PRIMITIVE HOPE-少女の夢と最初の願い-

アトルレラム

文字の大きさ
30 / 59

第三十話 あやふやな記憶を持つ者

しおりを挟む
「なるほどねぇ。エーナの目、そうなっていたのね」
「すいません、エーナさん……全部私が悪いんす……、煮るなり煮込むなり好きにしてくださいっす……」
「煮るしか選択しないんだ……」

ふーん、と納得したように食後の紅茶を啜るアピロ。
あの後、必死にキャトが目というのは才能の芽の事で、などといろいろと弁明したが隠し通すことは叶わず洗いざらいすべてを白状した。
途中どうでもいい質問もあったような気もするが……。

「あの、この事が周りにばれちゃうといろいろと問題がおきて私が危なくなっちゃうとかで、黙っていてもらってもいいでしょうか?」
「もちろんよ。周りに言いふらすようなことしないわよ。それくらい常識じゃない。
それに……、元々あなたの目はそうだろうなって思っていたもの」
「へ?」
「だってあなたの母も同じ目を持っていたのよ」

突然言われた事に、私はおそらく目を丸くしていただろう。

「あの子と同じ色で同じような輝きを秘めたその瞳、なんとなくだけどそうだろうなって思っていたのよね」
「それにしても、お母さんも同じだったなんて……」
「そうよ、そのおかげであの子と何か仕事をするときは楽な時も多かったわね。その事を知っている人からも引く手数多だったし」
「エーナさんのお母さん凄い人だったんすねぇ。そういえば聞いてなかったんですけど、エーナさんのお母さんなんて名前なんすか?それくらい仕事ができて有名な人なら聞き覚えがあったりしそうな感じがするんすけど」
「え、名前?」
「はい。ただ、ラヴァトーラっていう名前のついた魔女は聞いたことがないんすよねぇ。だから名前を聞けばわかるとおもうんすけど……あれ、エーナさん?」

母の名前、そう聞かれてその名前を思い出そうとしたとき、頭の奥で鈍い、鈍い痛みのようなものを感じた。
母の名前、知っているはずなのに、すぐ思い出すことができない。
思い出そうともう一回思考をめぐる、だけど答えが出てくることはなく、黒い靄のよがかかったような、途切れ途切れの、意味不明な文字の羅列。
知ってる、知っているはずなのに。
思い出せ、思い出せ、母の事、母との思いで、母の顔、母の声。
ダメダメダメダメダメ。
思い出せない思い出せない思い出せ思い出せオモイだせないオモイダセイ。
違う私はエーナ・ラヴァートラ、エーナ・ラヴァートラ。
一人の村娘。
魔法使いの母を持つただの村娘。
エーナ、エーナ、エーナ、えーな、えいな。
私は、エーナ、なの?

「ちょ、ちょちょ、エーナさんどうしたんすか!?凄い顔色悪いですよ?しかも痙攣までして!?」
「思い出せない、お母さんの、名前、思い出せないのキャト。それに私、エーナ、私はエーナ、なの?」
「何言っているんすかエーナさん!ちょっと本当にどうしちゃったんすか」

何故だろう、震えが止まらない。
何かがちぐはぐで、いや自分がちぐはぐで。
私という存在がわからなくなって。

そんな時、だったふと横から何かが、何かではない手だ、両腕が私をそっと抱き寄せた。顔を上げて上を見上げて映ったのは優しい笑みを浮かべた、アピロさんだった。

「落ち着きなさい。深呼吸をして、そう大きくね。まずは呼吸を整えて」

そうやさしく私に話しかけてくる。
私はその言葉通り、呼吸を整えて、徐々に平静を取り戻していく。

「よし、落ち着いたかしら?」
「ありがとうございますアピロさん、なんか急に頭痛が酷くなって、それで………」
「びっくりしたっすよ、エーナさん。急にそんな息を荒げて」

心配するような声で横からキャトがのぞき込んでくる。

「ごめんキャト、昔からたまにこうなるの……。昔の事を思い出そうとすると、なんでだろう突然こうなっちゃうときがあって……」
「知りたい?その理由」

そんな時そんな言葉が、私を抱きしめている魔女から飛び出してきた。

「理由って……アピロさん何か知っているんですか?」
「知ってるというよりも、心当たりがあるだけなんだけどね」

私を椅子に座りなおさせると彼女は改めて向かいの席へと赴く。

「話をする前に注意事項。本当はこんな開けた場所で話すような事じゃないからここで話せる事はちょっとだけ。一応聞き耳立てられない様に簡単な壁くらいは張っておこうかしら」

そういって彼女が胸に手を当てると一瞬黄色の光の輪が浮かび上がる。
同時に先ほどまで聞こえていた外から聞こてきた人の声や雑音がぴったりと止む。

「あと、エーナ。この話をきいてさっき見たいに昔の事を思い出そうとするのは禁止。また頭がいたくなっちゃうから」
「はい、わかりました……」

アピロは紅茶を一杯啜ると小さくため息をついて、口開き始めた。

「そうだ、最初に一応謝っておかないといけない事があるんだけど、実はねエーナ、私はこの前村で一度会った時よりもっと前に、あなたとは会った事があるのよ」
「え、そうなんですか?そんな覚えあったかな……」
「はいはい、そこ思い出そうとしない。ちなみに覚えてないのは当たり前、だって私があなたと会ったのはあなたが生まれてすぐなんだから」
「生まれてすぐ……、そんな昔に」
「友人……いえ多分親友の初の子供だったからなのか、見にいかないわけにもいかなかったのかしら。たしか雨の日だったと思うわ、雷も鳴ってて天気がわるかったような……」
「なんか話を聞いてるとずいぶんあやふやな話っすね……。覚えてるにしてはまるで他人からきいたような……」

