全機械式天使の宿望

藍色綿菓子

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救出

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 病院に行った。いつもの無愛想な人がいなかったので、看護婦に尋ねると、亡くなったのだと言われた。そして、「よく平気で出歩けますね」とも言われた。大変冷たい言い方だった。追い出されるように、五藤君にも会えないまま、病院から出る。
 人口は急激に減っている。世間では死病のメアリーと言われているらしい。五藤君のように、海外でニュースになっていたそうだが、私にはテレビ出演のオファーは無かった。電話がかかってきたので、出ると、唐突に罵られて切られた。冷凍庫の中身を見つめる。青白い肌の子供がいる。優しい顔をしていた。もう何も呪う必要は無い。どうせ皆死ぬのだ。でも、五藤君はまだ生きているのだろうか。助け出さねば、と思う。日本は国交が断絶して、いつかの鎖国と同じような状態になってきた。

 国では、宗教に走る人がどんどん増えて、どんどん人が死ぬ。天使を神の使いだと思っているらしい教団が、厳つい防毒マスクを売りに出していた。頭部全体を覆う物で、顔がわからない。そんな物を身につけた人が往来を出歩いている。少し前なら、異様な光景だと思っていただろうが、今は少し前ではないのだ。そんな人達を見て、一つ思いついたことがある。私の顔は、知っている人には知られている。マスクを一つ購入した。感染を防ぐような効果は、多分眉唾物だろう。先日大学の友達が死んだ。
 怪文書を制作した。出版社、マスコミに向けて、「医師達は利益のために万能免疫細胞培養不可だと公表している」宗教団体に向けて、「天使が四肢をもがれて苦しんでから、死病は流行り始めた。天使を保護すれば死病は治まる」大体こんなような内容の文を書いて送った。冷静な判断力を持つ人間なら相手にしないのだろうが、死病で混乱と恐慌に陥っている人々の多くは、その判断力を欠いていた。反病院運動が一気に噴出する。神にでもなったかのような気分だった。全てくだらなく思えた。人の命が軽く思えて仕方なかった。
 マスクを被って外出すると、誰にも空き缶をぶつけられないし、宗教関係者には仲間だと思われて都合が良い。一斉に五藤君のいる病院に襲撃をかける日を教わった。

 その日、少し遅れて病院へ着くと、一般人もマスクの宗教家も皆一斉に押しかけていて、広かった待合室が狭く見えた。熱気と叫び声が満ちていて、まさに阿鼻叫喚である。病院の奥まで侵入されることを拒むための警備員が何人かいたが、感染者と思わしき一般人が、「どうせ死ぬんだ」と叫びながら警備員に体当たりした。手に負えない有様に、すぐに匙を投げられていた。
 白衣の人達が、暴行を受けながら髪を掴まれて引きずり出されている。歴史の教科書で見た絵画みたいだ。初めて目にする、暴力の数々。圧倒される。さぞ怖いことだろう、病院関係者は。
 マスクを深く被り直して、深呼吸する。人が比較的静かになったところを見計らって、大声をあげた。警備員達を突破したはいいものの、どこへ向かうべきかと立ち往生していた人達が、振り向く。
「東! 太陽の昇る東棟に、天使様はいらっしゃるに違いないわ!」
 それを聞いた人達、特にマスクを付けた人達が、皆東棟に走って行くのを確認した。通い慣れた道を通って西棟を目指す。五藤君の病室は、夕方には西日が射し込む。先程誘導したおかげで、西側に人はいなく、歩きやすかった。
 病室の扉を開けると、巨漢だったのが嘘のように小さくなった五藤君が横たわっていた。ほとんど手足が無くなっている。首だけこちらへ向けて、とても驚いているようだ。不安そうにも見える。
「誰? 何の騒ぎ?」
 やっと会えた、と思った。生きてて良かった。
 マスクを外す。五藤君は元木さん、と言った。こころなしか嬉しそうな声色だと思った。それ以上の言葉は無い。近くへ歩み寄る。すぐに喧噪が近付いてくる。思ったよりも早かった。走る音が大きくなるので、急いで防毒マスクを被る。
「私の名前を呼ばないで」
 間もなく扉が開き、マスクの人達が立っていた。皆揃って馬鹿みたいだ。ぎょっとしている様子の五藤君に、大丈夫だからと囁いた。
「保護いたしましょう。車椅子を用意して」
 これ以上苦しむことはない。
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