100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「記帳台は、こちらになります」

葬儀会社の社員とおぼしき初老の女性が、通夜の列を整理していた。参列者はさほど多くはないが、私もその最後列についた。

「こんなことになるとは、な」

前にいる柳沢が、うつむきながら呟いた。大仏も頷く。

「俺もだ。……持病があったとは、聞いてなかったが」

所作からすると、2人とも本気で丸井の死を悼んでいるように見える。私の人を見抜く目など、たかが知れているといえばそれまでだが。


ただ……恐らく2人のどちらか、あるいは両方が……丸井を殺している。
少なくとも、その死の引き金を引いている。そのはずだ。


*

丸井の死を知ったのは、「カフェ・ドゥ・ポワロ」に着いてしばらくしてからのことだった。

私をここに送り届けるまでの道中で、毛利刑事は竹下君、木ノ内さんを襲った男たちの素性について説明をしていた。
柏崎、東根の2人に直接の面識はなかったという。ただ、東根という男は「坂本という男に、金で雇われた」と話していたらしい。

そして、柏崎と東根をつなぐ共通項。それは2人がオンライン上の投資サークル「グレゴリオ」のメンバーであったということだ。

坂本も、そのメンバーの一人であるという。「もし『リターナー』が噛んだサークルなら、金はさぞ持っているはずだ」というのが、毛利刑事の見立てだ。
丸井がそこに関与しているのではと訊いたが、そこまではまだ明らかになっていないという。
何分、匿名が前提のオンラインサークルだ。偽名やハンドルネームを使っていたなら、誰が丸井かは分からないだろう。


日曜日には、この点について竹下君たちと情報共有を進め、今後の対策を話し合う予定だった。
それを受けてから、丸井と会うかどうかを考えるつもりだった。丸井の意図は正確には見えなかったが、「口止めと撤収を要求するはず」という毛利刑事の見立ては、正しいように思えた。
麻雀で言えば、相手の手牌を読まずにリーチに勝負するのは下の下だ。丸井の背後がうっすらと見えてきた今が勝負ではないか……そう感じていた矢先だった。


急に、スマホが振動するのを感じた。着信番号は、見知らぬ電話番号からだ。
切ろうと思ったが、どうにも胸騒ぎがする。一瞬躊躇し、私は受信のアイコンに触れた。


「もしもし、水元ですが」

『お久しぶりです、水元さん……遙です。丸井の妹の』

数秒、思考が止まった。……そういえば、丸井には歳の離れた妹がいた。その名が、遙だったはずだ。確か、10年ほど前……例のエバーグリーンの件がある直前に、一度だけ会ったことがある。

「あ、ああ。お久しぶりです。どうしましたか、急に」

『兄が、亡くなりました。クモ膜下出血……だそうです』

「ええっ!!?」

白田と毛利刑事が、私を見た。「スピーカーをオンにしてください」と、毛利刑事が小声で告げる。

「……どういう、ことなんですか」

『3カ月に一度ぐらい、兄とは会っていました。親から相続したあの一軒家は、兄一人では広すぎますし……。
それで兄に連絡を取ろうとしたら出ないので、おかしいとは思っていましたが……』

遙さんは泣いてこそいないが、憔悴しきった声色だった。これは恐らく、事実だ。

「なぜ、私に連絡を」

『兄の数少ない、友人だったからです。一度だけお会いしたこともありましたし……。私も兄も親族はほとんどいませんから、兄のことをちゃんと知る人は、会社関連以外ではもう……』

すすり泣く声が聞こえる。丸井は浅薄な男だとばかり思っていたが、妹にはそうでもなかったのだろうか。

「……分かりました。心よりご冥福をお祈りします。葬儀は」

『通夜だけ、人を呼ぶ予定です。葬儀は、私含めた身内だけでやります。予定が決まりましたら、また後ほど』

電話が切れると、白田が厳しい表情になった。

「……消された可能性が、高いですな」

「……!!どうして、そう」

「脳出血は、『AD』のオーバードーズ……過剰摂取によって引き起こされる症状の一つだからですよ。
致死量ギリギリだと過剰に使われた脳が反動で萎縮し、柏崎のような廃人になりますが、さらに量が多いとそこに行き着く前に脳の活動が限界を超え、脳内出血する。
この薬のやっかい極まりない所は、薬の服用が証拠として残りにくいのですよ。体内で即座に分解されますからな。犯罪に使うには、うってつけなのですよ」

毛利刑事も頷く。

「警察が調べても、せいぜい何かの薬を服用していたことを推測する程度です。そもそも、『AD』はほとんど知られていない。あれが流行しかかった1年前ですら、警察はそれを認知できていなかった。
ましてや今、死と『AD』を結びつけるのは俺たちぐらいしかいない」

