次は芽が出る

藍色綿菓子

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前編

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 花粉が飛んで目と鼻に違和感を与える、この時期の午後。人通りの多い道を歩くだけで、自然とポケットティッシュが集まってくる。それには様々な広告が付属しているのが常だ。
 私は決壊しかけた鼻を手で覆い、道の端で元気の良い声を出すティッシュ配りの女の子に声をかけた。様子で察したらしい彼女は、迅速に目当てのそれを差し出した。
「この季節は大変ですよねぇ」
 眩いばかりの笑顔に僅かな苦さを滲ませて、彼女は言う。ええ全く、の意を込めて頷き、簡単な礼を口にしてその場を離れる。恥ずかしかったので、足が速くなった。
 ようやっと手が自由になり、一息つくことができた。そこで今しがた手に入れたポケットティッシュを、何の気なく注視してみる。グリーンを基調にデザインされた、爽やかな厚紙には緑化促進団体だとかそういうような文字が並ぶ。簡易なテープで、何かの種が貼り付けられていた。種に対する説明はどこの行にも見当たらない。
 種を配るには少し季節外れなのではないだろうか? そもそもこれは何の種で、いつの時期に芽が出るのか。あらゆる観点からしても、説明不足な感じが否めない。何より気になるのは、これが花粉を出すかどうかであった。もし少しでも花粉になるなら、あの女の子の笑顔を今後、どんな気持ちで思い出せば良い?
 私は謎の種を手に入れた。黒胡麻のような外観で、小さなビニールに十数粒ひしめいている。光に当てると、鈍い光沢があるとわかった。調べれば正体がわかりそうだが、そこまでする熱意がある訳でもなく、部屋に持ち帰って棚の上に放置していた。日が経つにつれて種の存在はどんどん薄くなり、次の次の季節が来るまで忘れられていた。再び人の手に取られた時、種の袋は埃を被っていた。

「姉ちゃんさぁ、朝顔の種知らない? ここの辺りに置いといたんだけど」
「何、朝顔? 知らないけど」
 弟の話題が早朝からやかましい。寝癖も取らないままの弟は、サッカーボールを半分に割ったような器を手に持っていた。
「朝顔じゃないけどなんか、朝顔みたいな。もう少し小さい何かの種らしいんだけど、失くしたから探して」
「何それ鉢植え? どうしたの」
「貰った」
 聞いてみると、年齢的に前までいたクラブを抜けるので、記念に貰った種と鉢植えらしい。球形の鉢植えって、不安定すぎやしないか、と心配したが、きちんと固定する装置も受け皿もあるようだ。弟はあちらこちらの物陰を確認しては落胆している。私は随分前に貰った種のことを思い出した。
「何かわからない種? それなら私持ってるよ」
「えぇ! 隠してたのかよ!」
「人聞き悪いな、持ってただけじゃん」
 種はそんなに大事だろうか? 弟はやけに怒っていた。元は善意で差し出そうとしたのだが、どうも誤解されているらしい。お前の種は知らないよ。ただ少し腹立たしかったので、誤解したまま何だかわからない種を育てれば良いと思った。植物なんてどれも同じなような気がした。
 あの黒い種は、棚の目立たない所にひっそりと居座っていた。埃を取り去って、弟に渡した。すぐに機嫌を戻した弟は、朝の支度もそこそこに、鉢植えに土をしいて種を蒔いた。別の種だと気付く様子も無く、それは上機嫌に水をかけていた。
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