記録少女狂想曲

食べられたウニの怨念(ウニおん)

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XLIII 警告①

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「私に…用、ですか?」
 千影は小さく頷くと、変わらず無表情のまま空を見つめる。千影の緑がかった青い瞳と、空の金色の瞳が光るコケの放つ光で淡く輝く。
「単刀直入に言うけれど、結 空。貴方は近い将来、強大な敵を知る事となる。それは人間ではなく、魔人でもない。神に等しく、神に最も近い存在しかし、偽神フェイカーをはるかに超えた、真の敵…誰にも予測できないような、計り知れない脅威よ。」
 千影は鋭い眼差しを向ける。その目からは、怒りや憎しみなどの感情が溢れているように空は感じた。
「けれど、その圧倒的な力に屈しては絶対にダメ。」
「あ、あの…意味がよく──」
「今はまだ、分からなくても構わないわ。必ず知る事に変わりはない。」
 千影は空を見つめながらゆっくりと背を向ける。完全に振り向き切ったところで、言葉を続けた。
「その時には必ず、私が貴方を助けに来ましょう。貴方が屈さずに、立ち上がり続けるのであれば。」
 そこまで行って千影は洞窟からゆっくり外へ向かい始めた。
「ま、待ってください!その脅威って一体…!」
 空は呼び止めようと千影へ手を伸ばす。
「…あれ?」
 しかし、今目の前にいた千影は、一瞬にして姿を消した。洞窟の出口に着くまでもなく、神隠しにあったかのようにその場から消えていた。
「…煌理、千影さん…。」
 (あの娘は一体何者だったのだ…?)
 千変万化の言葉に、空は小さく首を横に振る。
「分からない。少し、怖い雰囲氣の人だったけど…悪い人じゃない、気がする。」
 千変万化は小さく、そうかと返事をした。空は小さく拳を握りしめ、千影の言葉を繰り返し思い出した。

