いつか死ぬのだから

ひゅん

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四月の回想・山口との出会い・ハイデガー

大学生活の始まり

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 私は山口のことを親友だとは思っていない。たぶん、それは向こうでも同じだろう。ただ、嫌いあっているわけではない。顔を合わせれば挨拶くらいするし、クラスではそこそこ話しもする。山口と私は、そのような間柄といったところである。
 大学に入学した時に初めて言葉を交わしたのが山口だった。
 あれは正木准教授のクラスの顔合わせの日であった四月一日のこと。生暖かい春の空気の中、いくぶん強めに吹く南風を真正面に受けて、それに逆らって歩いた。瞬間的に吹いた強風のために私は立ち止まって目を瞑った。小さな塵が目に入ったからだ。
 風が吹き止むのを待っているのは、私ばかりではなかった。前を歩く四人組の女の子たちも前屈みになっていた。風に抵抗しながら私は赤いパーカーのサイドポケットに手を突っ込んで一歩一歩キャンパスの方角へ歩を進めていった。
 講義の時間割と部屋番号が貼り付けてある掲示板を数十人が取り囲んでいた。
 B棟はモダンなゴシック様式の建物だった。上から見降ろして、この建物が立体的にはどうなっているのか、歪な形をしているように思えて全体像が想像できない。
  B棟は南東に位置していて、午前中は建物の陰になっていて掲示板のある場所には陽がまったく当たらない。
 私はこの場所で、立っていることが寒さのために耐えられなくなってきて、軽く体を揺すった。
 日影で春風に吹かれていると、とても寒く底冷えがした。日溜りに移動してみたが、まだ寒い。そこで私は建物の中に入ることにした。
 
  B棟のラウンジに移動すると、アヴァンギャルドな色形の机やら椅子やらが並べられていた。カラフルなラウンジは洒落っ気がある。蛍光色の肌色のピンクやら赤やら橙やらの、ルービックキューブみたいなソファアに私は腰掛けてみた。
 新入生らしき学生たちが、それぞれ講義が始まるまでの時間を過ごしていた。まだ大学の講義の初日とあって、一人でいる学生も多かった。
 私は一人でいる学生の一人に声を掛けようと辺りを見回した。いろいろな人がいたが、私は話しやすそうな人を観察していた。あんまりおどおどした人を避け、服装が派手すぎず、かといってダサ過ぎない人がいないか観察していた。
  一人で大人しく本を読んでいる男が目に付いたので、私は話しかけることにした。
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