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第3章
再会―― 見つからないはずの人
二年三ヶ月ぶりだろうか。
私は、いつも遠くから眺めていた城の近くまで来て、門の前で立ち止まった。
石造りの門を見上げると、胸の奥がじわりと重くなる。
考え深げに立ち尽くしていると、後ろから声がかかった。
「ミユ? 入らないの?」
振り返ると、アイシャさんが不思議そうにこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。ちょっと……」
「でも、一緒に来てよかったんですか?
フレッドさんに誘われてたんですよね?」
「いいのよ。フレッドとは、城の中で会う約束をしてるから」
フレッドさんは、宿の料理番の一人で、アイシャさんの恋人だ。
「そう? じゃあ二人で楽しんできてくださいね。
城なんて滅多に来られないし、料理も振る舞われるのでしょう?
一人でも、全然楽しめそうですし」
私がそう言うと、アイシャさんは「ありがとう」と笑った。
アイシャさんの目は緑色で、その色に合わせたドレスがよく似合っている。
フレッドさんも、きっと惚れ直すだろう。
一方の私は、茶色のシンプルなドレスだ。
以前、別の姿で着ていた服と比べれば、質も着心地も、比べものにならない。
どれだけ良いものを着せてもらっていたのか、今になって身にしみてわかる。
もっとも、今の私にあんなものは豚に真珠だ。
このドレスだって、正直あまり似合っていない。
まあ、見せる相手がいるわけでもないのだから、それでいい。
庭に足を踏み入れると、懐かしさが一気に込み上げた。
今にも、あの人が向こうから現れそうな気がする。
巫女時代、私付きのメイドをしてくれていたリリアさんは、元気にしているだろうか。
つい最近、ロイド様と結婚したと聞いた。
ロイド様は、神格騎士と呼ばれる存在だ。
この国で最も魔力が高く、
そして、この世界の美の基準にぴたりと当てはまる――
いわゆる「誰もが憧れる」容姿を持つ人。
噂になるのも、無理はない。
レイスさんは、その次に魔力が高いと言われている。
力は確かで、実績も十分だ。
けれど、顔立ちのせいで、
ロイド様のように持ち上げられることはない。
よく考えれば、
本当にすごい人たちに囲まれて過ごしていたのだと思う。
リリアさんの姿も、見かけられたら嬉しい。
「ふぅ……」
ため息をついて、私は城内のベンチに腰を下ろした。
やはり、甘かった。
これだけ広い城で、しかも人の多い祭りの中から、
レイスさんを見かけるなんて、奇跡に近い。
警備も、普段よりずっと厳重なはずだ。
不審者が入り込みやすい状況なのだから、当然だろう。
そうなると、レイスさんも、
城のどこかで警備に当たっているはずだ。
それでも、女王様の姿を遠くからでも見られたのは、少し嬉しかった。
相変わらず年齢を感じさせない美しさで、
本当に懐かしくて、泣きたくなった。
もう帰ろうか。
あと一時間もすれば、お開きだ。
また来年、来られたら……。
私はそう自分に言い聞かせて、門へと歩き出した。
そのときだった。
橋の小さな段差に足を取られ、
転ぶ、と思った瞬間――
腕をぐっと引かれた。
「……っ」
驚きで息を呑む間もなく、耳に届いた声に、心臓が止まりそうになる。
「怪我はないですか?」
恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは――
この一年、会いたくて仕方がなかった人だった。
一瞬、声が出なかった。
相変わらず、綺麗で、かっこいい。
どうして男性なのに、私よりずっと髪が艶やかで、
こんなにも整っているのだろう。
心臓が早鐘を打ち、
顔が熱くなるのを止められない。
その様子を見て、彼の目つきが一気に鋭くなった。
「……口がきけないのですか?」
冷たい声に、私ははっと現実に引き戻される。
「あ、あの……すみません。
転びそうになって、びっくりしてしまって……」
声が、わずかに震えた。
彼はまだ、不審そうにこちらを見ている。
そのとき、背後から声がした。
「レイスさん、ミユが何かしましたか?」
振り返ると、宿の主人であるトマスさんと、
奥さんのミルナさんが立っていた。
「ミユは、うちの従業員でして。
少し人見知りなだけで、悪い子ではありません」
その言葉で、ようやく不審者を見るような視線から解放される。
「……それは失礼しました」
レイスさんはそう言って、私にも軽く頭を下げた。
少し驚いた。
トマスさんとレイスさんが知り合いだったなんて。
三人の会話を聞きながら、
自分がずっと抱いていた「ばれるかもしれない」という恐れが、
馬鹿らしくなってくる。
彼女は、もう死んだ。
私は、もう彼女ではない。
そのうえ、不審者に間違えられるなんて。
誰もいなかったら、泣いていたかもしれない。
「最近、西の国境で魔物が増えていると、
旅の商人から聞きましてね」
「その話なら、こちらにも届いています。
穂月祭が終わり次第、
私の隊が調査に向かう予定です」
「それなら安心ですね。
魔物が増えると、商売にも差し支えますから」
トマスさんは、ほっとした表情で言った。
「では、私はこれで」
レイスさんはそう言って、私たちに軽く会釈し、城の外へ向かった。
おそらく、外の見回りだろう。
私も会釈を返しながら、その後ろ姿を見送る。
やはり、かっこいい。
立ち居振る舞いの一つ一つが、
見ているだけで息を呑むほど美しい。
もう、何年も見かけることがないかもしれない。
そう思うと、視線を逸らせなかった。
「あら、ミユは、ああいう人が気になるの?」
ミルナさんが、少し意外そうに言ってから、にこりと笑う。
「まあ、好みは色々よね」
「い、いえ……そういうわけでは……」
図星を突かれたせいで、
顔が熱くなるのを隠せなかった。
それを見て、トマスさんが穏やかに言う。
「レイスさんは、見た目でどうこう言われる人じゃない。
腕も立つし、地位もある。
何より、信用できる男だ」
私は、曖昧に笑うことしかできなかった。
私が本当に望むべきなのは、
彼が心から愛せる人を見つけて、幸せになることだ。
それなのに――
胸の奥に残った痛みは、簡単には消えてくれなかった。
私は、いつも遠くから眺めていた城の近くまで来て、門の前で立ち止まった。
石造りの門を見上げると、胸の奥がじわりと重くなる。
考え深げに立ち尽くしていると、後ろから声がかかった。
「ミユ? 入らないの?」
振り返ると、アイシャさんが不思議そうにこちらを見ている。
「あ、ごめんなさい。ちょっと……」
「でも、一緒に来てよかったんですか?
フレッドさんに誘われてたんですよね?」
「いいのよ。フレッドとは、城の中で会う約束をしてるから」
フレッドさんは、宿の料理番の一人で、アイシャさんの恋人だ。
「そう? じゃあ二人で楽しんできてくださいね。
城なんて滅多に来られないし、料理も振る舞われるのでしょう?
一人でも、全然楽しめそうですし」
私がそう言うと、アイシャさんは「ありがとう」と笑った。
アイシャさんの目は緑色で、その色に合わせたドレスがよく似合っている。
フレッドさんも、きっと惚れ直すだろう。
一方の私は、茶色のシンプルなドレスだ。
以前、別の姿で着ていた服と比べれば、質も着心地も、比べものにならない。
どれだけ良いものを着せてもらっていたのか、今になって身にしみてわかる。
もっとも、今の私にあんなものは豚に真珠だ。
このドレスだって、正直あまり似合っていない。
まあ、見せる相手がいるわけでもないのだから、それでいい。
庭に足を踏み入れると、懐かしさが一気に込み上げた。
今にも、あの人が向こうから現れそうな気がする。
巫女時代、私付きのメイドをしてくれていたリリアさんは、元気にしているだろうか。
つい最近、ロイド様と結婚したと聞いた。
ロイド様は、神格騎士と呼ばれる存在だ。
この国で最も魔力が高く、
そして、この世界の美の基準にぴたりと当てはまる――
いわゆる「誰もが憧れる」容姿を持つ人。
噂になるのも、無理はない。
レイスさんは、その次に魔力が高いと言われている。