「でも、死ぬのが分かっていて薬なんて飲まないでしょう?」

「致死量について、丸井自身が知らされていなかったならそれは十分あり得る話です。多分、柏崎や東根をけしかけたのは、丸井本人じゃない。
とはいえ、関連性はおそらくはあります。それがどういった形かは、まだ分からない話ですが」

白田が毛利刑事を見た。

「丸井が『グレゴリオ』のメンバーなら、話が見えてくるな」

「確かに。丸井が『グレゴリオ』の上層部と何らかの繫がりがあるなら話は分かりやすい。そしてその上層部が柳田か大仏なら、竹下や木ノ内さんを襲う動機も十分ある」


……まさか。


「柳田か大仏が、丸井を殺したと??」

白田が重々しく、首を縦に振った。

「私はそう考えております。事前に『AD』を渡し、例えば風俗嬢を呼ぶ前に致死量以上を飲むよう命ずればいい。
一度『AD』の効果を体感させた上でなら、なお良いでしょうな。セックスドラッグとしては、あれ以上のものはほぼ存在し得ないですから。
もっとも、その証拠が残っているかは疑問ですがな。恐らく対面で渡し、その旨を伝えているでしょうから」

「でも、なぜ」

「恐らく、無断であなたに接触を取ろうとしたことが問題視された。そして、柏崎と東根が失敗したことが決定打になった。
もう、あなたを誰かが護っていると気付いているはずです。ここで尻尾を捕まえられたら最悪ですからな。そうなる前に、消した」

ゴクリ、と私は唾を飲み込んだ。……そこまで、人は冷酷になれるのか。

「……私は、どうすれば」

「そのままでいいかと思います。『グレゴリオ』の調査は、こちらで行いますから。
あなたは引き続き、竹下君と動いてくれればいい。今、確か彼は非破壊検査の方法を探っているのでしたな」

「そう聞いています」

竹下君は、どうすればオルディニウムを入手し、それを非破壊検査に使えるのかを色々調べているという。
一通り情報を揃えた上で青山教授に当てるつもりなのだという話だ。まだ、もう少しかかるということだったが。

「結構。とはいえ、あなたも彼らも、狙われている立場には変わりない。
特にこの週末は、学園祭のある木ノ内さんが危ない。無論、しかるべき陣容は敷きますがな。
あなたについても、通夜の際には我々も誰かしら付けます。あなたはスケープゴートとして利用価値が依然あるとはいえ、何かしら仕掛けてこないとも限りませんからな」

*

私は後ろを振り返った。少し離れた自動販売機の陰で、制服姿の女子高生がスマホを弄っているのが見えた。
どうも、今日の護衛はあの子らしい。私が知らないだけで、白田の仲間は多いのかもしれない。

「どうした、水元」

大仏の声で、私は我に返った。列が進んでいるのに、気付かなかったようだ。

「すまない」

記帳は大体が大泉建設の人間だった。丸井も将来の幹部候補だったはずだ。急に辞めたことを訝しく思う人間は少なくなかったはずだが、そこは義理というヤツだろう。
葬儀場の入口に、髪の長い喪服姿の女性が一人ひとりに挨拶していた。……あれは。

「遙さん、このたびはお悔やみ申し上げます」

「……水元さん、それに大仏さん、柳田さん。大変ご無沙汰しております」

深々と、遙さんが頭を下げた。確か、丸井とは9歳差と聞いていた。30代後半のはずだが、妙に若々しく見える。左手薬指には、指輪がなかった。独身なのだろうか。

「いえいえ、こちらこそ。丸井は」

「こちらです」

遙さんに案内され、丸井が眠る棺の前に来た。焼香を済ませ、顔の部分の蓋が開かれる。

「……随分、幸せそうな顔をしてやがるな」

「仏前だぞ。もし苦痛がなく死ねたのならば、まだいいだろうがな」

苦笑する柳田に、大仏が渋い顔で言った。

「兄妹仲は、良かったのですか」

「お互い、ほぼ唯一の肉親でしたから。この1年は、あまり会いたがらないようになってましたが……。
兄は色々問題のある人でしたが、私にとっては優しい兄でした」

遙さんがうつむく。

「遺品とかは、ありますか」

「え、ええ。こちらに」

麻雀牌や自転車と並んで、投資本が何冊かあった。ピーター・リンチやウォーレン・バフェットの著作もある。あいつはあいつなりに、真剣に投資を勉強していたのだろうか。

「投資、好きだったんですね」

「この1年は特に。それまでは全然勝てていなかったみたいですけど、急に勝てるようになったと聞いてました」

「少し、手に取っていいですか」

「え、ええ」

パラパラと、投資本を開く。所々付箋が貼ってあり、読み込んでいるのがうかがえた。
そしてその途中、私の手は止まった。


……これは!?


本に丸井が書き残していた言葉を見た瞬間、私は凍り付いた。そう、そこに走り書きであった文字は……



「投資サークル、『グレゴリオ』」


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