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第四話 捻れた関係
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「はい、どうぞ」
「あら、ありがとうアメリー」
アメリーはカップに紅茶を注ぐとウルの前にそれを差し出した。
いただくわ、といいウルはカップに口をつける。
一方私は家主と予期せぬ来訪者の間に張り詰めた緊迫感を前に胸の鼓動を抑えることに必死になっており一人縮こまっている状態だ。
「それにしてもめずらしいわね。あなたが私の家を訪ねてくるなんて」
「貴方が帰ってきてる事を耳にしたものだから。王都でもお互い顔を合わせる事もなかったし、友人に挨拶ぐらいはしておきたくて」
「城下町からの長旅で疲れてるでしょうに、態々悪いわね」
「それはお互い様でしょう。それに、そのくらいの疲れなんて、あなた達に会えることに比べれば大したことじゃないもの」
ふふっと二人は顔を合わせて笑い合う。
傍から見れば仲のよい友人が行う微笑ましい会話に聞こえるのだろう。
が、それはあくまでも第三者からの視点である。
先程から二人が交わしているのは社交辞令の様な言葉。
二人の間では先程からピリピリとした友達同士とは思えない空気が漂っている。
(この二人、以前よりも仲が悪くなってない……?)
以前はここまでお互いに睨み合うかのような状況になることはなかった。
ウルに関していえば我侭を言うことも多かったために、アメリーと対立することは確かにあった。
が、それでもアメリーがウルに対してこんな態度をとったことなどは一度もなかったのである。
そんな二人の間に流れる不穏な空気を前に、私はこの状況をどうにかできないかと考えをめぐらせつつ
黙々と紅茶と茶菓子を口へ運ぶさながら小動物のように縮こまって様子を伺っていた。
「そういえばウルはどうして村に戻ってきたの?」
茶菓子の準備を終えたアメリーは席につくとそう問いかけた。
「村の方に残していた荷物の整理に来たの。
本当はお父様がくる予定だったのだけれども、忙しくて手が離せないから変わりに私が来たのよ。
それと久しぶりに親友の顔も見ておきたくてね。」
一瞬ウルの瞳がこちらをとらえた。
茶菓子を頬張りながらも思わず目線を逸らしてしまう。
まさかこの場所でウルと出会うとは微塵も思っておらず、昨日の件といい私の精神的な負荷はもはや限界ギリギリである。
逃げたい、今すぐこの場から。
無言で菓子を詰め込みながら頭の中にそんな言葉が都度過る。
「そうだったのね。でもよかったわ、私も村に帰ってきてる時で。
久しく会ってなかった友人達とお茶ができるとは思ってなかったもの」
そう微笑みながらアメリーも一瞬こちら方に眼を向ける。
(どういう状況なんだろうこれ……)
ただ単純に仲の良い友人二人とお茶会をしているだけ、のはずなのに、なぜこんなにも心臓が張り裂けんばかりの鼓動になってしまっているのか。
とにかく今は適当な話題でも振って何事もなくこのお茶会を終わらせなければ。
「そ、そういえば、最近なにか王都で流行ってる事とか変わった事とかってないの二人とも。
私ずっと村にいるからそういうの全然わからなくて!」
「うーん流行り事に変わった事ね……。私もあまり出歩いたりしてるわけじゃないんだけど、たしか最近は何か本が流行っていたわね、話題の新人作家とかなんとか……」
「最近の話題といえばもちろん新人作家、アリッシュノーベルの書いた『12の英雄と100年の恋』よ」
アメリーが本について思い出そうとしているのを尻目に、ウルはそう高らかに言い放った。
「遥か昔、未知なる力を授かった12の英雄が100年に渡る戦いの中で体験した様々な出来事、そしてその中で繰り広げられる壮絶なラブロマンスを書いた話題の本よ」
「12の英雄って、なんか数が多いね……」
「まあ確かに。でも実際にあるとある伝説を基にしてるらしいわよ。それを色んな人が読みやすい様に脚色を色々加えた話らしいわ。まあ元の話の原型はあんまりないらしいけど」
「へー、そうなんだ。伝説とかって聞くと何か内容が気になってくる」
「実際面白かったわよ。まあ、未だに絵本ばっかり読んでそうなエーナにラブロマンスは刺激が強すぎるかもしれないけど?」
「絵本ばっかり読んでないよ!?」
「まあ確かにエーナは未だにそんな本ばっかり読んでるイメージがあるわね」
「アメリーまで!?」
二人には未だに私が幼いイメージが強い様だ。
とはいえ二人と比べれば確かに色々と幼い気がするであまり強く否定は出来ないが。
その後は場の空気が少し和んだせいか、彼女達は当たり障りのない世間話を始めていった。
近状報告や、流行りのファッション、国の情勢。
私にはあまり理解できない話ばかり。
流行事に関してはもはや知識が皆無。
当たり前の話だがこんな田舎にはそういった情報は全くと言っていいほど流れてこない。
たまに訪れる行商人達がひと昔前に流行ったらしい服や本などを売りに来ることはあるが本当にそれが流行っていたのかなんて私には知る由もないけれど。
「そういえば、エーナは特に最近なにか変わった事とかはないの?」
「え、私?」
会話の内容について行けず呆けていた私にアメリーは話を振ってきた。
「あなた以外に誰がいるのよ。それで何かあったりしないの最近?」
「変わった事、特には……ないかな。村では特に何も起きていないし。強いて言うなら最近家の玄関の鍵の調子が悪くなったくらい……?」
「エーナの家もうかなり古いものね。ガタが来ててもおかしくないわ。一度大工の方にいろいろな所を見てもらって修繕した方がいいかもしれないわね」
「やっぱりそうかな?最近玄関の鍵を開けるのにも何回か鍵を差し込み直さないといけなくて困ってるのよね。あと床もすごくぎしぎし音がするところがあって穴が開かないかちょっと心配……」
「そんなにいろいろガタが来てるなら、早いところ見てもらって直してもらいなさいな。ケガをしてからじゃ遅いんだから」
「おっしゃる通りです……」
怒られてしまった。アメリーと会話をしていると大体はこうなってしまう。
しっかり者のアメリーからすれば、抜けている私は何かと気になるのだろう。
よくよく考えてみれば母がいなくなってから、こんな風に怒ってくれるのはアメリーくらいだろうか。
「もっといい方法があるわよエーナ」
アメリーに怒られて少ししゅんとしていた私に向かってウルは声をかけてきた。
「いい方法?」
「ええ、引っ越せばいいのよ」
「引っ越すって、まあ確かに空き家はぽつぽつあるけど……」
「そうじゃないわよ。そんなボロ屋引っ越すんじゃなくて。例えばそう、私と一緒にタリアヴィルに引っ越すとか?」
その瞬間、私が言葉の意味を理解するよりも先に、ガチャンと強くテーブルにティーカップが置かれる音が鳴り響いた。
思わず音のする方向を見ると、そこにはにらみつけるようにウルを見つめるアメリーの姿があった。
「どうしたのアメリー、そんな怖い顔して?」
ウルがまるで神経を逆なでするような言い方で問いかける。
「いえ別に、ただあまり現実的なじゃない提案だったから、少しびっくりしただけよ」
アメリーはそれに対して冷静に返事を返す。
が、その言葉の端々には刺々しい明らかな怒りの感情がこもっているように感じられる。
「現実的じゃない?笑わせないでよ、そこらへんの何年も使ってないボロ屋に引っ越すよりもずっといいじゃない。エーナだってそうでしょう?」
「いや、まだ引っ越すと決まったわけじゃないし……」
鈍い私にもわかる。
彼女は遠回しに昨日の答えを要求している。
先日まではこの村から出ていくなんてことを意識することさえなかったのだから。
「ウル、エーナが困ってるでしょう。変な話を振るのはやめなさい」
「変な話って、私は至って真面目な話してるつもりなんだけど。あなたこそいちいち口を挟まないで欲しいわね、私はエーナに聞いてるのよ」
ウルとアメリーの間で一触即発の空気が張り詰める。
恐らく後一言……、どちらかが口を開けばまさに大喧嘩が始まるのでは、と思えるほどの険悪な雰囲気。
だが、二人とも時折何かを言いかけるよに口が動くが、結局そのまま言葉を投げかける事なく、
互いに視線を合わせたままピリピリとした空気のまま動こうとはしない。
昔は本当に、二人はこんなに仲が悪いわけではなかった。
アメリーはおそらく昨日の私の件でウルに対して憤りを感じている部分もあるだろうが
にしても二人のこの雰囲気はおかしい。
ウルとアメリーが喧嘩をすることは昔も確かにあった。でもそれは嫌いだからというわけではなく、意見の対立がから起こるものであって
最後にはどちらかが納得し、丸く収まるていた。
二人ともどこかお互いを認め合っているような、そんな感覚を覚えた。
だから、ここまで敵意を向きだして睨み合うような間柄では決してなかったはずだ。
とにかく、どうにかして二人を落ち着かせないと。
でもどうやって……。考えを巡らせるが焦る気持ちもあるせいか全く何も思いつかない。
とにかく、何か話して仲裁を図らないと。
「あのね、二人ともその……」
そう口に出した時だ。
再び来訪者を知らせる呼び鈴が家に鳴り響いた。
「あれ、またお客さん?」
思わず口からそんな言葉がこぼれる。
けれどその呼び鈴のせいか、二人はお互いに視線を外しばつが悪そうに反対に顔を向けていた。
状況が好転したわけでないが今にも爆発しそうな険悪な状態は回避されたのかもしれない。
「そういえばまだ休診の看板出してなかったんだっけ……。エーナ、またで申し訳ないけど変わりに出てくれないかしら。」
大きなため息をつきながらアメリーは顔を手で押さえ申し訳なさそうにそう言った。
「いや、これくらい大丈夫よ!じゃあちょっと出てくるね」
私はすぐさま席を立つとさっと扉を空けて部屋を後にする。
そして扉を閉めた途端、緊張の糸が切れた私は大きく地面にへたり込んだ。
とりあえずは来訪者のおかげで二人の言い争いが悪化する事を止められた。
もちろんこの後部屋に戻った後も衝突が起きる事だって考えられるけど、とにもかくにも一旦は止まったのだ。
脱力していた体に力を入れて立ち上がったあり、私は玄関へ向かう。
戻ったらどうにかして話題を変え、穏便にお茶会を終わらせなければ。
出来るかどうかといわれれば正直怪しいけど、さっきの状況から変えるよりは遥かにいい。
玄関の前までいくとコンコン、と軽く扉をノックする音が聞こえる。
(とりあえずまずは、お客さんに休診だって伝えなきゃ……)
私は扉の鍵を外しすぐさま大きく開く。
「ごめなさいお待たせして。申し訳ないんですけど本日は休診で……」
そう言いながら私は少し固まってしまった。
扉を開けると目の前にいたのは見知った村の人ではなかったからだ。
見慣れない出で立ちの一人の男の人がいた。
スラっとした長身に有名画家が絵にかいたように整えられた気品を感じさせる美貌。
歳は恐らく私よりも3つか4つほど上くらいだろうか。
黒と赤で飾られた見たことのない装飾や刺繍が施された黒いスーツを違和感なく着こなし、
扉から出てきた私を見ると、穏やかな笑みを浮かべて少し頭を下げた。
「申し訳ございません、医者にかかりに来たわけではないのです。ここはルイス・ロックウッド様の家で正しいでしょうか?」
ルイス・ロックウッドはアメリーの父親の名前だ。
「えっと、はい、そうですけど……」
「ルイス様に御用があってお尋ねしたのですが、ルイス様はいらっしゃいますでしょうか?」
「あのえっと、アメリーのおと……じゃなくてルイスさんなんですけど今遠出していて数日は戻ってこないと思います」
「なるほど、つまり既にタリアヴィルに行かれたという事ですね。入れ違いになってしまいましたか……」
困りましたね、といいながら口元に手を当て何やら考え込んでいる。
何か声をかけた方がいいだろうか。
そんな時だった。
「アルバートさん?」
背後からアメリーがそう男に声をかけた。
「あら、ありがとうアメリー」
アメリーはカップに紅茶を注ぐとウルの前にそれを差し出した。
いただくわ、といいウルはカップに口をつける。
一方私は家主と予期せぬ来訪者の間に張り詰めた緊迫感を前に胸の鼓動を抑えることに必死になっており一人縮こまっている状態だ。
「それにしてもめずらしいわね。あなたが私の家を訪ねてくるなんて」
「貴方が帰ってきてる事を耳にしたものだから。王都でもお互い顔を合わせる事もなかったし、友人に挨拶ぐらいはしておきたくて」
「城下町からの長旅で疲れてるでしょうに、態々悪いわね」
「それはお互い様でしょう。それに、そのくらいの疲れなんて、あなた達に会えることに比べれば大したことじゃないもの」
ふふっと二人は顔を合わせて笑い合う。
傍から見れば仲のよい友人が行う微笑ましい会話に聞こえるのだろう。
が、それはあくまでも第三者からの視点である。
先程から二人が交わしているのは社交辞令の様な言葉。
二人の間では先程からピリピリとした友達同士とは思えない空気が漂っている。
(この二人、以前よりも仲が悪くなってない……?)
以前はここまでお互いに睨み合うかのような状況になることはなかった。
ウルに関していえば我侭を言うことも多かったために、アメリーと対立することは確かにあった。
が、それでもアメリーがウルに対してこんな態度をとったことなどは一度もなかったのである。
そんな二人の間に流れる不穏な空気を前に、私はこの状況をどうにかできないかと考えをめぐらせつつ
黙々と紅茶と茶菓子を口へ運ぶさながら小動物のように縮こまって様子を伺っていた。
「そういえばウルはどうして村に戻ってきたの?」
茶菓子の準備を終えたアメリーは席につくとそう問いかけた。
「村の方に残していた荷物の整理に来たの。
本当はお父様がくる予定だったのだけれども、忙しくて手が離せないから変わりに私が来たのよ。
それと久しぶりに親友の顔も見ておきたくてね。」
一瞬ウルの瞳がこちらをとらえた。
茶菓子を頬張りながらも思わず目線を逸らしてしまう。
まさかこの場所でウルと出会うとは微塵も思っておらず、昨日の件といい私の精神的な負荷はもはや限界ギリギリである。
逃げたい、今すぐこの場から。
無言で菓子を詰め込みながら頭の中にそんな言葉が都度過る。
「そうだったのね。でもよかったわ、私も村に帰ってきてる時で。
久しく会ってなかった友人達とお茶ができるとは思ってなかったもの」
そう微笑みながらアメリーも一瞬こちら方に眼を向ける。
(どういう状況なんだろうこれ……)
ただ単純に仲の良い友人二人とお茶会をしているだけ、のはずなのに、なぜこんなにも心臓が張り裂けんばかりの鼓動になってしまっているのか。
とにかく今は適当な話題でも振って何事もなくこのお茶会を終わらせなければ。
「そ、そういえば、最近なにか王都で流行ってる事とか変わった事とかってないの二人とも。
私ずっと村にいるからそういうの全然わからなくて!」
「うーん流行り事に変わった事ね……。私もあまり出歩いたりしてるわけじゃないんだけど、たしか最近は何か本が流行っていたわね、話題の新人作家とかなんとか……」
「最近の話題といえばもちろん新人作家、アリッシュノーベルの書いた『12の英雄と100年の恋』よ」
アメリーが本について思い出そうとしているのを尻目に、ウルはそう高らかに言い放った。
「遥か昔、未知なる力を授かった12の英雄が100年に渡る戦いの中で体験した様々な出来事、そしてその中で繰り広げられる壮絶なラブロマンスを書いた話題の本よ」
「12の英雄って、なんか数が多いね……」
「まあ確かに。でも実際にあるとある伝説を基にしてるらしいわよ。それを色んな人が読みやすい様に脚色を色々加えた話らしいわ。まあ元の話の原型はあんまりないらしいけど」
「へー、そうなんだ。伝説とかって聞くと何か内容が気になってくる」