力は確かで、実績も十分だ。
けれど、顔立ちのせいで、
ロイド様のように持ち上げられることはない。
よく考えれば、
本当にすごい人たちに囲まれて過ごしていたのだと思う。
リリアさんの姿も、見かけられたら嬉しい。
「ふぅ……」
ため息をついて、私は城内のベンチに腰を下ろした。
やはり、甘かった。
これだけ広い城で、しかも人の多い祭りの中から、
レイスさんを見かけるなんて、奇跡に近い。
警備も、普段よりずっと厳重なはずだ。
不審者が入り込みやすい状況なのだから、当然だろう。
そうなると、レイスさんも、
城のどこかで警備に当たっているはずだ。
それでも、女王様の姿を遠くからでも見られたのは、少し嬉しかった。
相変わらず年齢を感じさせない美しさで、
本当に懐かしくて、泣きたくなった。
もう帰ろうか。
あと一時間もすれば、お開きだ。
また来年、来られたら……。
私はそう自分に言い聞かせて、門へと歩き出した。
そのときだった。
橋の小さな段差に足を取られ、
転ぶ、と思った瞬間――
腕をぐっと引かれた。
「……っ」
驚きで息を呑む間もなく、耳に届いた声に、心臓が止まりそうになる。
「怪我はないですか?」
恐る恐る顔を上げると、そこに立っていたのは――
この一年、会いたくて仕方がなかった人だった。
一瞬、声が出なかった。
相変わらず、綺麗で、かっこいい。
どうして男性なのに、私よりずっと髪が艶やかで、
こんなにも整っているのだろう。
心臓が早鐘を打ち、
顔が熱くなるのを止められない。
その様子を見て、彼の目つきが一気に鋭くなった。
「……口がきけないのですか?」
冷たい声に、私ははっと現実に引き戻される。
「あ、あの……すみません。
転びそうになって、びっくりしてしまって……」
声が、わずかに震えた。
彼はまだ、不審そうにこちらを見ている。
そのとき、背後から声がした。
「レイスさん、ミユが何かしましたか?」
振り返ると、宿の主人であるトマスさんと、
奥さんのミルナさんが立っていた。
「ミユは、うちの従業員でして。
少し人見知りなだけで、悪い子ではありません」
その言葉で、ようやく不審者を見るような視線から解放される。
「……それは失礼しました」
レイスさんはそう言って、私にも軽く頭を下げた。
少し驚いた。
トマスさんとレイスさんが知り合いだったなんて。
三人の会話を聞きながら、
自分がずっと抱いていた「ばれるかもしれない」という恐れが、
馬鹿らしくなってくる。
彼女は、もう死んだ。
私は、もう彼女ではない。
そのうえ、不審者に間違えられるなんて。
誰もいなかったら、泣いていたかもしれない。
「最近、西の国境で魔物が増えていると、
旅の商人から聞きましてね」
「その話なら、こちらにも届いています。
穂月祭が終わり次第、
私の隊が調査に向かう予定です」
「それなら安心ですね。
魔物が増えると、商売にも差し支えますから」
トマスさんは、ほっとした表情で言った。
「では、私はこれで」
レイスさんはそう言って、私たちに軽く会釈し、城の外へ向かった。
おそらく、外の見回りだろう。
私も会釈を返しながら、その後ろ姿を見送る。
やはり、かっこいい。
立ち居振る舞いの一つ一つが、
見ているだけで息を呑むほど美しい。
もう、何年も見かけることがないかもしれない。
そう思うと、視線を逸らせなかった。
「あら、ミユは、ああいう人が気になるの?」
ミルナさんが、少し意外そうに言ってから、にこりと笑う。
「まあ、好みは色々よね」
「い、いえ……そういうわけでは……」
図星を突かれたせいで、
顔が熱くなるのを隠せなかった。
それを見て、トマスさんが穏やかに言う。
「レイスさんは、見た目でどうこう言われる人じゃない。
腕も立つし、地位もある。
何より、信用できる男だ」
私は、曖昧に笑うことしかできなかった。
私が本当に望むべきなのは、
彼が心から愛せる人を見つけて、幸せになることだ。
それなのに――
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