 ───────────────────

「おかえりぃ千影ぇ…どこぉ、行ってたんだぁ?」
 気がつくと千影は先ほどの洞窟とは違う場所にいた。雪の中でいくつかテントが建てられ、数人がそれぞれの作業を行っていた。
「その抑揚の激しい喋り方やめてって言ったでしょう、THREADスレッド。気味が悪いわ。」
「そぉんなひどいこと言わないでよぉ…ンヒヒヒッ。」
 THREADと呼ばれた女性の手には、赤い糸束が握りしめられていた。よく見るとそれの一部が垂れ下がっており、千影の手首に結び付けられていた。それは目を凝らさなければ見えないほどに薄く細い糸だった。
「[アリアドネの糸]…いつの間に。」
「私の指示です。」
 キャンプの一つから出てきたのは、オリエルだった。
「余計なことはしないでと言わなかったかしら。私は私で考えて行動しているの。」
姐様リーダーの待機命令を無視してでもやることがあるのですか?初めて来るこの土地で?」
 二人はしばらくの間睨み合っていたが、オリエルは深くため息をついて木で出来た椅子に座り込む。
「THREAD。私につけてるこれを早く外してもらえるかしら。」
「え、あ…うんん。」
 THREADは千影の言葉に頷くと、糸は勝手に動いて千影の手首から離れた。
(あれは確か封魔…いえ、同盟はみんな魔装アーティファクトなんて呼んでたかしら。[アリアドネの糸]…糸をつけた対象がどんなに離れても、超高速で、かつ物理法則を無視して自身の元に手繰り寄せる糸…高速で引き寄せているのに物理的な反動がないのは流石魔法といったところかしら。…あれ以上話すことはなかったにしても、こんなふうに自由を奪われるのは不愉快ね。)
 千影はキャンプのロープにかけてあった自身のマフラーを手に取って首に巻きつける。そのタイミングで、キャンプから数人のメンバーが出てきた。千影はその中で、ダウンジャケットに身を包みながら暖かい茶を飲んでいる一人の少女に声をかける。
SLASHスラッシュ、随分と寒そうね。」
「アタシはあまり寒いのは得意じゃないし…。あと、今は作戦中でもないのだから本名で構わないでしょう、千影。」
「あら、ここは仮にも戦場なんだから、油断したらいけないのではないかしら。」
「それは同感ですね。緊張感が足りないのでは? 恵夢えむ。」
 捲し立てる二人を見てTHREADが不気味な笑い声を上げる。
「アンタたち、そういう時だけ気が合うのは一体なんなの?」
「気のせいでしょう。私の友人に女装趣味のやつはいないわ。」
「気のせいですよ。私の友人にはこんな常時仏頂面の愛想悪い女はいません。」
 二人は睨み合うわけでもなく掴みかかるわけでもなく、目も合わせずに互いを罵倒していた。
(本当になんなんのよこいつら…。)
「あ、千影さん。お戻りになっていたんですね。」
「ついさっきぶりね、 緑希つなき。」
 テントから出てきた緑希に対して千影は軽い挨拶を返した。それを見て恵夢は肩を落とす。
「千影はなんか、露骨に私にだけ冷たくないかしら…。」
「あの人は大体全員にあんな感じですよ。緑希は裏表がなさすぎますし、貴方や千影にとっては接しやすい相手なんでしょう。」
「それは否定しないけれど…。」
 恵夢の魔法は簡単に言えば目を合わせた対象の心を読む魔法。千景もそれに近くも、遠くもある魔法を所有しているが、緑希は裏表もなく感情を読まれることへの抵抗もない。どちらにとっても接しやすく、心を開きやすい相手であるのは事実だった。
「それで、わざわざ私を呼び戻してまでなんの用だったのかしら。」
「なんの用?姐様がもうすぐここに着く頃だから、メンバー全員で迎え入れるためですよ。貴方のような愛想のない人間でも、姐様にとっては大切な仲間であり…」
「私は私の目的のためにメンバーになっただけ。馴れ合いはやめてくれる?」
「貴方は一回その口を削ぎ落とすべきなんでしょうかね。」
「お、お二人とも喧嘩はやめましょう!?」
 緑希が間に入って喧嘩?を止めようとするが、オリエルは緑希の方を見ることもなく顔面に軽く裏拳を叩き込む。
「ほぐっ!!」
「…姐様が来る前にメンバーが欠けてしまえば、姐様の心を深く傷つけることになります。それが嫌なので手は出しませんよ。」
「ぼ、僕は…??」
 緑希が鼻血を流して泣いているのを放置してオリエルはキャンプから何かを取り出す。それは2リットルのペットボトルで、蓋の上から何か札のようなものが貼り付いていた。オリエルはその札を手で剥がしてペットボトルから水を地面に流し始める。
「出てきてくださいLIQUIDリキッド。仕事の時間ですよ。」
 雪の上に流れた水は雪に染み入らず、その上でスライムのように形作り鎮座した。すると、そこに人間の目と口が浮かび上がりオリエルを睨みつけた。
「オイ、テメェ……人を許可なくこんなところに突っ込んでおきながら「仕事だ」だと…?俺が協力するとでも?大体なんだその呼び名は、勝手につけるな!!」
 その水は人の上半身のような形を作り出し、オリエルの顔に迫る。しかしオリエルは無表情のままLIQUIDと目を合わせる。
「数々の犯罪を犯し、財閥に捕獲されてもそのまま牢屋…いや、瓶詰めにされるであろう貴方に自由を与える代わりに組織に加入しろと私は申し上げたはずですが?」
「ペットボトル詰めにして良いなんで誰が…!!」
「うるさいわよ貴方。協力しないならそのままどこかに行けば良いじゃない。」
