100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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黒煙が立ち上る街を、僕はモニター越しに見ていた。もはや、感慨も感傷も感じない。
もう、爆破テロは何度目になるだろう。いや、それはもはやテロではない。何せ、この国の秩序は、何年も前から失われているのだから。


これは「聖戦」だ。この腐りきった世界を変えるための。


コンコン、とノックの音がした。振り向くと、そこには初老の男がいる。顔は朧気で、ハッキリとは見えない。

「よくやってくれた、竹下君」

「『西日本政府』のためなら、何でもしますよ。僕を拾ってくれた恩もある」

男が苦笑したように見えた。

「それはお互い様だ。ところで、気を付けた方がいい。『東日本』の公安が、ここを嗅ぎ付けつつある」

「……あいつらですか」

チッ、と僕は舌打ちをした。あいつらは、特に藤原という男はしつこい。2度ほど、直接顔を合わせたことがあるが、まるで蛇のように絡み付いて離さない。逃げ切るのには、かなり苦労した覚えがあった。

「そうだ。ここも引き払う時が来たな」

「次のアジトの用意は」

「それは既にできている。では行こうか」

「分かりました。……官房長官」

……男の名前は、ハッキリと思い出せない。これは、一体…………??

*


そこで、僕は目が覚めた。


額の汗を拭う。前にも、これに近い感触の夢があった。夢の中の僕が抱いていたのは、どす黒い絶望と虚無、そして悪意。
こんなもの、僕は持ち合わせてなど……


いや、この感情は、経験したばかりだ。


明確な、倒すべき「悪」に対する衝動。
昨日僕らの前に現れた、深道の弟子たちに対して、それは剥き出しになった。
隙を見付けるや否や、僕は由梨花の手を振り払い、そいつらを「殺す」ことしか考えられなくなっていた。少なくとも、あの一瞬は。

いや、あるいは……ずっと前からそれは持ち合わせていたのかもしれない。
由梨花と出会った、1年前の夏。あの時だって、普段の僕なら、絶対にしない行動を取っていた。


まさか、あの時から……僕は「目覚め始めていた」というのか?


僕は強く首を振る。いけない、またドツボにはまる所だった。
自身の異変については、仁さんに伝えるよう言われていた。「覚醒レベル」が上がりそうな時は、然るべき対応をしてくれる人間を紹介してくれるとのことだった。
そろそろ一度、相談してもいいのかもしれない。僕が僕でなくなることへの恐怖を、取り除くためにも。

枕元のスマホを見る。……まさにその仁さんからのメッセージが入っていた。「時間があるなら会えないか」とのことだ。
由梨花は今日も早稲田祭だ。「もう当面の危機は去った」とあの子……仁さんの義理の娘の亜衣ちゃんは言っていた。
由梨花のメンタルが心配だったけど、「最後まで、しっかりやらなきゃ」と気丈な様子だった。あの強さは、僕が持ってないもので羨ましく感じる。
僕はふうと息をつき、仁さんに返事を返した。

*

「よう」

マンションを出ると、仁さんは陽気な様子で手を上げた。側には年期の入ったフィットが停まっている。

「わざわざ、すみません」

「いや、まだ警戒体制は解かれてないからな。襲われる可能性は随分下がったとはいえ。
どうする?せっかくだから、少しドライブでもするか」

「ええ、ありがとうございます。でも、せっかくの休日なのに、いいんですか」

ハハハ、と仁さんが笑う。

「俺の仕事に休みは関係ないさ。嫁もそこは分かってる」

「……亜衣さんも、ですか」

「ああ。あいつは未来じゃ俺の部下でね。たまにああやって、俺たちの職務に協力してもらってる。
何分まだ6歳だから無理はさせられんが、昨日はあいつのたっての希望でね」

助手席に乗り込むと、QUEENの曲が流れていた。「Killer Queen」、か。

「仁さんも、洋楽は好きなんですか」

「まあな。何分ジジイでね。もう最近の流行りにはついていけん」

フィットが走り出した。どうも横浜方面に向かっているらしい。

「そういや、昨日は悪かったな。浅賀の奴が、無理矢理女装させたらしいが」

「尾行を撒くためって言ってましたけど……」 

「それはある。ただ、藤原の奴が少しタネを明かしてたからな。君を『隠し球』だと、木ノ内さんに思い込ませたかったらしい。
君が本気で恥じらってくれれば、そのリアリティーも増す。結果はまあ、ご存知の通りだ」

「にしても……亜衣さんは剣道か何かを?」

「まあな。ただ、6歳の子供の腕力なんてたかが知れてる。
あいつの得物は、先端に高圧電流が流れた特殊警棒だ。平たく言えば、スタンガン付き警棒だな。幼女であっても、大の大人を昏倒せしめることができる」

そんな物騒なものを持っているのか。にしても、娘を危険に晒しても平然としている仁さんも、なかなか大した神経だ。あるいは、それだけの信頼関係があるということなんだろうか。

「……そういえば、深道とその弟子は」

「警察で引き取って取り調べ中だ。深道は元々、インサイダー取引疑惑の件で公取委が探ってたからな。どっちにしろ、捕まるのは時間の問題ではあったが。
とりあえず、あいつが前に話した『グレゴリオ』のメンバーなのは確定だ。あと、これもやはりというか『AD』を所持していたよ」

「……!!じゃあ、進展が」

仁さんが少し渋い顔になった。

「そう単純でもない。深道は確かに『グレゴリオ』の幹部に近い所にいた。ただ、誰が誰かまでは把握できてなかった。
『デウス』というのが頭、『じぇーさん』というのがその側近だというのは掴めた。そして、坂本という男から『AD』を調達していたのも把握した。坂本が幹部格なのも、まあ間違いなさそうだ。
ただ、決め手にはイマイチ欠ける。柏崎が深道のジムに所属していたことからして、『兵隊』をあいつの所で養成していたのは堅そうだが」

柏崎が、粗っぽいけどそれなりに場馴れしていたのはそういうことか。

「これから、どうすれば」

「君は君の仕事をしてくれればいい。もう3回、奴らは失敗している。多分、打つ手を少し変えてくるだろう。
襲撃の要であるはずの深道も捕まった。しばらくは、かなり慎重になるはずだ。
『グレゴリオ』の捜査は、こちらで進めておくから、心配しなくて大丈夫だ。……っと、着いたな」

仁さんは大型スーパーの駐車場に入った。そこから下に降りると、長い行列が見える。店は家系、のようだ。

「あそこですか?」

「そうだ。『総帥』が認めた弟子の店だけあって、旨いぞ」

列の最後尾に並ぶと、学生が深道光の逮捕について話していた。僕も深道がこの件に関わっていると知ってショックだったけど、どこか「やっぱりな」と思っていたのも確かだ。黒い噂は、彼の周りに絶えなかったからだ。

「深道も、まさか『AD』という薬を」

「だろうな。そうじゃないと、1年前からの豹変が説明できない。『AD』でも使わなきゃ、YouTuberに毛が生えた格闘家が、MMAで米国からお声がかかるようになるまで強くなるわけがないからな。
ただ、取り調べではどうも呂律が回らなくなってたから、かなり症状は悪化している。余程常用してたと見るね。
深道からの情報があまり取れなかったのも、そういう理由だ」

「じゃあ、柏崎みたいに……」

「すぐにああなるかは分からないが、まあマトモに生きられなくなるのは、時間の問題だっただろうな」

「AD」を流している坂本という男は、どういう人物なのだろう。まさか、由梨花が去年の夏出会っていた、あの男なのだろうか。


……とすれば?


「仁さん、一つ訊いていいですか」

「ん?」

「この間群馬で死体で発見された、神原葵という女性は、知ってますか」

「……そういう事件もあったな。あれは群馬県警がやってるはずだが」

「実は、由梨花の知人なんです。そして、ひょっとしたら、彼女は『グレゴリオ』の坂本に会っていたかもしれない」

仁さんの顔色が変わった。

「……本当か、それは」

「多分」

ニヤリと笑うと、仁さんは誰かに電話をかけた。「コナン」、だろうか。
電話を切ると、仁さんは真剣な表情で僕に言った。

「さて……タイムリミットまで50日と少しだ。ここから先は、俺も君も、時間との勝負だな」
    
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