100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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「いらっしゃいませ、お嬢様がた。どうぞこちらに」

あたしは恭しくお辞儀をし、部室にお客を迎え入れる。ボロボロの部室も、壁紙と調度品で一応英国貴族の部屋っぽくは見えていた。
優結のコネはなかなか大したものだ。テレビ制作会社志望らしいけど、知り合いの大道具さんに色々協力してもらったらしい。
この燕尾服の衣装も、彼女のつてだ。劇団「ヒイラギ」に所属している友人から借りたものだという。
あたしが例の件であまり動けなかったから、学祭の準備はかなり彼女に頼ってしまった。今度何か奢らないと。

「うわ、結構本格的。アフタヌーンティーセット、いいですか?」

「畏まりました」

高校生ぐらいの女の子2人組がきゃいきゃい言っている。この男装はちょっと胸の辺りが窮屈だけど、「すっごく似合ってる」と優結はいう。
ちらっと見たアプリゲームの登場人物に似てるかもしれない。フジ……なんだっただろうか。

とにかく、男装喫茶は今のところなかなかの集客だ。コストも相当かけてるけど、元くらいは取れそうな感じだ。

「あ、由梨花おかえり。すっごい評判だよ?」

バックヤードに入ると、優結が満面の笑みで出迎えた。彼女も男装姿だけど、胸の主張が強すぎて別のコスプレに見える。

「そう、かな」

「いや本当に。早稲田祭実行委員会がTwitterで流してるよ、ほら」

優結がTwitterのタイムラインを見せる。あたしの接客姿が写ったツイートには、既に2000近い「いいね」が付いていた。
軽い気持ちで撮影に応じたのだけど、急に恥ずかしくなってきた。


……そしてすぐに、血の気が一斉に引いた。


これじゃ、あたしがどこにいるか知らせるようなものじゃないか。


「……由梨花?」

「な、何でもない」

あたしは咄嗟に誤魔化した。大丈夫、そのはずだ。
なぜなら、あたしには毛利さんたちの警護が付いているはずだからだ。

*

「できるだけ、普段通りに振る舞ってくれ」

早稲田祭が始まる前日、あたしは毛利さんに呼び出されていた。

「えっ」

「周囲に気付かれると面倒だ、というのが1点。もう1点は、君が警戒しているという空気を奴らに悟られたくない」

「もう、あたしたちを狙っている人が誰かは、分かったんですよね」

「半分イエスだ。『グレゴリオ』という投資サークルである可能性が極めて高い。
ただ、『グレゴリオ』のトップが誰かまでは分からない。君が見たという男の正体も不明だ。
だから、もう少し泳がせる必要がある。君たちにちょっかいをかけてきたら、そこで確実に抑える」

「でも、向こうも2回失敗してるんですよね」

コーヒーを飲み、毛利さんが頷く。

「やるなら、確実を期すはずだ。早稲田祭の人混みに紛れて、強硬手段を取る可能性はある。
もちろん、無理矢理拐ったり襲ったりはしないだろう。ただ、ナンパを装ったり、数人で囲んで逃げにくくしたりする可能性はある。
東根は、安原という男に尾行の手解きを受けていたらしい。つまり、向こうも完全な素人じゃないってことだ」

「叫んで助けを求めれば、それでいいんじゃないですか?」

「その通りだ。ただ、どうにも胸騒ぎがしてね。『40年以上』刑事をやってきた、勘だな」

40年以上?……そうか、毛利さんも「リターナー」なのだった。こうして見ると普通の人に見えるけど、中身は大ベテランということか。

「もし、何かあったら」

「基本、俺かもう一人が君に付いている。多分、連中は俺が消えた時を狙って動くだろう。その時は慌てず行動してほしい」

「……分かりました。俊太郎にも、それは」

「藤原経由で伝えているはずだ。もっとも、藤原は警戒されている可能性があるから、狙うなら君だと踏んでる」

「……!!は、はい。ところで、もう一人って……『コナン』君は『隠し球』って言ってましたけど」

毛利さんが舌打ちをした。

「そういうのは言わない方が効果的なんだがな……まあ、そういうことだ。『出落ち』ではあるが」

「出落ち?」

「まあ、あいつの出番が来ないことを祈るよ。では、家まで送るとしようか」

*

とりあえず、午後2時の時点までは何の動きもなかった。さすがにここに乗り込んで騒ぎを起こすほど、馬鹿な連中じゃなかったらしい。
俊太郎は、用事が済んでからこっちに来るという。最近は、非破壊検査に使う素材を色々調べているらしく、随分忙しそうだ。