「黙ってろクソガキ!!!」
 千影が不愉快そうに言葉を漏らすと、LIQUIDは腕部分をナイフのような形に変えた。それを千影に向けて飛ばす。
「危ない!!」
その瞬間、緑希が自信の影から盾を作り出して千影を守った。それを目で確認したオリエルが突風を吹かせると、まるで洗濯機内の水のようにLIQUIDの液状の体が巻き込まれて行く。
「ぬ…ぐぁ……やめろゴルァ!!」
 巻き上がる風の中でLIQUIDがオリエルを睨むが、オリエルは真顔で先ほど剥がした札を見せる。
「またこうしてペットボトルに詰められたいんですか?ここにはいませんが、ここにSEALシールさんの札がある以上、貴方をいつでも容器に封印できるんですよ。無駄な抵抗はやめなさい。」
「ぐ……っ!!」
 LIQUIDが何かを叫ぼうとするが、オリエルは最後まで聞くことなく風を操って液体をペットボトルに流し込む。その上から札をテープのように貼り付けると、暴れていたLIQUIDは途端に静かになった。
「やはり彼に協力を求めるのは無駄だったようですね、あとで姐様にも報告しておきましょう。」
「何故そんな危険な奴を味方に引き入れようと思ったんだ、リーダーは…素直に連れてくるアンタもどうかと思うぞ。」
 恵夢が呆れた目でオリエルを見るが、彼は気にするそぶりも見せなかった。
「むしろ反人類組織とも言える私たちに比べれば、ただ魔法を使って犯罪を繰り返す彼の方がまともでは?」
「それは…否定しきれないが…。」
「ンヒ、ンヒヒ……恵夢う、論破されてるう。」
 THREADは皆のやりとりを少し離れた位置から聞き、変な笑い声を漏らす。
「……みんな。」
 少し離れた位置のテントから何者かが姿を現す。その人物はボロボロのローブを身に纏い、自身の背丈ほどの長さの鉄の棒を担いでいた。
「おや、無月なつきさん。先ほどまでお昼寝していたのでは?」
 無月と言われた女性は軽く目を擦る。
「…んん……確かに少し寝てた……でもどうして貴方にそれがわかるの?ここに来てから私、貴方と顔合わせてないよ。」
無月は子供のように首を傾げて人差し指を頬に当てる仕草をする。
「寝癖がついていますので。」
「ほんとに?…どこ?」
「右後ろの方ですよ。…というか、貴方がわざわざ起きたのなら?」
「うん…。」
 無月が鉄棒を棍のように振るい構える。
「アンタたち、一体なんの話を…。」
 その瞬間、一瞬の呻き声と共に人が倒れる音が背後から聞こえる。振り向くと、THREADが地面に倒れていた。
「…THREAD!?」
「恵夢さん!」
 緑希が自身の影から盾を作り出し恵夢の前に立つ。すると、鈍い音を響かせて盾に何かが激突してきた。地面に落ちたソレを見て恵夢は息を呑む。
「…ひょう!?」
 恵夢はソレを雹と呼んだが、そのサイズは野球ボールほどのサイズ感であり、明らかに空からするものではなかった。
「まだ、次が来る。」
 無月は鉄棒を振るい次に降ってきた雹を弾き落とす。今度はバスケットボールほどのサイズであり、弾き落とした無月の腕がかすかに痺れた。
「オリエル!」
「ちぃ…っ!全員臨戦体制を!この状況では隠れたとて安全ではありません、防げる者は防ぐ術をない者の守護にまわってください!!」
 空を見て千影は眉を顰める。そして、右手につけた腕時計のような形をしたものに触れる。それは内側に宇宙のような模様が広がっており、光と光が線をつないで一つの形を作り出した。
乙女座ヴィルゴ。」
 そう千影が呟くと、千影の周りに薄く白い光が現れる。その境界線に触れた瞬間、雹は全て千影を逸れて地面に落下していく。
「便利そうで何よりですね…貴方は!」
 オリエルは地面に刺して置いたままにしていた槍を手元に引き寄せ、雹を砕き凌いでいた。
「…オリエル。これは人為的なものよ。」
「…なんですって?」
 自身の光の壁に弾かれる雹を見ながら、千影は確信を得たように小さく頷く。
「私のこの魔装アーティファクトで起動している魔法は『人為的もしくは敵意を持った攻撃を回避する魔法』を発動している…つまり、この雹はわ。」
「…ならば、これを降らせているのは…偽神フェイカー…!!」

 雹を弾き続けて三分が経った頃。その勢いに全員の体力が尽き始める頃には、雹は止んでいた。
「はぁ、はぁ…!おい、オリエル…偽神はなんでこんなことを…!」
 オリエルは地面に倒れたTHREADの死体を確認する。死因は頭部を砕いた雹による即死だが、その後降り注いだ雹によって体中の骨が砕かれていた。
「私が知るはずないでしょう。しかし、コレが周期的に起こる者ではなく任意でや行った事なら、おそらく……。」
「…オリエル、風が来る。」
 そう声を出した無月が顔を上げて空を見る。
「…来ましたか。」
 すると、雪を巻き込みながら皆の周辺に風が巻き起こり始めた。

『我が領域に足を踏み入れた、愚かしくも勇敢な者たちよ。』

 風に乗って流れてくる、低く重い声から放たれる言葉は聞いた者たちの体を凍りつかせるように動けなくした。凍てつく空気の中で、オリエルは息を飲み込む。
「コレが…この領域を支配する神の…!!」

『この領域を取り戻そうとする者たち。我々の世界へ力を貸そうとする者たち。我が愛しき獣たち。全ての者たちよ。

これは、獣のの言葉である。』
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