キャトが横からそんな事をぼそっとつぶやいた。
その瞬間アピロさんの視線が怪しく、キャトのほうを見る。

「ひぃっ!すいませんす!悪気はなくてただそう感じただけで……」
「あなた……鋭いわね。そうこれは他人から聞いた話なのよ」
「「はい?」」

私とキャトはアピロの突然の告白に啞然としてしまう。

「そう、これは他人……というよりも書物から読み取った話なの。私が記した記録し……、というよりも日記かしらね」
「日記なら別に他人ではないじゃないですか?だってそれアピロさんが書いたですよね?それになんで日記を書いたのがアピロさん本人なら日記からそれを知るっていうのも……」
「そうよね、おかしい話よね。でもそうなのよ、私はこの事私が書いたであろう書物、それも何故か厳重に私の魔法で鍵のかけられたそれを、とある場所から回収して知ったのよ」
「あの、話の流れが読めないんですけど、アピロさんが書いた日記をアピロさんが知らないっていう時点でもう辻褄があってないですよ」
「いえ、エーナさん。一つ可能性があるっすよ」

横にいるキャトが腕を組んだまま真剣な表情でそう言った。

「可能性って、何の可能性?」
「アピロさんが書いた覚えのない、アピロさんの書いた日記が存在する。
という事はっすよ、アピロさんがその日記と書いた内容のことを忘れていたとしたら?」
「忘れるって、物忘れみたいな?だとしても見たら思い出すでしょう日記なんて」
「エーナさんは、記憶を操作する魔法がある事は知ってるっすよね?」
「うん、最近不正な魔装具とかにも使われてってアルバートさんが言ってた……まさか」
「そう、アピロさんが書いた覚えのない、アピロさんの書いた日記。
つまりは何かが原因でアピロさんのその記憶が消えてしまったって事なんよ。
しかも、態々消えてしまった記憶の書かれたその日記をアピロさんが知らない所にアピロさんの魔法で鍵までかけて保存していたとなると……」
「あらかじめ記憶が消える事をしっていた……?」

そう答えた時、ぱちぱちとアピロが軽く拍手を行う。

「流石ねアルバートと同じ門下の弟子。なかなかの洞察力ね。
そう、その日記はおそらく私が事前に記憶がなくなる事を予想して隠しておいたもの。そしてこの事は、エーナ、あなたの母親とあなたの記憶についても関係があるのよ」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました

蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈ 絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。 絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!! 聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ! ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!! +++++ ・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)

骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方

ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。 注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。

【本編完結】転生令嬢は自覚なしに無双する

ベル
ファンタジー
ふと目を開けると、私は7歳くらいの女の子の姿になっていた。 きらびやかな装飾が施された部屋に、ふかふかのベット。忠実な使用人に溺愛する両親と兄。 私は戸惑いながら鏡に映る顔に驚愕することになる。 この顔って、マルスティア伯爵令嬢の幼少期じゃない? 私さっきまで確か映画館にいたはずなんだけど、どうして見ていた映画の中の脇役になってしまっているの?! 映画化された漫画の物語の中に転生してしまった女の子が、実はとてつもない魔力を隠し持った裏ボスキャラであることを自覚しないまま、どんどん怪物を倒して無双していくお話。 設定はゆるいです

次期国王様の寵愛を受けるいじめられっこの私と没落していくいじめっこの貴族令嬢

さら
恋愛
 名門公爵家の娘・レティシアは、幼い頃から“地味で鈍くさい”と同級生たちに嘲られ、社交界では笑い者にされてきた。中でも、侯爵令嬢セリーヌによる陰湿ないじめは日常茶飯事。誰も彼女を助けず、婚約の話も破談となり、レティシアは「無能な令嬢」として居場所を失っていく。  しかし、そんな彼女に運命の転機が訪れた。  王立学園での舞踏会の夜、次期国王アレクシス殿下が突然、レティシアの手を取り――「君が、私の隣にふさわしい」と告げたのだ。  戸惑う彼女をよそに、殿下は一途な想いを示し続け、やがてレティシアは“王妃教育”を受けながら、自らの力で未来を切り開いていく。いじめられっこだった少女は、人々の声に耳を傾け、改革を導く“知恵ある王妃”へと成長していくのだった。  一方、他人を見下し続けてきたセリーヌは、過去の行いが明るみに出て家の地位を失い、婚約者にも見放されて没落していく――。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

叶えられた前世の願い

レクフル
ファンタジー
 「私が貴女を愛することはない」初めて会った日にリュシアンにそう告げられたシオン。生まれる前からの婚約者であるリュシアンは、前世で支え合うようにして共に生きた人だった。しかしシオンは悪女と名高く、しかもリュシアンが憎む相手の娘として生まれ変わってしまったのだ。想う人を守る為に強くなったリュシアン。想う人を守る為に自らが代わりとなる事を望んだシオン。前世の願いは叶ったのに、思うようにいかない二人の想いはーーー

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

処理中です...