「いらっしゃいませ、お嬢さ……ま?」

入ってきたのは、高校生ぐらいの小柄な女の子だ。ちょっとフリルが付いた青のワンピースにショルダーバッグを下げていて、なかなか可愛い。髪はショートのボブだ。でも、この子どこかで……


…………あ。



「俊太郎?」



女の子の顔が真っ赤になった。

「だ、誰ですか、それ……」

声も作ってるけど、間違いない。俊太郎だ。元々声は高めなこともあって、恐ろしく違和感がない。
確かに、何度か女装してみたらと冗談では言ったけど、これほど似合うなんて。

あたしはにやつく顔を必死で抑えて、彼を席に案内する。

「ご注文は」

「こ、コーヒー……」

「……畏まりました」

にしても、何故女装?まさかこれが、「コナン」君の言っていた「隠し球」なのかな。確かに「出落ち」ではあるけど。

「ねえねえちょっと、あの娘可愛くない?」

優結が耳打ちしてきた。正体を言うべきか迷ったけど、あたしは「そ、そうね」と言わないことにした。
俊太郎は落ち着かない様子で辺りを見渡している。警戒しているのかな。

「優結、彼……彼女と少し話してきてもいいかな」

「……?お客のピーク過ぎたから、ちょっとだけならいいよ」

俊太郎の席に向かうと、彼は俯いた。かなり恥ずかしそうだ。

「俊太郎、だよね。どうしてその格好なの?変装?」

コクン、と彼は頷いた。

「尾行を避けるために、念のためにって……浅賀っていう、『コナン』の仲間にやられた……」

「まさか、あたしのボディーガードのため?」

「そ、それもある、みたいだけど……何で下着まで……」

恥じらってる俊太郎が、あまりに可愛くてその場で持ち帰りたくなった。というか男の娘に興奮する人の気持ちが、少し分かったかもしれない。

「俊太郎、この後用事は?」

「由梨花のシフトが終わったら、深道光のトークライブに行こうと思ってた……けど、恥ずかしいから消えちゃいたい……」

「せっかく早稲田祭に深道光が来てるんだから、行けばいいのに」

「……うん」

深道光は、人気絶頂の格闘家だ。総合格闘技では、日本で唯一世界に通用する男と言われている、らしい。
1年前まではYouTubeでの露出がメインで、「ビッグマウスの割りに強くない」「パフォーマンス先行」という悪評も多かったらしいけど、今ではほとんど相手に攻撃を当てさせずに豪快に倒す「アンタッチャブル」という異名で知られている。
格闘技が好きな俊太郎の影響であたしも見始めたけど、確かにイケメンで強いから人気があるのは理解できた。
何か、投資家としても結構な評判であるらしく、アスリートファンドを立ち上げたと最近の毎経新聞に書いてあったっけ。

シフトが終わるのは2時半。俊太郎が少し待ってくれれば大丈夫そうだ。

「じゃ、ちょっとそこでお茶してて。隣のバックヤードで待ってるから」

*

「……何で男装のままなの」

消え入りそうな声で俊太郎が言う。

「こっちの方が目立つでしょ?これで迂闊に手を出したら、すぐに騒ぎになるからいいかなって」

「……まあ、確かに……」

深道光のトークライブは大隈講堂でやる、らしい。整理券が配られるほどの人気だけど、俊太郎は事前に確保していたようだ。

「まさか、その格好で整理券取ったの?」

「……拒否権、なかったから」

開場30分前だけど、既に長蛇の列ができている。これはしばらく並ぶことになりそうだ。

並んでいると、あたしたちと写真を撮ってくれないかという学生が何組か現れた。例のTwitterの効果、なのかな。
俊太郎はその度すごい嫌そうな顔をしたけど、結局一緒に写真に収まってくれるのは彼の優しさなんだろうな。あるいは、案外女装を気に入ってして。
彼が男の娘だということに気付いた人は、誰もいなさそうではあった。ずっと黙ってたから、それも当然かもだけど。

「ちょっと、いいですか」

また呼び止められた。今度は、かなり筋肉質の男性3人だ。体育会系、なのだろうか。

「あ、何ですか?写真、ですか」

「いえ、深道さんが、是非挨拶したいと」


……え。


……………まさかっ!!?


