消えるはずだった予知の巫女は、今日もこの世界で生きている ――異端と呼ばれる騎士さんが、私には綺麗すぎる

豆腐と蜜柑と炬燵

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第2章

穂月祭の噂 ―― 城に近づくということ

昼の仕込みが一段落したころ、私は裏口近くで洗い終えた布巾を絞っていた。
水を含んだ布が、指の間で重たくなる。

「ミユ、お昼いかない?」

後ろから声をかけられて、私は振り返った。

「アイシャさん、もうそんな時間?」

「うん。今日は少し早めに上がっていいって」

そう言って、アイシャさんはにこっと笑う。
この宿で、私が一番よく話す人だ。

食堂の隅に置かれた簡素なテーブルに腰を下ろすと、運ばれてきたまかないのスープから、湯気が立ち上った。

「ねえ、ミユ。もうすぐ穂月祭だって知ってる?」

不意に出てきた言葉に、私はスプーンを持つ手を止めた。

「……穂月祭?」

聞き返すと、アイシャさんは少し驚いた顔をしてから、すぐに納得したようにうなずいた。

「そっか。ミユ、こっちの出身じゃないんだもんね」

「はい、まだよく知らなくて」

「穂月祭はね、城で開かれるお祭りなの。
年に一度だけ、城の庭が一般にも開放されるのよ」

――城。

その単語を聞いただけで、胸の奥が小さく鳴った。

「今年は特に盛大になるって噂よ。
ほら、去年は色々あったでしょう?」

去年。

結界が一時的に弱まり、魔物が城下町に入り込んだ。
城の中にまで侵入した例もあったと聞いている。

それでも、大きな被害は出なかった。
それが、余計に異様だった。

「被害が少なかったから、忘れがちだけどね」

と、アイシャさんは続ける。

「皆、運が良かったって言ってるわ」

運、か。

私は黙って、スープに視線を落とした。

魔物が現れる地点を、事前に把握することができた。
それが、女神に与えられた力だった。

――魔物も、この世界にとっては異端。

だから、同じく異端である存在には、その気配がわかりやすい。
女神は、そう言った。

そしてもう一つ。

私はこの世界と、相性が良かったらしい。

女神が必要とした瞬間、異世界には、ちょうど命を終えた人間が何人もいた。
その中で、異端であり、この世界に無理なく定着できて、力を与えやすかったのが――私だった。

それだけの理由だった。

その先は、レイスさんたち騎士が、この国を守るために戦った結果だ。

「ミユ?」

顔を上げると、アイシャさんがこちらを見ていた。

「あ、すみません。少し考え事を」

「大丈夫? 無理なら無理しなくていいのよ」

そう言いながらも、アイシャさんはすぐに、少し楽しそうな顔になる。

「でもさ、せっかくだし。
穂月祭なんて、滅多に城に行けないんだから」

「……そうですね」

「それにね」

アイシャさんは、当然のように言った。

「おしゃれしていくのよ」

「おしゃれ、ですか?」

「そう。お祭りなんだから。
普段着のままなんて、もったいないわ」

私はスプーンを置いて、少し考える。

「でも……そもそも、洋服をあまり持っていなくて」

「大丈夫、大丈夫。
借りられるお店もあるし、そんな高いものじゃないもの」

城の灯りのこと。
音楽のこと。
人の多さのこと。

アイシャさんは楽しそうに話し続ける。

私は相槌を打ちながら、そのどれにも、どこか現実感を持てずにいた。

城に行くということは、過去に、ほんの少し近づくということだ。

見かけるだけでいい。
遠くから、姿を見るだけで。

そんな考えが浮かんでは、すぐに打ち消す。

近づくということは、気づかれる可能性が、ゼロではなくなるということだから。

食事を終え、仕事に戻るため立ち上がる。

いつもと変わらない昼下がり。

それでも、穂月祭という言葉が、私の日常に小さな波紋を残していた。

城に近づくということ。
それが何を意味するのか。

まだ、その答えは出ていなかった。
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