31 / 31
とある 変態研究者の記憶 2
しおりを挟む大丈夫。首は噛まれていないから、私は一人でも生きていける。
私には仕事がある。……はず。
まだ学生だけどね。
大丈夫、大丈夫。
私なら大丈夫。
そう言い聞かせながら過ごしていたの。
それから一か月ほど経った頃、つわりが始まったのよ。
その時に分かったの。
むーちゃんが居るって。
「一人でも大丈夫よ。私がママンですからね。パパンは居ないけど安心してね」
お腹に向かって、そう話しかけていたわ。
必ず守るわ、ってね。
それから、一人で赤ちゃんを迎える準備を始めたの。
生まれたあと、新生児を抱えてお買い物なんて大変でしょう?
だから先に色々揃えておこうと思って。
夏の終わりに生まれるかしら?
冬の支度もしておいた方がいいわよね。
そんなふうに考えながら準備をしていたの。
……でもね。
たまに夜になると、涙が出たわ。
だって、一人の人間の人生の責任を負うのよ。
この先どうなるのか、やっぱり怖かったのよね。
私は泣き虫じゃないのに。
もしかしたら、お腹の子の影響だったのかしらね。
この頃の口癖はね。
「大丈夫」だったの。
「大丈夫、大丈夫、大丈夫」
って。
今日より明日は進化している。
だから大丈夫。
……大丈夫じゃない人ほど、大丈夫って言いがちよね~。
関係ないけど、
大丈夫《だいじょうぶ》って良い漢字よねぇ。
大きくて、丈夫。
こんなにハッピーな字を作るなんて、人類ってセンスの塊だと思うのよ。
え?違う?
……何なのよ、もぉ。
真実なんて、たくさんあるのよ。
私の世界ではね、
「大きな立派な男性」
そういう意味なの。
え?
続き?
ああ、そうそう。
つわりが落ち着いた頃ね。
大学の研究室に――
ロカヒさんが現れたの。
「畑中くん、お客さんだよ」
教授が楽しそうに言ったのよ。
「驚くなよぉ。ホロムア島のタンガ・ロア・ロカヒ族長さんが、ここまで来てくれたんだ」
彼の力強い眼差しに射抜かれて、
ドクン
ドクン
心臓だけじゃなくて、子宮まで鼓動した気がしたわ。
ああ……。
会いたくなかったなぁ。
だって、大好きだって思い知ってしまうから。
体験したことのない胸の高鳴りで、体が震えたの。
怖いくらいだったわ。
やっぱり私はオメガなのよね。
本能が、この人を求めていたの。
それに――
スーツ姿の胸元がピチピチで、とてもエロかったのよ。
あの写真、カードにして取ってあるの。
見る?フェロモンむんむんよ?かっこいいのよぉ。
……こほん。
それでね。
急いで研究室を逃げ出したの。
逃げたつもりだったのよ。
でもね。
私、50メートル走は学年ビリだったの。
言い訳だけど、その時はサンダルだったし。
白衣も着てたし。
動きづらかったのよ。
それに向こうは体力ガチ勢でしょう?
三歩目で捕まったわ。
「……えっと、お久しぶりです。ロカヒさん」
「秋穂さん、逃げないで」
彼は言ったの。
「私の魂の片割れ。話をさせてください」
教授が笑いながら言った。
「この国の文化を教えて差し上げてね。畑中くん」
「教授が教えて差し上げたら?」
「ええ?僕より君の方が年齢も近いし良いでしょう?畑中くん指名だし」
……断るなんて選択肢、下っ端には無いのよ。
仕方なく、外国人に人気の街を案内して――
そのあと、
私の一人暮らしの部屋に招いたの。
赤ちゃん用品がいっぱい置いてある、単身者用マンションよ。
「どうぞ上がってください。靴はここで脱いでね」
そう言った瞬間だった。
彼が、私の手を握って膝をついたの。
「秋穂さん、愛しています」
「探しましたよ。話を聞いてください」
あの瞬間はね。
私の人生で忘れてはいけない瞬間だって思ったの。
「……」
「私は族長の座を弟に譲りました」
「この国の永住権も得ました」
「ずっと一緒に居られます」
そして彼は、静かに言ったの。
「僕たちの子供がお腹にいますか?」
「一人にして申し訳ありませんでした」
「とても嬉しいです」
「二人で大切に育てましょう」
その瞬間――
私は大泣きしたわ。
「うわぁぁぁぁん!嬉しいでずぅぅ!」
「一人で心細かったよぉぉ!」
「ロガヒざ~ん!」
彼は優しく背中を撫でながら言ったの。
「本当は、二人で今後を話し合おうと思っていたのです」
「ですが少し目を離した隙に帰国してしまって……驚きましたし、焦りました」
私は必死に涙をこらえながら、彼に抱きついたの。
あの時初めて分かったのよ。
アルファの匂いを嗅ぐと、
心が落ち着くって。
「もう居なくならないで」
彼はそう言った。
「愛しています、秋穂さん」
「生涯を共に生きましょう」
私は答えたの。
「はい」
「喜んで」
「死が二人を分かつまで、ロカヒさん。あなたの唯一の番にしてください」
⸻
「――って、こんな感じかしら。私たちの出会い」
ママンはスパークリングワインをぐびっと飲んだ。
「素敵ねぇ」
百合子お義母さんが楽しそうに頷く。
「でも、ずいぶん片思いの期間が長かったのね」
「そうなのよぉ」
ママンは笑った。
「出会ってからも、一緒にいられない時間が長かったしね~」
「出会った瞬間に発情……」
「そうね。話し合う感じじゃなくてね」
ママンはさらっと言った。
「体と体で話し合ったって感じかしら」
「体と体……?」
「お義母さん、飲み過ぎですよ」
陽ちゃんが静かに言った。
「今日はこれくらいにしましょう」
「麦穂、帰ろう」
「あらあら、こんな時間ね」
「またご飯を食べに来てね」
「ええ、ありがとうございます。……刺激的なお話を、毎度」
「え???」
ママンが目を丸くする。
「大分オブラートに包んだわよ?」
百合子お義母さんが、くすっと笑って頷いた。
「ねぇママン」
僕は聞いた。
「アーサー卿って、ロカヒお父さんに全然似てないよね?」
「なんで護衛ロボットがアーサー卿なの?」
ママンはケロッと言った。
「ロカヒさんと全然違うからよぉ」
「浮気っぽくないでしょ?」
「私の好みは屈強な漢なのよ」
「それに、似せたら隠している意味がなくなるしね」
「そっか」
僕は頷いた。
「似てないのが愛なんだね」
「そうなのよ。愛なのよ」
ママンは嬉しそうに笑った。
「麦穂、愛について語り合いましょうか?」
「いいえ」
陽ちゃんが即答した。
「お義母さん酔ってます」
「今、お義父さんを呼びました」
「麦穂、帰ろう」
「うん」
「お義母さん、ママン、ごちそうさまでした」
「またね」
「ええ、またね。気をつけて帰ってね」
リードの要らない平和な世界で、
僕は陽ちゃんと手を繋いで
楽しい我が家へ帰る。
「ねぇ陽ちゃん」
「僕たちは体と体で語り合わなくてもいいの?」
陽ちゃんは微笑んだ。
「もちろん必要だよ」
「家に帰ったら、しっかり話し合おうか」
「うん。賛成」
どうやら僕たちも――
家に帰って、体と体で語り合うみたい。
くふふ。
今回のランチも楽しかったなぁ。
「陽ちゃん」
僕は言った。
「こんなに素敵な世界をありがとう。」
31
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(1件)
あなたにおすすめの小説
僕、天使に転生したようです!
神代天音
BL
トラックに轢かれそうだった猫……ではなく鳥を助けたら、転生をしていたアンジュ。新しい家族は最低で、世話は最低限。そんなある日、自分が売られることを知って……。
天使のような羽を持って生まれてしまったアンジュが、周りのみんなに愛されるお話です。
ざこてん〜初期雑魚モンスターに転生した俺は、勇者にテイムしてもらう〜
キノア9g
BL
「俺の血を啜るとは……それほど俺を愛しているのか?」
(いえ、ただの生存戦略です!!)
【元社畜の雑魚モンスター(うさぎ)】×【勘違い独占欲勇者】
生き残るために媚びを売ったら、最強の勇者に溺愛されました。
ブラック企業で過労死した俺が転生したのは、RPGの最弱モンスター『ダーク・ラビット(黒うさぎ)』だった。
のんびり草を食んでいたある日、目の前に現れたのはゲーム最強の勇者・アレクセイ。
「経験値」として狩られる!と焦った俺は、生き残るために咄嗟の機転で彼と『従魔契約』を結ぶことに成功する。
「殺さないでくれ!」という一心で、傷口を舐めて契約しただけなのに……。
「魔物の分際で、俺にこれほど情熱的な求愛をするとは」
なぜか勇者様、俺のことを「自分に惚れ込んでいる健気な相棒」だと盛大に勘違い!?
勘違いされたまま、勇者の膝の上で可愛がられる日々。
捨てられないために必死で「有能なペット」を演じていたら、勇者の魔力を受けすぎて、なんと人間の姿に進化してしまい――!?
「もう使い魔の枠には収まらない。俺のすべてはお前のものだ」
ま、待ってください勇者様、愛が重すぎます!
元社畜の生存本能が生んだ、すれ違いと溺愛の異世界BLファンタジー!