俊太郎の顔色も変わった。そうだ、その可能性を、なぜ考えなかったんだろう??



深道光が、「グレゴリオ」の一員である可能性を。



「な、何でですか」

あたしは言葉を絞り出した。もうこれは、明らかな異常事態だ。浮かれていた気分は、すっかりどこかに消えた。

逃げないと。……でも、どうやって?

一重の目の男が微笑んだ。

「いえいえ、早稲田祭で評判になってる子がいるって聞いてましてね。話の種に、記念撮影をと」

左手を握る、俊太郎の手が震えていた。俊太郎は、一般人に比べれば明らかに強い。ただ、目の前の3人をどうにかできるのだろうか?
ここで助けを求める?……いや、もし深道がここに現れたら、逃げる理由はなくなってしまう。

あたしは辺りを見渡した。毛利さんも「コナン」君も、その姿は見えない。誰かが来る気配もない。


……そんな、何で来ないの??



「ねえ、おねえちゃんたちいやがってるよ」



不意に、下の方から声がした。……小さな女の子だ。いや、この子には……一度だけ会ったことがある。


「あいちゃん??」


そうだ。この子は毛利さんの娘さんだ。でも、なぜここに。

「……なんだこのガキ」

「いやがってるひとに、むりやりしちゃいけないんだよ、おじさん」

「平川さん、どうします?」

刈り上げの男が、一重の男に訊く。

「……こうするか」

平川と呼ばれた男が、あいちゃんにしゃがみこんでニヤリと笑った。

「お兄さんたちは、お姉ちゃんたちに大事な話があるんだ。申し訳ないけど、どいてくれないかな?」

「やだっ!!」

「聞き分けが良くないと、いい大人になれないぞ?それじゃこうしようか、君も一緒に来るかい?」

「平川さんっ!?」

後ろの男たちが焦った様子になった。まずい、これは……あいちゃんごと拐おうとしてる!!


その刹那。



「聞き分けが良くないのは、どちらかしら?」



あいちゃんが、平川という男の顎先を蹴り上げた!!?


「ぐあっ!!?」


男は尻餅をついて倒れる。そして素早く懐から何かを取り出し、彼に突き付けた。……警棒?


「これ以上は、あなたたちが痛い目に遭うことになる」


「ふっざけんなあ!!?」


男は跳ね起きると、あいちゃんに掴みかかろうと襲い掛かる。その出鼻に、彼女はまるで剣道の「面」のように警棒を脳天に叩き込んだ!


バシイイイイッッッ!!!


「ギャアアアッッッ!!!?」


バタリ、と男はそのまま俯きに倒れる。一体、これは……!?


俊太郎が、あたしの手を離した。目が、初めて会った時のような、冷徹なものに変わっている。


「平川さんっ!?」


駆け寄る男の側頭部に、俊太郎は右拳を横殴りに叩き込んだ。男はそのまま白目を剥いて昏倒する。

「嘘、だろ……!?」

残った金髪の男に向け、あいちゃんが警棒を構えた。

「深道に伝えなさい。もう手遅れだ、と。そろそろ、私の『上司』たちがこっちに着く頃だから」

「……は?」

あいちゃんがあたしたちに振り返って微笑んだ。

「もう大丈夫です、竹下さん、木ノ内さん」

「……これは、どういう」

あいちゃんは警棒を折り畳み、懐にしまう。そして、あたしたちに向けて敬礼した。



「失礼しました。私は毛利亜衣。毛利仁警部の義理の娘にして、『リターナー』が一人です。階級は警部補。19年後のことですが」


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