代役の花嫁

もちうさ

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式場の青年

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「……代理の結婚式、ですか?」

 静かな打ち合わせルームに、その言葉がぽつりと落ちた。
理沙はまっすぐ前を見つめたまま、小さくうなずいた。

「はい。妹の……結婚式だった当時の日程のまま。私が、妹を演じて。
形式だけでも、あの子の夢を叶えてあげたいんです」

 向かいの席にいた女性スタッフが目を潤ませ、そっと口元を押さえた。
だが、その隣に座っていた青年は、しばらく黙って理沙を見つめていた。
視線は真剣で、どこか遠慮がちだった。
「その場合……新郎役は、どうされるおつもりですか?」
その問いに、理沙は少しだけ間を置いてから、答えた。
「……お願いしたいんです。そちらのスタッフの方に」

 沈黙。
空気が、少し重くなった。だが青年はやがて、静かに口を開いた。

「……僕で、よければ」

 理沙は顔を上げた。
はじめて、きちんと彼の目を見た。
落ち着いた茶色の瞳。まっすぐで、どこかあたたかい。
若すぎず、年上すぎず、控えめなスーツ姿が式場スタッフらしかった。

「私……図々しいお願いなのは、わかっています。
でも、美緒は……ここで式を挙げるのを、本当に楽しみにしていたから」

彼は静かにうなずいた。

「……妹さんの気持ち、きっと、ここにも残ってると思います」
「……ありがとうございます」

「小野陽介と申します。担当のプランナーですが、もともと演劇部出身でして。
役としての花婿、全力で務めさせていただきます」

少し照れくさそうな笑顔だった。けれど、その表情に救われた気がした。
理沙は、胸の奥がふっと軽くなるのを感じた。

 不思議だった。
ほんの数分前まで、妹の代わりに立つことに迷いがあったのに。
今、この人の前では、少しだけ自分のままでいてもいいような気がした。

──理沙はまだ知らない。
この日から始まる日々が、ただの「代役」では終わらないことを。
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