34 / 37
残り40日~31日
残り31日その1
しおりを挟むワンボックスカーの中、あたしたちはずっと無言だった。これから何が待ち受けているのか。それへの不安と恐怖に押し潰されそうになる。
ただ、あたしの手を握る俊太郎だけが支えだった。「大丈夫」、何度そう言ってくれただろう。
そう、きっと大丈夫だ。あたしは、もう一度心に言い聞かせた。
*
発端は、金曜日の夕方だった。俊太郎の部屋で震えるスマホには、見知らぬ番号が表示されていた。
普段なら無言で切っているはずのそれに、あたしは出た。掛けている相手に、見当がついたからだ。
「もしもしっ」
『木ノ内由梨花、だな』
小さく、ボソボソとした男の声。あたしはスマホを握る手を、左手に替えた。ペンを取り、メモの準備をする。
「……誰なの」
『佐藤優結は、俺たちの所にいる。警察を呼ばずに、竹下俊太郎と来い』
……来た。横にいる俊太郎も、小さく頷く。
「どこにいるの」
『品川のグランメゾンタワー。その最上階にいる。日曜日、正午だ』
「優結は、無事なの」
怒りと恐怖で上ずりそうになる声を、あたしは必死で抑えた。
『由梨花っ、助け……むぐっ』
微かに、彼女の声がした。良かった、生きてる。すぐに男の声に変わる。
『というわけだ。来れば彼女は解放してやる』
「……あたしたちは?」
『それは来てのお楽しみだ』
「捜索願は出されてるわ。警察が来たら、あなたたちなんて……」
『そんなに俺がアホだと思うか?無論、リスクヘッジ済みだ。警察が来たと判断した瞬間、佐藤優結は殺す』
俊太郎を見ると、眉に皺を寄せ険しい表情だ。「解せない」と小さく呟く。
あたしも首を捻った。そう、何かが不自然だ。
問い詰めようとしたけど、あたしは思い止まった。毛利さんには、当然優結のことは相談済みだ。もし電話が来たら、相手の手の内を知るために、できるだけ無難に話を進めろと聞いていた。
「無知な子羊だと相手に思わせろ」と彼は言った。油断を招ければ、チャンスは出てくる。
「……分かった。日曜ね」
『そうだ。楽しみにしているぞ』
電話が切れた。俊太郎が何か考え込んでいる。
「……どうしたの」
「おかしな点が幾つかある。由梨花もそう思わなかったか」
あたしは首を縦に振った。
「……何で、優結を拐ってすぐに脅迫しなかったんだろう。そして、なぜ日曜日に来いって」
「そこだ。その辺りに、今回の件の本質がある」
俊太郎はコーヒーカップに口をつけた。
「恐らく、時間が欲しかったんだろう。僕らを襲うために必要な時間が」
「……え」
「奴らも学習はしてるさ。警察が強襲する可能性だって頭にあるはずだ。
多分、由梨花が話したのは坂本って奴だろう。いくらボンボンと言っても、そこまで無策でもないはずだ」
「武器か何か、用意してるってこと?」
「どうだろう。多分、例の薬を使おうとしてるんだと思う。あれは希少品だと毛利さんは言ってた。多分、人数分揃うまで、時間がかかったんだ」
薬……「AD」って薬のことか。
「……ちょっと待ってよ。優結がその薬を飲まされてる可能性って!?」
「ない、と思う。あれの性質はよく知ってる。セックスドラッグにして、優結さんを肉人形にすることだって簡単だ。
でも、『この時間軸』では、『AD』は希少品もいいとこだ。だから、優結さんは大丈夫だ。別の薬物は与えられてるかもしれないけど」
目覚めてからの俊太郎は、これまでよりずっと冷静になった。もちろん、これまでと人が変わったわけじゃない。
それでも、明らかに大人びた気がする。「覚醒レベル」というのが、上がった結果なんだろうか。どこか達観したような物言いも多くなった。
それでも、今の俊太郎は、とても頼りがいがある。不安な私の心を、宥めてくれるかのようだ。
あたしの方が歳上のはずだけど、ずっと歳上の人と話している気分になる。それを俊太郎に告げると、どこか寂しそうな表情になったけど。
「……どうするの」
俊太郎は、少し考えた。
「……そもそも、僕らを呼び出す理由って何だ?」
「え、それって……俊太郎に手を引かせるため、じゃ」
「違う。今なら分かる。奴らの目的は、僕だ」
「……どういうこと?」
「僕の『記憶』は、まだ完全に戻ってるわけじゃない。『グレゴリオ』のトップが誰なのかも、まだ『思い出せてない』。
ただ、奴らには二重の動機がある。まず、エバーグリーン自由ケ丘を巡る不正が明らかになるのを止める。バレたら身の破滅だからだ。そしてもう一つが僕だ。『テロリスト』としての僕を、確実に手に入れる」
ゴクリ、と思わず唾を飲み込んだ。
「……ちょっと待ってよ。今の俊太郎って……」
「まだ、精神状態が安定しきってるわけじゃないんだ。この前会った鷹山先生は、『強い精神的外傷で覚醒レベルは上昇する』と言ってた。
それに近いことを、奴らは狙ってる。部屋に入るなり僕の目の前で由梨花を襲い、犯し、あるいは殺し……そうすることで、『僕』を目覚めさせようとするかもしれない。
そして、『テロリストの僕』を目覚めさせることで、手を引かせようという魂胆だろう」
全身に震えが走った。……そんなことが、できる人間なんて……
「あ」
あたしはすぐに、葵を思い出した。
そうか、多分坂本は、人をもう少なくとも1人は殺してるんだ。
俊太郎の目が、鋭くなった。
「気が付いたね。そう、奴らはそのくらいはできる。ただ、こちらが奴らの誘いにホイホイと乗じると思ったら、大間違いだ」
「毛利さんたちに、助けを求めるの?」
「もちろん。最上階なら、あの方法が使えると思う」
「あの方法?」
「昔の某アクション映画の手法だよ。ただ、それは見てのお楽しみかな。由梨花にあまり話すと、余裕ができてしまう。『無知な子羊』でいた方が、相手は油断するだろ」
俊太郎はニヤリと笑った。
*
そして、あたしたちは今日を迎えた。俊太郎が何をするつもりなのか、あたしは知らない。
ただ、俊太郎の目からはこれまでのような動揺は消えていた。そう、今は俊太郎を信じよう。
「あとどれぐらいですか」
「10分ほど。首都高を降りたら、すぐだ」
「コナン」君の父親だという男性が告げた。そう言えば、「コナン」君がいない。
「『コナン』君は?」
「今日は別の用事がある」
俊太郎が頷く。
「水元さんの案件、ですね」
「ああ。ある『仕込み』をしている。子供のコナンの方が、怪しまれずに済むからね」
俊太郎があたしを見た。
「大丈夫。由梨花には、一切手を触れさせないから」
「……うん」
車は首都高を降りた。しばらくすると、2棟の双子のタワーマンションが見えてきた。
……あれが、グランメゾンタワーだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる