100日後に死ぬ彼女

変愚の人

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残り40日~31日

残り32日その2

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首都高を1周ほどした後、アルファロメオは西池袋インターチェンジで降りた。
その間、私は竹下君の近況と、エバーグリーン自由ケ丘の検査に至るまでの計画を聞いていた。

竹下君の精神状態は、ひとまず小康状態になったらしい。覚醒レベルとかどうとかは私には分からないが、とりあえず「未来の記憶」のかなりの部分を持った状態になったという。
それでも、完全に安定はしていないということだが。水曜日に退院し、当面は通院で対応する、らしい。

朗報もあった。竹下君が青山教授に依頼していた、新型の非破壊検査装置は何とか12月29日に間に合うということだった。
恐らくその一週間前には手元に届く、らしい。そこから検査、そしてマスコミへのリークとなると相当にタイトなスケジュールではあるが、「何もトラブルがなければ」惨劇を回避できるメドは見えてきたことになる。


そう、「何もトラブルがなければ」。


遥さんの身に何かあれば、計画は遅れを強いられることになるかもしれない。
だから、彼女の身の安全を、何とかして確保しなければ。


そして、車は「Englishman in IKEBUKURO」という看板のある雑居ビルの前で停まった。

「2階ですな。もう遥さんは着いているようです。私たちはここで一度退きますので、終わったら連絡を」

白田がそう告げた。アルファロメオが去るのを確認して階段を上がる。
すぐに、シックな雰囲気のカフェが見えた。ドアには「本日貸切」とある。その前で、遥さんは所在無げに立っていた。

「水元さん!」

「少し遅れました」

「私もさっき来た所です。店、閉まってますね」

「大丈夫です、開いてますので」

ドアを開けると、中年の執事姿の男が恭しく一礼した。

「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

促されるまま、窓際の席に座る。窓から見えるサンシャイン通りは、土曜夜というのに人がまばらだ。

「まさか、私のために貸切に?」

「私の知人が押さえてくれたんです。あまり人に聞かれると、よくない話ですから」

執事の男は頷くと、さっと踵を返した。白田と毛利刑事が以前助けたことのある男性、らしい。
この店の運営にも、白田が関わっているらしかった。

「ここって、カフェ、ですよね」

「ええ。一風変わってますが、なかなか面白い」

装飾品はヴィクトリア朝風のもので占められていた。まさか、本物のアンティークなのだろうか。
男がメニューを持って戻ってきた。料理は軽食に近いものが多いが、紅茶の種類は豊富だ。

「遥さんは、お食事は」

「いえ、まだです。水元さんも?」

「ええ。少し、食べながらお話ししましょうか」

ローストビーフサンドとスコーン、それにアッサムティーのセットを注文すると、男は「承りました」と下がっていく。本物の執事のような錯覚すら覚える所作だ。

「……大事な、話なんですよね。柳沢さんが来たことと、関係が?」

「ええ」

私は椅子に座り直した。

「柳沢が丸井を……お兄さんを殺した可能性が高い、と」

遥さんの顔が、すっと青ざめていく。

「やっぱり……」

「心当たりがあったのですか?」

「……何となく、そうなんじゃないかと思ってました。何か、デジャビュみたいな感じがしたんです」

「デジャビュ?」

コクン、と遥さんが頷く。

「……前にも、似たような何かがあったような、そんな気が」

私は、「本来の歴史」では丸井が変死していたのを思い出した。ひょっとして、その時も柳沢が容疑者として浮上していたのだろうか。
そして、そうだとしたら……やはり彼女も、「リターナー」である可能性が高い。

「……そうですか……。ただ、警察からは、柳沢を逮捕するのは難しいとも聞いています」

「……何でですか」

遥さんの語気が強まる。

「丸井が摂取した『AD』という麻薬は、体内で分解されるのが極めて速い、のだそうです。
そもそも、『AD』の存在自体、ほとんど知られてない。完全犯罪をするには、うってつけの毒物というわけです。
警察も、柳沢とその共犯者……恐らくは大仏が丸井の死に関与したのは把握してます。ただ、物証がないんです」

スッと、テーブルにサンドイッチ皿とティーカップが置かれた。執事風の男は、ちょうど某刑事ドラマの主人公がやるように、高いところからポットで茶を注ぐ。

「失礼しました」

男が去るのを確認し、私は話を続ける。

「……奴らがどうして丸井を殺したのか。それは私たちが10年前に犯した『罪』と関係している可能性が高い。
そして私は、それを暴こうとしている。私も、彼らのターゲットなんです」

「……えっ」

私はエバーグリーン自由ケ丘のことを話し始めた。工期と予算の大幅な短縮・削減のために、建物の一部の構造に手を抜いたこと。そしてその証拠を会社ぐるみで徹底的に隠蔽したこと。
そして……エバーグリーン自由ケ丘が将来倒壊する可能性は、かなり高いことも。

話が一段落したところで、ずっと黙って聞いていた遥さんが口を開いた。

「……水元さんと兄は、それを暴こうとしたんですか」

「私については、その通りです。この件についても『警察』が協力しています。
丸井は……よく分かりません。ただ、柳沢か大仏を強請ろうとしたのかもしれません。会社を辞めたのも、それと関係しているのかも」

ティーカップに口を付ける。上等な茶葉を使っているのは、その果実にも似た甘い香りで分かった。

「……ここからが本題です。私は、エバーグリーン自由ケ丘の瑕疵を証明し、明らかにする考えは変えていない。だから、それを防ぐために、柳沢か大仏があなたを狙う可能性がある」

