「…お前も、私も同じだな。過去に囚われ、過去を手放せず、引きずったまま今を生きている。私も、恋都を奪ったヤツらへの恨みを引きずり、罪のない子を危険に晒した。」
 悠は銃口を向けたまま、周りを見る。凛泉や碧射、純生の他には人の気配はしなかった。
「また僕を説得しに来たと思ってたけど、その様子だと違うみたいだね?」
「ああ……単刀直入に聞こう、君は誰かを保護していないか?」
 悠はその言葉を聞き、空のことを思い出す。
「…ああ、あの子のこと?」
「知ってるの!?空ちゃんは無事なのか!?」
 凛泉は前のめりになって叫ぶ。悠は銃口を向けたまま小さく頷いた。
「一人で魔神プレデターと戦ってぶっ倒れてたから保護したよ。君たちの仲間とは思ったけど、顔が好みだったから心配で保護しちゃったよ。」
「そんな冗談はいいから!あの子は無事なんだろうな!」
 声を張り上げる凛泉を悠はじっと見つめる。
「君がそんなに気にかけるなんて珍しいじゃん。仲間といえどそんなに心配するなんて今までなかっただろう?」
 凛泉は悠を睨みつける。
「私はコレでも男以外なかまのことはちゃーんと気遣ってるっての!!」
「なんか含みのある言い方しなかった?赫田チャン。」   
 悠は呆れた様子で銃を下ろす。
「…あの子、君らの仲間にしては攻撃性が足りてないというか、平和ボケしすぎなんじゃないの?」
「…空は元から、人を疑ったり敵意を抱けるような子ではないからな。」
 碧射の言葉に対して悠は鼻で軽く笑う。
「だろうね。初対面の僕をあんな簡単に信じて僕の差し出した食事に警戒することもなかった。本当に…びっくりするくらい疑いを知らない子だったよ。」
 悠は空の笑顔をふと思い返した。
「…確かに、恋都ことみたいな子だな。」
 悠は銃をしまい込むと、背を向けて歩き出した。
「お、おいはる…。」
「『はるか』じゃなくて、ゆうって呼べって。…僕の拠点にいるけど、君たちを案内するつもりはないから。連れてくるまでそこで待っててもらえるかな。」
「待て。その前に…。悠、改めて私たちと一緒に戦わないか?」
 背を向けて歩き出そうとしていた悠は足を止めて振り返り、呆れた目で京香を見つめる。
「何度言ったらわかるんだよ。僕の父は財閥の対応が遅かったせいで死んだ。それに財閥は。そんな組織に僕が入るわけないだろ。」
「見捨てた…?」
 碧射は悠の言葉に引っ掛かりを感じた。
「イザード財閥は昔とは変わった。今はより一層迅速に緊急事態に対応できるようになり、救える命が増えた。君の父を助けられなかったのも財閥だが…今、人々を救うために動いているのも財閥わたしたちだ。」
 悠は京香と目を合わせたまま黙ってその言葉を聞いていた。
「恋都は…恋都にとって正しいと信じた判断をした。あの時、私が弱くなければ…あの子を助けられたのは事実だ。だから私は今、あの子の代わりに皆を守れる存在になるために戦っている。綺麗事でしかないが…あの子の想いを忘れない限り、あの子は死なない。そう信じて私はこれ以上犠牲を出さないで、あの神を討つ。」
 京香の脳裏に恋都の笑顔が思い浮かぶ。
「あの子の想いを継いで、あのまがい物の神を…私が、私たちが狩る。それが姉としての責任だ。」
「…なにそれ、恋都の犠牲あってこそ今の財閥が成り立ってるって言いたいわけ?」
「組織ってのは良くも悪くも、非情でなきゃいけない時があるもんさ。」
 すると、それまで何も言わなかった純生が一歩前に出て口を開いた。
「僕だって未だにあの子の判断は間違ってると思ってる。みんなを助けるために自分が敵を食い止めるなんて…してほしくなかったよ。僕を置いていくなんてしてほしくなかった。」
 三人は、何気ない恋都との日常を思い出していた。
「きっとあの子も…空も同じような状況なら、同じ決断をすると思うよ。君らは、大切な人と同じことをしようとするあの子を…」
「それは私がさせねえよ。」
 口を挟んだのは凛泉だった。
「自己犠牲で成り立つ正義なんざクソッタレだ。空ちゃんがいずれそんなことをするのも性格的に目に見えてる。つか私に一回やってる、だからやらせねぇ。全員生き残ってあのクソみてえな化け物どもに抗い尽くしてやるよ。」
「…悠。君に無理に俺たちを信じろなんて言わない。ただ今は、あの子を一緒に信じてみてくれないか。」
 碧射もそう言って悠を見た。悠はその場にいる全員の目を見て、空に向けられた信頼を不思議と感じ取った。
(あの子、面白いな。こんなにも信頼を寄せられるなんて…本当に恋都みたいだ。)
「いや、ってのは失礼か…あの子は違うもんね、恋都。」
 悠は自身の左手首を軽く握る。
「碧射さんがそこまでいうなんてちょっと意外だね。」
「そうか?これでも仲間への信頼は厚い方なんだが。」
 その場にいた全員が、場の空気が変わったように感じた。
「いいよ、あの子がこの変わり果てた世界を変えられるって君たちが信じてるなら、僕も少しは協力してあげるよ。」
「…感謝するよ、悠。」
 京香は深く頭を下げる。
「貴方もかなり変わったね、京香さん。昔は魔人どころか、自分の魔法で出た雷にすらビビってたのに。」
「え何それめっちゃ聞きたい。」
「そうそうみんな知らないくらい昔の話なんだけど…」
 凛泉の言葉に純生はニヤニヤしながら話そうとしたが、小さく指を鳴らす音と共に純生の前髪を小さな落雷が掠めた。
「いやん!氏家チャン僕焦げちゃう!」
「やかましい。余計な話は慎め。…悠、頼んでもいいか?」
「うん、あの子を引き渡したらあとは君たちが勝手にどうぞ。どうせ…そろそろ全面戦争仕掛ける気だろ?」
「…あぁ。我々は近日中にF-46[レタラ・ウェンカムイ]の大規模討伐作戦を開始する。」
 その場にいた全員がその言葉を聞き、空気が張り詰める。
「やっとこさ、あの神様チャンに引導を渡しに行けるってわけねん。」
「なら一層空ちゃんはさっさと帰ってきてもらわねえと。あの子がいるかいないかは士気に大きく関わるぞ!!」
「ま、今となってはソレも否定できないな。」
 悠は皆に背を向けて拠点に向けて歩みを進める。
(戦いのかなめがあんなにも穏やかそうな子になるなんて…僕はやっぱり、納得がいかない。となれば、僕のやることは……。)

───────────────────

「は…はじめ、まして。あなたは?」
 空は突然現れた少女を見てキョトンとした表情をする。その少女は髪についた雪を手で払いながら洞窟の中に入ってきた。
「私は煌理きらり千影ちかげ。貴方に敵意はないわ…少し、話がしたかっただけ。」
「あ、えと。わ、私は空…結 空って言います!」
 空は千影と名乗った少女に小さくお辞儀をした。
(娘よ、少しは警戒するというか、まず簡単に名前を教えるのを直してくれないか?流石に不安極まりないんだが。)
「だ、だってわざわざ名前教えてくれたし…!自分が教えないのは失礼かなって…!」
(娘、キミは本当に…放っておいたらいくらでも詐欺に遭いそうで心配だぞ。)
「結 空。良い名前ね。」
 千影は無表情のまま空にそう告げた。
「あ、ありがとうございます…。」
(悪い人…ではなさそうだけど、ちょっとだけ雰囲気が怖い…。)
 落ち着かない様子の空を見て千影はため息をつく。
「随分と警戒させてしまったようね。無理もないけれど、貴方に何か危害を加えるつもりはないから安心して。」
「け、警戒なんてしてませんよ~!ホラ~!」
空は謎に両手を大きく広げて振って見せる。
(なんだ娘、その動きは友好の挨拶か?それとも宇宙との交信か?それとも新手の威嚇行動…)
(センちゃん!ちょっとだけお口チャック!!)
(私にはチャックするお口もないのだがな。)
「貴方、まるで誤魔化せてないわよ。」
 真顔でそう言われた空は少し悲しそうにしょぼくれた。
「あの、ところでどうしてここに…?悠ちゃ…住んでる方は今は外出中で…。」
「違うわ。私は、貴方に用があって来たの。」
 千影と空の視線がまっすぐ向かい合う。
「…私、に?」
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