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1 初めまして
しおりを挟むこの世界、ちょっと変なんだ。
ここはね、普通の世界の時間軸から、ほんの少しだけ歪んでしまった地球なんだ。
どうしてそうなったのかは、よく分からない。
でも原因はたぶん、世界中のみんなの強い願いだと思う。
例えば――
「休み明けに仕事や学校に行きたくないなぁ。」とか。
「いや、休み明けじゃなくても、毎日行きたくない。」とか。
「台風、今日なら直撃してもいいなぁ。」とか。
「こっち来い。」
「逸れるな。」
「絶対逸れるなぁぁぁ!」とか。
それから、
「テスト潰れろぉ。」とか。
「先生が作ったテスト、全部強盗に盗まれないかなぁ。」とか。
「ダメなら、せめてこの学校の先生全員が記憶喪失にならないかなぁ。」とか。
あと、
「電車止まれ。」
「五分遅れとか、生ぬるい。」
「三年くらい止まってろぉ!」とか。
それに加えて、
BとLを愛する人たちの、強すぎる愛の力も合わさったらしい。
……うん。
たぶんそれが一番大きい。
もしかしたら、未来から来たネコ型ロボットが、ある少年を助けるために道具を使いすぎて、時間軸がぐちゃぐちゃになった世界なのかもしれない。
泉に落ちて綺麗になった誰かが暮らしている、もしもの世界なのかもしれないしね。
まあ、詳しいことは分からない。
でも安心して。
怖い話じゃないよ。
たぶんね。
⸻
僕の名前は
畑中 麦穂(はたなか むぎほ)。
ほにゃらら歳。
春からの新しい生活は楽しみだけど、ちょっと緊張する。
どうか平和に過ごせますように。
僕はたぶん、大昔――人類がまだ類人猿に近かった頃、藪とか洞穴に隠れて生き延びていた祖先の遺伝子を、色濃く受け継いでいる。
つまり、
すぐ巣穴に帰りたくなるタイプの小心者だ。
残念ながら。
***
僕の趣味は、動画を見ること。
それからもう一つ。
大昔に書かれた『腐る病にかかった乙女の日記』を解読すること。
うん。
自分でもちょっと変わってると思う。
この日記、ドーナツ一個と同じ値段だったんだ。フリーマーケットで。
……でも店主は、
「国宝級だよ」
って言ってた。
うん。
ちょっと怪しいよね……。
僕のママンは秋穂(あきほ)さん。
男の娘のオメガなんだよ。
すごく可愛い。
お姫様みたいな人だ。
熱帯雨林の動植物を守る研究をしていて、その研究機関の理事でもある。
ついでに学校の理事もしている。
その学校はちょっと変わっていて、
生まれたばかりの赤ちゃんから、お年寄りまで通える一貫校なんだ。
理念はひとつ。
人は、人を尊重しなければならない。理解できるまで話し合わなければならない。
……という、わりと真面目なもの。
しかもこの学校、二十四時間開いている。
夜になると、仕事帰りの大人たちがカルチャー講座を受けに来たりする。
誰かが言っていた。
「ここは大人の学校だ」って。
僕はまだよく分からないけど。
たぶん、腐る病の乙女の日記にも少しだけ通じるものがあった気がする。
乙女は結婚したあと、日記にこう書いていた。
『妥協して、妥協して結婚して、見ないふりをして、耐えている私が休日出勤しているのに。アイツは《癒しの保育園》で赤ちゃんプレイかぁぁ?
「またおっぱい飲みに来てね。ミサキ」って
ミサキって誰だぁぁぁーーー』
……うん。
詳しくは分からないけど、きっと大人の世界って複雑なんだと思う。
***
僕のパパンは、騎士アーサー卿。
ママンの側近の人型ロボットだ。
販売キャラクター名は、「光の騎士」。
見た目は王子様みたいにかっこいい。
育児機能、護衛機能を搭載。教師、救急救命士、弁護士の資格まで持っている。
……ママンが課金しまくったらしい。
今では人間と見分けがつかないくらいの見た目で、ちょお~高性能なんだ。
特にオメガの人には、護衛ロボットはとても大事なんだって。
オメガはフェロモンを出すから、誘拐のターゲットになりやすい。
ちょっと怖いよね。
もちろん、ロボットとは子どもはできない。
だから僕は精子バンクの提供で生まれたって、聞いている。
ママンのお腹で育って生まれたんだって。
今の時代はね。昔の人がスマートフォンを持っていたみたいに、ロボットを持ち歩く人が多い。
見た目は色々ある。
人型だったり、ポケットサイズのタブレット型だったり。
両方持っている人もいる。
もちろん、同じモデルでも完全に同じ姿にはならない。
瞳の色。
髪型。
髪の色。
肌の色。
筋肉のつき方。
全部細かくカスタマイズされる。
だから
同じ「アーサー卿」を使っている人がいても、見た目は世界に一人だけなんだ。
搭載機能もすごい。
しかも暖かいし、
落ち着く匂いもする。
朝はちゃんと起こしてくれる。
毎朝、六時三十分。
「朝だよ、起きなさい。」
ってね。
***
僕が小さい頃は、ママンを困らせると叱られた。
「悪い子」
って。
アーサーパパンは、その時だけちょっと怖い声になる。
でも普段は優しい。
いつも僕とママンを守ってくれる。
だから僕は、アーサーパパンのことが大好きなんだ。
***
その日はママンと病院へ行く予定だった。
そしてその帰りに、
僕は――運命の番に出会うことになる。
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