35 / 37
残り40日~31日
残り31日その2
しおりを挟む車はタワーマンションから少し離れた場所で停まった。僕は手元のバッグから、ラバーの手袋と、金属で出来た楕円状の輪を取り出した。
「それ、何?」
「毛利さんが僕に貸してくれたものだよ。いざという時のため、らしい」
メリケンサックというのに近いのだろうか。ただ、それとは違ってギザギザの突起はない。
丸腰で向かうほど、僕も無謀じゃない。恐らく、こいつの出番はあるだろう。
由梨花の顔が強張ったのが分かった。僕はそっと、頭を撫でる。
「大丈夫」
妙に頭は落ち着いていた。これも、「覚醒レベル」が上昇したことによるものだろうか。
今の僕には、かなり明確な「未来の記憶」がある。知識も、恐らく「39歳相当」のものになっているだろう。
ただ、感情や心の動きは、2021年の僕そのものだ。……今のところは。
車から出て、グランメゾンタワーに向けて歩く。仁さんたちは、既に所定の位置に付いているはずだ。問題は、何一つない。
タワーに入るとインターフォンで、4101を押す。返答なしに、静かに自動ドアが開いた。由梨花が、手を繫ぐ力を強めた。僕もそれに応じるように握り返す。
エレベーターは、ゆっくりと上昇していく。時間が経つのが遅く感じられた。
そして、僕らは坂本が待つ部屋の前に立った。
「由梨花は下がっていて」
「……うん」
チャイムを鳴らすと、金髪の大男が出てきた。
「入んな」
「あなたが先に歩いてくれ」
「……は?」
「由梨花が傷つけられるリスクは、なるべく抑えたいんだ。それに、あなたたちの目的は、僕だろ?」
無言で男が僕を睨み付ける。空気が張り詰める中、向こうから声がした。
「その通りにしてやってくださいよ、堂島さん」
「……ちっ」
舌打ちすると、男は僕らの前を歩き始めた。どこか饐えた臭いがする。……佐藤さんは、無事なのだろうか。
そして、男がドアを開くと、視界が一気に開けた。全面ガラス張りの広いリビングの向こうには、痩せた茶髪の男がソファーに座っている。両脇は、明らかにボディーガードと思われる男が固めていた。
茶髪の男がニコリと笑った。
「初めまして、そしてお久しぶり……かな」
「あなたが坂本か」
「そうだ。慶應義塾大学法学部の坂本竜太だ。会えて嬉しいよ」
奴は立ち上がると手を差し出してきた。僕はそれを無視する。背中に、僕のシャツを摑む由梨花の手の感触がした。
「……佐藤さんは無事なのか」
「無事だよ?ただ、今は取り込み中でねえ」
向こうから、誰かが叫んでいる声がした。はっきりとは聞こえないが、それが佐藤さんのものというのは理解できた。
「優結!!」
「……大丈夫だ、由梨花」
僕は少しだけ振り返り、極力静かに言った。リビングの奥から、さらに1人、男が現れる。僕らを案内した男と合わせ、5対1……幾ら何でも不利だ。
ただ、想定以上ではない。
「そっちの狙いは、僕だろう?由梨花と佐藤さんは関係ない」
「いや、関係はあるよ。1年前はあいにく逃げられたからね。おかげで好きでもない女を抱くことになった」
「そして殺したのか」
ハッ、と坂本が嘲笑った。
「事故だよ?セックスをしていたら途中で泡を吹いてねえ。感じすぎて、文字通り逝ったらしい」
「『AD』のオーバードーズだろ?それも、恐らく分かっててやった」
坂本が真顔になった。
「……『デウス』の危惧してた通りかよ。『未来の記憶』が、相当戻ってるのか」
「そして、それを完全に取り戻させるのが、本当の狙いだ。だが、そうはいかない」
僕はポケットに手を突っ込み、金属の輪……「スタンナックル」を握った。同時に、坂本の両脇にいた男たちが、拳銃を僕に向ける。
「下手なことはするなよ?大事な大事な由梨花ちゃんに、流れ弾が当たったら大変だもんなあ?」
「……そうだな」
向こうから、残りの男2人が歩いてくる。僕を捕まえようとしているのだ。由梨花が「俊太郎……!!」と叫ぶ。
その刹那。ガラス張りの窓の向こうに、何かが浮かんでいるのを、僕は確認した。……ドローンだ。
僕はニイと嗤う。
「……?」
男たちが怪訝な表情になった、次の瞬間。
窓の外に、命綱を付けた2人の男が現れた。そして、彼らはガラス窓を蹴り、反動を付ける。
「由梨花、伏せろっっ!!!」
バンバンバンッッ!!!
バリィィィィッッ!!!
ガラスに何かが撃ち込まれる音。そして、男2人……仁さんと赤木刑事がヒビの入ったガラスを蹴破って、リビングに雪崩込んできた!!
「何っっ!!?」
僕は由梨花を見る。大丈夫、無事だ。そしてそれを確認すると、突然の闖入者に呆気に取られている、堂島と呼ばれた男に向けてボディーブローを叩き込む!!
「ぐおっっっ!!?」
男はそのまま崩れ落ちた。
「スタンナックル」は、握りに応じて電流が流れる仕組みになっている。いわば、一種の「殴るスタンガン」だ。直撃すれば、少なくともかなりの苦痛を与える。まず、しばらくは立ち上がって来れまい。特に「AD」を服用しているなら、なおさらだ。
「このガキがっ!!」
もう一人の一重の男が、蹴りを見舞おうとする。速いっ!!
バックステップで、それを紙一重で交わす。風圧が僕の顔を撫でた。この速度、間違いない。「AD」を使っている。
「由梨花は玄関にっ!!」
そう言うやいなや、次の蹴りが飛んでくる。空振りに終わったその蹴りは、壁に大きな穴を開けた。……これは、受けることすら致命傷になりかねない。
冷や汗が額を伝う。由梨花を庇いながら戦うのには、やはり限界がありそうだ。
ドンッ!!!
「ぐふっ!!?」
向こうでは、仁さんと赤木刑事が坂本の取り巻きを既に倒していた。銃弾は本物じゃなく、貫通性に乏しいゴム弾だけど、「AD」で痛覚が鋭敏になっている相手にはとてつもなく有効だ。
「竹下君っ!!」
「分かってますっ!!」
坂本の姿は……ない!?奥に消えたかっ!
「行かせるかよ!!」
一重の男が大ぶりのパンチを繰り出して来た。身体が流れている。……好機!!
僕はそれを拳で受け流す。そしてその勢いのままに懐に後ろ向きで潜り込む。腰をかがめ、パンチを出してきた右腕を取った。
「うおおおおおおっっっ!!!!」
カウンターの、一本背負いだ。
ドスッッッ!!!
「ぐあっっっ」
背中から倒れ込んだ男の腹に、「スタンナックル」をぶち込むと、男はそのまま白目を剝いた。僕は由梨花を探す。
「由梨花っっ!!!」
廊下を見ると、そこには……
「しゅ、俊太郎っっ……!!」
彼女は、全裸の男2人に捕まっていた。そして、廊下の別のドアから、坂本が顔を出す。……リビングの入口は、1カ所だけじゃなかったのかっ!
「よくやったよ。……さて」
坂本が銃を由梨花に向けた。
「あんたを半殺しにして動けなくした上で、彼女を犯し、絶望させた上で殺そうと思ったんだけどね……ちょっと予定変更だ」
……やめろ。
僕の内側から、熱く、どす黒いものが湧き上がってくるのを感じた。
まずい。これは……本当に、まずい。
「ま、死んでも穴があれば楽しめるしな。じゃあ、そういうことで」
「やめろおおおおっっっ!!!」
パンッッッ!!!!
……
…………
倒れたのは、坂本だった。
「そっちに行くなら、俺たちを倒してからにすべきだったな」
「仁さん!!!」
坂本は、苦悶の表情でうずくまっている。男たち2人も、立て続けに赤木刑事に撃たれ、沈黙した。
「な……何……だよっ……!!!」
「プロを舐めるな、ということだ。とりあえず殺人未遂、ならびに拉致監禁、銃刀法違反の現行犯で12時12分、逮捕する」
仁さんは手早く手錠をかけた。廊下沿いの部屋から、全裸の佐藤さんが由梨花に飛びつく。
「由梨花ぁ……!!!」
「優結……ごめんね……」
仁さんはふうと息をついた。
「すまなかったな。木ノ内さんに、怖い目に遭わせてしまった。俺も少々、見通しが甘かった」
全裸の男2人に手錠をかけ終えた赤木刑事が、肩をすくめる。
「SWATを使えねえから仕方ねえさ。『リターナー』関連の事件で、『本店』は動かせねえからな。第一、『AD』服用者の処理は初見じゃ難しい。感覚が鋭敏になったのを逆手に取るのが鉄則だからな」
「まあ、それも赤木さんが第一空挺団出身だからできることですけどね」
「全く無茶をやらせるもんだぜ。ダイ・ハードのブルース・ウィルスばりの突入劇かよ」
仁さんは、倒れている坂本に向けてしゃがみ込む。
「ま、訊きたいことは腐るほどある。お前らのトップが誰か、そして『AD』をどう調達したか、とかな。それは後でゆっくり訊いてやる。……竹下君は、大丈夫か」
「……ええ、何とか」
どす黒い感情は、どこかに消えていた。……あれが「目覚める」と、僕はどうなっていたのだろうか。
「なら良かった。とりあえず、応援が来るまでしばらく待機しよう。7人全員を収容するとなると、少々時間がかかる」
「これで、もう大丈夫なんでしょうか」
「……どうだろうな。ざっと見るに、住口会の連中が絡んでいるのは間違いない。ただ、『AD』は切れたはずだ。少なくとも、量はほとんどない。
あとは『グレゴリオ』のトップである、柳沢と大仏を上げられればいい」
内容とは違い、仁さんの表情はさえない。
「……まだ、何かあるんですか」
「いや、どこか腑に落ちない。やり口が、乱暴に過ぎる。いくら部下にやらせるにしても、だ」
赤木刑事が頷く。
「だな。俺らのことをこいつらが知らなかったにしても、事が明るみになった時のリスクが大きすぎる。殺人を犯すのが前提の計画だしな。
第一、由梨花ちゃんを殺すことで『覚醒レベル4』に竹下の兄ちゃんがなったら、その場で皆殺しまであるだろ?つまり……」
「ええ。多分、成功するにしても、失敗するにしても、こいつらは切り捨てるつもりだった」
仁さんが焦った様子でスマホを手に取った。
「えっ」
「柳沢と大仏が、姿を消すかもしれん。ひょっとしたら、永遠に。至急、確認に向かわせる」
*
仁さんの判断は、一歩遅かった。
柳沢和臣と大仏宏樹は、既に行方不明になっていたのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
甲斐ノ副将、八幡原ニテ散……ラズ
朽縄咲良
歴史・時代
【第8回歴史時代小説大賞奨励賞受賞作品】
戦国の雄武田信玄の次弟にして、“稀代の副将”として、同時代の戦国武将たちはもちろん、後代の歴史家の間でも評価の高い武将、武田典厩信繁。
永禄四年、武田信玄と強敵上杉輝虎とが雌雄を決する“第四次川中島合戦”に於いて討ち死にするはずだった彼は、家臣の必死の奮闘により、その命を拾う。
信繁の生存によって、甲斐武田家と日本が辿るべき歴史の流れは徐々にずれてゆく――。
この作品は、武田信繁というひとりの武将の生存によって、史実とは異なっていく戦国時代を書いた、大河if戦記である。
*ノベルアッププラス・小説家になろうにも、同内容の作品を掲載しております(一部差異あり)。
離婚した彼女は死ぬことにした
はるかわ 美穂
恋愛
事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。
もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。
今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、
「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」
返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。
それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。
神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。
大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる