1 / 37
残り100日~91日
残り100日
しおりを挟む嫌な、夢を見ていた。
*
僕は漫然と、町中華のテレビを見ていた。昼のニュースは、アメリカの金融政策が変わりそうだとか、上野の動物園でパンダが生まれただとか、そんなどうでもいい話題を流していた。
僕はズズッとタンメンを啜った。塩気と胡椒と化学調味料が効いたスープは少しくどいけど、野菜の旨味が凝縮されたスープは少し太目の麺によく絡んでいた。熱いスープも、年末のこの時期には有難い。
評判通り、悪くない店だな。
その時、画面が切り替わった。ベテランの女性アナウンサーの声が、一気に緊張感のある物に変わった。
「速報です。東京都目黒区のマンション3棟が、倒壊したとの情報が入ってきました。現場から中継です」
倒壊?どういうことだ?
ほぼタンメンを食べ終わり、立ち上がろうとした僕は、テレビに視線を向けた。
記者が震えながらレポートを始めている。混乱からか、記者は噛み気味に原稿を読み上げていた。
「ご、午前11時頃っ、と、東京都目黒区自由ケ丘のマンション3棟が、突如、と、倒壊しましたっ。きゅ、救護活動が始まっていますがっ、百人以上がい、生き埋めになったもようですっ」
記者の背後には多数の救急車と消防車、そしてパトカーがあった。まだマンションが倒れて間もないからか、土煙で画面がくすんでいる。
何かすごいことになっているな、とぼんやり思っていた僕の意識は、数秒後に叩き起こされた。
……見覚えがあるぞ、ここ。
あのコンビニと、遠くに見える鉄塔。……まさか。いや、そんなはずは。
記者は続ける。
「と、倒壊したのはエバーグリーン自由ケ丘の1号棟から3号棟っ、倒壊の原因は、不明で、警察が詳しい状況をっ……」
ガタッ
僕は思わず立ち上がった。唇が一気に乾いていくのが分かった。
……間違いない、由梨花のいるマンションだ。
由梨花が家にいないことを、強く願った。大学に行っているか、家族や友達とたまたま外出していると思いたかった。
震える手で、スマホを操作する。焦りと恐怖で指がずれ、何回か変な所をタップしてしまった。
由梨花に電話を掛ける。頼む、出てくれ。
「お掛けになった電話番号は、電源が入っていないか、電波の届かない場所に……」
その願いは、無機質な電子音声と共に、瞬時に打ち砕かれた。
*
そして、いつもそこで目が覚めるのだ。
*
「クソッ」
熱帯夜でもないのに、汗が酷い。僕は手で額のそれを拭い、強く頭を振った。
悪夢は段々と鮮明になっている。最初に見たのは、春頃か。凄まじく嫌な夢を見たという記憶だけがあった。
次に見た時には、内容をうっすら覚えていた。その次は夢に色が付き、声が付き……そして今日は、味まで感じていた。
霊感などというものは、僕にはない。勿論、予知能力などというものもない。この20年、普通の、どこにでもいる人間として生きてきた。
多分このまま院に進み、研究者として大成することなくどこかのメーカーに就職し、そこそこの収入とそれなりに平凡で暖かな家庭を作って死ぬのだと思っていた。
家庭を作るのが、由梨花となら最高だ。ただ、大学に入ってやっとできた初めての恋人と添い遂げられると考えるほど、僕はロマンチストじゃない。今はただ、このぬるま湯のような幸福に浸っていたかった。
だからこそ、この悪夢は不快だ。……不快極まりない。
由梨花といつか別れることに、僕が恐怖している表れなのだろうか。機会があったらカウンセラーにでも相談しようかと思ったが、金が勿体無いのでやめた。
時計は10時過ぎを示している。休日とはいえ、少し遅い目覚めではある。
由梨花に無性に会いたくなった。あの夢を見ると、いつもそうだ。
僕はスマホを手に取り、LINEを開いた。
*
「で、あたしを呼び出したってわけ?」