「実際面白かったわよ。まあ、未だに絵本ばっかり読んでそうなエーナにラブロマンスは刺激が強すぎるかもしれないけど?」
「絵本ばっかり読んでないよ!?」
「まあ確かにエーナは未だにそんな本ばっかり読んでるイメージがあるわね」
「アメリーまで!?」
二人には未だに私が幼いイメージが強い様だ。
とはいえ二人と比べれば確かに色々と幼い気がするであまり強く否定は出来ないが。
その後は場の空気が少し和んだせいか、彼女達は当たり障りのない世間話を始めていった。
近状報告や、流行りのファッション、国の情勢。
私にはあまり理解できない話ばかり。
流行事に関してはもはや知識が皆無。
当たり前の話だがこんな田舎にはそういった情報は全くと言っていいほど流れてこない。
たまに訪れる行商人達がひと昔前に流行ったらしい服や本などを売りに来ることはあるが本当にそれが流行っていたのかなんて私には知る由もないけれど。
「そういえば、エーナは特に最近なにか変わった事とかはないの?」
「え、私?」
会話の内容について行けず呆けていた私にアメリーは話を振ってきた。
「あなた以外に誰がいるのよ。それで何かあったりしないの最近?」
「変わった事、特には……ないかな。村では特に何も起きていないし。強いて言うなら最近家の玄関の鍵の調子が悪くなったくらい……?」
「エーナの家もうかなり古いものね。ガタが来ててもおかしくないわ。一度大工の方にいろいろな所を見てもらって修繕した方がいいかもしれないわね」
「やっぱりそうかな?最近玄関の鍵を開けるのにも何回か鍵を差し込み直さないといけなくて困ってるのよね。あと床もすごくぎしぎし音がするところがあって穴が開かないかちょっと心配……」
「そんなにいろいろガタが来てるなら、早いところ見てもらって直してもらいなさいな。ケガをしてからじゃ遅いんだから」
「おっしゃる通りです……」
怒られてしまった。アメリーと会話をしていると大体はこうなってしまう。
しっかり者のアメリーからすれば、抜けている私は何かと気になるのだろう。
よくよく考えてみれば母がいなくなってから、こんな風に怒ってくれるのはアメリーくらいだろうか。
「もっといい方法があるわよエーナ」
アメリーに怒られて少ししゅんとしていた私に向かってウルは声をかけてきた。
「いい方法?」
「ええ、引っ越せばいいのよ」
「引っ越すって、まあ確かに空き家はぽつぽつあるけど……」
「そうじゃないわよ。そんなボロ屋引っ越すんじゃなくて。例えばそう、私と一緒にタリアヴィルに引っ越すとか?」
その瞬間、私が言葉の意味を理解するよりも先に、ガチャンと強くテーブルにティーカップが置かれる音が鳴り響いた。
思わず音のする方向を見ると、そこにはにらみつけるようにウルを見つめるアメリーの姿があった。
「どうしたのアメリー、そんな怖い顔して?」
ウルがまるで神経を逆なでするような言い方で問いかける。
「いえ別に、ただあまり現実的なじゃない提案だったから、少しびっくりしただけよ」
アメリーはそれに対して冷静に返事を返す。
が、その言葉の端々には刺々しい明らかな怒りの感情がこもっているように感じられる。
「現実的じゃない?笑わせないでよ、そこらへんの何年も使ってないボロ屋に引っ越すよりもずっといいじゃない。エーナだってそうでしょう?」
「いや、まだ引っ越すと決まったわけじゃないし……」
鈍い私にもわかる。
彼女は遠回しに昨日の答えを要求している。
先日まではこの村から出ていくなんてことを意識することさえなかったのだから。
「ウル、エーナが困ってるでしょう。変な話を振るのはやめなさい」
「変な話って、私は至って真面目な話してるつもりなんだけど。あなたこそいちいち口を挟まないで欲しいわね、私はエーナに聞いてるのよ」
ウルとアメリーの間で一触即発の空気が張り詰める。
恐らく後一言……、どちらかが口を開けばまさに大喧嘩が始まるのでは、と思えるほどの険悪な雰囲気。
だが、二人とも時折何かを言いかけるよに口が動くが、結局そのまま言葉を投げかける事なく、
互いに視線を合わせたままピリピリとした空気のまま動こうとはしない。
昔は本当に、二人はこんなに仲が悪いわけではなかった。
アメリーはおそらく昨日の私の件でウルに対して憤りを感じている部分もあるだろうが
にしても二人のこの雰囲気はおかしい。
ウルとアメリーが喧嘩をすることは昔も確かにあった。でもそれは嫌いだからというわけではなく、意見の対立がから起こるものであって
最後にはどちらかが納得し、丸く収まるていた。
二人ともどこかお互いを認め合っているような、そんな感覚を覚えた。
だから、ここまで敵意を向きだして睨み合うような間柄では決してなかったはずだ。
とにかく、どうにかして二人を落ち着かせないと。
でもどうやって……。考えを巡らせるが焦る気持ちもあるせいか全く何も思いつかない。
とにかく、何か話して仲裁を図らないと。
「あのね、二人ともその……」
そう口に出した時だ。
再び来訪者を知らせる呼び鈴が家に鳴り響いた。
「あれ、またお客さん?」
思わず口からそんな言葉がこぼれる。
けれどその呼び鈴のせいか、二人はお互いに視線を外しばつが悪そうに反対に顔を向けていた。
状況が好転したわけでないが今にも爆発しそうな険悪な状態は回避されたのかもしれない。
「そういえばまだ休診の看板出してなかったんだっけ……。エーナ、またで申し訳ないけど変わりに出てくれないかしら。」
大きなため息をつきながらアメリーは顔を手で押さえ申し訳なさそうにそう言った。
「いや、これくらい大丈夫よ!じゃあちょっと出てくるね」
私はすぐさま席を立つとさっと扉を空けて部屋を後にする。
そして扉を閉めた途端、緊張の糸が切れた私は大きく地面にへたり込んだ。
とりあえずは来訪者のおかげで二人の言い争いが悪化する事を止められた。
もちろんこの後部屋に戻った後も衝突が起きる事だって考えられるけど、とにもかくにも一旦は止まったのだ。
脱力していた体に力を入れて立ち上がったあり、私は玄関へ向かう。
戻ったらどうにかして話題を変え、穏便にお茶会を終わらせなければ。
出来るかどうかといわれれば正直怪しいけど、さっきの状況から変えるよりは遥かにいい。
玄関の前までいくとコンコン、と軽く扉をノックする音が聞こえる。
(とりあえずまずは、お客さんに休診だって伝えなきゃ……)
私は扉の鍵を外しすぐさま大きく開く。
「ごめなさいお待たせして。申し訳ないんですけど本日は休診で……」
そう言いながら私は少し固まってしまった。
扉を開けると目の前にいたのは見知った村の人ではなかったからだ。
見慣れない出で立ちの一人の男の人がいた。
スラっとした長身に有名画家が絵にかいたように整えられた気品を感じさせる美貌。
歳は恐らく私よりも3つか4つほど上くらいだろうか。
黒と赤で飾られた見たことのない装飾や刺繍が施された黒いスーツを違和感なく着こなし、
扉から出てきた私を見ると、穏やかな笑みを浮かべて少し頭を下げた。
「申し訳ございません、医者にかかりに来たわけではないのです。ここはルイス・ロックウッド様の家で正しいでしょうか?」
ルイス・ロックウッドはアメリーの父親の名前だ。
「えっと、はい、そうですけど……」
「ルイス様に御用があってお尋ねしたのですが、ルイス様はいらっしゃいますでしょうか?」
「あのえっと、アメリーのおと……じゃなくてルイスさんなんですけど今遠出していて数日は戻ってこないと思います」
「なるほど、つまり既にタリアヴィルに行かれたという事ですね。入れ違いになってしまいましたか……」
困りましたね、といいながら口元に手を当て何やら考え込んでいる。
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そんな時だった。
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