無自覚オメガとオメガ嫌いの上司
蒼井梨音
BL
ベータとして生きてきた無自覚オメガの小国直樹は、オメガ嫌いの白鷹課長のいる部署に異動になった。
ビクビクしながら、なるべく関わらないように仕事をしてたのに、
ペアを組んでいた先輩が倒れてしまい、課長がサポートすることに。
そして、なぜか課長にキスされてしまい…??
無自覚オメガ→小国直樹(24)
オメガ嫌いの上司→白鷹迅(28)アルファ
第一部・完
お読みいただき、ありがとうございました。
第二部
白鷹課長と一緒に住むことになった直樹。
プロジェクトのこととか、新しくできた友だちの啓さんのこととか。
相変わらず、直樹は無自覚に迅さんに甘えています。
第三部
入籍した直樹は、今度は結婚式がしたくなりました。
第四部
入籍したものの、まだ番になってない直樹と迅さん。
直樹が取引先のアルファに目をつけられて……
※続きもいずれ更新します。お待ちください。
直樹のイラスト、描いてもらいました。
借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる
水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。
「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」
過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。
ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。
孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。
オメガはオメガらしく生きろなんて耐えられない
子犬一 はぁて
BL
「オメガはオメガらしく生きろ」
家を追われオメガ寮で育ったΩは、見合いの席で名家の年上αに身請けされる。
無骨だが優しく、Ωとしてではなく一人の人間として扱ってくれる彼に初めて恋をした。
しかし幸せな日々は突然終わり、二人は別れることになる。
5年後、雪の夜。彼と再会する。
「もう離さない」
再び抱きしめられたら、僕はもうこの人の傍にいることが自分の幸せなんだと気づいた。
彼は温かい手のひらを持つ人だった。
身分差×年上アルファ×溺愛再会BL短編。
「オレの番は、いちばん近くて、いちばん遠いアルファだった」
星井 悠里
BL
大好きだった幼なじみのアルファは、皆の憧れだった。
ベータのオレは、王都に誘ってくれたその手を取れなかった。
番にはなれない未来が、ただ怖かった。隣に立ち続ける自信がなかった。
あれから二年。幼馴染の婚約の噂を聞いて胸が痛むことはあるけれど、
平凡だけどちゃんと働いて、それなりに楽しく生きていた。
そんなオレの体に、ふとした異変が起きはじめた。
――何でいまさら。オメガだった、なんて。
オメガだったら、これからますます頑張ろうとしていた仕事も出来なくなる。
2年前のあの時だったら。あの手を取れたかもしれないのに。
どうして、いまさら。
すれ違った運命に、急展開で振り回される、Ωのお話。
ハピエン確定です。(全10話)
2025年 07月12日 ~2025年 07月21日 なろうさんで完結してます。
番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か
雪兎
BL
第二性が存在する世界。
Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。
しかし入学初日、彼の前に現れたのは――
幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。
成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。
だが湊だけが知っている。
彼が異常なほど執着深いことを。
「大丈夫、全部管理してあげる」
「君が困らないようにしてるだけだよ」
座席、時間割、交友関係、体調管理。
いつの間にか整えられていく環境。
逃げ場のない距離。
番を拒みたいΩと、手放す気のないα。
これは保護か、それとも束縛か。
閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。
オメガだと隠して魔王討伐隊に入ったら、最強アルファ達に溺愛されています
水凪しおん
BL
前世は、どこにでもいる普通の大学生だった。車に轢かれ、次に目覚めた時、俺はミルクティー色の髪を持つ少年『サナ』として、剣と魔法の異世界にいた。
そこで知らされたのは、衝撃の事実。この世界には男女の他に『アルファ』『ベータ』『オメガ』という第二の性が存在し、俺はその中で最も希少で、男性でありながら子を宿すことができる『オメガ』だという。
アルファに守られ、番になるのが幸せ? そんな決められた道は歩きたくない。俺は、俺自身の力で生きていく。そう決意し、平凡な『ベータ』と身分を偽った俺の前に現れたのは、太陽のように眩しい聖騎士カイル。彼は俺のささやかな機転を「稀代の戦術眼」と絶賛し、半ば強引に魔王討伐隊へと引き入れた。
しかし、そこは最強のアルファたちの巣窟だった!
リーダーのカイルに加え、皮肉屋の天才魔法使いリアム、寡黙な獣人暗殺者ジン。三人の強烈なアルファフェロモンに日々当てられ、俺の身体は甘く疼き始める。
隠し通したい秘密と、抗いがたい本能。偽りのベータとして、俺はこの英雄たちの中で生き残れるのか?
これは運命に抗う一人のオメガが、本当の居場所と愛を見つけるまでの物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
すゆゆさん、『メンタル〜』と、『規格外〜』の、2作品を読んでくれてありがとうございます。とても嬉しいです。楽しんで貰えたら嬉しいです❤︎ありがとうございます✨