「……!!ひょっとして、この前来たのって」

「あなたに危害が及んでいないか、それが不安で。柳沢が来たことで、それは確信に変わりました。
『警察』からはあなたを一時、保護したいという話を聞いています」

遥さんの表情が凍りついた。10秒ほどの沈黙の後、小さく「分かりました」と彼女は答えた。

「お店は、開けてて大丈夫でしょうか」

「休業した方がいい、とは聞いてます。もし開けるなら、『アルバイト』を雇えと」

「アルバイト?」

「はい。『警察』の協力者です。腕は立つとも聞いています」

白田は、丸井の通夜の時に寄越していた少女を付けるつもりだと話していた。彼女もまた、「リターナー」であるらしい。

「……保護、ということは、自宅には」

「当面は、帰れないでしょうね。最大で1ヶ月はかかるかと」

「そんなに……」

遥さんの目が不安で揺れている。
私は、思わず彼女の手を握った。


「大丈夫。それまでは必ず、守りますから」


「……水元さんが?」

ハッとなって、私は手を離した。私は、何を言っているんだ?

「い、いや。『警察』が、です」

「ウフフ」

遥さんが、クスクスと笑う。

「……どうか、しましたか」

「いえ……前から思ってたんです。水元さんのことは、もっと前から知っていた気がして」

私は目を閉じた。自分の中にあるこのざわつきは、この感情は何なのだ?
「歴史は変更を嫌う」と聞いた。私が彼女に惹かれるのも、そういう運命だからなのか?

「……遥さんは、『未来の記憶』というのがあると、お思いですか」

「『未来の記憶』?デジャビュ、とはまた違うんですか」

「それに近いものです。この世の中には、何人かハッキリとした『未来の記憶』を持つ人がいる。
私にはそれはありませんが、そういう人物とは何人か会ったことがある。多分、あなたにも微かにあるんじゃないかと思っています。……SFの見すぎだと言われたらそれまでですが」

「……そうなんですか。でも……私は信じます」

「えっ」

私の方から一度離した手を、彼女は握り返した。

「水元さんに通夜の際に会った時、何故だか泣きそうになったんです。いえ、電話で声を聞いた時、もうそうなってたかもしれない。
『やっと会えた』って、なぜかそう思ったんです。そして……何故だか『この人は、死なせたくないって』」

彼女の声が震えている。


……そうか、私が1ヶ月後に「死ぬ」ことも……彼女は「覚えている」のか。


「……遥さん」

「おかしい、ですよね。自分自身、何でそう思うのか分からなかった。
でも、その……『未来の記憶』というのがあるのなら……腑に落ちます」

「どこまで、『覚えている』んですか」

彼女が小さく首を横に振る。

「そこまでは……曖昧な、予感ぐらいです。でも、なぜか確信が……」

彼女が涙を拭く。そして、ハッとなったように身を乗り出した。

「まさか、柳沢さんにも『未来の記憶』が!?」

「その可能性が高いと、聞いてます。だから、あなたに会いに来た」

遥さんはしばらく黙った後、私の目をじっと見つめた。

「……私を襲うことが、水元さんの枷になるから、ですね」

「ええ。彼は、あるいは彼らはそう考えている」

「……そうですか。分かりました。水元さんのお話、受けさせてもらいます」

「よかった。なら、これから迎えに来てもらいます。遥さんを保護する場所は、彼らが知っているはずです。
着替えなどは、一度取りに戻った方がいいでしょうね」

「はい。水元さんは、これから?」

時計を見た。20時過ぎ、か。

「こちらから、電車で帰るつもりです。何かあったら、また連絡を」

「……せっかくだから、もう少し一緒にいてくれませんか」

上目遣いで、遥さんが私を見る。


……ドクン


……まずい。これ以上は、間違いを起こしかねない。


「あ、いや、その……」

「私を送る、少しの間だけでいいんです。……ダメですか」

「……そのくらいなら。……遥さん、まさか」

「え」

「私と恋人だった時の記憶」があるのかを聞こうとして、すんでの所で思い止まった。もし「ある」と答えられたら、私はどうすればいい?


……もう安定も、平穏も得られることはない。ならば……


ブンブン、と私は首を振った。何を考えているんだ、私は。

「水元さん?」

「あ、いや。何でもありません。迎えを呼びますので、少し待っていて下さい」

遥さんが仮に私に好意を持っていたとしても、それに応えるのはやはり裏切りだ。
たとえ明美への愛情がなくなっていたとしても。


その時、電話を掛けようとした私の手が止まった。


……何かおかしい。何か、違和感がある。


私は、家を出る時のことを思い出していた。そう、考えてみればおかしいことだった。急に明美が私を疑い始めたのは、一体何故だ?


可能性は、2つ。


一つは、明美が「リターナー」であること。そしてもう一つは、明美が柳沢か大仏と繋がっていること。
明美が遥さんとの関係を疑っているのだとしたら、あの発言には辻褄が合う。


……とすると。その想像に、私の背が震えた。


『もしもし。終わりましたかな』

白田の声が聞こえた。私は唾を飲み込み、小さく頷く。

「はい。迎えに来ていただくだけじゃなく、一つ、ご相談が」

『といいますと?』



「私にも、部屋を用意してもらえますか。寝首を掻かれる、可能性がある」



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