いつか死ぬのだから

ひゅん

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五月・死と向きあう

女と私

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 穏やかに晴れた三月の散歩道。私と陽子は、最近、よく散歩をする。いろいろごちゃごちゃしている喧騒の街に行くより、こういった街外れにある河川敷や海や木々のあるところを私たちは好んで歩いた。二人で意識して自然な方向に向かっていく。こっちへ行こうとかあっちに行こうとかは互いに言わずに歩いていくことが多い。
  河北には私鉄の路線が通っていて、十分置きに電車が通過する。地面を揺らすガタンゴトンという音が、これもまた、私には自然の風景の一部だった。人が造ったものも自然と溶け合っていて、人工物のない自然のままの風景よりも私は人が手を加えてできあがった風景の方を好んだ。しかし、一つだけ、こういった日常の光景を見てうんざりすることがあった。それは、どこに行こうとも、私は、一人になることができないという現実だった。
 私が本当に一人になることができる場所はこの世界にはない。逃げることができないのだ。綺麗に舗装された道路は、私を社会という牢獄に閉じ込めているようで、アスファルトやビルなどのコンクリート群はそのことを象徴していた。
 私はしばらく黙って風が吹いてる方へ顔を向けていると風向きが変わって陽子の髪の匂いを運んできた。
 いい匂いだった。女性のいい匂いは、髪から薫ってくるのだと聞いたことがある。男だって、同じように、毎日、髪を洗っているのに若い女の匂いばかり良いのは何故だろう。それから女の肌艶はきめが細かい。こういった女の清潔な特徴は、どうやら新陳代謝が良いからだと誰かが言っていた。子を産む身体に生まれついた女の身体は、男の代謝よりも激しく、代謝の速度が良いから肌に艶があるのだとか。それに呼応して、男が体験している時間と女の体験している時間は違うとも聞いたことがある。当然、脳の使い方も発達の度合いも違ってくる。私の感じていることや考えていることと陽子が感じていることは同じではないのだろうか? そのようなことを考えながら、私は上を見上げる。
 見つめているととても刹那くなるような、薄いブルーの空に浮かぶ陽の光に照らされて私は何かとても満たされたような気持ちになった。
「今が至上の時」私はどこか訊いたことのあるセリフを呟いた。
「ん? 何」
「何でもねーよ」
 笑って応えた私を見て陽子は「変なやつ」と言って私の尻を蹴った。
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