ニヤニヤしながら由梨花が僕を見る。僕はバツが悪くなって、フラペチーノのクリームを口にした。
「……悪いかよ」
「いやあ、可愛いなあと思ってさ。前にも急に呼び出したことあったじゃん。あれもそうなの?」
僕は無言で、もう一度スプーンでフラペチーノをすくう。由梨花の笑みが深くなった。
「ニャハハ、そうなんだあ。てっきりあたしとしたかったからだと思ってたよ。あの時の俊太郎、随分お姉さんに甘えてきてたからさ」
「こういう時だけ歳上ぶるなよ」
「でもそういうの、嫌いじゃないよ?俊太郎、母性本能くすぐるタイプだもんねえ」
「……褒められてるのか貶されてるのか分からん」
「勿論、褒めてるよお。あたしの友達でも、俊太郎可愛いって言う娘結構いるもん。大学でも、狙ってる娘いるかもよ?」
「生憎、大学ではとっつきにくい陰キャで通ってるんでね。第一、うちの学部に女はほとんどいない」
由梨花が少しむくれた。
「俊太郎のそういう自己評価の低いとこは直した方がいいと思うけどなあ。てか、学歴だけならあたしより上なんだし」
「たまたま入試で山が当たっただけさ。本物の天才を前にすると、思い上がろうなんて気も失せる」
「あー、前に言ってた青山って教授?でもそこのゼミ生なんだから、俊太郎も凄いと思うけど」
僕は苦笑してストローに口をつけた。
「僕からしたら、由梨花の方が凄いさ。就職、もう大体決まったんだろ?三友地所なら十分だろ」
「あたしこそたまたまインターンで行ったのが上手く行っただけだよ。……就職まであと1年半かあ」
ふうと溜め息をつく由梨花を見て、僕は微かな不安を覚えた。由梨花は僕より1つ上だ。僕が多分院に行くことを考えたら、社会人としてのキャリアは最低3年離れることになる。その間、この関係が維持できているのだろうか。
由梨花も同じようなことを考えているのかもしれない。あんな夢を見るのも当然か。
「……マンションに、異変はないよな」
「あ、さっき言ってた悪夢を気にしてるの?大丈夫、もう住んで10年経ってるけどすっごく快適。セキュリティも万全だし治安は良好だよ」
「……ならいいけど」
「考えすぎだってば。ていうか、これからどうする?スタバでお茶して終わりじゃしょうがないでしょ」
時計を見ると14時過ぎだ。道玄坂方面に向かってもいいが、身体目当てに呼んだと思われても癪に障る。そういうことは嫌いじゃないが、今は由梨花といる時間そのものを楽しみたかった。
「……そうだな、映画何かやってたっけ。竜のなんとかってのが流行ってるらしいけど」
「んー、映画もいいけど。ヒカリエの辺りをブラブラするのもよくない?」
「ま、それもいいか。ただ、そんな手持ちはないぞ」
「いいのっ。じゃ、行こっ……」
由梨花の視線が止まった。窓側の席をじっと見ている。
「どうした?」
「いや、誰かが見てるような気がして」
由梨花の視線の先には、若い母親と小学校高学年ぐらいの子供がいた。
「……あの母子が?」
「どうだろ、気のせいだと思うけど」
母親はかなり整った顔立ちだ。母親にしては少し若すぎる気もする。
ただ、それより目を引いたのは子供の方だ。水色のジャケットにフレームの厚い眼鏡。これで蝶ネクタイまで着けていたら、ほぼ某国民的アニメの主人公だ。
「コスプレ、じゃないよな」
「あー、言われて気付いた。名探偵コナンっぽいよね、あの子。本当に探偵だったり」
「なわけあるかよ。行くよ」
*
僕が席を立ったその時、コナン似の少年が一瞬ハッキリと僕を見たのに気付いた。
その時は単に、躾がなってないだけだろうとしか思わなかった。
その意味が分かるのは、もう少ししてからのことだ。
*
木ノ内由梨花が「死ぬ」まで、残り100日。
これはその100日間の物語だ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる